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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
4章  聖堂の鐘、鳴りやまず

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17

 ふいにピエッチェが握るクルテの手に力が入り、声が聞こえた。

「リンゴ?」


「クルテ! 目が覚めたのか? 具合はどうなんだ?」

思わず大声で呼びかけるピエッチェ、マデルが椅子にガタンと音をさせて立ち上がり、カッチーは座ったまま背伸びした。


「大声はイヤ。頭が痛い」

「あ、あぁ、悪かった。どうだ、具合は?」

「怠い、頭が痛い、寒い、物凄く眠い……リンゴよりオレンジがいい。オレンジジュースが欲しい。喉が渇いた」


「俺、受付に聞いてきます」

カッチーが吹っ飛んで行った。


 マデルがクルテに近寄って、

「クルテ……子どもみたいなこと言ってないで、お医者さまに診てもらお」

と優しく諭す。


「子どもみたい? 子どもだなんてイヤ」

「判ったから。ね、お医者――」

「イヤだってば!」

弱々しい声で叫ぶクルテ、

「こんなに嫌がってるんだ。医者が来たら却って具合が悪くなる」

ピエッチェがクルテを(かば)う。


「まったく! あんたたちときたら……」

呆れるのを通り越して、怒りを感じたマデルの声が荒くなる。


「ピエッチェ! あんたはクルテを甘やかし過ぎ。本当にクルテが大切なら、本人が嫌がろうと最善を尽くしなさい。それにクルテ! 子どもに見られたくないなら大人の行動をしなさい。だいたいなんでそんなに医者がイヤなの? まさか苦い薬がイヤだとかってんじゃないでしょうね!?」


