支援物資
翌朝。 教会の門の前に、一台の豪華な馬車が止まった。 現れたのは、王都の紋章が入った重装鎧の騎士たちと、神経質そうな顔をした文官だった。
「ひっ……! 騎士様だ! 魔王を退治しに来たんだ!」
子供たちが騒ぎ出す。カレンは口にパンを咥えたまま、慌てて剣を手に取った。 アデルはエプロンを外し、静かに玄関へ向かう。
「スペルヴィア卿。……あ、いや、元団長」
文官がアデルの顔を見た瞬間、あまりの威圧感に膝をガクガクと震わせた。
「な、何の用だ。王都へ連れ戻しに来たわけではあるまいな」
「い、いえ! 陛下より、追加の支援物資と、お手紙を預かって参りました……! ど、どうぞ、お納めください!」
文官は震える手で手紙を差し出し、逃げるように馬車へ戻っていった。 手紙の内容はこうだ。
『スペルヴィアへ。お前が去ってから、城の庭にドラゴンが住み着いて困っている。あと、お前の代わりの団長が臆病すぎて、私と目が合うだけで泣き出すのだ。……そっちは楽しくやっているか? もし退屈なら、いつでも戻ってこい。あ、これは命令ではない。あくまで相談だ。怖い顔をしないで読んでくれ。』
どうやら、あの臆病な国王も、アデルがいなくなってから彼の「便利さ」と「実は一番頼りになる性格」に気づき始めたらしい。
「アデル様、何て書いてあるの?」
アリスが尋ねてくる。アデルは手紙を懐にしまい、彼女の頭を撫でた。
「……『掃除の仕方を忘れたから教えてくれ』という、情けない内容だ。放っておけ」
「ふふ、王様もアデル様がいないとダメなんだね」
支援物資の中には、最高級の茶葉と、大量の学習教材が入っていた。 アデルはさっそく、子供たちのための「第二回・地獄の特訓(※ただの補習)」を始めることにした。
「いいか、今日は算数の応用だ。カレン、お前も座れ」
「なっ、私は勇者見習いだぞ! 算数など……」
「とんかつのおかわりを計算できない勇者に、魔王は倒せんぞ」
「……三桁の掛け算までやってやるよ!」
カレンは鼻息荒く席に着いた。 平和な、あまりにも平和な時間が流れる。
だが、教会の外では、近隣の村人たちが集まってヒソヒソと相談していた。
「見たか……王家が貢物を運んできたぞ……」 「やはり、魔王に国が乗っ取られたというのは本当だったんだ……」 「私たちも、生贄(※収穫した野菜)を捧げにいかないと殺されるかもしれない……」
そしてその日の午後、教会の前には大量の新鮮な野菜や果物が、「どうかお許しを!」という書き置きと共に供えられた。
「……お、おい。村人たちが野菜をくれたぞ。やっぱり俺の熱意が伝わったんだな」
アデルは感激した。
「アデル様、みんな『賄賂』だと思ってるけど……まあ、野菜が美味しいのは本当だもんね。今夜はサラダパーティーかな?」
アリスがくすくすと笑う。 アデルの「最高のセカンドライフ」は、誤解と恐怖に満ちながらも、着実に賑やかさを増していくのだった。




