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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
4章  聖堂の鐘、鳴りやまず

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 すかさずクルテが弓を構える。

「おまえ、矢は?――えっ!?」

指摘に構わずクルテが弦を引くと、なかったはずの矢が(つが)えられていて、ピエッチェが自分の目を(うたが)う。


「その矢はどうした!? いつの間に?」

「弦はわたしの髪を()った物。その中の一本」

シャーレジアの武具屋で『矢は要らない』と言っていた。こういう事だったのか。


 前方では黒い(もや)がグングンと広がり、すでに道を塞いでいる。高さは両脇に立つ高木に達していた。ただの靄ではない。モクモクと(うごめ)いて渦を巻いているようだ。あれがこちらに迫ってくれば、確かに逃げたくもなる。飲み込まれたらどうなるんだ?


 と、その時――光る稲妻、ビュン! と放たれた矢、(とどろ)く雷鳴、

「にゃうにゅにょっ!」

クルテの奇妙な叫び、しゃがみ込んだクルテに慌てるピエッチェ、

「大丈夫か!?」

ピエッチェの声と同時に降り出した大粒の雨……


「なんてタイミング!?」

悔しそうなクルテがそれでもヨロヨロと立ち上がる。


「大丈夫か? とにかく、いったん撤退しよう」

「なに寝ぼけてる!? 追うぞ、敵は聖堂に向かっている。多分」

ここでの『多分』は見逃せない。


「そんな不確かなもんに従えるか!? あの靄に突っ込――」

突っ込む気かと言いかけてピエッチェが絶句する。言いながら靄を見たら、明らかに後退していくのが判った。

「よし、判った。行くぞ!」

駆け出すピエッチェ、そこへ二度目の稲妻が走る。


「ふにゅみゃあ!」

雷鳴と同時に変な叫び声をあげてしゃがみ込むクルテ、

「おい!?」

見捨てても行けず、靄の行方を目で追いつつピエッチェが立ち止まる。


「やっぱり撤退しよう。いちいち雷で止まってたら、どうせ見失う」

「見失ったりしない。あの矢は相手が消えるまで追跡をやめない」

「はぁ?」

「わたしの髪が変化(へんげ)した矢が普通なわけないだろう? 追って正体を見てくるよう魔法を掛けてある」

「それじゃあ、なおさらマデルたちのところに戻ろう。矢の報告を待てばいい」

「わたしの魔力が届く範囲を出たら、ただの毛髪に戻る」

「うぅ……」


「だから追うぞ、急げピエッチェ!」

土砂降りの中を走りだすクルテ、黒い靄はどんどん遠ざかっていく。慌ててピエッチェも走り出した。


 幸い雷は二度だけで終わった。しかし雨は勢いを増し、ずぶ濡れになりながら視界の悪い中を駆けていく。靄の速度はそう早くなさそうだが、なかなか追いつけずにいた。

「靄が消えた……」

ピエッチェがそう呟いて立ち止まったのは、すぐそこに聖堂が見える場所だった。


 並んで立ち止まると

「立派な聖堂……天辺は鐘楼?」

とクルテが言った。

「うん、これが使われていないのは惜しい。まぁ、聖堂に鐘楼は付き物さ――それより靄が見えなくなった」


「矢はまだ追っている……靄はまだ消滅していない。ぼやけたかなんかで見えないだけ」

「そうか、向かっているのは聖堂で間違いないな? 行くぞ!」


 近づくにつれ聖堂がはっきり見えてくる。道の行き止まりも見えてきて、そこには立派な門があるのが判った。雨で(かす)んで定かではないが閉じられているようだ。


 だが、そこから五・六歩で

「門が開いた!」

ピエッチェが叫び

「靄が消えた!」

同時にクルテが叫んだ。


「聖堂に逃げ込んだ? 矢はどうなっている?」

「今、落ちた――行ってみよう。門は開けっ放しだ」


 門まで走り抜け、聖堂の敷地に入る。広く開けた正面には天辺に鐘楼がある聖堂らしき高い塔、その左右に翼のようにつながる建物は平屋、宿泊施設や飲食施設はそこにあるのだろう。


