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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
5章  碧色の湖と人魚の涙

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 それがね……とマデルが申し訳なさそうに言う。

「ピエッチェが言うのはフレヴァンスさまを拐った巨大熊でしょう? それとは似てないのよね」


「そうなんだ?」

明白(あからさま)にピエッチェが落胆する。

「だったら、貰うこともなかったな」


「短絡的だね」

言ったのはクルテ、

「フレヴァンスのクマは誰のものだったのか、どうして消えたのか、そこに加えてどちらもクマ、そのあたりが気にならない? 不可解なことが多過ぎる。一見、無関係に見えても繋がってるかもしれない」

と鼻で笑う。悔しそうな顔をしたが、

「まぁ、そう言われてみればそうだな」

ピエッチェは逆らわなかった。


「庭のどこで見つけたとか聞いてない? それに王宮の庭って、誰でも入れるもの?」

「王宮に出入りが許されてればね。どこで見つけたかはどんなに訊いても言わなかった。ただ、貰ったの一点張り。『お庭で見つけた。傍に居たお兄さんが僕のだけど、キミにあげるよって言った。お庭のどこかは言わないって約束した。初めて会った人で名前は聞いてない』って。総出で庭を探ったけど、怪しい人物は見つけられなかった」


「ますます怪しいのにな」

ピエッチェが苦笑する。

「そうなると、なんとしてでもクマを取り上げようとしたんじゃないか?」


「それがね、クマを魔法で探っても、ただのぬいぐるみ。怪しい仕掛けもなければ魔法が使われた痕跡もない。フレヴァンスは泣いて離さないし、大人たちは根負けしちゃったのよ。で、暫くはみんな用心したけど、何事も起こらない。フレヴァンスがクマを持ち歩いてても誰も何も思わなくなってった」


「そんなにお気に入りだったんだ? 幾つくらいまで持ち歩いてたの?」

「そうなのよ、寝る時も一緒だった。それが十五の誕生日に、『嘘吐き』って泣いたと思ったら、もう要らないって。でもさすがに捨てられなかったみたい。寝室の飾り棚に置いてたわ」


「嘘吐きってなんだろう?」

ピエッチェが訊いた。


「それも謎なの。いくら聞いても教えてくれなかった」

「でもマデル、ひょっとしたら、って思ってるんじゃない? ずっとフレヴァンスの近くにいたんでしょ?」

クルテが訊くと、

「そりゃあまぁね、そんな年ごろだったしね」

マデルが少し含羞(はにか)んだ。


「いろいろ想像しちゃったわよ。クマをくれた相手はフレヴァンスさまに〝十五歳の誕生日〟までに迎えに行くとか会いに行くとかって約束したんじゃないか。フレヴァンスさまはそれを信じてずっと待ってた――クマを貰った時、フレヴァンスさまは七つか八つ。クマをくれた優しいお兄さんに、恋をしたのかもって」


「初恋か。あり得ない話じゃないな」

と、ピエッチェが唸る。

「そのお兄さんって幾つくらいだったんでしょうね?」

これはカッチーの質問だ。マデルがそれに答える。

「それも判らずじまいよ――なにしろ判っているのはクマをくれたのはお兄さん、ってことだけだから」


「そのお兄さんなんだが、このコテージに住んでいた男の子ってことはないか?」

そう言ったのはピエッチェだ。

「男の子がここを出て行ったのが十八年前、フレヴァンスがお兄さんにクマを貰ったのが十七年前。同時期だよな」


「ここに住んでた男の子って幾つなんだろう? それにどんな顔をしていたかも知りたい」

クルテが考え込む。

「宿の主人に訊いてみるか――無関係って言ったのは失策だったかも。実は探してるって言ってたら、ギュームが描いた絵を見て貰うこともできた」


「でもさ、不用意に関係者だなんて言えないよ。警戒されたらおしまいだもん。さっきの話だって、居所は判らないって言ってたけど、本当だって保証はないしね」

とマデル、

「男の子を庇うってのも有り得ない話じゃない。昔話とは言え、ペラペラしゃべり過ぎなのも怪しい」

ピエッチェがマデルに同意するが、

「お喋りなのは、あの男の性格だと思うけどね」

クルテがクスリと笑い、ピエッチェがムッとする。


「おまえ、あの男が随分と気に入ったようだな」

見っともないと思うのに、口から不満が飛び出してしまうピエッチェ、『やめなさいよ』とマデルが窘める。クルテが不思議そうな顔をするが、

「別に気に入っちゃいない。敢えて言うなら向こうがわたしとカッチーのことを気にしてる」

と言った。


「カッチー?」

「俺ですか?」

ピエッチェとカッチー、二人揃って間の抜けた顔になる。


「子どもが好きなだけだよ。自分に子どもができたらって夢想して、凄く楽しみにしてる。さっきカッチーが柵を開けるのを手伝った時、嬉しそうだった。息子ができたらこんなふうに手伝ってくれるのかな、って思ったんだ、きっと」


「そう言えば、欲しいけどまだできないって言ってたね」

クルテの言葉をマデルが後押しする。

「授かりものだからってケロッと言ってたけど、少しだけ寂しそうだった」


「ま、善良な男だと思う――それより、そろそろお茶とジュースを持ってくるんじゃないかな? ここに住んでた男の子をみんなで想像してたとでも言って、年齢と顔の特徴を訊こう。わたしが訊くよ」

「おまえが?」

バツが悪くなって黙ってしまったピエッチェがまたムッとする。それをクルテが当たり前だという顔で、

「宿の主人(あるじ)は四人の中で一番わたしに気を許してる。こんな娘ができたら幸せだなって感じてる。その次にカッチー。でもカッチーは緊張しちゃって巧く話を訊き出せない。だからわたしが訊く」

