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1-2 事大主義 ― 小国の生存戦略

朝鮮半島の思想史や行動様式を解剖するにあたり、まず最初に解体しなければならない、強固にして最大の誤解がある。それは、「事大主義じだいしゅぎ」という言葉に対して、我々日本人が抱きがちな単純化されたネガティブなイメージだ。


現代の日本、そして皮肉にも現在の韓国においてすら、「事大主義」という言葉は以下のような極めて否定的な文脈で片付けられることが多い。


* 強大国への卑屈な追従

* 主体性の決定的な欠如

* 骨絡みの属国根性


特に近代以降、「自主独立」や「一国ナショナリズム」を絶対的な正義・価値とする視点が定着してからは、李氏朝鮮が数百年間にわたって維持してきた中国王朝(明・清)への対中外交は、単なる「屈従外交」「恥辱の歴史」として断罪されやすかった。


しかし、この見方は近代以降の「主権国家」の概念を、前近代の国際政治空間へとそのまま強引に投影したものであり、歴史的な実態を著しく見誤っている。


実際の事大主義とは、卑屈な奴隷の思想などではない。その真実の姿は、


> 「大陸の巨大帝国が主導する圧倒的な文明圏の狭間で、小国がいかにして国家の安全保障、自立、そして文化的正統性を確保するか」


を追求し尽くした、極めてマキャベリ的(現実主義的)かつ高度な「秩序利用戦略」であった。


◆ 秩序の「プラグイン」による生存最大化


朝鮮王朝が成立した15世紀当時、東アジアには明王朝を中心とする強固な「冊封さくほう秩序」が世界の基本OSとして君臨していた。このシステムにおいて、中国皇帝は「天下」の中心たる天子であり、周辺諸国は朝貢と冊封(君臣関係の結び込み)を通じて初めて、国際社会への参加を許された。


現代の国連的な主権平等観から見れば、これは単なる不平等な上下関係に映るだろう。しかし、当時の東アジアにおける冊封体制とは、一方的な支配・被支配関係ではなかった。それは、


* 国際的な安全保障(軍事防衛の担保)

* 官貿易・経済交易の独占権

* 政権の国際的承認(正統性の獲得)

* 最先端文明のインポート(文化的特権)


これらを包括した、東アジア世界における唯一の「国際秩序インフラ」だったのである。


朝鮮王朝はこのインフラへ、驚異的な精密さで適応プラグインした。形式上は中国皇帝に対して臣下の礼をとり、過剰なまでの恭順を示しながらも、内実としては内政の完全な独立と高度な自治を完璧に維持した。そればかりか、中国の威光を背後にちらつかせることで、国内の王権を安定させ、北方の女真族などの外敵を牽制したのである。


つまり、彼らにとって事大主義とは、大国に屈服するための言い訳ではなく、「大国が作った秩序を徹底的にハックし、利用することで、小国としての生存と繁栄を最大化するトップギヤの防衛戦略」に他ならなかった。


◆ 多層外交に見る「小国のリアリズム」


特に注目すべきは、朝鮮王朝が単なる一本槍の「対中従属国家」ではなかったという事実である。彼らは中国だけでなく、周辺の諸勢力に対して全く異なる外交原理を冷徹に使い分けていた。


たとえば日本に対しては、事大ではなく「交隣こうりん」という対等かつ実務的な別原則を採用した。室町幕府や江戸幕府との関係において、あの高名な「朝鮮通信使」に代表されるような、相互利益的で高度な対等外交を展開したことはその証左である。


さらに、北方の境界領域で絶えず脅威となっていた女真族(のちの満洲族)に対しては、武力による徹底的な討伐(「征伐」)と、朝貢や交易を許す「懐柔」を極めて柔軟に併用していた。


すなわち、前近代の朝鮮半島は、以下のような高度な多層外交戦略を同時並行で運用していたのである。


対中国:「事大」(圧倒的強者への秩序同調)

対日本:「交隣」(対等な隣国との実務外交)

対北方:「防衛と懐柔」(軍事と交易のリアリズム)


ここに見られるのは、自主独立という理念に縛られて自滅する愚を避け、「巨大な勢力均衡の狭間で、いかに自国を存続させるか」という、小国特有の極めて研ぎ澄まされたバランサー(均衡感覚)としての智慧であった。


◆ 外来 Order(秩序)の内面化と「小中華」への反転


さらに思想史において決定的に重要なのは、朝鮮王朝が外部秩序へ過剰に適応しながらも、「内面的には異常なまでに強烈な、自国文明への主体性と自負」を肥大化させていった点である。


朝鮮は中国から漢字、儒教、官僚制、律令的秩序といったあらゆる文明的インフラを深く受容した。しかし彼らは、自らを単なる「中国の劣化コピー(模倣国家)」だとは微塵も思っていなかった。むしろ、その徹底的な学習の結果、


> 「我々こそが、本家中国よりも純粋に、正統な中華文明を体現している」


という、ねじれた文明意識を形成するに至る。その決定的な結晶が、17世紀の明清交替(漢民族の明が滅び、満洲族の清が中国を支配した政変)の後に完成した「小中華しょうちゅうか思想」である。


朝鮮の知識人(両班)たちにとって、女真族という「野蛮人(夷狄)」に征服された清王朝は、中華文明の堕落であり、精神的破産に他ならなかった。ゆえに彼らは、「地上の中心は失われた。今や世界で唯一、正統な儒教文明を継承しているのは、我々朝鮮(小中華)だけである」という、強烈なバーチャル優位性を脳内に構築したのである。


