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今日のラクティメシッスとマデルは割とラフな装いだ。昨日のように、見ただけでローシェッタ国の王太子だと判るような衣装は着ていない。さすがに貴族と判る衣装だが、ここザジリレンでは顔を知られていない。少し教養のある者なら金髪碧眼だと知っているかもしれないが、庶民ではごく少数だろう。ローシェッタ国内でさえ名はともかく、顔は知られていないマデルならなおさらだ。
ラクティメシッスの二人の部下にしても、今日は〝一般的〟な貴族の衣装、ザジリレンでは魔法使いだと気取られることもない。
今日は女性用の衣装のクルテにしても、見ただけなら普通の娘、連れの四人と比べると、少しばかり若いのが不自然と言えば不自然だ。しかし、きっと三人のうちの誰かの妹なのだろうと思われていそうだ。
ゼリーの観察が終わったクルテがカテロヘブを見上げる。が、すぐにマデルに顔を向けた。周囲から見ればカテロヘブの位置は空席、空間に話しかけるわけにはいかない。
「イチゴが入ってないのにイチゴゼリー、メロンが入ってないのにメロンゼリー。なんで?」
真剣な顔でマデルに問う。
マデルの向かいではラクティメシッスがニヤリとする。心の中で『いつものが始まった』と思っている。ラクティメシッスの隣に並んだ二人の部下は驚き過ぎて、ポカンとクルテを見ている。
「あぁ……それはね、果肉は使ってないけど、果汁とかで風味をつけてるの」
この説明で判るのか、不安ながらもマデルが答える。
「ふぅん……」
案の定、クルテは納得できないようで、不満顔だ。
「なるほどね、だから安かったんだね」
と言いながら、それでも食べてみる。
「あぁ、納得。匂いだけ、で、甘くして酸っぱくしてるだけ。つまり偽物……偽物が流行ってるの?」
「えっと、そう言うことじゃないんだけど……」
困惑するマデル、空席から押し殺した声がする。
「黙って食っとけ。食べたくないなら食うな」
もちろんカテロヘブだ。ラクティメシッスの部下が慌てて、クルテに何か言ったふりをした。
結局二種類のゼリーを一口ずつ食べただけで残したクルテ、ラクティメシッスが
「ほかの物を頼みましょうか?」
気を回すが、クルテが答える前に、
「不要」
とカテロヘブの声、ムッとした顔をしたがクルテの答えは
「あとでカティと一緒に食べる」
だった。
それ以外は殆ど歓談してティータイムを終えた。話すのはラクティメシッスたち四人、クルテはムスッと黙っている。ますます連れて来られた妹みたいだ。
話の区切りがいいところで、ラクティメシッスが立ち上がる。
「そろそろ行きましょうか」
二人の魔法使いも立ち上がれば、クルテがニマッと言った。
「荷物、忘れないでね」
ティーサロンの客席に落ち着いてから、見えず聞こえず魔法の中でカテロヘブがテーブルの下に置いた荷物、それが二人の魔法使いの足元にある。ラクティメシッスと二人の魔法使いが立ち上がって死角になるのを狙って、クルテが見えず聞こえず魔法を解除した。打ち合わせ通りだ。
「あぁ、もちろんだとも」
椅子を退けて魔法使いがそれぞれ大きなカバンを持ち上げた――
そのあとは少し散策してから王宮正門に向かった。クルテは既に見えず聞こえず魔法で姿を消している。
「お帰りなさいませ」
クリオテナが言っていた通り、門兵の一人がラクティメシッスとマデルを王宮内へと誘導する。
「悪い、少し庭に寄ってく」
カテロヘブの呟きは、聞こえず魔法で門兵には聞こえない。
「ちょっと見ておきたい」
ラクティメシッスの返事を待たずに、クルテと二人で行ってしまった。
「どうかされましたか?」
足が止まったラクティメシッスを門兵が訝れば、
「いえ……向こうにも庭が続いているのだな、と思って」
カテロヘブを目で追っていたラクティメシッスが視線を戻さず答えた。
「そちらは裏庭です。手入れが行き届いているとは言いがたく……ご案内するのはどうかと」
「いいのですよ。なんだろうと思っただけですから――早く部屋に行きましょう」
ニッコリ笑むと歩き出したラクティメシッス、カテロヘブとクルテに心を残して、マデルも歩を進めた。
カテロヘブが裏庭に回ったのは『王家の森』を見るためだ。サワーフルドが片手間で命を永らえさせていると言うのが気になった。
勝手知ったる我が家、建物の脇を抜けて、目的の場所にすぐ着いた。
「子どもの頃、ここで遊んだ」
カテロヘブがポツリと言ったのは、原っぱだ。
「三年に一回くらい、雪が積もることがあってね……」
原っぱの中程で、建屋を振り仰ぐ。
「そこの最上階、出窓になっているのが判るか? あそこが俺の部屋だ」
クルテが建物を見て答えた。
「あそこからなら日の出が見えそうだね」
「んー、どうだろう? サワーフルド山やメッチェンゼ山が邪魔で見えないんじゃないかな?」
「そんな時刻に起きてたこと、ないでしょ?」
よくご存じで。
「ここから先が『王家の森』だ。ほら、女神の娘像が立ってるから『女神の森』って呼ぶヤツもいるな。ま、だいたい子どもだけど」
「カティも女神の森って言ってた?」
「言ってたよ。周りがみんなそう言うんだから、合わせるもんだろう? それにしても、この像、こんなに小さかったんだなぁ」
「小さい?」
「いやさ、子どもの頃は見上げていた。でも、今は見上げるほどじゃない――ここに来るのは何年ぶりだろう?」
