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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
23章 王家の森

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 カテロヘブがラクティメシッスの居室を訪れたのと時を同じくして、ダーロミダレムは父ザンザメクス卿ボルデナミムに呼び出されていた。父親の屋敷に戻っているのだから、呼び出されたと言っても己の部屋から邸内にある父親の執務室に出向いていくだけのことだ。


 顔を見るなり怒鳴りつけられるものだと思っていた。経緯はともかく脱獄したことには間違いない。合法的に出してやるつもりだったのに、台無しにしてくれたなと責められると思っていた。ところがサンザメスク卿は入室したダーロミダレムをチラリと見ただけで、何も言わない。


 肩透かしを食わされた気分のダーロミダレムも、入室の挨拶をしたきり黙って突っ立っているしかない。じりじりとした緊張に(さいな)まれ、『なんの用だ?』と言いたくなる。が、下手なことを言えば(やぶ)(へび)だ。余計に父親を怒らせる。


 いっそ謝ってしまおうか? 案外、こちらから謝罪するのを待っているのかもしれない……ダーロミダレムがそう思い始めたころ、サンザメスク卿が溜息を吐いて言った。

「あの若者は、なぜ我が一族の紋章を付けていた?」


「えっ?」

あの若者……カッスゥダヘルのことだとすぐ判った。だが今ここで、カテロヘブと連絡具で相談したことを話してよいものか? カテロヘブから『読まれるな』と言われているのだ、連絡具を見せろと言われるのも困る。いずれ打ち明けて相談しなければならない事柄だが、タイミングを間違えたら(こじ)れそうでもある。

「若者とは?」

しらばっくれることにしたダーロミダレム、サンザメスク卿は自分で訊ねたくせに、さして追及する気はなさそうだ。


「カテロヘブさまと一緒にいた若者だよ。まぁ、王に訊ねるしかないのだろうな」

サンザメスク卿は独り言のように呟くと、やっと息子に向き直った。

「で、おまえだ――誰が脱獄の手助けをした?」


 訊かれると思っていた。訊かれないはずはない……用意しておいた返答をダーロミダレムが口にする。

「カテロヘブ王です……本物か偽物か、今となっては判りません」


 連絡具を隠す件と同時に、『本物の』カテロヘブから指示されたことだ。

『脱獄方法についてサンザメスク卿に訊かれたら、カテロヘブ王が牢から出してくれたと言えばいい――王宮正門に現れた偽カテロヘブを利用しよう』


 偽カテロヘブは神出鬼没、どこに現れるか予測がつかない。牢に姿を現したと聞いても、誰も怪しみはしない。もしも『そんなはずはない』と言う者が居たら、ソイツは敵側、なぜ知っているのだと締め上げてやる。


『しかし、それだと俺が偽カテロヘブと通じているって疑われないか?』

ダーロミダレムの心配に、

『そんなヤツには本物と偽物をどう見分けるのか説明して貰おうじゃないか』

すぐさまカテロヘブの文字が日記帳に浮かんだ。

『きっと誰も見分けなんか付けられない。だから大丈夫だ』


 カテロヘブは変わった……いいや、これは〝成長〟か? 王宮を離れている間に以前より逞しくなった。もともと持ち合わせていた慎重さや手堅さを失くしたわけでもないのに大胆になった。なにしろ好もしい変化だ。国王としての支持率がきっと上がる、そう感じていた。


 だが今は、まずは父親サンザメスク卿への対処が先だ。果たしてカテロヘブが牢に現れて、なんて言い訳を信じてくれるだろうか?

