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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
4章  聖堂の鐘、鳴りやまず

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 聖堂奥の扉の先は食堂になっていた。

「ここには居ない」

一歩足を踏み入れて、クルテが言った。


 扉から見て左手の壁にはカウンターとその後ろに厨房、カウンター越しに注文品が受け取れるようになっているようだ。右側面には窓があり、覗けば門の前に広がる敷地が見えることだろう。並んだテーブルには見て判るほど(ほこり)が積もっている。


 水滴は扉を出ると左手に向かっている。扉に繋がる壁と厨房の壁を隔てた通路がそこにはあった。先は左に曲がっている。聖堂の正面の壁画の裏が通路になり、左の平屋へ行ける造りのようだ。


 壁画の裏側へと曲がるとただ真っ直ぐな通路、聖堂が終わるあたりにドアが見えていた。ドアはもう一つ、通路の中ほど、壁の右側にもあった。


「このドアを開けたようだな」

中ほどのドアの前で、床を見ながらピエッチェが言った。

「そうだね、雨が吹き込んでいる――ドアの向こうには何があるのだろう?」

通路は高い位置に明り取りの窓があるだけで、外の様子は判らない。


「雨が吹き込んでいるんだから、外だろう?」

「外に何かがあって、ヤツはそこに行こうとした。慌て過ぎて、雨が降っているのを忘れてうっかりね。違うかな?」

「扉を開けて雨に打たれて驚いて引っ込んで、先に向かった? 途切れがちだった水滴がこの先はまた少し多くなっているのを見ると……って、おい!」


 ピエッチェの制止は遅すぎた。クルテが扉を開けて外に出、(てのひら)で雨を()けて上を見る。


「鐘楼に行くには、ここにある外階段を上るようだ。他は草叢(くさむら)があるだけ」

通路に戻り、顔に着いた水滴を手で拭いながらクルテが言った。


「まさか『鐘楼に隠れる気だった』なんて言わないよな?」

「あとで鐘楼にも行ってみよう――それより今はヤツを追う」


 行き止まりのドアの前に立つが気配は感じられない。開けてみるとそこは少し広めの部屋にソファーセットが幾つか置かれている。それを行き過ぎれば中央に廊下が続き、左右にドアが並ぶ。

「ドアに番号プレートが貼られている。宿泊施設のようだな」

水滴は各部屋の前で少し()まっているが、廊下の一番奥にある、ひとつだけこちらを向いたドアまで続いている。


「全部の部屋を巡ってるね」

目眩(めくらま)しじゃないか、どの部屋に入ったか判らないように」

「だとすると、追跡者がいると気づいている?」

「あるいは部屋の中に異状がないか確認したか」

「取り敢えず、手前から一部屋ずつ見て奥に行こう」


 一部屋一部屋ドアを開けて中を見るがどの部屋も同じ作り、ベッドが二台に小さなテーブルに椅子が二脚、ドアの正面に窓がある。廊下の中ほどにプレートのない小さめのドアがあったが、そこはバスルームだった――どの部屋にも入った形跡はない。ドアのすぐそこに水滴が落ちていることもあったが、それはきっと内開(うちびら)きのドアを()けるか閉めるかするさい落ちたものだろう。


 何も見付けられないまま最後のドアに行きついた。正面を向いたこの部屋のドアは他よりも大きく番号プレートもない。ドアの上に『特別室』と掲示があった。


(この部屋に居ると思うか?)

声を出さずにクルテに話しかけた。居ると思ったからだ。声を聞かれるのはまずいだろうと判断した。


(もしこの部屋に外に出られる扉や窓があっても、まだ雨は止んでいない)

クルテも同じ考えらしい。(うなず)()わしてドアを開けた。このドアだけ外開きだ。


 入るとすぐに衝立(ついたて)があり、その向こうには暖炉がある居間、ゆったりとしたソファーやスツール、低めのテーブルが置かれている。奥は半分ほど壁で仕切られて、次の部屋へと続いている。


(誰かいる)

クルテの声が頭の中に聞こえた。


(二人、いや一人? 二体のうちの一体が気配を消した。残ったのは人間)

(人間?)

(とにかく行ってみよう)


 足音を忍ばせて次の部屋へと向かう。仕切りの壁に身を隠すように覗き込めば、不自然な場所に置かれた台に花瓶が置かれ、部屋の隅には沢山のキャンパス、イーゼルもいくつかある。


「おや? お客さまとは珍しい。どなたかな?」

花瓶の正面に置かれたイーゼルの向こうから声がした。絵筆とパレットを手にしている。花瓶の位置の不自然さは絵を描くためらしい。声も表情も穏やか、育ちの良さが(うかが)える。


 見つかってしまったものは仕方ない。しかも向こうに敵意はなさそうだ。ピエッチェが仕切りの壁から出て部屋に入り、クルテも続く。


「そちらのお嬢さん、どこかで?」

男がクルテを見て首を傾げた。


「お嬢さんとは誰のことを言っているのですか?」

ピエッチェの言葉に男が笑う。


「確かに着ている物は男物。でもね、中身は女性だ――画家の目は誤魔化せませんよ」

男が楽しそうに笑う。

「それにしても、お嬢さんとはどこかでお会いしたように感じるのですが……」


「いいえ、お初にお目に掛かります。どなたかとお間違えでは?」

クルテの答えに男が不思議そうな顔をした。


「そうですか、それは失礼いたしました――ところで何かご用ですか?」

「レムシャンさんから、近くに立ち寄ったらお父さまの様子を見て欲しいと頼まれたものですから――ギュームさんですね?」

クルテの言葉に慌てるピエッチェ、だがいつも通りの『黙れ』に何も言えない。


「ほう、レムシャンに……確かにわたしはギューム、レムシャンの父親です。(せがれ)は急に居なくなってしまい、心配していたのです。元気にしていますか?」

「はい、結婚が決まりました」

「そうですか……幸せに過ごしているのですね」


 少しばかり感慨深そうにしていたが、

「お茶を差し上げましょう」

とギュームが立ち上がった。


「どうぞ、そちらのお好きなところにお掛けください」

居間を指して言い、自分は後方にあったドアを開け、

「お茶を頼むよ――三人分だ」

と言った。その先はキッチンなのか?