「大声はやめてって言ってるのに」

涙ぐむクルテに狼狽(うろた)えたピエッチェがマデルに出て行けと言うか迷う。


 すると、泣きそうな声でクルテが言った。

「薬は飲んだことないから、苦いのがイヤとか判らない」

そしてピエッチェに訴える。

「わたし、どうしちゃった? こんなの初めて。頭が痛い。怠くて、寒くって、凄く眠い。起きてなくちゃって思うのに、目を開けてられない」


「おまえ、風邪を引いたこともないのか?」

「風邪? 訊いたことがある。これが風邪?」


「ちょっとクルテ、病気になったのは初めて? だったら医者に診てもらったこともないんじゃないの?」

「うん、ない」

「それじゃあ、なんで医者を嫌がる?」

「ピエッチェに訊いたら、医者はわたしの身体を調べるって言った。裸を見られるのはイヤ」

そんなこと言ってないと思ったが黙っていたピエッチェだ。


 少し困ったようだがマデルは諦めない。

「医者は必要なところを見るだけだよ。それにクルテが嫌がるような見方はしないから安心して」

「ダメなものはダメ。わたしの身体を見てもいいのは一人だけ」

「一人だけって……」

マデルがピエッチェを盗み見る。そして溜息を吐いた。


「どうする、ピエッチェ? あんた、クルテを嫁さんにするしかなさそうだよ?」

ところがクルテが

「そんなの無理」

と呟いた。


 ピエッチェが何も言わないうちに、

「なんで無理なのさ?」

と訊いたマデルが、

「わたしは女でも男でもないから」

クルテの答えに複雑な顔をする。


「だけどさ、クルテ。ピエッチェだっていつか嫁を貰うよ。あんた以外を嫁にしてもいいの?」

「それでピエッチェが幸せならいい。どうせその頃、わたしはいない」

「クルテ? 居ないって……ピエッチェと離れ離れになれるの?」


 謎めいたクルテの言葉に戸惑うマデル、

「それにピエッチェ! あんた、それでいいの!?」

今度はピエッチェに矛先を向ける。が、ピエッチェが答える前にドアが開いた。カッチーがオレンジジュースのグラスを持って戻ってきたのだ。


「クルテさん、お待たせしました!」

元気よく入ってきたカッチーが

「あれ? どうかしましたか?」

その場の雰囲気を感じ取って、マデルとピエッチェを見比べる。


「ちょっとね……医者を呼ぶ呼ばないで揉めた」

苦笑交じりのピエッチェ、

「クルテ、カッチーがジュースを持ってきてくれたよ」

クルテが身体を起こすのを手伝い、カッチーからグラスを受け取ると、

「俺が説得してみる――だから二人は向こうで待っていてくれないか?」

と言った。カッチーがピエッチェとクルテの分をテーブルに移してトレイを持つと、居残りたそうなマデルを促して寝室を出て行った。


 グラスに口を付けたままチビチビ飲むクルテをピエッチェが眺める。クルテは気まずげな顔で時どき盗み見るものの、まともにピエッチェを見ようとしない。


 クルテを嫁にするしかない――マデルにそう言われた時、それはできないと思った。それなのに、クルテの『それは無理』を聞いて胸が締め付けられた。どうせいなくなるとクルテが言った。居なくなるな、と思った。ずっとそばに居ろ……


 それでいいのかとマデルに問われ、いいはずがないと思いながら言えなかった。だってクルテは魔物だ。魔物を妻にできるわけがない。でも、それなら俺はクルテをどうしたいんだ? それにクルテは?


 飲み終わったグラスをクルテが差し出せば受け取って、テーブルに運んだ。

「白湯もあるけど飲むか?」

クルテが頷くのを見て、カッチーが用意してくれたカップを持ってクルテの傍に戻った。


「昨日、体を冷やし過ぎたんだ。長いこと、濡れたままでいたからな――もっと早く、気が付くべきだった」

「ごめん」

「おまえじゃない。俺が、だ。俺はもっと、おまえに気を遣うべきだったって言ったんだ」


 するとクルテが首を傾げた。

「なんで?」

「なんでって……だって、俺が一番おまえの傍にいるから」

「カテロヘブは誰よりもわたしを大事(だいじ)にしてくれてる。だからそれでいい――それに、わたしが居たくて傍に居る。だからピエッチェに責任なんかない」


 白湯のカップをピエッチェの手に押し付けるように渡すと、

「たっぷり眠れば治るよ。明日の朝になっても治らなかったら、また考える。どうしても医者に診せろって言うなら、ピエッチェも居て。それなら診せてもいい」


「おまえ、医者に魔物だってバレないか?」

「完全に人間の身体にしてるから、医者だろうが判らない。多分」

多分って、もし違ったらどうすんだよ?


「ねぇ、ピエッチェ?」

横になって布団を被ったクルテがピエッチェを見上げる。

「人間になって欲しい?」


「できないことを口にするな」

「ピエッチェはすぐ決めつける――難しいけどなれないわけじゃない」

「難しいって、どうすればいいんだ?」

「ん……」


 すぐには答えないクルテに、口から出任せかと思う。クルテが目を伏せた。

「とても難しい。わたしにはできないこと。でも、カテロヘブにはできる。方法はカテロヘブが思い出すしかない。わたしが教えてしまったら、魔法は発動されないから」

思い出せ? また『思い出せ』?


「クルテ、俺は何を思い出せばいいんだ? 俺にはさっぱり判らないのに? どうしろって言うんだ?」

「だから言えないんだってば――聖堂の鐘は鳴った。運命は決まっている」


 運命って? 女神の娘に、おまえは俺とナリセーヌのことを祈ったと言った。俺はナリセーヌと結ばれるってことか? 魔法を発動させるために必要な事を俺は思い出せないまま、おまえは消え、俺はナリセーヌと結ばれる。クルテ、おまえはそれでいいのか? それが嬉しいのか? それは本心か? そうだ、そもそも魔法って?


