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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
1章  夢見る村

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 起こされたのは日の出間近(まぢか)

「チェッ! 東の山が邪魔しちゃって朝陽が差し込んでこないじゃん」

寝ぼけ(まなこ)を擦りながらピエッチェが、クルテの愚痴を聞かされる。


 不満なのはピエッチェだ。まだまだ眠い。

「日の出を見せるために、起こしたのかよ?」

怒りが滲むピエッチェに、クルテは悪びれる様子もなくサラリと言った。

「いいや、すぐに出かける。森に行こう」

途端にピエッチェの眠気も覚める。


「こんな時刻からか?」

「村人たちに内緒で行くんだ」

「なんで内緒にする?」

「一緒に行くって言われたら面倒だから」

「一緒に行って貰えばいいじゃん」

「だぁ~め」

「なんで?」

「森に着けば判るよ」

「そんなに危険なのか?」

「それは不明。行けば判る」

「俺はおまえが意味不明」


 音が立たないよう慎重に部屋の扉を開け、忍び足で廊下を行く。玄関扉がギギッと少し音を立てたが、外に出てからは森に向かって一目散に駆け抜けた。


「村から逃げ出したって誤解されないか?」

「大丈夫、部屋に書置きを残したから」

「なんて書いたんだ?」

「朝の散歩。今日もいい天気だねって」


 森の入り口に到着し、ピエッチェが空を見る。

「今にも降り出しそうだぞ?」

「そこはごあいきょう――きっとそのうち雲は消える。たぶん」

「また『たぶん』かよ……で、こっからどうする? 街道を行く気はないんだろう?」


「右はわたしたちが下ってきた川がある方角、途中まで森だけど、すぐに原っぱになる。左に行けば東の山まで続く森。どっちに行く?」

「一日で両方回れる?」

「無理。今日の目標は森全体の四分(よんぶん)(いち)――右か左かさっさと決めろ」

「そんなに大きな森だったっけ?」

「長すぎる散歩はヘンだから、朝食までには宿に戻る」

「なんか可怪(おか)しいな……おまえ、何か隠してるだろ?」

「例えば何を? いいから動こう、歩きながら話そう」


 結局、左に向かうことにしたピエッチェ、

「昨夜は例の魔物は出たか?」

割合まともなことを訊いた。


「来た……なんか探してる」

「探してる?」

「きっと今夜も来る。よく見ておくよ」

「いっそ、対決してみるか?」

「不用心に動かないほうがいい」

「度胸がないな」

「おまえのは度胸じゃなくてただの向こう見ず」

「そうなのかな? それにしても気持ちのいい森だな」

「……いろんな野鳥が鳴いてる。その木の枝にはリスがいる。あ、サルナシがってる。この袋に摘んどけ」


 差し出された袋を何も考えずに受け取るピエッチェ、袋を手にしてから、なんで俺が? と思うが、逆らうのも面倒なので実を摘み始める。


「腹が減ってるなら食ってもいいよ」

「むしろ喉が乾いてる。まぁ、コイツを(かじ)っとけば少しは(しの)げそうだな。で、なんでおまえは摘まない?」


「ほかにも何かあるかもしれないから」

「ほかにも?」

「サルナシやプラム、チェリー、ブルーベリー、今の時期だとこんなもんかな?」

「この森にあるのか?」

「そんなの知るか」


「見つけたらおまえが収穫するんだな?」

「ピエッチェに決まってる」

「なんで?」

「サルナシはそろそろいいよ、先に進もう」


 ピエッチェが袋を覗き込むと三十個は入っていそうだ。一つ取り出したところでクルテに袋を奪われる。


「持たせとくと無くなる」

「ふん! しかし、やっぱり気持ちのいい森だ。吹く風が爽やかに感じる」

「もうすぐ雨が降りそうだったんじゃないの?」

「なんだ、雨は苦手?」

「人間の姿の時に濡れたくはないね」

