第12話:〜晩夏〜 涼夜
少しずつ、夜に涼しさが戻ってきている。
トーヤは相変わらず、上着とネクタイは身につけて
いなかったが、シャツの袖を捲り上げなくなった。
もうじき、トーヤと出逢った季節が来る。
「アキなんてあるのかい?」、とトーヤは言った。
夏の次は何か、とトーヤが聞いたので、私は秋が
来ると言った。
「それじゃあ、あなたの国では夏の次はもう冬なの?」
「気温は少しずつ下がってはいくけど、その間はまだ
夏で、アキと呼ぶ季節は僕の国には無いよ。」トーヤは
言った。
「レン、アキは何があるんだい?」トーヤが聞いた。
「そうね・・・秋は短いから、あっという間に冬になって
しまうのよ。でも秋の特徴って言ったら、木の葉が赤や黄色
に変化することかしら。」私は言った。
「葉が赤や黄色に?すごい!!」トーヤは驚いていた。
「そんなにすごいかしら?」
「だって、この緑色が、赤や黄色になるんだろう?」と
トーヤ、空き地に生えている草やらをつかみながら言った。
「そういうのは変化しないけど、そうね・・・」
私は辺りを見回した。
「トーヤ、あの赤い屋根のところに立っている木が見える?」
近くの古ぼけた民家に、紅葉の木が立っていた。
「あぁ、見えるよ。不思議な形の葉だね。」
「あれは紅葉という木なの。今はまだ緑色でしょ。」
うん――、とトーヤは言った。
「あの緑色の葉が、秋になると赤色になるわ。とても綺麗よ。」
私は言った。
「そうなのか・・・いつごろ色が変わるんだい?」トーヤが聞いた。
「そうね・・・だんだん涼しくなってきたし、もうすぐじゃない
かしら?」
「楽しみだなぁ。早く見てみたい。」
「私があなたに初めて逢ったとき、ここは秋だったわ。」私は言った。
「え?そうだったのかい?」
「そうよ。覚えていないの?」
「うーん・・・今よりももう少し涼しかったような気はするなぁ。
そうか、僕がここに来て、もうそんなになるんだね。」
私達は、気がついたらいくつもの季節を一緒に越えていた。
「僕は、ひとつの場所にこんなにも長くいたことは、今まで一度
もなかったんだ。」
「あなたとこんなにも一緒にいるなんて、会ったばかりの頃は
思ってもいなかったわ。」私は言った。
「それは僕も同じさ。それなのに、今じゃあ君がそこにいることが
あたり前のように思っているんだ。」トーヤは言った。
嬉しかった。トーヤはいつも私の不意をつく。
「そろそろ時間だ。行かなくちゃ。」トーヤは言った。
「もうそんな時間?早いわ。」
いつの間にか、1時間が経過していたらしい。
いつもそう。もっとトーヤといたいのに、気がつけば午前1時に
なっている。いっそのこと、時間が止まってしまえばいいのに――
「次に来る時はアキかな、レン?」
「どうかしら・・・夏から秋へはあっという間だから・・・
もしかしたら秋になっているかもしれないわね。」
「そうか、だといいなぁ。」
「それじゃあまた。おやすみ、レン。」
「おやすみなさい、トーヤ。」
トーヤは光に包まれて消えた。
煩い蝉の音も少しずつ減ってきている。
もう夏も終わる。
トーヤと出逢った季節はもう目前。
さぁ、次は彼とどんな話をしようか――