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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
5章  碧色の湖と人魚の涙

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「いい天気ですねぇ……」

荷台でカッチーが(つぶや)いた。


 宿のおかみさんが用意してくれたのは農家が使う荷馬車だった。心当たりを回ったが、やっと見つけたのがこれだという。昨夜、そろそろ寝ようかという時刻に再び訪れた女将さんに連れられて宿の庭に出た。


「馬は老いぼれ荷台はボロボロ、本音は処分に困ってたんだと思う。その代り格安だし、農民に見えるような服と荷台に乗せる(わら)もサービスさせた。これで勘弁してくれるかい?」


「わぁ! 俺、荷馬車の荷台に乗ってみたかったんですよぉ!」

喜ぶカッチーに微笑む女将さん、ピエッチェが、

「もちろん充分です。こんな遅くまでご足労をお掛けして、こちらこそお礼の言葉もありません」

と言えば、

「よかった……まぁ、老いぼれって言っても、まだまだ充分働けるって譲ってくれた人が言ってた。よく知ってる男だ。信用できる。でも、走らせると急に止まって動かなくなるから気を付けろだって」

女将さんは安心した顔をしたものの、それでも申し訳なさそうだ。


「もともと歩くつもりでいたんです。それに比べれば楽ができるんだから、ゆっくり行きますよ」

と微笑むピエッチェに、

「念のため聞くけど、馬は扱えるよね?」

と女将さんが訊くと、

「俺たちで馬を扱えないのは弟だけですから。でも、そろそろ教えようと思っていたところです」

クルテの指示でピエッチェが言った。


 マデルとカッチーの心を読んで得た情報だろう。あとで本人からなぜ判ったと聞かれたら、『適当に答えただけだ』と言えばいい。これもクルテの指示だ。


 用意してくれた農民の服は古着だが、丁寧に洗濯された男物と女物、それぞれ一揃えずつだった。

「あんたたちは貴族だろう? そんな上等な服を着てこの馬車じゃ目立っちまっていけないと思ってね。余計だったかい?」

これにはクルテが微笑んだ。

「気配り上手の女将さん、さすが女手でこの宿を仕切ってらっしゃると、感心いたしました」


「褒め上手なお嬢さんだね」

女将さんはまんざらでもないようだ。


 女将さんが気を良くしたところで部屋に戻ることになった。


 明日の朝は早いんだろう? と名残惜し気に訊かれ、予定の時刻を告げると

「判った、わたしも必ず早起きして受付にいる。もし居なくても、気にせず行っちゃっておくれ」

と、階段の下で別れた。


 服は大きめと言われたがピエッチェには少し丈が短かった。

「却って貧乏臭くっていいかも」

笑うマデルにクルテが、

「農民が貧乏って言うのは偏見――でもあの荷馬車なら貧乏な方が似合いそう」

真面目な顔で言い、カッチーが

「出発前に少し顔に泥を塗るとか髪に藁をくっつけて、それらしくしましょうよ」

と提案する。


 御者(ぎょしゃ)の隣の席に座ると言い張ったクルテが女物の服を着ると、これはぴったりだった。

「クルテさん、なに着ても似合います」

カッチーが褒めるとマデルも、

「うん、可憐な農民の娘役でいける」

と笑う。


「娘役? お芝居? 巧く演じられるかな?」

クルテがピエッチェを見る。するとピエッチェはクルテから目を逸らし、

「おまえは座ってればそれでいいよ。無理に何かしなくていい」

と言った。マデルとカッチーが見交わしてクスッと笑った。


 朝、女将さんは受付で待っていてくれた。

「おや、思ったよりもよく似合ってる」

クルテを見て言ったが、ピエッチェには

「守りがいのある娘さんだね、手を放すんじゃないよ」

と、笑いながら背中を叩いた。


 マデルに

「頼もしい弟さんたちがいて心強いね、羨ましいよ」

と微笑み、カッチーとは

「兄さんと姉さんの言う事をよく聞くんだよ」

手を握り締め別れを惜しんだ。


 顔に泥を塗るのはやり過ぎだとクルテが猛反対し、そのまま荷馬車に乗り込み宿を出た。


 カッチーは(わら)を敷いた荷台でご機嫌だ。マデルは『これなら乗り心地がよさそうね』と呟いた。女将さんの『またのご利用をお待ちしております』と言う声を背中に聞いて、シスール周回道に向かって出発した。