 

 そもそもカテロヘブ王が牢に現れること自体、()しなことだ。なぜ不信感を持つことなく、牢に現れたカテロヘブに従い脱獄したのか? 普段のサンザメスク卿ならそのあたりを指摘しただろう。だが、

「そうか……では、おまえを責めるわけにもいかないな」

サンザメスク卿は息子から視線を外して再び溜息を吐いた。心ここにあらず、何か別のことを考えていそうだ。


 そうではないだろうと思いつつ、ダーロミダレムが父に問う。言葉尻を捕らえての質問だ。

「わたしを責める口実をお探しでしたか?」

チラリと息子を見たサンザメスク卿、苦笑したが続く言葉はない。ダーロミダレムにしても、(いや)()を重ねる気などない。(しば)し、部屋を静寂が支配する。


 静寂を破ったのはサンザメスク卿だ。

「おまえ、トロンペセスの弟子だったな?」

ダーロミダレムの心臓が〝ドキリ〟と音を立てる。まさか、脱獄にトロンペセスがかかわっていると知られている?


 だが、そうではなかった。

「ならば、武道もそれなりのものだと思っていいな?」


「えっ? いや、まぁ、それなりに一通りは……」

「おまえはわたしのあとを継いで、いずれ国庫を預かることになる。それを見越し、わたしの下で文官として働いていた」

「はい……それなのに、収監されるようなことになって申しわ――」

「謝らせたくてこんなことを言ったんじゃない」

ダーロミダレムの謝罪を遮ったサンザメスク卿、息子を見もせずに前を向いたままだが、口調はきつい。そして再び沈黙する。だがそれは、先ほどと比べて短い間だった。


 深い溜息を吐いて、サンザメスク卿が息子を見た。

「おまえを解任する。もうわたしの部下ではない」

父親の真剣な顔を、ダーロミダレムは愕然と見詰めた――


 見交わしたものの、カテロヘブとラクティメシッスの思惑は大きく違っていた。

「堅実なカテロヘブ王に似つかわしくないほど、派手な舞踏会を開いてはいかがですか?」

ラクティメシッスが提案する。

「もちろんカテロヘブ王の衣装も贅沢なもので――この際、悪趣味なほど宝飾品で飾り立てるのもいいですね」


 この提案にカテロヘブは苦い顔をする。

「舞踏会の準備をするのはサンザメスク卿だ。どんなに派手にしたところで、誰も俺の意向だとは思わない。それに……」

さらに難しい顔になる。

「飾り立てたところで入場までだ。その後が続かない。結局、いつも通りの対応しかできない」


「そこをなんとかしては? お嬢さんだって手伝ってくれますよ」

チラリとクルテを見るラクティメシッス、当のクルテはクッキーの残りを数えていて無関心だ。

「ね、お嬢さん。舞踏会を楽しみにしているんでしょ?」

ラクティメシッスの呼びかけも聞こえないらしい。


 と、急にクルテが顔を上げ、例によってカテロヘブを見る。

「ジャムのクッキーが七枚、クルミのクッキーが五枚、お茶のクッキーも五枚、プレーンクッキーは八枚。全部で何枚?」

おいおい、今日は算数ですか?

「二十五枚だな」

答えなきゃいいのに答えるカテロヘブ、これも条件反射か?


「そっか……あってるかどうか、数えてみる」

おーーーい!?

「問題は、どう分けるか、だね」

カテロヘブの困惑をよそに、クルテがクッキーを数えながら言った。

「で、舞踏会は満月の日って決まってる」

誰が決めたんだよ?

「だけど、一番近い満月の日にはジェンガテク湖に行きたい」

ジェンガテク湖ってローシェッタだぞ?