ここに、朝鮮思想の基底をなす強固な二面構造が完成する。


> 【外部秩序には徹底的に同調・従属するが、内面的には世界最高峰の文明的自負(あるいは被害者としての正義)を抱く】


この「外部適応」と「内面的主体化」の二重構造は、形を変えながら、後の朝鮮半島思想史において、驚くほどの打率で反復されることになる。


◆ 現代に脈打つ「事大主義OS」


近代から現代にいたるまでの朝鮮半島の軌跡を見ても、この事大主義的な構造は驚くほど不気味なほどの持続性を示している。


西洋近代のシステムをインポートしながら奇形的な民族主義を強化した韓国、マルクス・レーニン主義という西洋思想を徹底的に朝鮮ローカルへと魔改造して「国家宗教」へと変形させた北朝鮮(主体思想)、さらにはキリスト教という西欧の神を、土着の情緒的共同体シャーマニズムへと再編して爆発的に受容した韓国プロテスタント。


そのすべての底には、


> 「その時代の覇権的な『外来秩序』を急速に取り込みながら、それを自らの内面において『朝鮮的主体性(正義)』へと反転・転化させる」


という、事大主義のメカニズムが寸分違わず作動している。朝鮮半島とは、「外来文明を拒絶する鎖国社会」などでは決してない。むしろ、「外来の強大なパワー(文明・思想)を過剰なまでに内面化し、それを独自の燃料へと再構成する超・適応社会」なのだ。


この高度な外部適応構造は、近現代における以下の劇的な現象を可能にした深層の推進エンジンであった。


* 日本統治期における、近代的法制度や行政インフラへの驚異的な速度での同調

* 戦後韓国における、生存をかけた極端なまでの「対米プラグイン(接続)」

* わずか数十年で世界最貧国から先進国へと駆け上がった「漢江の奇跡」(資本主義への超高速適応)

* 他国思想であるはずの「共産主義」を、金一族による絶対カリスマ統治へと純化させた北朝鮮の奇行


もし、彼らの精神の奥底にこの「事大主義的適応OS」が存在していなければ、これほど激しく、大規模な社会の変貌は起き得なかった。事大主義の本質とは、卑屈さの代名詞ではなく、「外部の巨大な秩序を利用し、そこに自らを同調させることで、結果として自らを生存・強化させる文明的テクノロジー」そのものだったのである。


しかし、このあまりにも柔軟で、時として節操のない外部適応構造は、社会の内側に別の「絶対的な歪み」を生み出すことになった。外来の秩序を「自らの正義」として正当化するためには、社会全体を縛り付ける、過剰なまでに厳格な「道徳的倫理体系」が必要だったからである。


それこそが、次節で解剖する「東アジア最強の朱子学国家」への道であった。現実外交のテクノロジーであった事大主義は、朱子学という絶対のドグマと融合することで、単なる生存戦略を超えた、朝鮮半島の抜けることのできない「宿命のOS」へと昇華していく。


◆ 事大主義に関する付言 ―― 「模倣」と「盗用」の境界線


ここで、本書のスタンスとして極めて重要な付言をしておきたい。著者は、この事大主義や、それに伴う「外来文明の受容・模倣」という性質そのものを、単に感情的に否定したり、野蛮だと蔑んでいるわけではない。


現代のネット言説などでは、他国から学ぶこと、あるいは他国のシステムを取り入れること自体を「パクリ」「オリジナリティの欠如」として嘲笑する傾向が強い。


しかし、文明史という大局的な視野に立つならば、国家や文化の形成初期における「外来文明の模倣」は、人類史において極めて普遍的かつ正常な現象である。農耕、建築、文字、法制度、衣食住の文化――これらを周辺の先進文明から貪欲にインポートすることは、前近代のあらゆる民族にとって当然の生存戦略であった。


実際、我々日本もまた、古代から中世にかけて大陸の中国文明(唐・宋など)から計り知れない影響を受けている。律令制、漢字、仏教、儒教、官僚制度、都城制(平城京・平安京)など、日本という国家の基礎体力の大部分は、大陸文明をリファレンス(参照)し、模倣することから始まっている。文明の受容そのものは、本来何の「恥」でもない。


問題は、その受容のプロセスではなく、「受容した後の、自己欺瞞の度合い」にある。


私が日本人ナショナリストとして、また構造分析者として問題視するのは、生活技術や制度設計における「優れた模倣・適応」ではない。むしろ、彼らの精神構造が孕む以下の「超えてはならない一線」である。


* 受容した他国文化の「起源」そのものを、歴史を遡って自国に帰属させようとする行為(文化起源説の乱発)

* 客観的な歴史的経緯や他者の貢献を無視し、感情的な文化所有権を主張する態度

* 国家や民族の正統性アイデンティティそのものを、事実に反する「虚構の起源」へと依存させる構造


これは、正常な「文化の受容・消化」ではない。


> 「外来のものをパくって適応したという歴史的現実(=事大の事実)に耐えられないがゆえに、自らの主体性を『歴史の改変・書き換え』という精神的勝利によって補強しようとする歪み」


だからである。


前者の「模倣」は、文明を発展させるための健康的かつ創造的なプロセスである。しかし後者は、外来秩序に依存し、それを徹底的に内面化したがゆえに、「これは最初から、世界で一番偉い我々が作ったものなのだ」と、過去の事実を情念によって再定義(偽造)せずにはいられないという精神の病理を示している。


事大主義は本来、極めてタフで現実主義的な「生存の知恵」であった。しかしそれが、近代以降の過剰なナショナリズムや被害者意識と結びついた瞬間、彼らの「外来を取り込み自己化する能力」は、「すべての世界の美徳は自らを起源とする」という肥大化した欲望(起源病)へと暗転する。


この精神的防衛メカニズムとしての歴史改変の欲望こそが、現代の我々が直面している「反日民族主義」、あるいは北朝鮮の「主体思想」の狂気を生み出す直接の苗床となっているのである。

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