 周囲に気を巡らせて慎重に敷地に入る。雑草が蔓延(はびこ)っているものの、石畳が聖堂の扉まで続いているのは判った。

「中に入ったようだな。それとも罠か?」

扉が少しだけ開いているのを見てピエッチェが言った。迂闊(うかつ)に入って閉じ込められるのを恐れている。


 クルテが扉の前に落ちていた矢を拾い上げた。するとスッと黒い矢は一筋の黒髪に変わった。

「門のところで靄は姿を変えてこの扉に入っていった……逃げたのは、雨に濡れる恐怖から」


「雨に濡れる恐怖?」

「水が怖いらしい……濡れると何か不具合が生じるのか?」

「ふん! (さび)ちまうとでも?――中に入らないと、ご対面は叶わないってか」


「入る前にやっておくことがある。アイツは雨が降ってるうちは出て来ないから、他に出入口があったとしても無いも同じ」

「逃げ込んだつもりが、追い詰められただけか――別のことって?」

ニヤッとしたクルテが口笛を吹いた。すると敷地の端の(やぶ)の中から一羽の(きじ)が飛び出してきた。


「食うのか?」

「使い魔になって貰う」

「使い魔?」

「うん、マデルに伝言を持っていかせる」

サックを背から降ろし、中を見て何かごそごそするクルテ、

「まさしくお使いか……」

足元でクルテを見上げる雉を見てピエッチェが呟く。


「そう、だから間違っても食おうとは思うな」

「で、おまえは何をしてる?」

「雉は話せないから手紙を書いてる……ゆっくりでいいから聖堂に来い」

「早く来い、の方がいいんじゃないのか?」

「荷物を置き去りに出来ない。魔法を使って運んで貰おう。マデルの魔法だと、ここまで運ぶのには時間がかかるはずだ」

「大丈夫なのか? いっそ荷物は置き去りでもいいんじゃ?」


 するとクルテがジロリとピエッチェを見た。

「水と食料なしで、どうするつもりだ?」

それから膝をつくと雉に手を伸ばし、何かゴニュゴニョ言った。


「さぁ、行け! 終わったら帰って良し!」

雉がすっとんで駆けだした。あっという間に門を抜け、道の向こうに消えていく。


「マデルとカッチーが食うために殺さないか?」

「心配ない。役目を終えるまではわたしの保護術が有効だ。多分」

また多分かよ……


「マデルたちが追い付くまで、ここで待機か? それとも他にもやっておくことがあるか?」

「マデルたちが来るまでに、できれば解決しておきたい――中に入ろう」

クルテが扉の取っ手に触れる。一瞬だが取っ手が光ったように見えた。


「扉が閉まらないよう、魔法を掛けた」

「そうか……おまえ、どれくらい魔法が使えるんだ?」

「今度のんびり話せるときに」


 中に入れば間違いなく聖堂、入り口近くから何列も横長の椅子が並んでいる。


「床が濡れている。ヤツもずぶ濡れになったらしいな」

「床を拭くより、まず自分を乾かしたいんだ」

「今までの挑戦者は、みな怖じ気づいて逃げちまった。追ってくるとは思っていないのかも? それにしても、風景画とは珍しい……」


 ピエッチェが言ったのは正面の壁のことだ。初夏を思わせる木々と草花、中央には泉があり、水が光を弾いている。キラキラしているのは()ねた(しずく)だろうか? そんな絵が壁の横幅三分の一を占める面積に(えが)かれている。壁画の左右は白壁、下部は人の背丈ほど木組み、上部は色タイルのモザイクになっている。


