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一瞬の間をおいて、ピエッチェとクルテが同時に口を開く。
「礼なんか――」
「えぇ、もちろん」
礼なんか不要と言おうとしたが、クルテの『黙れ』で途中までしか言えなかった。ピエッチェが口を噤んだのをいいことに、シレッとクルテが後を続ける。
「レムシャンさんにお訊ねください。でも、お礼は必要ありませんよ――お義姉さん、わたしたちも食事にしましょう」
とマデルを見た。
レムシャンは連絡先など知らないだろうが……大嘘つきめ。ピエッチェが心の中でクルテに呆れた。だが、まぁ、これでギュームに連絡方法を問い詰められずに済む。
「では、わたしはこれで」
食事の邪魔になると思ったのだろう、ギュームが慌てて部屋に戻ろうとする。そんなギュームに
「わたしたちは食事が済んだらすぐに出立します。ギュームさん、お別れです。お世話になりました。いろいろお教えくださってありがとうございます」
クルテが言った。ギュームは再び礼を言い、またお会いしたいと言って自分の部屋に戻っていった。
「また会うことってあるのかな?」
芋を口元に持って行きながらカッチーが言う。
「コゲゼリテ温泉に遊びに行く時、ギュリューに寄るのもいいですね」
「レムシャンがどうなったかも気になるよね」
これはマデル、ピエッチェとクルテは笑んだだけで何も言わなかった。
クルテが話し始めたのは、ギューム分に用意したフルーツの皿をマデルが前に押しやってくれてからだ。煮込みを食べながらチラチラ見るクルテにイラっとしていたのかもしれない。
「食べてもいいの?」
クルテの喜びように誰もイヤとは言えない。
「食べたいって目で訴えられちゃね……それより、これからどうする?」
「モーシャンテンに行くか?」
マデルの質問に乗っかってピエッチェも問う。
モーシャンテンはギュリューから見るとグリュンパの向こうだ。点在する集落、ジェンガテク湖を取り囲む山々……湖の片隅に封印の岩があるだけだが国内有数の観光地だ。封印の岩を越えればザジリレンとの境界、だが、険しい山で人が通れるような道はない。ローシェッタ側もザジリレン側も断崖と言っていい。
「絵の部屋がモーシャンテンにあるなら行って確かめる――少なくとも絵の中ではフレヴァンスはあの部屋にいた」
「フレヴァンスさまが幽閉されているかも知れない?」
不安そうなマデル、『きっとそんなに簡単なはずはない』と感じている。
クルテの答えは正直だ。
「可能性がないとは言わない。でもあまり期待しない方がいい。フレヴァンスが閉じ込められているのは部屋ではなく『絵の中』とも考えられる」
「絵の中で生きていけるのか?」
これはピエッチェの質問だ。マデルが急速に蒼褪める。
「デレドケの宿で、窓越しとは言えわたしと目が合い、『助けて』とフレヴァンスは言った。生きているってことだ」
クルテの言葉に、マデルがほっと安堵する。
「モーシャンテンへのルートは?」
「ここからだと一旦ギュリューに戻って、森の中をグリュンパに抜けるのが一番早いけど……」
「でもマデルさん、あの森は魔物がいっぱいいるんですよね?」
蒼褪めるカッチーにクルテが微笑む。
「どんな魔物がいるんだろう?」
「えっと、小物ばかりだけど、通るには護衛を雇うって聞いてます」
「護衛ってどんな人?」
「えっ? 腕っぷしの強い人?」
「ピエッチェじゃダメ?」
「あ……そうですね! ピエッチェさんが居れば大丈夫です!」
途端に元気が戻るカッチーにマデルが笑う。
「確かに魔物が出るって噂に聞いてるけど普通に使われている道だし、そこまで危険はないはずだよ」
そう言いながらどこかマデルは歯切れが悪い。
そんなマデルにクルテが問う。
「そのルートだとモーシャンテンにはどれくらいで行ける?」
「ここからグリュンパは今からだと夜になるかな……グリュンパからモーシャンテンは、朝出れば夕刻には着くよ」
「ほかのルートはない?」
「セレンヂュゲ経由でも行けなくもないけど、一日余計にかかる。セレンヂュゲからグリュンパに行くにはワイズル街道で丸一日かかるから」
「セレンヂュゲで一泊、グリュンパで一泊……うん、そっちにしよう」
「急いだ方がよくないか?」
クルテの決定にピエッチェが水を差す。
「急いだ方がいいけどギュリューには寄りたくない」
「うん? どうして?」
「気が進まない――さて、さっさと片付けて出立しよう」
「クルテさん、中庭がまだです」
気が進まない理由を聞こうとしたのに、カッチーに横取りされてしまった。
「草刈りならピエッチェが済ませた。女神の娘も見つかった」
「えぇ、ピエッチェさんが!? さすがピエッチェさん!」
事実は違うのだから褒められても肩身が狭いピエッチェだ。
「皿洗いのついでに見てきます。中庭にあったのでしょう?」
「わたしもカッチーと一緒に行くよ。美しいって評判の女神の娘、一度拝んでおかなくちゃね」
マデルが便乗した。
クルテがフルーツを食べ終わるのを待って、カッチーとマデルが鍋と皿を持って厨房に行った。
「ギュリューに行くのは気が進まないのはなぜだ?」
さっき訊けなかった疑問、クルテがピエッチェをチラッと見る。
