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モフッサ街道は思っていたよりも人通りが多かった。脇道に入っていく四人を見て、
「そっちに行っちゃダメだ」
声を掛けてきた男がいた。
「聖堂は呪われちまった。残念だが、女神の娘の像はもう拝めない」
「女神の娘って?」
「あんたたち、女神の娘の像を見に行くんじゃないのか?」
聖堂には、それは美しい『女神の娘の像』がある。魔物が出るようになるまではその像を見物に行く者で聖堂は大賑わいだった。そんな客たちのため、聖堂には宿泊や飲食できる設備もあった。特に若い娘が多かったのは女神の娘の像を拝めば恋が成就し、想う相手と結ばれるという伝説があるからだ――男は親切にも教えてくれた。
「そうなんだ? セレンヂュゲの街は魔物を放置してるのかい?」
「魔物退治に懸賞を掛けちゃあいるけど、成功者は今んところいない。えらく恐ろしい魔物で遭遇した途端、みんな逃げかえるって話だ。聖堂行きは諦めな」
「いや……疲れたから少し休もうと思ってね」
「あぁ、街道じゃ座り込むこともできないね。でも、あんまり奥に行っちゃあ危ないよ――セレンヂュゲはもうすぐだ。あんまりゆっくりしてると宿が無くなる。気を付けるんだな」
「気を付けるよ。女連れだしな」
男はピエッチェに頷いてから、他の三人に視線を向けた。カッチーをサラッと見た後、ニヤけた顔でマデルをじろじろと見た。クルテを見た時、少し驚いたような顔をしたが『それじゃあな』と先に行った。
男の助言に従ったわけではないが、脇道を入ってすぐのところで休憩することにした。
早めに宿を出て、街での用事を終えてすぐに出発したが日没が近づいている。
「暗くなってからは動かないほうがよさそうだ」
ピエッチェの言葉に、
「黒い靄って、夜も見えるかな?」
とクルテが首を傾げる。この質問にはピエッチェも首を傾げ、マデル、カッチーがそれに続く。遭遇すれば判るはずだと気にしないことにした。
「森の聖堂の女神の娘像って聞いたことあります」
と言ったのはカッチーだ。
「わたしも知ってたよ」
マデルも頷く。
「ローシェッタでは割と有名なんだ――コゲゼリテの温泉、セレンヂュゲ森の聖堂にある女神の娘の像、ミテスクの封印の岩、三大観光名所だ」
「封印の岩?」
「ただのデカい岩だよ。崖にくっついてて、岩の向こうは洞窟だって言われてるけど、確かめたヤツはいない。何人掛かりだろうが動かせるような岩じゃないんだ」
「ふぅん……」
詰まらなさそうなピエッチェ、マデルの説明に関心を失くしたようだ。
道端に座り込んだマデルとカッチー、ピエッチェは立ったまま、クルテはウロウロと落ち着かない様子で、道の両脇の向こうに続く森を見ている。
「さっきの男、マデルさんのこと見てましたね」
「いい女は辛いねぇ」
「いやらしい目で見られて喜ぶな」
「クルテさんを見て驚いてませんでした?」
「男にしとくのは勿体ないとでも思ったんじゃない?」
「クルテさん、今日は男にしか見えませんものね」
「男なんだから、男に見えて当たり前だ」
ピエッチェの言葉に、マデルがこっそり『往生際が悪い男だねぇ』とカッチーに囁く。
「えっ? なんだって?」
「なんでもないよ。それより、少し休んだら火を起こせる場所を探したほうがいいんじゃない?」
これにはピエッチェもそうだな、と頷いた。
するとクルテが少し離れたところから、
「この大きな木の向こう側が少し開けてる。そこにしよう」
と言った。野営の場所を探してウロウロしていたようだ。
「この木、枝が長く広がっているから、もし雨が降っても少しは凌げる。魔物の気配は道をもっと進んだところからしか感じない」
「魔物の気配が判るのか?」
「なんとなく、何かがいるような気がするだけ。あれが魔物だよ。多分」
また多分かよ?