「おまえ、風呂嫌いか?」

「入ったことない」

「今度一緒に入ってゴシゴシこすってやるよ」

「無理だし、不要。汚れたら姿を消して再度作ればきれいさっぱり」

「服は?」

「内緒」

「またか」


 ケラケラ笑うピエッチェを横目に、

「今度はプラムだ」

立ち止まったクルテが袋を差し出した。


「なんだ、また俺かよ?」

「食べないわたしに食料を集めさせる?」

「村人たちと一緒になって何か食べてなかった?」

「あの場で何も食べないのは不自然」

「食べなれないのに食べたから体調が悪いとか?」

「そうなのかな?」


「ものを食べたのも初体験?」

「だいたい、人間に混じって談笑したのも初体験」

「初めての事ばかりで楽しそうだな。今度、どこかで酒を飲んでみるか?」

「酒場は好きだ。秘密を抱えた人間がたくさんいる」

「酒は飲むんだ?」

「まさか。人の姿でなんか行かない」


「食えそうな実はこれくらいだな――次はなんだ?」

「あの切り株だらけのとこが東の山の端っこ。あそこで少し休む」

「えっ? もう? いくらも、っておい、待てよ!」


 ピエッチェを置き去りにさっさと行ってしまうクルテを慌てて追いかける。クルテは切り株に辿り着くと、すぐに腰を降ろしてしまった。

「なんだ、そんなに弱っちかったっけ? って、あれ?」


 森の領域から出た途端、何かが変わったと感じたピエッチェだ。

「この森、精霊の森なんだよ」

疲れ切った様子のクルテが苦笑する。


「お陰でもうヘトヘト……精霊の加護を受けた果実にわたしは触れない。だからピエッチェに採って貰ったのさ」

「って、この森には魔物がいるんじゃなかったのかよ?」

「居ると思うよ、精霊に対抗する能力を持つタイプがね。ソイツが精霊を操ってるんじゃないかな?」


「それじゃあ温泉を掘らせたのは精霊で、その精霊が魔物に操られて温泉を枯らせた?」

「それは魔物と精霊に訊かなきゃ判んない」

「見つけられるのか?」

「魔物は巧く姿を隠してる。気配だけは感じる……もう少し鳥とかリスとか、森の生き物たちから情報を集めてみるよ。何かヒントをくれるかもしれない」


「って言うか、おまえ、大丈夫なのか? 本当に今にも消えそうだぞ?」

「脅すなって……こうなることは判ってたんだけどね、入って確かめたかった」

「まさかまた明日も来る気か?」

「明日は新しい情報をもとにピンポイントで攻めようと思ってる」

「おまえは宿で待ってろよ、俺が一人で行く」

「だぁ~め。ピエッチェに見付けられるはずないよ――さて、東の山のふもとを通って村に帰ろう」


 立ち上がって森の縁を行くクルテ、不満げな顔でピエッチェが追った。


 宿では朝食の支度が整うところだった。サルナシとプラムは勿論喜ばれた。

「朝から散歩だなんて、やっぱり貴族さまは違うねぇ」

ババロフが少し皮肉を込めて言う。


「どうして僕たちが貴族だと?」

「騙そうなんて無理だぞクルテ。あんたたちはどう見たって貴族のお坊ちゃんだ」

「お坊ちゃんって言われるような(とし)じゃないよ」

「ま、確かにピエッチェはお坊ちゃんなんて言ったら失礼だな、立派な若者だ。でもクルテ、おまえはまだまだヒヨっ子って感じだし、十八だろ? 子どもみたいなもんさ」


 今朝のメニューは芋のポタージュで、どうもやら昨夜の雉の骨からスープを取ったようだ。深いコクが感じられた。それと平たく焼いたパンだった。

「こんな田舎の料理じゃ、貴族さまの口にはあわないだろうけど、まぁ、食いな」

どうにもババロフは機嫌が悪いらしい。


 何かあったのかと聞こうとしたピエッチェの頭に、クルテの声がする。

(ほっとけ。夫婦喧嘩のとばっちり。聞けば収拾つかなくなる危険あり)

秘魔が仲間って便利だな、と思うピエッチェだった。


 その日の昼間は薪割りや三頭いる牛の世話を手伝ったりして過ごした。と言っても働くのはピエッチェだけ、クルテはウロウロしているだけで、それでもピエッチェから離れずにいた。


