第23話:〜春〜 君を忘れない
桜の開花はもうすぐそこ。
レンの恋は、悲しいながらもどこか美しいのかもしれない。
クライマックス前夜祭を、どうぞお楽しみください。
「もう、サクラが咲くの?」トーヤは聞いた。
「つぼみができているから、もうすぐね。」
私達は、ひとつ前の春にふたりで来た、立派な桜の木が立つ
民家を訪れていた。
私は前と同じように、塀の上に登っていた。
「前はサクラが咲くのがすごく楽しみだったけど、今は複雑。
咲いてほしいようで、咲いてほしくないな・・・」
「きっと、次の月の出る夜には、桜が咲いているわ。」
「時間が、止まればいいのに。」トーヤはそう言った。
「私もそう思う。でも、それだけは無理だわ。誰にも、どうする
こともできないものが唯一、時間なんだもの。」私は言った。
レン――、とトーヤは言う。
「僕は、君を忘れないよ。どんなに時が経っても、どんなに
歳をとっても、絶対に。」
真っ直ぐなトーヤの目が、私を映す。
私だって――
「私も、トーヤを忘れないわ。絶対に。」
トーヤを忘れるはずなんかない。
こんなにも、深く、確かに愛した人を――
「ねぇ、トーヤ・・・」
ためらいがちに、私は口を開いた。
「私を、月へは連れていけない?」私は聞いた。
レン――、とトーヤはまた言った。
「僕だって、できることならそうしたい。でも、それだけは絶対に
してはいけないことなんだ。それが、月から地球へと移動できる
僕らの、絶対の決まりなんだ・・・」
「そう・・・」
もう、どんな願いも私達の間では通用しないのだろう。
「いつも見守っているから。君が、幸せであるように・・・」
「私もよ。いつもあなたの幸せを祈るわ。あなたが、大切な人達と
幸せであるように、世界中の誰よりも私が、あなたの幸せを祈るわ。」
私は言った。
私にできることはもう、それしかない。
「うん。」とトーヤは言った。
次に月が昇る夜、おそらく桜も咲くだろう。
それで、トーヤに会えるのは最後だろう・・・・
出逢ったばかりの頃は、別れの日が来るなんて思っていなかった。
ずっとずっと一緒にいられると思っていた。
だけど、始まりがあるものには必ず終わりがある。出逢った日があるなら、
いつの日が別れの日も来るのだろう。
それは、誰かが決めたものなどではなく、生きているという事は、そう
いうものなのではないだろうか。
そしてそんな出逢いと別れを繰り返して、誰もが大切な人を探すのだろう。
それはまるでジグソーパズルのように、ピッタリと合うたったひとつのピース
を、誰もが探しているのかもしれない。
どんなに悲しい愛に遭遇しようとも――
恋に痛みはつきものだから――
だけどきっと、どんな出逢いも、別れも、恋もきっとムダじゃない。
私がトーヤと出逢い、トーヤに恋をし、別れてしまうことも、ムダなんか
じゃない――