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クリオテナがラクティメシッスたちの部屋の部屋に居たのは、そう長い時間ではない。用件はラクティメシッスの予測通り、クルテのことだ。
問い詰められたラクティメシッスは苦し紛れに
「我が王家の事情で、今は何もお話しできません」
と言ってしまう。そう答えれば、クリオテナも何も訊けなくなると思った。
が、ちょうどその時、カテロヘブが起きたとメイドが報せに来て、
「要は教えて下さらないってことね」
クリオテナは捨て台詞を吐いて退出した。
「あんなこと言ってしまって、どうするのよ?」
マデルがラクティメシッスを責める。退出したクリオテナの気配が充分遠ざかってからだ。
「本当にね……失言でした」
ラクティメシッスが頭を抱える。
これでカテロヘブがクルテを王妃と決めたら、ローシェッタ王家とどう関係するのか説明しないわけにはいかなくなった。
「まぁ、どうせクリオテナは信じちゃいない。カテロヘブに口止めされていたとでも弁解しましょう」
「ローシェッタ国の王太子は嘘吐きだって言われるわよ?」
マデルの指摘に、ラクティメシッスは情けない顔で笑うしかない――しかしこの失言は、後に妙案を呼び寄せることとなる。
ラクティメシッスの部屋を辞したクリオテナは、その足でカテロヘブのところに向かっている。
ノックもそこそこに、いきなりドアを開けるなり
「あんた! なにやってんのよ!」
怒鳴り声を響かせたクリオテナ、部屋ではカテロヘブ・クルテ・カッチーの三人がお茶を楽しんでいたところだった。
肩を竦めて縮こまるカッチー、焼き菓子に手を伸ばしていたクルテは聞こえていないはずもないのに動じることなく、そのまま菓子を口元に持っていった。
「姉上、メイドたちが怯えますよ」
手にしていたカップをソーサーに戻し、冷やかに言ったのはカテロヘブだ。
ハッとして、クリオテナがその場でメイドの控室のほうを見る。すると、数人のメイドが恐る恐る顔を覗かせていた。咳払いし、
「あなたたちに言ったんじゃないわ」
クリオテナが言い訳をする。それからゆっくりと部屋に入ってドアを閉めた。
「なんでラクティメシッスさまとの約束をすっぽかしたの?」
怒鳴り声ではないが、クリオテナの声は過分に刺とげしい。対するカテロヘブの声は穏やかだ。
「約束の時刻まで仮眠を取ろうと思ったのですが……思いのほか疲れていたようです。そのまま寝入ってしまいました」
「それはその……その娘と一緒にってこと?」
「えぇ、そうですよ。カッスゥダヘルからお聞きでしょう?」
ムッとクリオテナがクルテを睨みつける。
「あなた、どういうつもり?」
クルテは焼き菓子がお気に召したようで、口をモグモグさせてニンマリしている。
暫く睨み付けていたがクルテは無反応、諦めたクリオテナは溜息を吐くと、再びカテロヘブに向かった。
「それで、どんな身分の娘なの? 名前は?」
クリオテナを見ていたカテロヘブがぐっと言葉に詰まり、目を逸らす。そして苦にがしげに答えた。まぁ、芝居だ。
「名も身分も知りません」
「はぁ? だって、あなた、怪我の手当てをして貰って、そのあとずっと一緒に居たのでしょう? 名前が判らないなんて奇怪しいわ」
「えぇ。呼ぶのに困りますよね。だから『お嬢さん』と呼んでいます」
「なによ、それ?」
「わたしだって名前を知りたい。でも、教えて貰えないんです」
カテロヘブが寂しそうにクルテを見る。だが、これも芝居だ。
「でもね、姉上。ローシェッタ王家の事情と言われたら、追及できません」
「えっ? だって、それは……」
クリオテナが息を飲む。
ローシェッタ王家の事情とラクティメシッスから聞いた時、苦し紛れだとクリオテナは見抜いていた。それを再びカテロヘブの口から聞こうとは……むろんカテロヘブは二枚貝で『ローシェッタ王家の事情』とクリオテナに言ってしまったと、ラクティメシッスから聞いている。だから言えたことだ。
カテロヘブが真面目腐った顔でクリオテナに向き合う。
「それぞれの王家に洩らせない事情があることは、姉上も判っておいでですね?」
暗に『ザジリレン王家にだって事情があるだろう?』と匂わせるカテロヘブ、
「でも、でも……」
その娘の素性を知っているとは言えないクリオテナ、それを暴露したら、ザジリレン王家の秘密の魔法に繋がってしまう。この場にいるのがカテロヘブとあの娘だけなら言えるのに、カッスゥダヘルには聞かせられない――カッチーが『失われた王女』の息子だとは知らないクリオテナだ。
目を泳がせていたクリオテナ、
「でも! それでは話が合わないわ」
漸く突破口を見つけ、声を荒げる。
「怪我をしたあなたを見つけて介抱してくれたんでしょう? なんでローシェッタ王家ゆかりの女性があなたを見付けられたのかしら?」
これをカテロヘブ、フフンと鼻で笑う。
「なぜ森に居たのかをお聞きになりたい? そのあたりに〝事情〟があるのだと、お思いにならないのですか?――まぁ、森に居た理由はわたしも知りません。けれど、ローシェッタ王家を頼れと言われた時点で気付いていても良かったかもしれませんね」
「ローシェッタ王家を頼れって、その娘が言ったのですか?」
「えぇ、そうですよ。だからローシェッタ国内を巡り、王に目通り願えるよう動いたのです」
丸きりの嘘ではない。むしろ真実とも言える。
「その結果、マデリエンテ姫と知り合えた……この娘の素性を明かせないのはローシェッタ王家の事情だと、教えてくれたのはマデリエンテ姫です」
これは微妙に嘘要素が強い。でもまぁ、これでクリオテナを黙らせられるはずだ。
なにしろ、ザジリレン王宮にいる間、クリオテナには邪魔して欲しくない。一番心強い味方は、裏を返せば一番手強い敵となる。
クルテが魔物だと、クリオテナは見抜いている。魔物封じの魔法が扱えるクリオテナが見抜かないはずはない。でも、本当に?
