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ラクティメシッスは呆れかえったが、カテロヘブのプランを聞くうち、ついには笑い出した。そして結局、カテロヘブの提案を飲んだ。
「では、帰国は明後日……って、もう日付が変わってますね。明日という事で準備しておきます」
ラクティメシッスの確約を取ると、カテロヘブとクルテは来た時と逆のルートで退出していった。
「魔法の気配が消えましたね」
壁に吸い込まれるように消えたカテロヘブとクルテ、二人の気配と同時に話している間もひしひしと感じていた魔法の気配が消えた。
「あなた、ひょっとして二人を追おうとしてた?」
マデルがクスッと笑う。ラクティメシッスがムッと答える。
「壁の擦り抜けだとしたら『空間無視』かなと思ったんだけど……それなら女神の魔法、それが検知できるのは可怪しいと思ったんです」
「女神の魔法ってラクティにも検知できないんだっけ?」
「そうですね。ワイズリッヒェの魔法もさっぱり検知できませんでした」
「ってことは、女神の魔法じゃないのよ。わたしだって、あの二人で出てきた時から壁に、ずっと魔法の存在を感じてたもの」
ラクティメシッスは納得できなさそうだ。それでもマデルの意見に同意するしかなかったか?
「そうですね……あなたの言う通りなんでしょうね」
もっともこの時ラクティメシッスは『女神はわざと魔法を検知させることもできるのかもしれない』と、考えていた。ただ、根拠もなければ確証もない。だから言えずにいた――
自室の隠し部屋に辿り着いたカテロヘブとクルテ、
「ラスティン、騙されてくれたかな?」
早速クルテがカテロヘブを見上げる。
「どうだかな? だけどタイミングはばっちりだったと思うよ」
カテロヘブが微笑んで答える。ラクティメシッスの部屋に入る際、クルテが帰り口に魔法をかけて、存在を明示していた――見つけにくいものを失くさないようにする魔法、人間の魔法だ。
「ま、いいじゃん。どうせアイツ、わたしを女神の娘だと思い込んでる。隠し部屋の魔法をそのまま使ったところで、きっとわたしの仕業だって思ってくれたよ」
「そうかも知れないけどさ、おまえの魔法のお陰で、俺は疑われすに済む。助かったよ」
「ローシェッタは魔法が使えることを公言してる。むしろ優位性を誇示してる。なのにザジリレンはひた隠し。人間の魔法だけでなく、一部とはいえ女神の魔法が使えるんだから、ローシェッタなんて目じゃないのに」
「女神の魔法が使えることは秘密にするのが女神との約束だ。知ってるだろ?」
「もちろん知ってる――ねぇ、女神は意地悪だって納得した?」
クルテがカテロヘブの袖を引いて、目をクリっとさせる。コイツ、俺に何を言わせたいんだ? と思いながら、苦笑するカテロヘブ、
「条件を付けるのが好きってだけだ」
寝室に通じるドアを開けた。
「うわあッ!?」
いきなり頭を抱えてカテロヘブがしゃがみ込む。続いて寝室に入ったクルテがキョトンと言った。
「頭痛?――わたし、怒鳴ってない」
クルテの後ろで隠し部屋の扉は消えて、なんの変哲もない壁に変わる。
「おまえに怒鳴られたほうがまだマシ……」
頭を抱えたままヨロヨロとカテロヘブが立ち上がる。
「そうなの? それじゃあ――」
「やめろ! 頭の中で怒鳴るな!」
必死でクルテを止めると、顔を顰めたままカテロヘブがベッドに駆け寄る。バッと掛け布団を捲れば、日記帳が二冊ある。慌てて二冊とも開いた。
「くそっ!」
悪態をつくカテロヘブをクルテが不思議そうに見る。
「今夜は日記帳と寝るんだ?」
「違うっ! そうじゃない!」
つい怒鳴り声をあげたが、ほっと息をついてベッドに腰かけると、カテロヘブは一冊を手に取った。
「コイツのせいだ。隠し部屋を出た途端、大音響で『早く読め』って喚き続けた」
「それって誰? 同じのだと見分けがつかないね――まだ大音響?」
「ダーロンだ――開いたら止まった。でもまだガンガンしてる。いつもはもっと静かなのに、どうしたんだろう?」
「ベッドに寝かせたからじゃない? 大声じゃなきゃ起きないと思ったんだよ」
寝てたのは日記帳か? で、起こされるのは俺か? クルテ、なんだか話の辻褄が合わないぞ? とりあえず、クルテを無視してダーロミダレムからのメッセージを読み始めた。
「ダーロン、なんだって?」
隣に腰かけて覗き込んでくるクルテ、
「うん? そうさなぁ……おまえが言ってた増員って、ダーロンかもしれないな」
カテロヘブがニヤリと笑い、日記帳に返信を書き込む。
すぐに応答があった。
「アイツ、寝ないで待ってたのかもしれないね」
長々とラクティメシッスと話し込んでいた。夜明けが近い。
「ねーねー、ダーロンはなんだって? で、カティはなんて答えた?」
「アイツ、王宮財務局をクビになったらしい。で、王家警護隊で拾ってくれって言ってきた」
「クビ? 解雇されたってこと?――フフン、さてはカティ、採用できないって答えたね?」
クスッと笑うクルテ、カテロヘブもニヤリとした――
翌日、ローシェッタ国王太子ラクティメシッスの滞在予定が正式に発表された。明日、護衛の魔法使い三人を連れて帰国すると言う。ザジリレン王宮に残っていた魔法使い五人のうち、二人は別の任務に就くため、本日中にはザジリレン王宮を出るらしい。
