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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
4章  聖堂の鐘、鳴りやまず

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10

 階段を駆け降り、降雨を掠めて扉に飛び込む。雨は小降りに変わっていて、さして濡れずに済んだ。


 聖堂裏の通路を宿泊施設に向かう――だが、数歩行っただけでクルテが立ち止まった。

「食事した部屋のソファーにマデルがいる」

「どこに行ってた、何してた、って訊かれそうだ」


「魔物を退治してきたって言う」

「魔法使いは居なかった……マデルはがっかりするだろうな。フレヴァンスの手掛かりは得られなかった」

その言葉にクルテが小首(こくび)(かし)げてピエッチェを見た。


「なぜ手掛かりがないと言い切る?」

「火事は鐘の仕業なんだろう? 魔法使いじゃなかった」


「では、ギュリューの街の秘密をばらすと脅したのも鐘?」

「それはギュームの妻では?」

「ギュームが妻だと思っているのはギュームの本当の妻で後妻ではない。後妻を名乗る別人がいる」

「それが魔法使いってことか?」


「ギュームは、悪事をするようには見えなかった。建物を塗りかえる細工を街の人たちに入れ知恵したのも、その魔法使いだと思って間違いないと思う」

「恐喝するための入れ知恵か――それでマデルにどう話す? 鐘のことは?」


「話すしかないだろう。マデルは鐘の音に気付いて目覚めた。それでわたしたちの部屋に行ったが居なかった。だから待っている」

「心を読んだのか?」

「ほかに何がある?――簡単な経過を話したら、マデルも連れてギュームの部屋に行こう」

歩き出すクルテ、ピエッチェも歩き出す。


「カッチーはきっと眠ってるんだろうな?」

「彼は朝まで起きない」


 扉を開けるとすぐに立ち上がったマデルが二人を見た。

「どこ行ってたの? さっき聞こえた変な音を探ってた?」

クルテに近寄るマデルは不安を漂わせている。


 そんなマデルに、

「やっぱりあの音、ここまで届いてたんだね」

クルテがゆったりと微笑む。が、すぐに部屋が並ぶ通路の向こうに目をやった。

「なるほど、マデルを不安にしているのはあれか……」


「気付いた? あの一番奥の部屋、何かいる」

「うん……実は、誰がいるのかを知ってる」

「なんですって? どうして黙ってた?」


「説明するから、いったん座ろうか?」

そう言ってピエッチェがソファーに腰を降ろす。クルテの指示だ。


 ソファーに落ち着いたところでクルテが説明を始めた。


 マデルたちを待たせて先に進んだ後、突風が吹き黒い(もや)が現れ、雷が鳴って雨が降り出した。水が苦手らしい。追い詰められた靄は聖堂に逃げ込んだ。そこでマデルに(きじ)を使いに出してから、聖堂の中を探った。魔物が逃げ込んだのは鐘楼で、雨が降る限り移動しないと考えられる。


「ピエッチェが森の領域にいる間は出て来ないって手紙に書いたのは、マデルとカッチーを安心させるための嘘だ。ごめんね」

「本当のことを聞いてたら、カッチーはここに来られなかった。仕方ないよ」

クルテの謝罪に、マデルが溜息を吐いて軽く笑った。

「それで? 鐘楼に行ってきたんだね?」


 魔物の正体は鐘だった。人々の行い、女神の娘に対する不敬、自らが穢されて行くことへの不満と失望、そんなことが魔物になる引き金――魔物をなだめ説得し、本来の姿・聖なる鐘に戻した。だからもう、魔物は存在しない。


 精霊の力を借りたクルテの働きだとは言えないな、と話を聞きながらピエッチェが思う。精霊を使役できる魔法使いなど聞いたことがない。精霊は神に通じる存在だ。人間である魔法使いに使役などできるはずもない。


「それから――奥の部屋にいるのはギュームだよ。わたしとピエッチェは既に会って話しもしている」

「あの部屋からはなんの気配も感じなかった。きっと魔物の力が働いてたんだね。とにかくギュームは無事なのね?」


「うん、無事だし、健康状態にも問題はなさそうなんだけど……」

「なんだけど?」

「魔物になった鐘が、実はギュームの亡くなった妻を冥界から呼び戻していた」

「へっ? それって幽霊?」

「そう言うことになるね――で、鐘が魔物から本来の姿に戻れば、蘇りの魔法は無効化され妻は冥界に戻る。ギュームが今、部屋で騒いでいるのは妻を探しているんじゃないかな?」


「ねぇ、クルテ。ギュームは妻を幽霊だと知っていた?」

「知らないと思う。魔物がギュームから、妻の死に関する記憶をおそらく消した」

「それにしても可怪(おか)しいよ。幽霊がギュリューの人を騙してお金を要求したりするかな?」


「マデル、思い出して。レムシャンは、父は再婚していないと言い、宿の主人(あるじ)は迷うことなくギュームの後妻と言っていた」

「別人が後妻に成りすましていた、そしてソイツは魔法使い……」

「可能性は高いと思う」


「後妻に成りすましたヤツもここに居る?」

「それを確かめに、これからギュームに会いに行く……存在しなくなった魔物が掛けた魔法はなかったことにされ、消された記憶は取り戻せる。まずはギュームの目を覚まさせ、妻は死んだのだと思い出させよう。そのあといろいろ訊いてみる」