道際の灌木を掻き分けて入っていくとクルテの言う通り、広がった枝の下は短い草が生えてるだけで割合平坦だった。
「雨、降るかしらねぇ?」
マデルが空を見上げた。朝は晴れていたのに、いつの間にか重い雲が空を覆っている。
「とにかく火を起こそう」
「焚き付けがあれば、魔法で火を点けられるよ」
「荷物は木の根元に、カッチーとマデルは荷物番――ピエッチェ、薪になりそうな枝を探すよ」
「一晩分ってどれくらい必要なんだろう?」
「この木の枝、折って使えばいいんじゃないですか?」
「生木は燃えにくいんだよ、カッチー」
「マデル、あそこにごろごろある石、魔法で運べる?」
「あぁ、座るのに良さそうだね、任せときな」
森の中をどんどん進んで落ちた枝を拾い集めるクルテ、ある程度溜まるとピエッチェに渡してくる。
「自分じゃ持たない気か?」
「わたしが拾い、ピエッチェが運ぶ。だからピエッチェは拾わなくていい」
「なんで?」
「そうしたいから」
「ふぅん……」
わけが判らんと思いながら、まぁいいかと従うピエッチェだ。
ピエッチェが目いっぱい抱え込むと、マデルたちのところに戻った。戻る時に拾った枝はクルテが運んだ。
「よくこんなに持てたね、ピエッチェ」
驚くマデルに、こういう事かとピエッチェが納得する――どんどん上に積んで貰えば、より多く運べる。だけど、クルテがそう考えたかは謎だと思った。
そんな事を数回繰り返し、その度違う方向をクルテは選んでいる。一回行ったところは拾いきったと思っているようだ。二度目に戻った時にはすでにマデルが火を起こしていた。
集めた枯れ枝が木の根元いっぱいに積み上げられると、
「お腹すいた」
クルテが焚火の傍に置かれた石に座り込んだ。石は四個、焚火から程よい位置に置かれ、ほんのり温かくなっていた。
「こんなに森を歩くのは久しぶり。なんだか疲れた――石が温かいのは焚火で温められたから? それとも魔法?」
「魔法だよ。火を小さくしても冷めないようにね」
焚火の際にも石が置かれ、竈として使えるようにしてある。鍋で沸かした湯でマデルがお茶を淹れた。
「食事はどうするの?」
「今日は作るのはやめておこう。みんな疲れてる――宿がくれたパンで済ませればいいよ」
ギュリューの宿を出る時、宿の主人がパンを袋に入れて持たせてくれた。
『謝罪も謝礼も不要と承知しております。聖堂に行かれる餞別でございます。どうぞお持ちください』
受け取った時、大きな袋に詰め込まれたパンはまだほんのり温かかった。ピエッチェたちに持たせようと、慌てて焼いたものなのだろう。
「うわぁ、美味しそうですね」
パンを見てカッチーが大喜びする。ハムやチーズをのせて焼いたものや、中にクリームが詰められたもの……様々なパンはすべて型崩れしにくい物ばかりで、二・三日は日持ちがしそうだ。宿としては明日の分までと考えた量かもしれないが、今夜のうちにカッチーが食べつくすだろう。
「僕はリンゴだけでいい……」
「クルテ、好き嫌いはダメ。パンも食べなさい」
マデルがハムとチーズが乗ったパンをクルテに渡す。
「どうせならクリームが入ってる方がいい」
「それ、食べ終わったらあげる」
「マデル、意地悪だよ?」
クルテがピエッチェに助けを求めるが、
「パンを二つ食べたら、リンゴは好きなだけ食べていいぞ」
ピエッチェがニヤリと笑う。
「ひとつじゃダメ?」
「パンの二つも食べられないのか?」
「ううん、パンを二つ食べたら、リンゴは一つしか食べられない……一つ、食べきれるかな?」
苦笑したピエッチェが、
「食べきれなきゃ俺が食ってやるから気にするな」
と言えば、
「だったら、パンを食べてよ」
クルテのこれは愚痴だ。ショボンとして、マデルに渡されたパンに嚙り付いた。
お茶を三杯もお替りしてやっと食べ終わると、すぐにリンゴを持って来たクルテ、
「ナイフで切ってから食べたほうがいい? 皮ごとの方が好きだけど」
ピエッチェに問う。
「だったら皮ごと食えよ――どうだ、一個食べきれそうか?」
「そんなの食べてみなきゃ判らない」
「それじゃあ、そのまま齧っちまえ」
嬉しそうに頷いてリンゴに嚙り付いたものの、半分も食べないうちに
「もうダメ」
ピエッチェに差し出した。
「眠い、寝る」
「そっちかよ?」
慌ててカッチーが毛布を引っ張り出してクルテに渡す。毛布に包まるとクルテはピエッチェの足元に横になり、すぐに寝息を立てはじめた。
「まりきり子どもだね」
「まったくな」
「本当に十八なのかしら? 背が高いと思ってたけど、上げ底の靴を履いてただけだった。わたしが買ってきた靴を履いたらむしろ小柄だったよね」
「えっ?」
「なんだ、ピエッチェ、気付かなかったの?」
「ピエッチェさんは、クルテさんの顔ばっか見てましたから」
カッチーさえクスクス笑い、マデルが
「見惚れてた、だよ」
と止めを刺す。
「何を馬鹿な。女に見えるかどうか見てただけだ」
「あんた、本当にクルテを男だと思ってる? 思っちゃいないでしょ?」
あぁ、思っちゃいない。コイツは魔物で性別はない。そう言えたらどんなに楽か?
「クルテって、本当は幾つなんだろう? 十八にしては幼過ぎるよね」
そうさ、アイツは生後六か月みたいなものだ。赤ん坊だよ。
「でも、気が付いてるんでしょう?」
「なにを?」
「またしらばっくれる……クルテをどうする気?」
ピエッチェがムッとする。
「どうもしない。判り切ったことを訊くな」
「ピエッチェ!」
マデルを無視してピエッチェが立ち上がる。これ以上話すことはない、そんな態度だ。
立ち上がったピエッチェは、薪を数本持ってきて火に放り込んだ。
「俺が番をするから、マデルとカッチーは少し眠れ。目が覚めたら交代だぞ。カッチー、起こされたらちゃんと起きろ」
「えっ? 目が覚めたら交代なんじゃ?」
「おまえは朝まで起きないだろう? マデルが起きたら起こす――さっさと寝ろ」
言い足りなさそうなマデルも、カッチーから毛布を渡されると、適当な場所を探して横になった。二人が寝静まるのを待ってピエッチェは、自分が座っていた岩の横に膝をつく。
クルテの様子を窺うと、眉間に皺を寄せて苦しげな顔をしている。またイヤな夢を見ているのか?
そっと頬に触れると、うっすら目を開けピエッチェの顔を見た。そして毛布から手を出して、自分の頬を触るピエッチェの手に重ねると、穏やかに笑んで目を閉じた。
暫くすると眠ったのか、クルテの手がずり落ちる。その手を、頬から離した手で包み込んだピエッチェ、クルテを起こさないよう気を付けて地面に腰を降ろす。そしてそのままクルテの寝顔を見詰めていた。