しかし、護衛が三人では心もとないという事もあり、ザジリレン国王宮騎士団五十騎が随行することになった。
「送りに来たのに送って貰うなんて心苦しい」
ラクティメシッスは恐縮したが、拒否することはなかった。
「せっかく来たのだから、カッテンクリュードの街を見て回っても?」
遠慮がちに問うラクティメシッスに、ザジリレン王姉クリオテナは愛想よく答えている。
「なにもない街です――ララティスチャングは美しいところだと聞いております。お恥ずかしいばかりですが、どうぞご随意に」
「じゃあ、俺が案内しよう――二・三日休養ってことで、公務につかなくても問題ないな?」
カテロヘブの申し出も、なんの疑問も持たれず認可された。
が、カテロヘブが街に姿を現せば、騒ぎになるのが目に見えている――ラクティメシッスが街に出るのは正午と約束し、いったんカテロヘブは自室に戻った。
ラクティメシッスが、担当のメイドに声を掛けたのは正午を少し過ぎたころだ。
「約束の時刻が過ぎたのに、カテロヘブ王はお出でにならない……お疲れがたまってらっしゃるのでしょう。わたしたちだけで街に出たいと思います。王宮の門までご案内願えないでしょうか?」
メイドはすぐにクリオテナにお伺いを立てている。すると、クリオテナ自らラクティメシッスの部屋に来た。
「申し訳ありません……案内するって自分で言ったのに、何をしているのか?」
「気にすることはありませんよ。お疲れなのでしょう。それに、マデリエンテと二人のほうがゆっくり楽しめます」
優雅に微笑むラクティメシッス、視線を送られたマデリエンテが頬を染めれば、クリオテナもそれ以上は何も言えない。
「では、正門に……王宮に入る時には門兵にお部屋まで案内するよう申し付けておきます」
クリオテナの先導で、正門に向かった。
「お二人は仲がよろしくて、羨ましいことです」
道すがら、クリオテナがラクティメシッスに話しかける。
「マデリエンテさまは貴国の有力貴族のお嬢さまなのだとか? 身分的にも申し分ないとのことですね」
「えぇ、子どものころから見知った気の置けない仲、わたしにこれ以上の相手はいないと思っております」
「それならお二人のご両親も、安心なさっておいででしょうね」
ここでクリオテナ、そっと溜息を吐く。
「カテロヘブの縁談も、早く決まってくれないかしら?」
見交わすのはラクティメシッスとマデル、マデルが
「カテロヘブさまには心に決めたお相手がいるのでは?」
ラクティメシッスの目交ぜを無視してクリオテナに言った。
「マデリエンテさま、そんな相手がいるのなら、心配なんてしませんわ――もし、王宮に連れてきた娘を言っているのなら、とんでもない話です」
「それは身分が違うという事でしょうか?」
「身分ねぇ……」
クリオテナが再び溜息を吐き、マデルに向き直る。
「ねぇ、マデリエンテさま。教えていただけない? どうしてあの娘がカテロヘブといるのか、そしてあの娘はどこの誰なのか?」
それには答えずマデルが言った。
「クリオテナさまは賛成できないと仰るんですか? 身分がそんなに大事なんですか?」
いささか声が怒気を孕んでいる。
「やめなさい、マデリエンテ」
窘めるラクティメシッス、だがクリオテナが『お気になさらずに』と微笑む。
「身分はね、それなりの貴族の養女にでもすればなんとかなるものですよ――王妃になる娘の養親になりたい者はごまんといることでしょう」
ラクティメシッスではなくマデルに向けたクリオテナの言葉だ。
「でもね、マデリエンテさま……心の卑しさは、どうにもならないものです」
「まっ!」
反論しようとするマデル、が、今度こそラクティメシッスが強く制し、何も言えなくなった――
カッテンクリュード、大通りから逸れたティーサロンでお茶を飲みながら、プンプン怒っているのはマデルだ。
「だってラスティン! あの人、クルテのこと、なんにも知らないくせにあんなこと言うなんて」
悔しさで涙目だ。
苦笑するのはラクティメシッス、同じテーブルには他に、先に王宮を出た魔法使いが二人いる。護衛に就かない予定の二人だ。そしてもう一人、マデルの怒りにまったく関心を示さず、お茶請けに頼んだメロンゼリーとイチゴゼリーの盛り合わせを睨みつけているクルテ……テーブルは六人用で、マデルの隣にクルテ、そしてその隣の椅子は、誰も座っていないはずなのに引かれている。見えず聞こえず魔法をかけたカテロヘブだ。
もちろん、ラクティメシッス・マデル・クルテと二人の魔法使いには姿が見えるし声も聞こえる。そしてカテロヘブは、小さな声で話している。周囲は二人の魔法使いのどちらかが言ったのだと思ってくれるだろう。
隠し部屋から隠し通路を使い、ラクティメシッスの部屋に行き、それからメイドに声を掛けた。クリオテナが来た時にはクルテともども見えず聞こえず魔法で隠れていた。クルテが見えず聞こえず魔法をかけると同時にカテロヘブが『不感知術』を使った。だから魔法封じが使えるクリオテナに気付かれずに済んでいる。もちろんラクティメシッスは〝両方〟クルテが施術したと思ってくれた。
王宮正門を出て、ラクティメシッスの部下との待ち合わせたティーサロンに入る直前、クルテだけ姿を現した。周囲に気付かれてないか、慌てるラクティメシッスを気にすることなく
「マデル、何食べる?」
クルテがケロッと言った。
そして無事、ラクティメシッスの部下と合流したのだが――




