今夜はとんかつ
ヒュンッ!
空気を切り裂く音と共に、カレンを襲おうとしていたオークの首が、あらぬ方向へひん曲がって吹き飛んだ。
ドサァッ。
巨体が崩れ落ちる。その背後に立っていたのは、両手に紙袋(中身は子供靴と卵)を提げたアデルだった。
「……え? あ、アデル……?」
カレンが呆然と呟く。
アデルは紙袋を地面にそっと置くと、オークの群れを見回して舌打ちをした。
「チッ。せっかく耕した畝が台無しだ。……おい豚共。肥料になりたいのか?」
アデルの背後から、どす黒いオーラが噴出する。
それは魔力による威圧なのだが、視覚的には「怨霊の集合体」が背後で蠢いているようにしか見えない。
「ブ、ブヒィッ!?」
さっきまで殺気立っていたオークたちが、アデルを見た瞬間、一斉に後ずさった。本能が「捕食者」だと告げているのだ。
「カレン、怪我はないか」
「あ、ああ……なんとか」
「そうか。下がっていろ。服が汚れる」
アデルは一歩、前に出る。
オークの将軍が、恐怖を振り払うように咆哮し、部下たちに突撃を命じた。
「グルアアアアッ!!」
殺到するオークの波。
アデルは杖すら構えなかった。ただ、面倒くさそうに片手をかざすだけだ。
「騒がしい。子供たちが昼寝中だったらどうする」
アデルが放ったのは、広範囲の睡眠魔法。
対象を穏やかな眠りに誘う、平和的な魔法だ。
「――《静寂よ、永遠の微睡みを与えん(エターナル・レスト)》」
ブワァァァァッ!!
アデルの手から、漆黒のガスが猛烈な勢いで噴き出した。
それは霧というより、毒ガスか即死性の呪いの煙に見えた。黒い煙に巻かれたオークたちは、悲鳴を上げる間もなく白目を剥き、バタバタと地面に倒れ伏していく。
数十秒後。
そこには、死屍累々の光景が広がっていた。ピクリとも動かない五十頭のオークと、その中央に立つ黒衣の男。
「……全滅、させただと……?」
カレンがガタガタと震える。
「一瞬で……命を奪ったのか……? なんて恐ろしい即死魔法だ……」
「ん? いや、寝てるだけだぞ」
アデルは倒れているオークの腹を蹴った。
「殺すと死体の処理が面倒だからな。起きる前に縄で縛って、街の衛兵に引き渡せば報奨金になるだろう」
「寝てるだけ!? その『魂が抜けたような顔』でか!?」
カレンがツッコむが、アデルは聞く耳を持たない。
そこへ、教会から子供たちが恐る恐る出てきた。
「……あ、アデル様?」
アリスが、アデルの声を聞きつけて駆け寄ってくる。
「アリス、危ないから来るなと言っただろう」
「ううん、違うの。アデル様の匂いがしたから、安心したの」
アリスは死屍累々の戦場(に見える場所)をトテトテと歩き、アデルの足に抱きついた。
「おかえりなさい、アデル様。……守ってくれて、ありがとう」
その光景を見て、カレンは言葉を失った。
黒い霧が漂う中、怪物の山に囲まれ、魔王のような男が、天使のような少女の頭を優しく撫でている。
あまりにもアンバランスで、けれど、どこか神聖ですらある光景。
「……ふん。今回だけは、礼を言っておくぞ」
カレンは剣を収め、そっぽを向いた。
「だが、勘違いするなよ! 貴様が危険人物であることに変わりはないんだからな!」
「はいはい。……それよりカレン、手伝え。このオークたちを運ぶぞ」
「はぁ!? 勇者見習いを雑用にするな!」
「今夜はトンカツだ」
「……ロースか? ヒレか?」
「両方だ」
「……運べばいいんだろ、運べば!」
こうして、オーク襲撃事件は幕を閉じた。
後日、街の衛兵所に「縛り上げられた大量のオーク」が山積み置かれ、その上に「お中元」と書かれた木札が刺さっていた事件は、街の人々を「魔王からの宣戦布告だ……」「次は人間がこうなるんだ……」とさらなる恐怖のどん底に叩き落としたという。
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