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「しかし……そうなると、ギュームも生きていると言う事なのでしょうか? それに、あの魔法使いも?」
不安そうにそう言ったのはもう一人の男だ。宿の主人が緊張する。ギュームはともかく、魔法使いが生きているのは恐ろしさしか感じないのだろう。
ピエッチェが、
「魔法使いが復讐に来るのが怖いか? レムシャンはわざわざ名を変えて乗り込んできている。復讐目的でも可怪しくないな」
と、クルテの指示で言わされる。二人の男は神妙な面持ちだ。
「ところで聖堂の森とはどこだ? そこにギュームは住んでいるようなことを言っていたんだったよな?」
ピエッチェがクルテを見、クルテが頷く。
すると宿の主人が
「ここギュリューからモフッサ街道を上っていくと、セレンヂュゲの手前に聖堂へ行くため森を抜ける脇道があります。その森は聖堂も取り囲んでいることから〝聖堂の森〟と呼ばれるようになりました。ですが、昔はともかく、今ではとても人が住めるような森ではありません」
と答えた。
「住めるような森ではない? 魔物でも潜んでいるのか?」
「はい。そのため聖堂も放棄され、今では忘れられた存在です」
「魔物がいるのではギュームがそこにいるとは考えにくいな……なぜレムシャンはそこに行こうと言ったんだろう?」
「えぇ……ですから聖堂の森と聞いた時、不思議に思いました」
そう言えば首を傾げていたな……ピエッチェが主人を見ながら考える。それにしても、そんなところにクルテを連れて行ってレムシャンはどうするつもりだったのだろう?
(レムシャンに生まれ故郷を聞いた時、ヤツが連想しただけだ。わたしを連れて行こうなどと思っちゃいない)
(なんだ、そう言うことか)
(しかし、これでギュリューを出たあとの目的地が決まったな)
(魔物がうじゃうじゃいたらどうするんだよ?)
(任せたよ、カテロヘブ!)
クルテとの脳内会話に舌打ちしそうになるピエッチェだ。
「しかし、なぜ聖堂があるのに森に魔物が住むようになった? そもそも聖堂があるってことは、森は聖域だったのでは?」
「それがよく判りません――以前は安全に通れる道でしたが、いつの間にか魔物が出没するようになり誰も行かなくなりました」
「聖職者はいなかったのか?」
「いたはずですが……消息は不明です」
「魔物が住むようになったのはいつごろから?」
「そうですね、かれこれ十年近くにな――」
言いかけて主人がハッとする。
「ギュームの館が焼け落ちたあとから……です」
「ふむ……」
森に潜む魔物はギュームの後妻か? 魔物によっては人間に擬態できる――つい、チラリとクルテを見てしまう。
狼狽える主人にピエッチェが質問を続けた。
「王都の教会から調査は来なかったのか?」
「その聖堂はセレンヂュゲに付属する物、我々には判り兼ねます」
「セレンヂュゲで訊けと言う事だな」
ピエッチェが視線をレムシャンに移す。
「さて、この男、どうするかな?」
「できればわたしどもにお任せいただきたく……」
と、宿の主人が言うが、
「役人に引き渡せば自分たちの悪事が露見するから?」
マデルが嘲笑する。
「〝ツケ〟を払うときが来たんじゃないの?」
マデルは王室魔法使いだ。当然の反応だと思うピエッチェ、しかしそれでは街の住民すべてを、役人を騙していたと牢に繋がなくてはならなくなる。果たしてそんな事をローシェッタ国王は望むだろうか?