「この聖堂では風景画を拝むってこと?」

「この作りだと、そう言うことになるな。普通は女神とか、救世神とか、妖精とか、そんなのを描いてあるものだが」


「どこの風景だろう?」

「どこの森でもお目に掛かれそうな景色だ」

「ふぅん……森の聖堂って、実はこの壁画が名の由来?」

「そうかもしれないが――おっ、あそこのドアが開いてる」


 開いているのは奥右側のドア、どちらにしろこの聖堂への出入りは入ってきた扉とそこしかなさそうだ。椅子の後ろ側を通り、中央通路を奥へと向かう。床に残る水滴も同じルートを辿っていた。


 いっぽう、ピエッチェたちの帰りを待つマデルとカッチー、当然のことながらこちらも土砂降りに見舞われていた。


「それにしても、本当に魔法って凄いですね」

カッチーがタオルで身体を拭きながら溜息を吐いた。背伸びしてもギリギリ届かない高さに浮かぶ毛布はピンと張られ、降る雨を防いでいる。僅かな傾斜が雨水を背後に流していた。土砂降りの中、マデルが魔法で作った雨除けだ。


 閃光が走り雷鳴が轟けば、ますます雨は激しさを増す。

「クルテたちはタオル、持ってるのかねぇ」

疑問とも独り言ともつかないマデルの呟き、

「クルテ、ここんところ体調がいまいちっぽいからさ。風邪を引かなきゃいいんだけど――ピエッチェは頑丈だから心配なさそう」

クスリと笑う。


「ねぇ、マデルさん。魔法って訓練すればだれでも使えるようになりますか?」

「多少はね。でもさ、大抵の人は魔法を使うより、『普通にやった方が早い』し、簡単なことしかできるようにならない――ひょっとして、魔法使いになりたくなった?」

見透かされたカッチーが『ヘヘヘ』と照れ笑いした。


「マデルさんは、どうして魔法使いになったんですか?」

「魔法使いの家系に生まれたのさ。親父は今も現役――物心つく頃には魔法を使う練習をしてた。十の(とし)に王宮に呼ばれ、三つ年下のフレヴァンスさまの遊び相手を命じられた。同時に護衛役の魔法使いとしての鍛錬も始まった。その鍛錬がきつくてねぇ。毎日ヘトヘトさ」

「それじゃあ、それからずっとフレヴァンスさまと? 長い付き合いなんですね」

だからマデルは休暇を取ってでもフレヴァンス救出を考えたんだな、とカッチーが思う。十歳の時からマデルの生活は、きっとフレヴァンス中心だったんだろう。


「初めてフレヴァンスさまを見た時、『なんて可愛らしいお姫さまなんだろう』って思ったよ。わたしなんかと違って可憐、笑うとチョコンとえくぼが出てね。お人形みたいだって思った――魔法使いになんかなりたくないって思ってたのに、この子を守るためだったら悪くないかなって思った」

「なりたくなかったんだ?」

「反抗期ってやつじゃないかな? 親が決めた人生なんか糞くらえって思ってた」

「今でもできれば魔法使いを辞めたい?」

するとマデルが少し黙った。


「いいや……今はもっと強力な魔法が使えたら、って思ってる」

そして少し笑った。

「王女の護衛に選ばれるって名誉なことなんだ。なのに守り切れなかった。それが悔やまれてならない。どうしてもっと鍛錬を積んでおかなかったんだろう……ま、そんなことはどうでもいいさ。そうそう、魔法使いを辞めたいとはもう思ってないよ」


「そっか、そりゃそうだよね、魔法使いって凄いもん」

「カッチーは優しい子だね」

「えっ!?」

またも照れるカッチー、顔が赤くなる。


「それにしても雷はあれっきり鳴らないね」

「二回で終わっちゃったんでしょうか? 雨は()みそうもないですね」

「そうだね……」

言葉の途中でマデルが俄かに緊張し、道の先を注視した。


「気を付けろカッチー、何か来る!」

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