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レン:試験の朝

朝は、いつもより少しだけ静かだった。街の喧騒が遠く、空気そのものがピンと張り詰めているような気がした。玄関で靴紐をきつく結びながら、僕は一度大きく息を吸い込んだ。ひやりとした空気が肺いっぱいに満ちて、自然と背筋が伸びる。今日が自分の人生を決める一日だということを、嫌というほど意識させられる。


「レン! ちょっと待ちなさい!」

キッチンから母さんの声が追いかけてきた。

「ちゃんとご飯食べたの? 試験は長丁場なんだから、もっとしっかり食べないと!」

「大丈夫だってば! パン二枚にコーヒー飲んだから。これで十分だよ」

「十分じゃ……って、もう! もう少し体力つけなきゃダメでしょう!」

心配性の母さんはいつものことだ。苦笑しながらも、僕は気にせず立ち上がった。

「心配しないでよ。僕ならちゃんとやるって。それより早く行ってくるね」

肩越しに声をかけながら、最後に鞄の中身を軽くチェックする。


リビングの片隅では、父さんが端末に目を落としていた。いつも寡黙だけど、こういう時は必ず何か言う。

「状況は常に把握しろ。感情的にならずに冷静に判断すること。お前の悪い癖だぞ」

「わかってるよ、父さん。そんなこと言われなくても。まずは情報収集から入るのが鉄則なんでしょ?」

軽口を叩きながらも、その言葉の重みはちゃんと胸に留める。確かに僕は昔から猪突猛進タイプで、周りが見えなくなることがある。だからこそ、今回は意識して一呼吸おいてから動きたい。そう思うのも、僕自身の意志なんだ。


「お兄ちゃ~ん! 本当に一人で平気なの?」

パタパタとスリッパの音をさせて妹のユキが飛び出してきた。

「当たり前だろ。20歳になったら全員やらなきゃいけないことなんだし」

「ふぅん……今年はどういうシチュエーションなんだろうね? ママが言ってたんだけど、去年の剣と魔法の世界、すごい人気だったんだって。お兄ちゃんだったら魔法使いとか似合うんじゃない?」

「どうかなぁ。僕の場合、むしろ剣を振り回してる方が合ってたりして」

「あはは、それっぽい! じゃあ来年の課題が戦闘系だったらお願いしようかな」

「任せとけって。姫様を守る勇者ポジションは僕が確約しよう!」

茶化すような返事をすると、ユキは安心したように小さく微笑んだ。

「……ちゃんと帰ってきてね」

「当ったり前だろ! これはただの試験なんだから。Bランクくらいはしっかり取って帰ってくるよ」

わざと自信満々に言い放って、ポンポンと軽くユキの頭を撫でた。本当は僕だって少しは緊張している。でも、それを悟られたくなかった。


家を出て、冷たい風が頬を撫でた瞬間、急に現実感が押し寄せてきた。周囲を見渡せば、どの家の前にも同じように若い人たちが立っていて、まるで何かに引き寄せられるように同じ方向へ歩き始めている。みんな同じ制服姿。黙々と前を向いて進むその光景は、まるで一つの大きな流れに乗せられているようだった。


「おーい、レン!」

聞き慣れた声に振り向くと、そこにはユウトがいた。高校時代からの付き合いだ。二人並んで歩けば自然と背筋が伸びる。

「お前も今からか」

「そりゃそうだろ。遅刻なんてしようもんなら即失格だ。そんなリスク犯すわけないって」

ユウトは苦笑しながら隣に並ぶ。歩幅を合わせて坂道を下っていく途中、ふと気になることを聞いてみた。

「今年は何だと思う? 配信見てた限りじゃ、去年の『剣と魔法』は圧倒的人気だったらしいぜ。まあ、確かに面白そうではあったけどさ」

「でもなぁ……その分今年は逆に地味にしてくるんじゃないかって噂もあるぜ。バランス取ろうとしてる説だな」

「地味かぁ……それはそれで楽しみが減りそうだな。やっぱアクション要素は欲しいよな!」

「おいおい、まだどんな設定か分かってもいないのにハードル上げ過ぎだろ」

ユウトが呆れたようにツッコミを入れてくる。確かにそうだけど、つい想像してしまうのが男の性ってやつだ。


住宅街を抜け、大通りに出ると人通りはさらに増えた。横断歩道の信号待ちをしているだけで、明らかに試験会場へ向かうと思われる若者たちが大量にいるのが分かる。

「すげぇ人だな……」

思わず呟くと、ユウトも周りを見回して頷いた。

「毎年のこととはいえ、壮観だよな。こんなにいるなんて」

「これだけ人数いると、知り合いとも会うかもしれないな」

二人で顔を見合わせて吹き出した。


遠くに見えてきたのは、銀色の巨大なビル群――試験センターだ。その周辺にはもう無数の人影が固まっていて、まるで何かの祭典が始まる直前のようだった。いや、実際そうなんだろう。少なくとも配信ではエンタメとしても成立しているんだから。


駅前の広場に差し掛かると、空中に投影された特大のカウントダウンが目に飛び込んできた。


――試験開始まで 02:27:14――


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