 それから自分も居間へ行こうとし、立ち止まる。

「どうしました? お二人ともずぶ濡れですね」

「外は土砂降りです」

「あぁ、雷鳴が聞こえていました……少しお待ちください、タオルをお貸ししましょう」

今度は前方のドアを開けて入っていった。きっとその先は寝室、バスルームもあるかもしれない。程なくタオルを持って戻ってきた。


 ふたりが身体を拭いていると、先にソファーに腰かけたギュームが

「お二人はご夫婦ですか?」

と訊いてきた。


 なんて答えようとピエッチェが迷っているうちにクルテが

「婚約者です」

と答えてしまった。まぁ、クルテの身体が〝女物〟なのは確かなのだから、下手に言い繕うよりそのほうがいいか?


 が、

「あの、お願いがあるんですけど」

と、クルテが言い出した時は何を言う気なのかとヒヤッとする。


義姉(あね)義弟(おとうと)が一緒なんです。雨は当分やまないでしょう。今夜、泊めていただけませんか?」

「四人でご旅行ですか。羨ましい……えぇ、幾つも部屋は空いています。お使いください」

微笑んで答えるギューム、

「以前は訪れる人も多かったのですが、ここ数年、誰も来なくなりました」

と顔を曇らせる。


「ギュームさんは、こちらにはどれくらいご滞在なのでしょう?」

「かれこれ十年になりますか……この聖堂の管理を任され、この部屋で暮らすことを許されました」

「聖堂の管理?」


「この部屋にいらしたと言うことは、聖堂を通って来られたのでしょう? 以前は壁画の前に女神の像が安置されていたのですが紛失し、失意の聖職者は国に帰りたいと言い出した。それで居合わせたわたしに管理を(ゆだ)ねたのです」


「女神の娘の像ではなく?」

尋ねたのはピエッチェだ。

「この聖堂は女神の娘の像が有名なんだとか?」


「そうですね――娘の像を拝んでいるとき鐘楼の鐘が鳴れば、必ず恋が叶うと言い伝えられています。屋外に置かれているはずです」

「いるはずと言いますと?」

「ここの管理を任されるとき、決して建物からでないと約束しました。だから、たとえ敷地内でも見に行けないのです」


「聖堂の管理は聖職者でなくても良かったのですか?」

この質問はクルテだ。

「はい、なんでも代わりの聖職者が来るまでと言う事でした――まさか十年も来ないとは思っていなかった」


「ここにはお一人で?」

そんなはずはないと判っていながらピエッチェが訊いた。お茶を淹れるように頼まれた誰かがいるはずだ。


「今は妻と二人暮らしです。一人息子は出て行きましたから――レムシャンは今どこでに?」

「ギュリューの宿で働いています」

「ほう、ギュリュー! 懐かしい! 生まれ故郷に戻ったと言う事ですね――ここに来る前、わたしたち家族はギュリューで暮らしていたんです」


「お屋敷が今もギュリューに?」

「屋敷と言うほどのものではありませんよ。それに今は他人の物、ここでの暮らしのため、売ってしまいました――そろそろ茶も入ったことでしょう。取りに行ってまいります」

立ちあがるとギュームは絵を描くための部屋へと消えた。


(どう思う?)

ピエッチェがクルテに頭の中で話しかける。

(宿で聞いた話と随分違う)


(宿の話が正しい。ギュームの話は魔物に思い込まされたものだ。多分)

ここでも多分かよ?


(魔物で確定なのか? 魔法使いではなく?)

(魔法使いなら人間の気配、だけどさっき感じた気配は人間じゃなかった)

(なるほどね――それでどうする?)


(ピエッチェはどうしたらいいと思う?)

(俺か……)


 魔物だろうが少なくとも、ギュームに危害を加える気はないようだ。ピエッチェにくっついているクルテとなんの変わりなさそうに思える。それにしてもなぜ、誰も聖堂に近寄らせたくないのだろう?


(そうか。それじゃあ、その理由を探ってからどうするか決めよう)

クルテの声が頭の中で聞こえた。また勝手に読んだなと思うが、仕方ないかとピエッチェが諦める。


「お待たせしました――おや、濡れていても構いませんよ、お座りください」

戻ってきたギュームが二人を見て微笑む。

「タオルで拭いたくらいじゃ乾きはしません。着替えをご用意できるといいのですがあいにく手持ちがございません」


「お心遣いありがとうございます」

クルテがギュームの斜め前に座り、ピエッチェが正面に腰を降ろした。


 お茶をカップに注ぐギュームを見ながら、

「奥さまは一緒に召し上がらないのですか?」

とクルテが言えば、

「あれは恥ずかしがり屋でね。挨拶もさせず申し訳ない」

と答えるギューム、クルテが

「レムシャンさんの話がお聞きになりたいのでは?」

さらに言い募ると、

「えぇ、わたしもそう言ったのですが、あとであなたから聞くからいいと言われてしまいました」

とギュームが顔を曇らせた。

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