その時、部屋から飛び出してきた女がいた。どうやら勝手に扉を開けて部屋に入ってきたようだ。倒れているレムシャンに縋りつき、涙ながらに訴えた。
「待って! お願い、シャインを許して!」
「グレーテ! どうしてここに!?」
宿の主人が驚いて、娘の名を叫ぶ。
「厨房で聞いたの、シャインがこのお部屋のお嬢さまに乱暴したって……そんなの間違いよっ! もし本当だとしても、この人を連れて行かないで! お願い! この人がしたことは、わたしがどんな形ででも償います!」
「やめなさい」
もう一人の男がグレーテをレムシャンから引き離そうとするが、グレーテはレムシャンに縋りついて離れない。身体を揺らされたレムシャンがとうとう目を覚ます。
「――グレーテ」
「シャイン……」
グレーテに助けられながら上体を起したレムシャンが腹を抱え込む。ピエッチェの一撃のせいだ。
「痛ててて――何をしていたんだっけ?……あっ!」
腹を抱えてよろよろと立ち上がったレムシャンが周囲を見渡しクルテを見付け、指を向けて叫ぶ。
「ソイツ! ソイツ、人間じゃないっ!」
「何を言い出す?」
呆気にとられる宿の主人、もう一人の男が『落ち着きなさい』と窘める。
「俺は見た! ソイツ、姿を消した。俺は覚えてる。ソイツが消えて、俺の手にはドレスだけが残った」
「頭を殴った覚えはないが? 倒れた時の、当たりどころが悪かったかな?」
ピエッチェが失笑する。
「それとも、服を脱がせる夢でも見たか?――おまえ、わたしの婚約者に何をしようとした?」
「あ……」
ピエッチェの指摘にレムシャンが蒼褪める。だがしぶとい。
「そっちが、その女が誘ってきたんだ!」
「それも夢物語か? レムシャン、なぜ偽名を名乗っている?」
「ど、どうしてその名を!?」
そう叫んでハッとするレムシャン、改めて周囲を見渡した。
「シャイン? 偽名って何のこと?」
「うっ……」
自分を見詰めるグレーテに口籠るレムシャン、キリキリと唇を噛む。
「それは……」
グレーテから目を逸らしたレムシャンが宿の主人を見据えた。
「おまえに復讐するためだ」
「レムシャン……」
「俺たち家族をこの街から追い出すために館に火を放った。忘れたとは言わせないからな!」
「いや、それは違う!」
「今さら嘘を吐くな! 俺は覚えている。燃え盛る炎、立ち込める黒煙、やっとのことで隠し扉を見つけ、地下通路へと逃げのびた――おまえたちが俺たち親子を殺そうとして探す声がどれほど恐ろしかったことか!」
「ま、待て! 火を放ったのはギュームの妻だ!」
「はっ! 俺の母は物心つく前に死んでいる」
「違う、おまえの母親じゃない、継母の方だ」
「継母だと? 父は母を亡くしてから独り身だ。見え透いた嘘をよくも言えるな」
「どういうことだ?」
茫然とする宿の主人ともう一人の男、マデルが、
「まぁ、魔法使いの仕業ってことだろうねぇ」
と呟く。主人と男が顔を見交わす。
「レムシャンだっけ? あんたの家では召使を雇っていた。それがいつの間にかいなくなっちゃいないかい?」
「それがどうした?」
「解雇してから誰が家の中のことを? 父親が食事を作ってくれていたのかい?」
「えっ? いや……いつの間にか食卓に料理が並んでいた。それを父と二人で食べた」
「使った食器もいつの間にか片付いていたんだろう?――親父さんは時どき独り言とは思えないような独り言を言っていなかったかい?」
「……死んだ母を思い出して話しかけているようなことはあった」
「魔法使いはあんたには姿を見せなかったようだね。親父さんは死んだあんたのお母さんじゃなく、新しく迎えた妻に話しかけていたんだよ――ソイツは魔法使い、あんたの館に火を放ったのはソイツさ」
「そんな……でも?」
