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夕食は宿の主人の予告通りクリームシチュー、大きなミートボールが三つゴロンと入っていて食べ応えがありそうだ。人参とグリーンピースも一緒に煮込まれていて色どりもいい。他は潰した苺が掛けられたグリンサラダ、皮を少し硬く焼いた丸パン、デザートのババロアにはラズベリーとブルーベリーが添えられていた。
「朝はパンとスープ、茹で野菜に玉子、パンはチーズ入り、ヨーグルトもつける。玉子はボイルとサニーサイド、どっち?」
「俺、ボイルでお願いします!」
元気よく答えるカッチーに宿の主人がニッコリする。
「固ゆでが好きそうだね」
「はい!」
一通り聞き終わって帰ろうとするのをピエッチェが呼び止めた。
「朝にもオレンジジュースを。それと何か果物も貰えるか?」
「ジュースは他にブドウとリンゴもあるけどオレンジでいいの? 果物は夕食と同じか、リンゴしかないよ?」
するとピエッチェがクルテを見た。
「ジュースはオレンジ。果物は適当な盛り合わせで」
「果物好きはお嬢さんか」
ニッコリ笑む宿の主人にクルテも微笑み返す。
ムッとしたが怒っている場合でもない。ピエッチェが
「ところで、貰った人形のことを聞きたんだが……」
重苦しい声で言った。
「あの人形がどうかした?」
宿の主人は機嫌が悪そうなピエッチェに緊張したが、苦情じゃないと判ると安心したのかペラペラと話し始めた――
クルテが並べられた料理を見て、ニヤッとする。
「ピエッチェが好きなブルーベリーがある」
するとマデルが
「ピエッチェのことならなんでも知ってるのね」
クルテを見つつピエッチェをチラッと盗み見る。
「デレドケのお茶会で、ピエッチェが――」
「わぁっ!」
クルテを止めようと叫ぶピエッチェに、カッチーが目を丸くする。
「なによ、わたしたちに聞かせられない何かがあった?」
マデルはクスクス笑うだけだ。
「ピエッチェ、あの時はわたしが悪かった。だからそんなに恥じなくていい」
「いや、その、なんだ」
「へぇ、ピエッチェが恥ずかしがることって?」
「最後に食べようと楽しみに残してたケーキを――」
「やめろってば!」
ピエッチェの狼狽えようにマデルがニヤニヤと、
「ははん、さてはクルテに横取りされて拗ねたか?」
と言えば、
「半べそ掻いてた」
とクルテ、
「嘘吐け!」
もちろんピエッチェが抗議する。
「苦情は言ったが、泣いちゃいない」
「そう言えばそうかもしれない」
ケロッと言うクルテに、
「食べ物の恨みは恐ろしいから気を付けたほうがいいですよ」
カッチーが真面目な顔で言う。
「それにしてもピエッチェさんがブルーベリー好きって少し意外です」
あぁ、とピエッチェが溜息を吐く。
「子どもの時、庭にあったのを一人で全部食い尽くしちまった。四・五本あったのかな? で、腹を壊しちゃったんだけど、怒った親父がブルーベリーの木を全部伐っちまった。それ以来、食卓にブルーベリーはジャムすら出たことがない」
「怒るならピエッチェに怒ればいい。罪のないブルーベリーを伐るな」
不快感を示すクルテ、
「それほど息子が可愛いってことよ。一人っ子?」
マデルがクスクス笑いながら言い、
「いや、姉が一人」
と答えるピエッチェ、少し嫌そうな顔をする。
「あら、お姉さんと仲が悪い?」
「そんなことはない。ただ……心配なだけだ」
「心配って? 悪い男に騙されてるとか?」
冗談のつもりだったマデル、ピエッチェが表情を強張らせたのを見て真顔に戻る。
「そっか……それは心配ね。あんた、こんなところに居ないで、早く帰ってあげたほうがいいんじゃないの?」
「だからさ、俺は死んだことになってるから」
「死んだと思ってたのに生きてたってなれば、お姉さんも喜ぶでしょう? ご両親もお亡くなりになってるなら、お姉さんが頼れるのはピエッチェだけよ」
「いや……」
言い難くそうなピエッチェ、クルテが、
「ピエッチェの姉さんは既婚。そしてその相手がピエッチェに怪我をさせた」
と暴露する。
「なによ、それ……」
顔色を変えるマデル、
「その怪我って、まさかクルテが手当てしたって言う?」
と声を震わせる。
「あぁ、アイツは俺を殺すつもりだった」
ピエッチェが絞り出すような声で言った。
「だから俺は帰れなかった。帰ればアイツは今度こそ俺を殺そうとするだろう」
「なんでソイツはピエッチェを殺そうとしたの?」
「ピエッチェの地位や財産を横取りするため。ピエッチェの姉さんと結婚した理由も同じ」
これもクルテ、マデルが
「お姉さんはその事は?」
と、さらに追及する。
「知らないと思う。ピエッチェは姉さんを助けるためには力が必要と考えてる」
「あ……だからローシェッタ国王の助力が欲しい?」
マデルがピエッチェをマジマジと見る。
「ピエッチェ、あなた、ザジリレンではどんな地位に居たの?」
「それは……ローシェッタ国王にしか言えない」
国王はカテロヘブの顔を知っている。だから会えば言わなくても、ザジリレン前王だと知れる。
ネネシリスが流したカテロヘブの悪行をローシェッタ国王が信じている可能性があるうちは不用心に会えないし、ローシェッタ国内に居ることを知られるわけにもいかない。王室魔法使いのマデルは、ピエッチェが実はカテロヘブだと知れば国王に報せるだろう。教えられない。
