第10話:〜夏〜 悲しき恋よ
トーヤがレンに、ふとこぼした言葉。それはレンにとって衝撃だった。
「ねぇ・・・・」
「なんだい?」トーヤは答えた。
「あなたは、恋人とかいるの?」
ずっと聞きたいような、聞きたくないような、
そんな感じがしていた。だけど、聞きたい好奇心が
やや上回っていたみたいだ。
「めずらしいね。君がそんなことを聞くなんて。」
トーヤは私の方を見ながら、柔らかい微笑を浮かべ
ながら言った。
私は少し焦った――
「だって、あなたはとても魅力的だから、恋人くらい
いるんじゃないかって思って・・・」
上手くごまかせただろうか。心配だ。
恋人か――、とトーヤは言った。
「相手が僕のことを、どんなふうに思っているかは
わからないけど、僕がとても大事だと思っている人はいるよ。」
一瞬、自分の周りだけピタリと時間が止まった。
「そう――」と私は言った。
「どんな人?」
「とても素敵な人だよ。君に少し似ている。」そう言うと、
トーヤはにっこりと私のほうを見ながら笑った。
――彼はきっと、恋人を心から愛している――
それは確信だった。
トーヤの目を見れば、トーヤの微笑みを見ればすぐにわかった。
恋人への強い想いが、確かに彼にはある。
胸が、締め付けられるように痛い。
だけど、恋人のことを語るトーヤの目が、私には愛しかった。
私はトーヤが好きで、でも彼には他に想う人がいて、それは
私じゃなくて・・・・
私の想いは届くことはない――
そんなことは知っていた。気がついていた。
それなのに、私は愕然となった。
傍にいられればそれで良かった。
ずっとずっとこのままで――
だけどきっと、私もどこかで期待していたんだ。もしかしたら
奇跡が起こるかもしれないって。
トーヤに、好きになってもらえるんじゃないかって。
自分を下目に置いておけば、そうなるんじゃないかって、本当は
ずっと思っていた。
私は、そんな卑怯なことを考えていたの。
トーヤの目を見て私は目が覚めたみたいだ。
私に勝ち目はない――
行き場を失くした私の想いは、真っ暗闇を彷徨っていた。それは、
例えようのない寂しさを与えた。
想う気持ちは確かで、こんなにも近くにいるのに、決して届かない
もどかしさ。
そして、どんなに押し込めても、偽れない欲が私にもある。
そんな中で誰かを愛することに、私は少々疲れ果てていた。
瞬間、よぎったのは、好きな気持ちを押し込め、蓋をすることだった。
――私はトーヤを好きじゃない――
私はひたすら自分に言い聞かせた。
気持ちを押し殺せばもう、あんな想いはしなくてすむ。それなのに、
言い聞かせればするほど、トーヤへの想いは溢れていった。
簡単に忘れられるほど、私の中のトーヤは小さな存在ではなかったのだ。
こんな悲しみとは裏腹に、蝉は今日も争うかのように鳴いていた・・・