この俺でさえ、初見で魔物だとは見抜けなかった。人間でないのは判ったが、ではなんだろうと思った――ティーカップに手を伸ばしながら、カテロヘブがチラリとクルテを盗み見る。
ソノンセカで感じた女神の娘と魔物の混合された気配は出会った時のクルテの気配と酷似していた。なるほど、と思ったものだ。ザジリレン王家の秘密の魔法に関してはクリオテナより数段上の俺でさえそうなのだから、クリオテナはさぞや混乱しているだろう。それでも人間じゃないことくらい察しているはずだ。弟に取り入ってどうする気だと警戒するのも当然だ。だけど姉上、俺はなからずコイツを人間にする。だからそれまで、心配かけるが待っていてくれ――
菓子皿に伸びたクルテの手が不意に止まる。
「お菓子、最後の一個……」
なんとも寂しげな声で言う。
「食べたい?」
クルッとクリオテナを見上げたクルテ、反射的にクルテを見たクリオテナがツンと目を逸らす。
フンとクルテが鼻を鳴らす。
「王姉さまはわたしが嫌い……だから虐める」
「まっ!」
「おい、こら、やめろ」
怒りで顔を赤くするクリオテナ、慌ててクルテを窘めるのはカテロヘブ、
「だって、わたしに食べさせるのは勿体ないって思ったよ」
さらりと言ってのけるクルテ、
「あなた、わたしの心を読んだの?」
クリオテナが蒼褪めれば、
「あら、当たっちゃった? きっとそうだと感じただけ」
ニヤリと笑って、クルテが最後の菓子を取る。
「まぁ、いいじゃん。明日、ここを出るから」
「えっ!?」
「本当に?」
驚くのはカテロヘブ、歓喜の色を滲ませるのはクリオテナ、カッチーがカテロヘブとクルテをオドオドと見比べて、心配を隠しきれずに呟いた。
「そんな……わたしもダーロミダレムさまのお供でカテロヘブさまのおそばを離れるのに?」
食いついたのはクリオテナ、
「ダーロンのお供って?」
それに答えたのはカテロヘブだ。
「無実の罪で牢に繋がれていたと聞いた。静養を兼ねて温泉にでも行って来いとわたしが許可した。ついでからカッスゥダヘルも連れて行け、とな」
そう言いながらもクルテから目を離さない。
「おまえ、俺を置いて、どこに行く気だ?」
チラッとカテロヘブを見て唇を尖らせるクルテ、
「温泉……いいなぁ」
そしてニヤリと笑う。
「どこに行くかは教えないよ。って言うか決めてない。風にでも聞くかな?」
ムッとしたが、
「あとでゆっくり話そう」
カテロヘブが黙れば、
「出て行くなら褒美を何にするか、よく考えておくことね」
クリオテナがクルテ微笑むが、目が笑っていない――疑っているようだ。
「ま、そう言うことならわたしはこれで……夕飯はどうするの? ラクティメシッスさまたちとご一緒に?」
クリオテナの問いに、カテロヘブが少しだけ思案する。
「そうだな……ここのダイニングに五人分、いや六人分用意してくれ」
「六人って、わたしも居たほうがいいのかしら?」
「いや、姉上じゃない。ダーロミダレムを呼ぶ」
「ダーロン? 彼がローシェッタの王太子と知り合いだとは思えないけど? 気づまりなんじゃ?」
「マデリエンテ姫の護衛役のカッスゥダヘルをダーロミダレムの猶子にするって話があるんだよ。で、挨拶したいと、ラクティメシッス・ダーロミダレム、双方から言われている」
「まぁ、王太子の婚約者の護衛役? それなりの身分のかたでしたのね。今までのご無礼をお許しくださいませ」
会釈を寄こすクリオテナに、恐縮したカッチーが立ち上がり会釈を返す。
「こちらこそ、以後お見知りおきを……カテロヘブ王のご助力により、ザジリレン国に復籍できる運びとなりました。ありがたいことです」
「復籍?」
「はい、母はザジリレン国にて身分のある女性だったと聞いております。父はローシェッタ出身ですがザジリレンに渡り、騎士を勤めておりました――二人とも何年も前に他界いたしましたが、カテロヘブさまが身元を調べてくださるそうです。最終的には元の身分を取り戻すとお約束くださいました」
「だって、ダーロンの猶子になるのでは?」
「それはザジリレンに留まるための仮のものでございます」
「何か手掛かりがあるのかしら?」
「はい、ダーロミダレムさまにお預けしています」
これは嘘だ。スカーシレリのペンダントはアランロレンスのハンカチとともに、箱も鍵もクルテが預かっている。
「ダーロンが? なるほど、カテロヘブが自分で調査するはずないものね」
カテロヘブがカッスゥダヘルの身元調査をダーロミダレムに命じたと、クリオテナは思ってくれた――すべてカテロヘブの思惑通りに進んでいる。
食事とダーロミダレムに使いを出す手配を引き受けて、クリオテナはカテロヘブの部屋を出て行った。
「ダーロンには日記帳に書き込めばいいんだけどな」
カテロヘブがニヤッとすると、
「お陰でダーロンがサンザメスク卿の屋敷を出る、いい口実ができたよね」
クルテがニンマリした。