マデルは少し考えた後、
「判った、今は訊かない。でも約束して」
とピエッチェを見た。
「わたしを助けて必ずフレヴァンスさまを見つけ出す。それが終わったら、あなたがお姉さんを助け出すのをわたしに手伝わせる」
「マデル?」
「その二つを約束してくれるなら、素性を追求しないし、調べもしない」
今度はピエッチェがマデルの顔をマジマジと見る。するとクルテが
「ありがとうマデル。マデルが来てくれると助かる」
と答えた。
「しかし……」
簡単に承知できることではないと躊躇うピエッチェ、マデルが
「当の本人が嫌がってるよ?」
と苦笑する。
「大丈夫。ピエッチェはわたしに逆らわない」
「なんだよそれ?」
「わたしもピエッチェに背かない。そしてピエッチェは、わたしの判断を信頼してる。だからわたしがマデルと約束すれば、ピエッチェと約束したも同じ――約束するよ、マデル」
「何を勝手なことを――」
「判った、クルテ、約束ね」
ピエッチェの気持ちを無視して契約は成立したようだ。
それにしても、とクルテがマントルピースの上に置いたクマを見る。
「オリジナルはここに住んでいた母親の手作りだったね」
ピエッチェがクマのことをあれこれ聞いても宿の主人はイヤな顔一つせず答えてくれた。根っからの話好きのようだ。
『俺が生まれる前のことで、親父から聞いたんだけどね……』
宿でクマのぬいぐるみを子どもに配ることになった経緯だ。
たまたま湖で男の子と遭遇した宿泊客の女の子がクマのぬいぐるみを欲しがり、男の子から取ろうとした。男の子も黙って渡しはしない。二人は揉みあいになり、男の子は誤って女の子を湖に突き落としてしまう。幸い近くに居た大人たちがすぐに気が付き、女の子は無事に助けられた。
だが、女の子の親の怒りは収まらない。宿としては他人の物を欲しがり、無理に取ろうとした女の子の躾けに問題があると思うものの、客に本音を言えもしない。女の子の親に男の子の親を教えろと言われ、渋々コテージに案内した。
怒鳴りまくる女の子の親、母親は黙って聞いていたが、女の子が親の影に隠れるように自分を見ているのに気付くと女の子に話しかけた。
『そんなにクマさんが気に入った?』
『気に入ったから欲しいのよ』
『だったら朝までに新しいのを作ってあなたにあげるから、誰かの物を取ったりしないって約束して。それは泥棒がすることよ』
女の子は嬉しそうに頷いた。
恥を掻かされた女の子の親はますます憤ったが宿泊代をサービスすると宿が申し出ると、まだ怒っているぞという態度でコテージをあとにした。
『それでさ、うちの親父、受付に人形を用意することを思いついたんだよ。同じ人形をあげれば、男の子が持ってる人形を見たって欲しがらないだろうって。で、男の子の母親に真似をしたいけどいいかって訊いた。男の子の母親は快く承諾して親切に型紙までくれたんだ。たくさん必要になるだろうから、工房に持ち込んで作って貰えって――本当は二種類作りたかったらしいんだよね。でも、もう一つのほうは特別なものだからって、男の子の母親が許してくれなかったそうだ』
男の子はクマのぬいぐるみを二つ持ってた。女の子はそのうちの小さい方を欲しがった。二つあるのだから小さいほうをくれたっていいだろうって理屈だ。だけど女の子が小さい方を欲しがったのは、大きい方はどこか凄みのある顔だったからじゃないか? よく考えれば、大きいほうは子どもが欲しがるとは思えない。むしろ怖がりそうだ。
『親父、この話をするたび、大きい方は断られて正解だったって。金を出して作っても処分に困るだけだったって笑ってたよ』
宿の主人は工房の地図を書いておくと言い、コテージを出て行った。
「フレヴァンスさまを連れ去ったクマは人よりも大きかった。子どもが持ち歩けるサイズじゃない……魔法で大きくしたんだろう」
ポツリとマデルが言った。
「ピエッチェの背を五割増しにしたくらい。そして顔は恐ろしかった。野生のクマが敵意を剝き出しにしたらあんなかも」
「ピエッチェの五割増し……なんだかお得な気分になった」
「クルテ、笑えない冗談はよせ」
「冗談じゃない、素直な感想――ぬいぐるみなのに本物のクマみたいな顔?」
「ううん、どう見てもぬいぐるみなんだけど、なんて言うか、迫力があった」
「大きい方のぬいぐるみが魔法で動かされているとマデルは思う?」
「わたしが夢で見た絵にはギュームのサイン、それはきっとの部屋の絵、フレヴァンスさまがクルテに助けを求めた部屋はここ、そしてこの部屋に住んでいた男の子のぬいぐるみ、その小さい方をフレヴァンスさまは子どもの時に手に入れて大事にしていた。大きい方がフレヴァンスさまを拐ったって考えるのは妥当じゃない?」
「そうだな、その通りだ。そして、この部屋に住んでいた男の子が犯人、そうでなくても大きく関わっているって考えた方がいい」
ピエッチェの意見にマデルが頷く。
「でも、その男の子はどうすれば見付かるのかしらね?」
と思いつめた顔で溜息を吐いた。
クルテがもう一度マントルピースのぬいぐるみに目を向ける。
「判っているところから探っていくしかない――工房はこの近くらしいから、明日行ってみよう。当時の型紙が残っているといいな。何か手掛かりがあるかもしれない」
カッチーが、
「そうと決まったら、さっさと食べちゃいましょう。せっかくの料理が冷めきっちゃいます」
とシチューを口に運んだ。




