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小一時間もするとマデルが目を覚まし、
「あ痛たたっ! 節々が痛む……」
と嘆きながら上体を起こした。
「敷くものも用意したら運ぶのが大変だよ」
焚火から目を離さずピエッチェが言った。
あたりは夜の闇、揺れる炎がピエッチェの横顔をユラユラと照らす。
「あれっ!?」
ピエッチェを見て驚いたマデルが叫びそうになるが、ピエッチェが人差し指を口に当て、
「しっ! 静かに」
それを止める。
「そりゃ、静かにするけどさ。カッチーの鼾で、あんまり意味がなさそうよ?」
マデルが今まで被っていた毛布で身体を包むと、焚火の傍に置いた椅子代わりの石に腰かける。
「森だからか冷え込むねぇ」
ピエッチェをチラチラ盗み見ながら呟いた。
ピエッチェはマデルが寝た時に座っていた石ではなく、地に腰を降ろして肩から毛布を被っている。マデルが驚いたのはクルテがピエッチェの膝を枕に眠っていたからだ。クルテはクルテで毛布に包まれているが、ピエッチェが使っている毛布の裾もクルテに掛けられている。
「寒いからじゃないさ」
横向きに眠るクルテの腕をゆっくり撫でながらピエッチェが言った。
「うん? クルテのこと? 言い訳なんかしなくていいよ。いずれそうなると思ってたから」
「言い訳でもないし、マデルはきっと誤解している」
「そんなところを見せつけといて?」
ピエッチェがマデルを見て溜息を吐いてから、視線をクルテに向けた。クルテが身動ぎしたからだ。撫でるのをやめ、覗き込こみ、眠っているのを確かめてから言った。
「マデル、男に襲われたことがあるか?」
「唐突に何を言い出す?」
「クルテは随分前に襲われたことがあるそうだ――その時の怖さを今も忘れられないでいる」
「……そうだったの?」
「クルテが男の服装でいるのは女と知られるのが怖いからだ。女でいるのがイヤだと言った。だからと言って男になるのもイヤだ。そう言ってたよ」
「それじゃあ、ドレスを着るなんて凄く無理をしてたってこと?」
それは判らないと思った。ドレスをベッドに広げ、眺めるのが楽しいとクルテは言った。女はイヤだと言いながら、やはりクルテは女の子なんだ――そう思った。でも、なぜかマデルにその話を聞かせたくないと感じた。
「どうだろうな? 女装するって言い出したのはクルテだし、企みのための芝居だと割り切っていたのかもしれない」
「それならいいけど……必要が無くなったらさっさと男の格好に戻ったし、ドレスも売っちゃったね」
深紅色のドレスだけは売らなかった。ピエッチェの荷物に入れてある。ベッドに広げたドレスの中で、クルテが一番長く眺めていたものだ。
ピエッチェがクルテから、視線を焚火に移した。
「マデル、俺はクルテを女だとは思わないことにしている。だからマデルが考えているようなことにはならない」
「でもピエッチェ……」
「俺が隣に寝てくれれば、怖い夢を見ないと言った。俺の腕に縋りついていれば安心して眠れると言った」
「うん? それって、クルテと同じベッドで寝てたってこと?」
「カッチーが別の部屋になってからな。一緒の寝室だった時は、カッチーが寝入ると俺のベッドに潜り込んできて、起きる前には自分のベッドに戻っていた」
「それって……ピエッチェ、あんたはそれでいいの?」
「それでいいって?」
「女が同じベッドで眠ってて我慢できるの?」
ピエッチェが少しだけ笑った。
「言っただろう? 俺にとってクルテは女でも男でもない。だから平気だ――判っているとは思うけど、こんな話をしたことをクルテに悟られるなよ。今すぐ忘れろ。クルテが心を読めることは知っているな? それにカッチーには言うな」
「……そうだね、努力する。クルテの前でこのことを思い出すなってことだよね。カッチーにはもちろん言わない。あの子には荷が重すぎる話だ」
「頼むから、俺とクルテの仲を冷かすな――もう少し寝たらどうだ? まだたいして寝ちゃあいないぞ?」
「ピエッチェ、あんたはどうするのさ? 眠ってないんだろう? クルテと一緒に寝といたほうがいいんじゃないのか?」
「こんなところをカッチーには見せられない。カッチーは朝まで起きないだろうけどな。マデルと一緒に火の番をするのはクルテだ。俺はその時に眠る」
「そっか……判った」
目が冴えちゃって眠れやしない、そう思いながらマデルが立ち上がる。
「横になる前に、なるべく小石を除けるといいぞ」
「うん、そうするよ」
ピエッチェに答えながら、さっきと同じところにマデルが横になる。この辺りの小石はすでに魔法で取り除いてあった。
女でも男でもない……ピエッチェはそう口にしたけれど、そう思い込もうとしているだけだとマデルは感じていた。それにクルテ――クルテがピエッチェを慕っているのは明らかだ。ただ、それを恋とは自覚していないだけだ。
クルテが自分の心に気付いて愛を求めてきたら、ピエッチェ、あんた、どうするんだい? 溜息を吐く代わりにマデルは目を閉じた――
翌朝――
「起きろ、カッチー!」
ピエッチェの怒鳴り声が響く。
「おまえ、火の番もしないで寝てたくせに、まだ寝てる気か!?」