「クルテ――」

「眠いよピエッチェ。静かにして」

言い募ろうとするピエッチェをクルテの一言が止める。


「そうか……」

諦めに似た感情が心に広がるのを感じながらピエッチェが言った。

「俺も向こうの部屋に行くよ」

立ち上がるピエッチェを、クルテが慌てて引き留める。

「お願い、ここに居て。さっきみたいに手を握ってて。できれば……抱き締めて」


 クルテ、そう言っておまえは俺を振り回す。期待させては突き放し、あぁ、そうか、おまえ、秘魔だったな。俺の秘密を楽しんでいるのか? 魔物に惚れちまったって秘密を。


 それでもクルテを拒めない。空いたカップをテーブルに置いて戻り、

「少し向こうに寄れるか?」

自分が潜り込むスペースを作らせた。嬉しそうなクルテの顔を見ながらベッドに横たわる。


 抱き寄せると勝手にピエッチェの腕を枕にしてクルテは目を閉じた。クルテの身体はまだ熱い。簡単に熱が下がるはずもないなと思いながら、腕の中で安心して眠るクルテに胸が温まる。これは……幸福感だ。


 その幸福をずっと味わっていたいのは俺だけなのか?……ピエッチェがそっと溜息を吐く。


 人間になれないわけじゃないとクルテは言った。思い出すことで魔法が発動されるなら、なんとしてでも思い出す。


 だけど、もし人間に戻っても妻になってくれるとは限らない。女と見られたくないクルテだ。男の欲望に震えるクルテが結婚なんてできるだろうか?


 ピエッチェが失笑する。そうか、俺はゴルゼと一緒か? 乱暴してまでとは思わないけど、コイツと()()()と思っている。今は魔物だから自制できているだけだ。クルテが人間だったら、とっくに求めてしまっただろう。その時、クルテは? 恐怖に震え、俺を嫌うに決まってる。


 ピエッチェが少しだけ腕に力を込めてクルテを抱き寄せ、頬をクルテの(ひたい)(こす)り付けた。愛しくて堪らない。


 俺の忍耐はどこまで続くだろう? 我慢していれば、いずれはクルテが(いだ)く男への恐怖が消える日が来るかもしれない。それまでこうして抱き締めるだけで満足していればいいだけだ。でも……


 腕を緩めて宙を見据える。なにしろ思い出さなくてはならない。思い出せば人間になったクルテと離れずに居られるのなら、どんな事でも思い出す。女神の娘も聖堂の鐘も糞くらえだ。運命は自分で切り開く――ピエッチェは『思い出す』手掛かりを求めて、過去に思いを馳せた。


 居間に退避したマデルとカッチーはソファーに腰かけていた。

「マデルさんが悩んだってどうにもなりませんよ」

「そりゃそうだけど……」

「医者に診せるってクルテさんに言わせるのは簡単です」

「へっ?」

「ピエッチェさんがクルテさんに『医者に診て貰え』って言えばいいだけです」

「そう簡単にクルテが言うこと聞くかね?」

「聞くと思いますよ。問題はクルテさんにベタ惚れのピエッチェさんをどう説得するか、です」

「おや、ピエッチェはクルテにベタ惚れかい?」

楽しそうにマデルが笑う。


「クルテさんが女の人ならいろいろ納得できますもん。ピエッチェさんは、とっくに故郷の片思いの相手なんか忘れてますよ」

「遠くの憧れよりも身近の愛しさだね」

「それそれ、ピエッチェさん、クルテさんを見る時、愛しくってたまらないって目で見てますよね。あ、でもまさか、ペットみたいには思ってないですよね?」

「なによ、それ?」


「子どものころ小鳥を飼ってたらしいんですけど、その話をするピエッチェさんの目が、クルテさんを見る時と同じだったんです」

「ふぅん……そんな話をしてたんだ? でもさ、クルテをペット扱いするようなピエッチェじゃないと思うけどね?」

マデルが干しリンゴに手を伸ばしながらピエッチェとクルテがいる寝室に視線を向けた――

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