と言った。


 それでもなんとなくイヤだと思うが、ピエッチェは何も言わなかった。言おうともしなかった。クルテが『黙れ!』と頭の中で怒鳴る気がした。


 玄関からノッカーの音がしてクルテが立ち上がった。

「けっこう大きい音ですね」

ノッカーの音の大きさにカッチーが驚き、

「そうじゃなきゃ、寝室に居たら聞こえないからね」

と、やはり立ち上がったマデルが微笑む。


 玄関に向かうクルテにマデルが付き添い、そのあとにピエッチェが続いた。ティーセットを運ぶ役目をカッチーから奪ったピエッチェだ。口出ししない約束で、本人は監視のつもりでいる。


「おまたせっ!」

扉を開けると無駄に明るい宿の主人が笑顔で立っていた。

「女房がシフォンケーキを焼いたんだ。これが結構うまい。よかったら食べてよ」

そう言いながらピエッチェに大きなトレイを手渡した。


「あぁ……料理上手の奥さんなんだね」

子どもを欲しがっていると聞いても、女房持ちとは考えていなかったピエッチェが毒気を抜かれる。それでも少し後ろに下がっただけでその場にとどまった。


「お茶代はサービス。ジュース代だけ貰おうかな」

「あら、ケーキのお代は?」

「賄いのお裾分けにお代は貰えないよ」


 言われた金額に色を付けて渡すクルテ、

「ところで、さっきの話で盛り上がっちゃって――さっきの話って、ここに住んでた男の子の話ね」

クスクス笑いながら言った。


「へぇ、あんな話のどこが面白いんだろう? あ、でも、何を聞いても面白おかしい時期かな? 雨が降っても笑い転げるお年頃って言うもんな」

「でね、いろいろ想像してたの。『きっとその男の子は美形だったわ』とか、『きっと貴族の隠し子よ』とか……どうだったの?」


「んー。まともに顔を見たことないからなぁ。たまに湖を散歩してるのを見かけるくらいだったんだ。でも、高そうな服を着てたから貴族のお坊ちゃんてのは当たってるかもね。隠し子かどうかまではなんとも言えない……見た目は悪くなかった。ブロンドで瞳はきっと青だ」


「へぇ、幾つくらいだったの?」

「いなくなった時は十五だって。親父とお袋が『まだ十五なのに』って話してるのを聞いた覚えがある」

「誰か(たず)ねてきたりは?」

「お嬢さん、興味津々だね――俺が知る限りないなぁ、居なくなった時、俺もまだ十にもなっちゃいなかった。それに、直接コテージに行かれたら宿も把握できないからね」

「そっかぁ……ありがとう、いろいろ聞いてごめんなさい」


 いや、いいんだよ、と笑って宿の主がコテージを出て行こうとした。が、立ち止まる。

「そう言えば、口元に黒子(ほくろ)があった」

と振り返った。

「うちの祖母(ばあ)ちゃんが言ってたんだよ。『口元に黒子があるからあの子は食いっぱぐれることはない』って。そうだ、あれはあの男の子のことだ」

夕食は当宿自慢の肉団子入りクリームシチューだよ……ニッコリ笑うと、扉を閉めて宿の主人は戻っていった。


 すぐに奥の居間に戻ってティーセットを置いたピエッチェ、寝室に行ってギュームが描いた絵を持ってくるとテーブルに広げた。


「口元に黒子がある……」

「でも年齢があわない。十八年前に十五なら、今三十三。ギュームの絵を買った男は四十に近いんだったんじゃ?」

「本人に確認した年齢じゃない。老けて見えるタイプなのかもしれない」


「木炭で書かれたデッサンなのが痛いね。せめて髪の色が判れば、同一人物の可能性が高まるのに――クルテ、どう思う?」

マデルの問いに、クルテが溜息を吐いた。


「もし同一人物なら、この部屋を描いた絵を欲しがった理由にも納得がいく。でも、肝心なのはここに住んでいた男の子と絵の男が同一人物かどうかじゃない。絵の男がどこに行ったかだ。その手掛かりは掴めていない」


「そうね、そうよね……」

肩を落とすマデルにカッチーが、

「でも、一つはっきりしたじゃないですか。フレヴァンスさまが幽閉されているのはこのコテージじゃなかった――だけど、振出しに戻ったわけじゃありません」

と励ます。


「振出しに戻ったわけじゃないって?」

「フレヴァンスさまが可愛がっていたクマはこのコテージの物なんじゃないでしょうか? とても似てるんでしょう、マデルさん?――少なくとも同じ工房で作られたものだと思うんです。次はその工房を当たってみてはどうですか?」


「カッチーは、フレヴァンスのクマが関係してると考えてるんだ?」

「フレヴァンスさまを連れ去ったクマとは違うかもしれないけれど、突然いなくなったのも気になるし、仕掛けもなく魔法も使われていないのなら、誰かが持ち去ったと考えるのが妥当では? だったら、そのクマに思い入れのある人物……フレヴァンスさまにくれた人か、このコテージを知っている人、あるいはぬいぐるみを作った人。こんなふうに考えるのは変ですか?」


「このコテージを知ってる人、ここに住んでいた男の子……」

マデルが呟き、ピエッチェが、

「クマをくれた人物、ここに住んでいた男の子、クマを作った人物、その三人が同一の可能性もあるな」

と言えば、

「このコテージで子どもにクマを配ることになった経緯(いきさつ)を聞いてみよう」

とクルテが言った。

「ついでに工房がどこかも聞く。とても気に入ったからオーダーで作って貰いたくなったとでも言ってみる」


「オーダー?」

「クマ以外も欲しいって言えば、工房の場所を教えてくれるんじゃない?」

納得できなさそうなピエッチェに、クルテがニヤッと笑んだ。

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