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上座では、ローシェッタ王太子ラクティメシッスが困っていた。王姉クリオテナから、カテロヘブとフレヴァンスの縁談を進めて欲しいと言われたからだ。
フレヴァンスが勝手にしたことですとは言えない。ローシェッタ国正式文書で申し入れたと部下から報告があった。事実はどうあれ対外的に、ローシェッタ国王も承知しているということだ。それを『実は王女の暴走で』とは、とてもじゃないが言えない。ましてこのタイミングでは、ザジリレン国に恥をかかせてしまう。
一番困るのはフレヴァンスが『暴走できた理由』の説明だ。ローシェッタ国は国王に諮らず正式文書を発行できるのか、と詰め寄られたら言い訳できない。『国王が意識不明で病床にあり、この先どうなるかもしれない状態だ』などと、カテロヘブには通知済みだとしても、大っぴらに言えることではない。それに……国王不在とも言える状態なのに、王太子ラクティメシッスがザジリレンに居ることすら由ゆしきことだ。そこを突かれたら、やはり言い訳なんかできっこない。
だからと言って、ザジリレン国にとってマイナスになると判っているのに、フレヴァンスをカテロヘブの妃になんかできない。もっともカテロヘブだって『うん』とは言わないだろう。が、クリオテナはこの縁談に乗り気、カテロヘブを押し切りそうな勢いがある。
今のカテロヘブの王宮内での立場は微妙なんじゃないか? 事情はどうあれ国王ともあろう者が、長らく所在不明だった。そんな引け目から、強く言われれば、カテロヘブはきっと逆らえない。
(問題はクリオテナだけか……)
ラクティメシッスが見る限り、この広間に集まった重臣たちはカテロヘブを支持している。若いからと侮ったりしていない。王を見詰める眼差しには信頼と期待が籠っている。心を読めば、無事を心から喜んでいるのが判る。
(そう言えば、ゴランデ卿が居ないな。顔を見ておきたかったが……まぁ、元もとそんな身分じゃないはずだ)
そんな事より今はクリオテナだ――クリオテナさえ丸め込めれば、フレヴァンスとの縁談はなかったことにできると、ラクティメシッスは見込んでいた。
「いや、実は……」
さて、この局面、どう切り抜けよう? カテロヘブは、マデルを挟んだ向こうに座している。礼儀上、マデルを飛び越えて話せる位置関係ではない。もっと細かな討ち合わせておくべきだった。
上座のテーブルには端から、グリアジート卿ネネシリス・クリオテナ王姉・ラクティメシッス王太子・クラデミステ卿令嬢マデリエンテ・カテロヘブ王と横並び、体裁的にはローシェッタ国からの来賓をザジリレン王と王姉夫妻が持て成す形だ。
「実は……暫く王都には戻っていないんです」
内心の焦りを隠してクリオテナに微笑むラクティメシッス、さらに続けた。
「ご存知かもしれませんが、王太子であると同時に王室魔法使いに席を置いております。即位前に、少しでも視野を広げておくためです」
「つまり、何が仰りたい?」
ラクティメシッスに負けず劣らず妖艶な笑みを見せ、クリオテナが問う……ラクティメシッスの焦りがさらに強くなる。コイツ、わたしに何を言わせたい? カテロヘブの姉はお飾りの王女なんかじゃない。王宮会議での発言はないにしても、弟王や夫グリアジート卿に意見できる立場にあり、他にも人脈を持っている。政治家と考えたほうがいい。だとしたら、どう対処するのが正解だ?
「いや、その……フレヴァンスとはずいぶん会っていないんです」
「あら、まさか貴国が婚姻を申し込まれたことすらご存じなかったとでも?」
「部下からの報告で知ってはおります。が、そうなった経緯は判らないのです」
「この縁組にご不満でも?」
苛立つクリオテナ、だがこの時ラクティメシッスは『しめた!』と思っている。苛立つのはラクティメシッスが煮え切らないから、クリオテナはこの話題に大いに興味を持った。こちらの話を聞きたがっている。
「とんでもない! これ以上の良縁はありません」
慌てて言い繕うラクティメシッス、もちろん芝居だ。
「ただ、良縁過ぎて申し訳ないというか、うーーん……」
クリオテナの表情が僅かに曇る。予測どおりの反応だ。
「申し訳ないって、具体的に?」
「え、それは……」
口籠るラクティメシッス、チラリとクリオテナを盗み見、軽く溜息を吐く。
「その……お恥ずかしい話ですが、妹にはいくつか問題がありまして」
「問題? もしも年齢のことを仰っているなら、承知しておりましてよ? 確か、カテロヘブより五つ上でしたね」
ふん! 当然それくらい把握しているか。つまり弟の妻が自分より三つも年上だろうと構わないってことか。さすがに十も二十も上なら出産リスクを考えて躊躇うかもしれない。なにしろ『王の子』は必要だ。が、どうせ政略結婚、出産可能年齢であれば、いかに政略的に有意義なのかを優先するだろう――言おうと思っていたことを先に言われたラクティメシッス、面白くはないが、年齢差を言ったところで解決するなんて最初から思っちゃいない。〝いくつか〟ある問題の、いちばん軽微なものだ。