 そんなクルテにババロフが

「女たちや子どもらのところに行ってもいいんだぞ?」

と、朝の不機嫌さが消えた様子で言う。

「そんなこと言わないで、ここに居させてよ」

少し拗ねた調子でクルテが答えた。


「やっぱり(うち)のカミさんが苦手かい?」

ババロフが苦笑する。

「会ったその日にこの()を嫁にしろなんて言われても、なぁ、困っちまうよな?」


「へへ、バレてた? てかさ、僕、まだまだ嫁なんて早いよね?」

「うーーん、貰っても可怪(おか)しくはないけどな。俺はクルテの(とし)であのカミさんと一緒になった。だけどクルテはあん時の俺よりずっと子どもな感じだな」

「僕ってそんなに子どもっぽい? ねぇ、どうやって口説いたの?」

「俺が口説かれたんだよ」

「言うよね、それって本当?」

こいつ、疑ってやがらぁ、とババロフが大笑いする。


「この村はな、なぜか昔から女のほうがそういう事には積極的でな。大抵の夫婦モンは女房の方が口説いて一緒になってるんだ」

「へぇ、でも、たまには男のほうからってのもあるんでしょう?」

「俺が知る限りないなぁ……昔はさ、夜になると女が被り物をして男の家を訪ねるって祭りがあった――七日間に渡って、女たちが夜ごと狙いの男にところへ行く。相手は何人いたっていい。一晩に数人でも、毎晩違う男のところでも、おんなじ男のところでも構わねぇ。で、一番よかった相手と一緒になったそうだ。気に入らなけりゃあそれっきり。なもんで、男に自分が誰だか知られないように被り物で顔を隠したんだとさ」

「それって浮気性ってこと?」

「祭りの期間に限ってはな。まぁ、一人って決めたら他の男とは縁切りさ」


「選ばれなかった男は怒りそうだよね?」

「自分のところに来たのが誰だか判らないんじゃ怒りようもないさね」

「バレたことはないの?」

「さぁ、どうなんだろうね?」


「でもさ、男が女のところに通うってのはなかったんでしょう? だいたいなんでそんな祭りが始まったんだろうね?」

「大昔からあった祭りとしか判らんね。そのあたりの言い伝えはないしな」

「その祭りっていつまで続いてたの?」

「俺の祖父(ジイ)さんのころまでだから百年くらい前までじゃないか? 俺も子どもの頃、祖父さんから、祭りの夜に女が鉢合わせして困ったなんて自慢話を聞かされた」


「ババロフのお祖父さんはモテたんだ?」

「ははは、クルテ、判っちゃないねぇ、祖父さんが見栄を張ったのかもしれないじゃないか。何人の女が来るかとか意中の女が来るかとか、そんなことが祭りの夜の男たちの楽しみだっただろうさ。それに言ったモン勝ちだ。どの女がどこに行ったかは、その女しか知らないんだからな」

「なるほど。一人も来なかったなんて恥ずかしくて言えないってことだ」

クルテもババロフに合わせて笑った。


 牛たちは見慣れないピエッチェを馬鹿にして、なかなか言うことを訊かなかった。それを見て笑うクルテ、

「牛たちよ。後悔したくなければ、ピエッチェの言うことは聞いておけ」

とババロフに聞こえないよう、そっと呟く。


 急に怯える牛たちをババロフが宥め、ピエッチェもそれを手伝う。すると牛たちはババロフではなくピエッチェについて行った。

「おや、いきなり懐いたね、ピエッチェ、どんな魔法を使ったんだい?」

ババロフの冗談に目を白黒させるピエッチェ、クルテはババロフに冗談を返す。

「牛もきっと、乳を絞られるならジイさんよりニイさんのほうがいいのさ。三頭とも牝牛(めうし)だろう?」

「そうか! きっとそうだな!」

ババロフがガハハと笑った。クルテが魔物の力で牛たちを従わせたと判っているピエッチェは笑うどころではない。

「牛に好かれてもな」

とボソッと言っただけだった。

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