「あんたが気を失ってる間、わたしたちはこの人たちから話を聞いた。この人たちが嘘を吐いているとは思えない――わたしの質問に答えた今も、この人たちを信用できないかい?」
マデルを見詰めてから、宿の主人、そしてもうひとりの男をレムシャンが見る。
「本当なのか? 魔法使いが父の後妻に?」
「本当だとも――確かに火事の時、ギュームとおまえを探した。でもそれは殺すためじゃない。助けようとしたんだ。てっきり死んでしまったと思っていた……無事でよかった」
涙ぐむ二人の男、レムシャンが腰を抜かすように頽れた。グレーテが跪いてレムシャンに寄り添うと再び懇願する。
「お願いです、シャインを許してください」
するとレムシャンがグレーテを振り払う。
「聞いただろう? 俺は復讐のためにあんたを騙した。愛してるなんて大嘘だ。庇うことはない」
「シャイン……わたしはあなたを愛してる。愛してないのなら、これからは愛してくれればいい」
「馬鹿だな、おまえ。もっといい男を見つけて幸せになれ」
「わたし、あなたじゃなきゃダメ。それに……妊娠しているの」
顔色を変えてレムシャンがグレーテを見る。
何も言えずにいるレムシャン、ピエッチェが咳払いする。
「話の途中で悪いが、レムシャンには訊きたいことがある。まずはそれに答えて貰おう」
キッとレムシャンがピエッチェを見る。
「今さら何が訊きたい? もうどうでもいいよ、俺が乱暴しようとしたのは間違いない。自分から誘っておきながらあんたの女は逃げ回って、脅したらビビッて泣き出した。それだけだ、指一本触れちゃいない。殴られ損だ」
「俺が訊きたいのはそんな事じゃない」
聞いただけでも蘇る怒りを抑えて、ピエッチェがレムシャンを見る。
「おまえと父親が使った地下道は今もあるのか? それからこの宿に雇われるまでどこに居た? 父親は今、どこに居る? 誰かと一緒か?――この四つに答えて貰う」
「そんなことを訊いてどうする? それに父は俺がここに来ていることも、その目的も知らない。関係のないことだ」
「おまえの父親を咎めようとは思っちゃいない――俺たちはある魔法使いを探している。ひょっとしたら、おまえの父親を騙した魔法使いがソイツじゃないか? だから知りたい、答えてくれ」
少し考えてからレムシャンが答えた。
「地下道は聖堂の森にある聖堂に繋がっていた。この宿に来るまで俺は父と二人、その聖堂で暮らしていた――でもそうか、魔法使いか」
レムシャンが表情を変えてピエッチェを見た。
「俺は毎朝、聖堂で祈りを捧げていた。ある日、急に光に包まれ、ギュリューに行って復讐しろと声がした。森の女神のご託宣だと思った。気が付いたら、この宿の前に立っていた」
「森の女神?」
ピエッチェの疑問に、
「あの聖堂は森の女神に捧げられたものなのです」
と宿の主人が呟いた。
「ふむ、それで? ほかの質問への答えは?」
「あぁ……地下道は土砂に埋まった。あそこに逃げてすぐのころ、街に帰ろうと思って行ってみたことがある。だが、途中までしか行けなかった」
レムシャンが、小さな溜息を吐く。
「聖堂から出ようとしても、どの扉も窓も開かない。だから父は多分まだ聖堂にいる。それに俺が知る限り、他には誰もいなかった――そうだ、誰もいないのに、やはり食事はいつの間にかテーブルに用意されていて、いつの間にか食器は片付けられていた。誰もいないと思っていたが、魔法使いがいるのかもしれない」
「ふむ……」
ピエッチェが腕を組み、目を閉じる。
暫くして静かに言った。
「レムシャンの処遇は主人、おまえに任せる。娘と三人でよく話し合え。心配するな、役人に告げ口なんかしない――せっかくのお茶が冷めきったな。まぁいい。俺たちはこれからティータイムだ。部屋を出て行って貰おう」
宿の主人がグレーテを促し、もうひとりの男がレムシャンの腕を掴むと『新しいお茶をすぐご用意いたします』と言って、四人は部屋を出て行った。