「それって……妻の死を二度味わせることになるわね」

「だからと言っていつまでも亡者に縋りつかせておけない――できれば一緒に来て欲しいけど、気が進まないのならマデルはここで待ってる?」

クルテがマデルを見詰める。


「ううん、一緒に行く。フレヴァンスさま捜索のため魔法使いを追うのは、本当ならわたしの仕事だ。二人に任せっきりではわたしの立場がない」

と薄く笑った。


 今度はギュームの部屋のドアを、大きな音が出るようにノックした。

「ギュームさん? 扉を開けてください」

すぐにドアは開き

「妻が! 妻がいなくなってしまった」

ギュームが慌てふためいて訴えた。


「落ち着いてください。どこかにお出かけになったとかは? 倉庫や井戸とか?」

「いいえ、妻はこの部屋から出ることはありません――あ、そちらがお姉さん?」

一番後ろから部屋に入ってきたマデルを見てギュームが言った。が、

「それに、消えたんですよ。えぇ、わたしの目の前で」

と続けた。


「目の前で消えた? 詳しくお聞かせください」

「えぇと……少しずつ輪郭が曖昧になったというか――そうだ、少し前に鐘の音が聞こえて、随分と久しぶりだねって妻と話してたんです」


 鐘の音――クルテに追い詰められた魔物が自嘲するように出した重苦しい音を、ギュームは鐘の音だと認識していたようだ。


「あれは鐘楼の鐘の音でした。昔は澄み切った美しい音色でしたが、わたしがここに住むようになった頃はなんとも重苦しく、濁った音になっていました――あなたがたには聞こえませんでしたか?」


「鐘を鳴らしたのはわたしです」

クルテがそう言うと、

「あなたが? どうやって鳴らしたのです?」

とギュームが驚く。

「引手が無くなってしまって、誰も鳴らせないはずです」


「女神の娘に祈りました。するとあの音が……」

「おお! 娘の祝福があなたがたに降り注いだのですね!」

このウソつきめ、と思うものの、言えるはずもないピエッチェだ。


「それで、なぜ鐘が鳴っているんだろうと話しているうちに、妻が泣き出したんです、急に。どうしたんだと、わたしがオロオロしているうちに妻の姿がはかなくなり、お別れですと、妻が言って――抱き締めようとしたんです。でも腕の中を擦り抜けて、そしてとうとう……消えてしまった。わたしの妻が、消えてしまった」


 愕然と自分の手を見詰めるギューム、ピエッチェが、

「奥さまは、他には何か仰っていませんでしたか?」

とクルテの指示で尋ねた。


「ほかに? ほかに……わたしのことを愛していると、幸せに暮らして欲しいと言っていました。穏やかな微笑みを浮かべて。妻を亡くしてわたしが幸せになれるはずもないのに!?」


「そんな奥さまを見たのは初めてのことですか?」

これはクルテが訊いた。

「以前も見たことがあるのでは?」


「あなたは何を仰る? そんな、別れの言葉を妻がわたしに言うはずがない」

「本当にそうでしょうか? よく思い出してください、ギュームさん。思い出せば奥さまの居所も判るかもしれません」

「なぜそんな事を? 妻がわたしを置いてどこかに行ったとでも?」


 それでも縋る思いなのだろう。目の動きからギュームが何かを必死に思い出そうとしているのが判る。そして急にハッとする。


「あれは……今日のように雨が降る日だった。まだ幼いレムシャンを抱き上げてわたしは妻を見ていた。妻の棺を見ていた――」

見詰めていた両掌(りょうて)で顔を(おお)うと、肩を震わせ始めた。


 一頻(ひとしき)り泣いてからギュームが呟いた。

「けれど、やっぱりさっきまで一緒にいたのはわたしの妻だ」

それにクルテが答えた。


「はい、間違いなく奥さんです――女神の娘に祈りを捧げ鐘が鳴った時、女性の声がしました。『鐘の音はすべてを浄化する。あるべき姿へと戻し、居るべきところへと(いざな)う。行って妻を亡くした男にそう告げよ』と。きっと女神か、女神の娘の声だったのでしょう。この部屋に来て、妻を亡くした男とはギュームさんのことだったのだと判りました」


「つまり妻は居るべきところへ戻ったと?」

これにクルテは答えなかった。他人(ひと)に言われて納得できることではない。自分で納得しなければ、迷いは消えない。


 少しの間考え込んだギュームが溜息を吐く。

「そうですね、その声は女神のものでしょう――わたしはなぜ、妻を亡くした記憶を失っていたのか? でも、いろいろと思い出しました。十年ほど前、女神の娘に妻を返して欲しいと願ったこと、そしてその時、鐘が鳴ったことも……わたしを憐れんだ女神の娘が妻をわたしのもとに寄越した。でもそれは、女神にとっては不快だったんですね。女神と娘が、いつでも同じ考えとは限りません」


 ギュームに応えることなく、クルテが訊いた。

「聖堂にあったはずの女神像がどこにあるかご存知ですか?」


「妻がね、聖堂にある女神が怖いと言うんです。女神が自分の存在を不快に思っていると察していたのだと、今のお話で合点が行きました。聖堂正面の敷地です。一人で運ぶのは大変でした」

そう答えてギュームが苦笑する。


「正面の敷地? 女神の像の大きさは?」

この質問はピエッチェだ。

「台座が人の肩ほど、女神の像は等身大です――敷地の端の茂みの中に隠してあります」


「聖職者が女神の像の紛失を嘆いて辞職した、と言ったのは?」

「妻が突然、レムシャンと散歩しましょうと言い出して手を引くものですから、仕方ないなぁと一緒に行ったら、着いたのはここでした――ここに住みたいと妻が言い出した時は驚きました。ですが何日経っても誰も来ない。ここは放棄され聖職者さえ居ない。それをいい事に嘘を吐きました」


「建物の外に出てはいけないというのは?」

「それも妻の願いでした。誰も来ないとは思うけれど、万が一誰かが来て、見られたら困るからと――妻に全てを(なす)り付けているように聞こえるかもしれませんが、事実なんです」

ギュームが苦しげに言った。

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