「マデルにもカッチーにも言わない?」
「おまえが言うなって言うなら言わないし、もし言おうとしてもおまえの『黙れ』が頭に響いて言わせないだろう?」
ピエッチェが苦笑する。
「マデルがギュリューに行きたくないって思ってたからだよ」
「マデルが? なんで?」
「それは言えない。でも、もしセレンヂュゲに行く途中、迎えの馬車とすれ違ったならピエッチェにも察せるかもしれない」
「おまえ、どうせ俺は鈍感だから察せないと思って言ってるだろう? 遠回しなことを言わずにはっきり言ったらどうだ? なぜギュリューに行きたくない?」
「言えないよ。マデルの純情を汚したくないから」
ピエッチェがクルテをじっと見る。
「つまり、おまえはマデルを気遣ってギュリューを避けた。おまえ自身がギュリューを避けたってことじゃないんだな?」
「うん、そうなるね。マデルがいないのなら迷わずギュリュー経由を選ぶ」
「そうか、それならいい」
ピエッチェが矛を収める。
ギュリューに行けばレムシャンに襲われた恐怖が蘇える。だからクルテはギュリューを避けた……それを心配したピエッチェだった。もしそうならば、必ず俺がおまえを守る、だから恐れるな。そう言ってやろうと思っていた。
厨房に行ったマデルとカッチーが水を汲みに井戸に出る。
「あれがそうですね、マデルさん」
水汲みもそこそこに女神の娘にカッチーが向かう。
「評判通り素晴らしい彫像だね。黒いのは黒瑪瑙なんじゃないかな?」
カッチーに並んで娘像を見上げてマデルが言った。が、カッチーの返事がない。見ると茫然と像を見詰めている。
「マデルさん、これ、コゲゼリテ温泉の壁画と同じです――あっちは絵で彩色されてるけど、ポーズも一緒。同じ人がモデルなんじゃないでしょうか? 違うって言われても、信じられません」
「そうなんだ?」
マデルもマジマジと像を見る。
「どっちかが、どっちかを真似たのかもね。カッチーには悪いけど、きっとコゲゼリテがこっちを真似たんだと思うよ」
「そうですよね、きっとそうです――ところで、なんとなくクルテさんに似ていませんか?」
「似てるって言われれば似てるような? ま、みんな目が二つ、鼻と口はひとつってのは共通だからね――さ、行って片付けるよ」
部屋に残ったピエッチェとクルテは荷物をまとめる作業をしていた。毛布を入れていた箱は、カッチーが厨房に行く前に預かっている。
マデルが雨除けに使った毛布は少しも濡れなかったらしく、四枚畳んで入れてあった。
「濡れるなって魔法で命じたんだよ」
不思議がるピエッチェにクルテが言った。
「魔法って命令が多いんだな」
「何かに何かをさせるには命じなきゃ。お願いしたって断られたら魔法は成立しない。判るだろう?」
「なるほどね」
判るだろうと言われてもな、と思ったが、とりあえずピエッチェはそう答えた。何がなるほどなもんか。
水袋の水を捨て、毛布の箱にはピエッチェが持っていたクルテのドレスを入れた箱を納めた。余裕で入る大きさだった。
「それにしても今日は寒過ぎる」
ポツリとクルテが言う。
「そんなことないぞ? むしろ歩けば汗ばむ陽気だ」
「そうなのかな? まぁ、そんな事より念のため訊くけど、ピエッチェのサックにもう食料はないよね?」
「あぁ、もうすっからかんだ」
「じゃあ、サックは畳んで毛布の箱に入れて」
「まだまだ余裕で入りそうだな。マデルのカバンも入れてやろうか?」
サックを入れてピエッチェが言う。
「マデルは自分の荷物を預けるのはイヤなんじゃ? なんだったら、わたしを入れる?」
「珍しいな、おまえが冗談を言うなんて」
「冗談なのかな? まぁ、わたしが入るには箱が小さすぎて無理――箱はピエッチェが背負って」
「あぁ、カッチーは昨日頑張ったからな。少しは楽させよう。って言っても大して重くないけど」
「軽いなら、やっぱりカッチーに持ってもらう? ピエッチェはわたしを背負えばいい」
クルテの言葉を冗談と受け止めたピエッチェがゲラゲラ笑う。
「子ども扱いされたくなったか?――革袋に水を入れに行くぞ」
ピエッチェが空の革袋を持って部屋を出て行く。クルテがそっと溜息を吐いた。
厨房に行くとマデルが気を利かせて井戸の水を沸かしたものが皮袋に入れられるくらいに冷めていた。
「食事の用意をするときに沸かしておいたんだよ」
革袋に漏斗で水を入れながらマデルが言った。革袋は全部で四つ、それぞれ自分の分を持つ。
クルテが自分の分を貰うと
「温かくって嬉しい」
と喜んだ。
「やっぱりクルテさんは大人ですね。俺は冷たいほうがいい」
「大人は熱い方が好きって決めつけるところが子どもだね」
マデルがそう言って、赤くなったカッチーを笑った。
「そのうち常温になる。贅沢言うな――さて、し忘れたことはないか? そうだ、マデル。食料が無くなった分、箱に余裕ができた。マデルの荷物くらい入るぞ」
「ううん。魔法使いは自分の荷物を他人に預けたりしないものさ」
それ見たことか、と言いたそうなクルテを見てピエッチェが咳払いした。
荷物を取りに寝室に戻ってから出発する事にした。カッチーがすっとんで行き、マデルがクスッと笑ってそれに続く。ところがクルテは厨房に向かった。どうしたんだろうとピエッチェが追った。