「すいません!」
飛び起きたカッチーが自分の毛布を畳み、畳んで置いてあった毛布と一緒に箱に仕舞った。箱には背負い紐が付いている。
見渡せば竈には鍋が置かれ、何かを煮ている。お茶は既に入れてあって、湯気を立てるカップがいつの間にか増えた平たい石の上に置かれている。テーブル代わりにマデルが魔法で運んで来たのだろう。
クルテはというと石椅子に腰かけて上機嫌でリンゴを齧っている。ピエッチェはどうやら機嫌が悪そうだ。
「寝不足ですか?」
カッチーがピエッチェに尋ねると、
「そうでもない」
やっぱり不機嫌そうに答えた。
するとマデルが、
「塩を買うのを忘れたんだよ。調味料が一切ない」
クスッと笑う。
「お陰で、今朝は茹でた芋だけ。しかも味ナシ」
「うっさい!」
怒鳴ったのはピエッチェ、
「俺、芋、大好きです! 塩なしで何個でも行けます!」
もちろんこれはカッチー、
「僕はリンゴだけで充分だよ」
芋だけと聞いて泣きそうだったクルテは、替わりにリンゴが貰えてご機嫌だ。マデルが『ピエッチェはクルテに甘すぎる』と苦情を言ったが、泣かれても面倒だ、とピエッチェは相手にしなかった。
その話を聞いたカッチーが、
「ピエッチェさんは泣き落としに弱いってことですね。俺もこれから涙ぐむことにしようかな」
と笑う。
「やめとけ、おまえが泣いても甘やかさない」
「なんで俺じゃあだめなんですか?」
そう訊かれて、なんでだろうと思うピエッチェ、
「おまえは……見るからに打たれ強そうな、がっしりした身体をしてるからな」
と答えた。
「確かにクルテさんは細身ですけど」
「それじゃ、ピエッチェ、わたしの泣き落としには?」
「マデルが泣いたら逃げる」
「なによそれ!?」
「マデルが泣いたら怖くって、逃げ惑うに決まってる」
笑うピエッチェにマデルも笑うしかない――とりあえず、ピエッチェの不機嫌は軽減されたようだ。
茹であがった芋に細い枝を差し、三人でふうふう言いながら食べた。リンゴを食べ終わったクルテがオレンジを四個持ってきて、三個は石のテーブルに置いた。
「芋だけだってデザートもある」
ニッコリ笑って、手元に残したオレンジの皮を剥く。
「オレンジの皮は剥いて食べるんだな」
「うん、いつもそうしている」
そうか、リンゴの皮は手じゃ剥けないよな、とピエッチェが納得する。
「クルテさんはデザートだけですね」
カッチーの指摘に、
「リンゴが主食でオレンジがデザート」
困り顔で言うクルテをマデルが笑った。
食べ終わり、火の始末が済むとカッチーが背負い箱を担ぐ。
「リンゴとオレンジが四つ減っただけで、なんだかすごく軽くなった気がします」
「あぁ、こっちもカッチーがいっぱい芋を食ってくれたから、随分軽くなったよ」
ピエッチェもサックを背負い、箱を持つ。サックには果物以外の食料と水の入った革袋、ポーション類、箱にはクルテのドレスが入っていた。水は小さい皮袋に入れたものをクルテとマデルが持ち、大きい革袋をカッチーが箱に入れていた。
聖堂に向かう道に戻り、先を急ぐ。それなりに広い道だがピエッチェとクルテが先行し、少し離れてマデルとカッチーが続いた。
空を見上げてクルテが言った。
「もうすぐ雨が降る……雨が嫌いな魔物だといいな」
「雨が苦手な魔物もいるのか?」
「濡れるのを嫌うのもいるね。反対に大好きなのもいる」
「人間と同じか?」
「ピエッチェは雨、好き?」
「好きも嫌いもないが……まぁ、晴れてた方が気持ちいいかもしれないな」
「そう? わたしも」
「おまえは雨が嫌いかと思ってた」
「なんで?」
「雷が苦手だろう? 雷が鳴れば雨が降ると相場が決まってる」
「いやなのは雷だけ、雨は大丈夫」
後方ではカッチーがマデルに愚痴っていた。
「なんで起こしてくれなかったんですか?」
「ピエッチェが気遣ったんだよ。重い荷物を背負ってきた、ゆっくり休ませろってね」
「ピエッチェさんの荷物の方が重いです」
「それに、どうせ起こしたって明るくならなきゃいつも起きないって言ってた。大鼾で寝てたしね、起こすのも気が引けるってもんだよ」
「マデルさんまでそんなこと言って!」
笑うマデルにカッチーが拗ねる。
「気にすることないよ。適材適所ってことさ」
その言葉に、少しは気を取り直したカッチーだ。
「それにしても、クルテさんってチビですよね」
「厚底靴は戦闘には不向きだから、わたしが買ってきた靴にしたんだろうね」
「考えるとすごく動き難そうです。厚底だなんて」
カッチーが頷く。
「しっかし、どんだけ厚底だったんです? ピエッチェさんと並んでると、かなりチビですよ」
「ピエッチェが無駄にデカいからそう見えるんじゃないか?」
「無駄ではないでしょう? いい身体してますよね」
「おーや、カッチーはピエッチェが好みか?」
「やめてください、俺だって女の子が好きです」
「例えばクルテみたいな?」
すると少しだけ黙ってから、
「クルテさんのこと、男だと思ってたからなぁ……最初から女だって知ってたら、あのユニークさに惚れたかも」
と照れ笑いした。
「クルテさんはピエッチェさんに夢中だから、俺なんか出る幕ないですよ」
マデルは少し笑んだだけで何も答えなかった。