 グリュンパの街を早朝に出て、そろそろ昼になる。居眠りするんじゃないかと思っていたカッチーは興奮気味で眠りそうもない。マデルは(わら)を上手に敷いて横たわっている。クルテはピエッチェの隣でご機嫌だ。キャビンに閉じ込められた昨日と違って、乗り物酔いにならずに済みそうだ。馬にゆっくり行かせることで、大して揺れないからかもしれない。


 ピエッチェが馬を停めたのは道の両側が原っぱ、すぐそこに小川が流れている場所だった。

「ここらで少し休もう――馬に水も飲ませてやらないとな」


 ピエッチェが皮袋から水を手に受けて馬に飲ませているのを見ていたカッチーが訊いた。

「ピエッチェさん、俺に馬の乗り方、教えてくれませんか?」


 あぁ、とピエッチェが馬の顔を撫でてから、水を革袋から手に流して馬の(よだれ)を落とす。

「さっきの話か? そうだね、馬には乗れた方がいい。でも、この馬じゃダメだ。いつか騎士が乗るのに相応しい馬を手に入れて、それから練習しよう」


「馬って値段、幾らくらいするもんなんですか?」

「ピンからキリまでだな――いい馬だと小さな家くらい買える価格になる」

「そうですか……判りました頑張ります!」

さては自分の給金で買うつもりだな、と心の中でピエッチェが微笑んだ。


 マデルは原っぱで、腕を後ろに回して自分の腰をポンポン叩いている。昨日から座りっぱなし、横になりっ放しで痛むのだろう。クルテもやはり原っぱに居るが、こちらは蝶々と(たわむ)れている。楽しそうな笑顔がキラキラしている。


 クルテは……森に帰りたいのだろうかと、ふと思った。ゴルゼに騙されるまでは森で暮らしていたと言った。小鳥と歌い、小動物や蝶々と遊び、楽しく暮らしていたんじゃないのか?


 魔物になる前は人間ではない何かだとも言っていた。それは精霊? でも、精霊は森を出たら期限までに人間になれないと消えてしまうんじゃなかったか? いいや、違う。あれは芝居の話、作り話でクルテのことじゃない。だいたい、以前がなんであってもクルテは今、魔物だ。


 馬の世話を終えたピエッチェが荷台に寄り掛かりクルテたちを眺め始めるとカッチーが馬に近寄って、馬の顔に手を伸ばした。老いぼれ馬は温和(おとな)しい。目の端で様子を見ていたものの、ピエッチェはカッチーを止めることはしなかった。すると馬はカッチーの手に甘えるような仕草をした。カッチーの顔を見たい衝動を抑えたピエッチェだ。きっと嬉しさに輝いている。


 これからは老いぼれ馬を連れての旅となる。カッチーに馬の世話を任せてみようかな、そう思った。そうだ、老いぼれ馬じゃなく、何か名前を付けた方がいい。名付け親はカッチーで決まりだ。きっとカッチーは世話係も名付け親も喜んで引き受けてくれるだろう。


「そろそろ行くぞ」

ピエッチェがマデルとクルテに声を掛ける。ゆっくりとこちらに来るマデル、クルテは嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。御者台(ぎょしゃだい)に乗り込むクルテに手を貸して、次はマデル、と思って荷台を見るとカッチーがすでにマデルをエスコートしていた。何も言わす微笑んで御者(ぎょしゃ)席に乗った。