「次の満月は五日後。だから舞踏会はその次の満月」


「ちょっとお嬢さん!」

慌てるのはラクティメシッス、

「本気でジェンガテク湖に? 行きたい理由は?」

が、これも無視される。


 カテロヘブも呆気に取られて、クッキーを数えるクルテをマジマジと見ている。しかし頭の中はフル稼働、ジェンガテク湖に何があるか、そしてどうしたら満月に間に合うかを考えている。


 満月のジェンガテク湖――きっと封印の岩だ。クルテは封印の岩を砕きに行く気だ。なぜならそれが人魚との約束だから。きっと、クルテを人間にするための課題の一つが人魚の開放……


「なるほど……」

フッとカテロヘブが笑う。

「やっと王宮に戻ってきたのに、またも行方不明になる。しかも自分の意思で――これほど俺らしくない行動はないな」

「カテロヘブ王!」

ラクティメシッスの怒声、

「まさか、そんなこと、本気じゃないですよね?」

止める気でいる。


 ラクティメシッスの怒りも、クルテには気にならないようだ。

「八人乗りのキャビンを用意しといて。馬はリュネだけでいい。空を行けばジェンガテク湖まで二日で行ける」

「だからって……ねぇ、お嬢さん!」

なんとか話に食い込もうとするラクティメシッス、マデルはどうして良いのか判らないのだろう、オロオロしている。


「うん、クッキーは二十五枚。五人なら分けやすいけど六人だとどう分けようか。ま、五枚しかないのはカティにはナシ。これで解決」

いやいや、解決してないぞ? で、なんで俺にはないんだ?――いや、問題はそこじゃない。もう一人増えるって?


「ローシェッタ行きはもう一人増える。連れて行かない手はない」

「一人増える?」

黙ってクルテを見詰めていたカテロヘブが、首を(かし)げた。

「誰を言ってる? まさか、敵じゃないだろうな?」

何か言おうとするラクティメシッスを制し、カテロヘブがクルテに訊いた。


「敵を馬車に同乗させるわけないじゃん」

クルテが鼻で笑う。

「増員が誰なのかは判らない。向こうから接触してくるって、風が言ってる――カティが王宮から消えたとなれば、敵は必ず追ってくる。今まで直接手を出してこなかったのは、カティの居場所が判らなかったから」

「今度こそ逃がすものかと追跡してくる? でも、リュネで移動したら、向こうはついて来られないんじゃ?」

「リュネの匂いを覚えるよ」

「ふむ……」

「でなきゃ、カテロヘブが書置きを残せばいい――ローシェッタで温泉巡りをしてくる、ってね」

「コゲゼリテに行くのか?」

「コゲゼリテにも行くよ」

()()?」

「温泉〝巡り〟なんだから、コゲゼリテだけじゃないのは当たり前。まぁ、母さまにも会いに行かなきゃね。だけど……決戦の地はバースン」

クルテがカテロヘブを見上げ、ニンマリと笑んだ――


 父親から解放されたダーロミダレム、自室に戻るとすぐさま()()()を引っ張り出して書き込んでいる。だが、カテロヘブからの返信はなかなか来ない。落ち着かないまま、反応のない日記帳にサンザメスク卿との遣り取りを書き込んでいった。


 それもネタ切れになり、ただ待つだけになる。カテロヘブの判断次第で、自分は行き場を失うことになる。そして……カッスゥダヘルを猶子にすることも無理となる。


 そう言えば、カッスゥダヘル本人はアランロレンスをどう思っているのか聞いていない。それどころか父親だと知っているんだろうか? 果たして俺を()()と認めてくれるだろうか?


 ザジリレン国庫管理者補佐の職を失った今、もしもカテロヘブが拾ってくれなかったら?


 サンザメスク卿はダーロミダレムに『王に頼んで王家警護隊に入れて貰え』と言った。王家が独自で組織した騎士団だ。警護対象は王族のみ……


 サンザメスク卿の狙いは判る。王宮内部にさえ、カテロヘブを狙う何者かが潜んでいる。その魔の手からカテロヘブ王を護れ……だがそれも、無事に王家警護隊に配属されたら可能なこと。果たしてカテロヘブは、騎士の経験のない俺を王家警護隊に採用してくれるだろうか?


 成人してからずっと文官として過ごした。騎士として役に立つ自信がない――ダーロミダレムは反応を示さない()()()を睨みつけていた。

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