瑞穂の日常 『柔(やわら)の道』
「瑞穂!」
おやじが居間から私を呼んでいる。
時計を見ると深夜の1時だ。今起きて行ってもろくな事がないのは今までの経験で分かっている。
「瑞穂!寝てるのか?」
ここは寝たふりをしてやり過ごそう。
「瑞穂!」
声に少し怒気を含んでいるようだ。
でもここでビビって起きても良い事なんかない。
私はビビりながらも覚悟を決めて寝たふりをする。
「瑞穂!」
おやじ完全に酔っぱらってるな。
私は布団を頭からかぶっておやじの声が聞こえないようにする……
しばらくすると居間からおやじの笑い声が聞こえる。
お母さんももう寝ちゃってるはずだから、1人でテレビを見て笑っているようだ。
まぁテレビに夢中で私の事を忘れてくれて一安心だ。
これでゆっくり眠れる。
そう思った瞬間!
「瑞穂!」
勢いよく開けた襖がドンっと大きな音を立てる。私はその音にビクッっとしてしまう。
「なんだ瑞穂。起きてるのか?俺がさっきから呼んでるのが聞こえないのか?」
やばい、さっきから無視したのがばれたら怒られる。
私は仕方なく今起きた風をよそおうことにする。
目をこすりながら体を起こす。そしてそのまま布団の上に座り直しながら……
「どうしたの?今すごい音がしたようだけど?」
「なんだ寝てたのか。さっきから瑞穂のことを呼んでたんだけど、なかなか来ないから俺が来てやったんだよ」
来ていらないし!っていうかこんな深夜に寝てる娘を起こしてまで何の用があるのよ。どうせくだらないことに決まってるんだから。
「で?何か用なの?」
酔っぱらってるおやじに本音のままを態度にだすと、怒りだすのは目に見えてるので大人しく相手をする。
「おう!それだがな。今さっきテレビで漫画やっててな、それが面白いんだ」
だからなんなのよ!そんな話をするために起こしたわけ?
「そう、良かったね」
それでも酒乱のおやじが相手だから穏便に済ます方が良いに決まってる。
「おう。良かった」
「うん、じゃ私は寝るね」
よかった、これで寝れる。
そう思い、布団をかぶって寝ようとした時。
「ちょっと待て」
「な、なに?まだ何かあるの?」
凄く嫌な予感がする……
「お前、YAWARAって柔道の漫画知ってるか?」
私は警戒しながら黙って頷く。
「そうか、じゃ話は早い。お前は本阿弥さやかだ」
「え?」
「そして俺が猪熊柔」
おやじ何言ってるの?
「よし!来い!」
おやじが私の腕を掴んで布団から引きずり出し、そのまま強引に私を立たせる。
そしておやじが私の目の前で戦闘準備の態勢を整える。
「来いってなによ」
「いいから来い!前は本阿弥さやかで俺が柔ちゃんだ。さっきの漫画の再現だ」
「もういい加減にしてよ。明日も学校があるんだから寝かせて」
さすがに付き合いきれない。おやじに背を向け、布団に戻ろうとしたその時。
「試合中に敵に背を向けるやつがあるか!」
すごい剣幕で怒鳴ったかと思うといきなり私の左腕を掴んでそのまま私の目の前に回りこむ。
「な、なにするのよ!」
「問答無用!」
そう言ったかと思うと、もう片方の腕も捕まれる。
おやじが私の両腕を掴んだまま寝転んだため私はおやじに覆いかぶさるように倒れこむ……
前のめりに倒れたと思った瞬間腹部に軽い痛みを覚える。
見るとおやじの足が私の腹部を捉えてる。ま、まさか巴投げ?
と思った時には私は一回転して天井を向いていた。
布団の上に落ちればまだマシだっただろうけど、畳の上に投げ飛ばされた私はもちろん受け身なんてとれるはずもなく、思いっきり背中を強打する。
「ぎゃ!」
い、息ができない。しかも痛い。痛すぎる。
私は夜中というのも忘れて大声で泣きだしてしまう。
「痛いー。何するのよ痛いじゃない」
息がまともに出来ずむせ返りながら言う私におやじは……
「試合中に敵に背中を見せるお前が悪い。これに懲りたら試合中は敵に集中するんだな」
何が『するんだな』よ。もう!腹が立つけど息が苦しいうえに痛すぎて泣くことしかできない。
「うるさいわね!今何時だと思ってるのよ」
私の部屋にお母さんがやってきた。
助けて~。お父さんが…… 言葉にならず目で訴える
「いや、ちょっと瑞穂と柔道ごっこをしてたんだ」
「こんな時間に何やってるのよ。早く寝なさい」
「あぁそうだな。ちょっと飲みすぎた。そろそろ寝るか」
そう言っておやじは寝室に退散していった。
おやじのやつ~!むかつく~!
「あんたも泣いてばっかりいないでさっさと寝ない」
え?私は被害者なんですけど……
「ち、ちがうの…… お母さん、聞いて」
「馬鹿な事ばっかりしてるから痛い目に遭うのよ」
そう言い捨ててお母さんも寝室へ……
な、なんで私が悪者扱いなのよ!
なんなのよあの夫婦!むかつく~!