「これ、ピエッチェにあげる」

腰を落ち着かせるピエッチェに、クルテが花を差し出し、

花冠(はなかんむり)、似合う?」

と自分の頭を指す。クルテの頭にはいろんな花を編んで作った花冠が乗っていた。


「マデルが、とっても上手にできたって褒めてくれた」

「あぁ……とても綺麗だ」

ピエッチェが眩しそうにクルテを見て微笑む。どんな思いで綺麗だと言ったかを、クルテは理解しないだろうと思いながら。


 受け取った花をシャツのボタンホールに差し込んでピエッチェが手綱(たづな)に手を伸ばした――


 無事ベスク村に到着し、目的のコテージを探す。ベスク村に宿屋は三軒だった。

「コテージ? この村でコテージをやってるのは一軒だけだよ」

最初の宿屋が教えてくれた。


 教えられた宿は湖のすぐ近くだった。

「綺麗なところですね」

カッチーが景色に見入る。エメラルドグリーンの湖面は静かで、馬車で乗り合わせた老人が言うような、人に悪さをする(まも)が棲んでいるようには見えない。


 宿の受付で呼び鈴を鳴らすと、奥から出てきたのはまだ若い男、コテージに泊まりたいと告げると不思議そうな顔をした。

「まぁ、確かにコテージはありますけど……宿泊代が割高なうえ、古くってね。最近人気が無くなっちゃって、取り壊すかどうか迷ってたところなんです」

受付係は若い男、陽気で人懐(ひとなつ)っこそうな笑顔だが、軽薄に見えなくもない。チラチラとクルテを盗み見るのも気に入らない。


「古くったって隙間風(すきまかぜ)が吹くことはない。手入れを怠らず、客が居なくても毎日掃除してるし、寝具も清潔、風呂はないけどね。本館の裏手に大浴場がある。星空が綺麗に見えるって、評判の風呂だ。露天で男湯と女湯の二つ、他の客と一緒。良ければどうぞ」


「コテージには暖炉があるのかな?」

とピエッチェが訊くと、

「暖炉?」

急に男の滑らかな口が鈍り、笑顔が消える。


「暖炉があるのは一棟だけなんだけど、あんたら、なんであのコテージに?」

「知り合いに素敵なコテージだって聞いたんだけど、なにかあるのか?」


 それじゃあ関係ないんだな、と男が小さく呟いた。

「いやさぁ……俺も事情はよく知らないんだが、昔、そのコテージには男の子とその母親が住んでた。って言うか長逗留してた。そのコテージを指定するって、関係者なのかなって思ったんだよ」

「昔ってどれくらい昔?」


「俺が子どもの頃には母親が病気かなんかで死んだあとで、どう見ても大人じゃないのに一人っきりだった。でも十八年前に居なくなった」

「母親が死んでからは、宿が男の子の面倒を見たってことか。親類とかが見つからなくって仕方なかったのかな?」


「それが、宿賃はどこからか送金されてた。引き取り手が居なかったんじゃないのかね?――親父がさ、『いつ戻ってきてもいいように、あのコテージだけは取り壊すな』って言い(のこ)した。十八年間、音沙汰なしなのにさ」

「男の子の行方(ゆくえ)は判らないんだ?」


「うん、俺は知らない。でも、ひょっとしたら親父は知っていたかもな」

「その男の子の名前は判ってるの?」

訊いたのはマデルだ。


「いや、親父は『お(ぼっ)ちゃま』って呼んでた。俺や宿の従業員はコテージには行くなってきつく言われてたから近寄らなかったし、お坊ちゃまからこっちに近付くこともなかった。食事とかは親父とお袋が面倒見てて、お袋は三年前に逝っちまったけど、お坊ちゃまのことはやっぱり心配してたね」


「それで、そのコテージには泊まれるのか?」

これはピエッチェ、

「もちろんです。泊まっていただければありがたい。豪華な調度で風呂もある。建物も立派。四棟ある中で一番いいコテージ、お勧めです」

表情を明るくして受付係――多分この宿の主人(あるじ)が言った。

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