「大人になったら来なくなった?」
「そうだね、いろいろ忙しくなったから……子どものころからの友人たちと、集まって遊ぶこともなくなった」
そんな話をしながら『女神の娘像はどこもみんな同じなんだなぁ』と、変なところに感心しているカテロヘブだ。両の手を上にあげ、少しくねらせた肢体、俯き加減で微笑んでいる。コゲゼリテや聖堂の森で見た女神の娘像とどこが違うのか判らない。それに……グレナムの鞘の裏面の彫刻も、精霊と言われてはいるが同じものだ。ま、森の女神も女神の娘も、正しくは精霊だ。
女神の娘像から目を離し、カテロヘブが森の奥を見る。するとクルテがカテロヘブの前に回り込んで見上げてきた。
「この像は『女神の娘』なのに、森は『女神の森』なんだね。なんで?」
「んー……なんで、って訊かれてもなぁ。子どもだからね、女神と女神の娘を区別できなかったんじゃないのかな?――そんな事より、森の中に行こう」
「そんな事より、お腹減った。部屋に戻ってお菓子食べたい」
「へっ? いや……」
「カティの部屋の前にはクリオテナに命じられたメイドが張ってる。部屋から出てきたら報せるように言われてる。そして門兵から王太子が戻ったって聞いたクリオテナは、ラクティメシッスに会いに行こうと身支度してる」
「まずいな……」
「でしょ? 急いでラスティンたちの部屋に行こう」
幾ら『見えず聞こえず』魔法を使っていようと、ドアを開けないことには部屋に入れない。ドアに見えず聞こえず魔法を使ったところで、急にドアが消えるなんて騒ぎになるだけだ。こうなると、ラクティメシッスの部屋から隠し通路を行くしかない。それも、クリオテナが来る前に――慌てて邸内に入る。
来賓の世話係のメイドたちの控室から話声が聞こえたが、ラクティメシッスの部屋の前には誰も居なかった。他国の王太子に、見張りはさすがに付けられないってことだ。用がある時は部屋の中でベルを鳴らせば、メイドがすぐに来る。
ドアの前で、聞こえず魔法だけ解除する。すると、僅かな間でドアが開いた。
「気のせいかな? 今、誰か来たような気がしたんだけど……」
ラクティメシッスが呟くと、ドアを大きく開けて廊下に出る。が、これは芝居だ。ドアの前で魔法が解除された。その気配に、カテロヘブたちだと察している。
誰も触っていないドアがパタパタと動いた。入室済みの合図だ。
「思ったよりも緊張しているのかな?」
ニヤリと笑んで、ラクティメシッスも部屋に入りドアを閉めた。控室のメイドたちは気付かなかったようだ。
すぐに見えず魔法も解除した。話したそうなラクティメシッスとマデルに『クリオテナが来る』とだけ言って隠し通路に入った。もちろん、その前にクルテが魔法を使い、隠し通路の存在を示している。
カテロヘブたちが消えると、
「向こうからは行き来自由。なんだか不公平に感じます」
愚痴るラクティメシッス、マデルが
「わがまま言わない!」
と叱責する。
「王女さまはなんの用で来るのかしら?」
「なんでしょうねぇ……ひょっとしたらお嬢さんの話かもね?」
「また『身分が』って言い出す気かしら?」
「お願いだから、喧嘩腰にならないでくださいよ。明日までの我慢ですから」
マデルは不満そうだ。それでも、ドアがノックされれば黙らないわけにはいかなかった――
自室に戻ったカテロヘブとクルテ、居間で待っていたカッチーがほっと息を吐いた。
「出かけてすぐ、クリオテナさまが来たんです。はい、言われたとおり、ドアは開けませんでした」
カッチーには『誰が来ても中に入れるな』と、言っておいた。
「寝室に入られたので寝ていらっしゃると思いますって言ったら、起こすよう言われました。えぇ、出てくるまで邪魔するなって仰ったんでと答えました」
「それでクリオテナは納得したか?」
クスリとして、カテロヘブが聞く。
「やっぱり『そんなの無視しろ』って。だから言っちゃいましたよ。女性と二人で寝室に入ったって――良かったんですか?」
「良いも悪いも、俺がそう言えって言ったんだ。で、引き下がった?」
「はい、部屋から出てきたら、すぐ報せるようにって」
カテロヘブとカッチーが話している間、寝室に入っていたクルテが着替えて出てくる。王宮に居ても奇怪しくない衣装、女性物だ。
「カティもすぐに着替えて。メイドにお茶とお菓子を頼むから」
呼び鈴に手を伸ばす。が、鳴らしたのはカテロヘブが寝室に消えてからだ。メイドがドアの前に居るのは判っている。下級貴族の服装のカテロヘブを見れば不審に思い、クリオテナに告げ口される。
案の定、ベルを鳴らすと、すぐさまドアがノックされた。
「お茶とお菓子をお願い。三人分ね……それから、王姉さまに『起きた』って伝えてください」
ドアを開けてクルテが頼むと、メイドは『かしこまりました』と頭を下げる。それを見てから、クルテはドアを閉めた。
「クルテさんのこと、『なんだ、コイツ』って目で見てましたね」
クルテがソファーに座るのを待って、カッチーが苦笑する。
「そうだった?」
惚けるのはクルテだ。ちゃんと気付いている。
「ま、カティ、わたしの名まえさえ、ここでは言うなって言ってたもんね」
「マデルさん、つい言っちゃうかもって、自信なさそうなのに、ラスティンさんはいつも『お嬢さん』だから問題ないって」
カッチーが愉快そうに笑った。