「でも……」
さらに言い難そうに口籠るラクティメシッス、
「でも?」
クリオテナが訝しげに先を促す。
「えぇ、まぁ、なんですか……なぜ今まで婚姻しなかったか、その理由まではお聞き及びないのでは?」
「気に入った相手が見つからなかったからと聞いております。違うのですか?」
「いや……」
再び口籠るラクティメシッス、
「まぁ、対外的にはそうなっております」
ますます言いずらそうな顔をして俯いた……クリオテナが瞳を泳がせる。
「対外的には、ってことは、真実はそうじゃないってことですのね……」
こうなると『本当の理由』を聞きたくなるのが人情と言うものだ。とは言え、クリオテナだって、明白に『言いなさい』とラクティメシッスを追い詰めるわけにもいかない。なにしろ相手は他国の王太子だ。そして曲がりなりにも王姉の自分は、間違っても端たない真似はできない。だからこそ、ここでラクティメシッスのほうから、その秘密を打ち明けたらどうなるか?――真偽を確認することもなくあっさり信じ込んで、口止めされれば口外することもない。それを狙っているラクティメシッスだ。
ラクティメシッスが溜息を吐き、
「やはり、隠したままではわたしの良心が許してくれそうもありません」
恐る恐る顔を上げて、クリオテナを見た。クリオテナは少し蒼褪めているものの、真剣な眼差しをラクティメシッスに向けていた。
「お聞きになりたいですよね?」
静かに問うラクティメシッスに、クリオテナが頷いた――
晩餐会は想定より早めの時刻に終わった。カテロヘブがマデリエンテ姫を『お疲れでしょう?』と気遣ったからだ。そして返事も聞かないうちにサンザメスク卿を呼び寄せ『そろそろ終いにしたらどうだ?』と言った。
ローシェッタ国王都ララティスチャングからの長旅だ。疲れも溜まっていることだろう。それに、むしろカテロヘブ王こそ疲れているのではないか? やっとのことで住み慣れた王宮に戻ってきたのだ。
「これは……気が利かず、申し訳ありません」
恐縮するサンザメスク卿、ラクティメシッスはやはり穏やかに微笑んで、
「ザジリレン料理を堪能させていただきました。急な来訪で気を遣わせてしまいました。ご苦労だったのではありませんか?」
と、立ち上がる。
「歓迎の意、ありがたく頂戴いたしました……無事にカテロヘブ王を送り届ける役目を果たせ肩の荷が下りました。この夜はぐっすり眠れることでしょう」
主賓の挨拶だ。充分に歓待を受けた、満足していると同席した全員に向けて言ったことになる。同時に、もう眠りたいとも言っている。これ以上引き留めることはできない。
サンザメスク卿が
「ご案内いたします」
とラクティメシッスに頷き、マデリエンテも立ち上がる。軽く肘を曲げたラクティメシッスの腕にマデリエンテが手を添えれば、
「こちらでございます」
サンザメスク卿が広間の大扉に向かった。
三人が扉の向こうに消えるのを待ってカテロヘブも立ち上がる。
「姉上、おやすみなさいませ――積もる話は明日に願います」
クリオテナはキッとカテロヘブを睨みつけたがすぐに視線を逸らし、
「えぇ、そうね……今日はいろいろあって、物凄く疲れたわ。もう休みましょう」
やはり立ち上がる。と、隣に座っていたネネシリスが慌てて立ち上がり、クリオテナに手を伸ばす。立ち上がった途端、クリオテナがふらついたのだ。
「姉上?」
心配するカテロヘブ、ネネシリスが苦笑する。
「ちょっとした立ち眩みだ。大丈夫、わたしがついている」
ネネシリスに支えられるように大広間から出て行くクリオテナを見送って、カテロヘブが思う。クリオテナは一口も食べていなかったんじゃないか?……テーブルに残された料理はほとんど手つかずのままだった。
慌ただしさに失念していたが、クリオテナは体調が思わしくないと噂に聞いた。晩餐会に出席したのだから、寝込むほど悪くはないか、大袈裟な噂に過ぎないのだろう。王宮正門前で会った時には異常を感じなかった。それにしても……
(ダーロンは結局、クリオテナの部屋に逃げ込んだのだな)
ダーロミダレムは父親サンザメスク卿の屋敷に戻っているはずだ。晩餐会にも出席するよう言ったのに、来ていない。自身にかけられた疑いに反証し、無実を勝ち取ってからでなければと、考えたのだと思った。
晩餐にゴランデ卿の顔はなかった。我が物顔で王宮に出入りしていると聞いた。その様子を見たいと思っていたが、さすがに遠慮したのか?
(違うな。そんな可愛らしいヤツが、国王暗殺を企てられるもんか)
では、明日には姿を現し『おまえなんか偽物だ』と俺に詰め寄るか? 本物のカテロヘブだと言うのなら、グレナムの剣を見せろとでも言い出すか?
(そうだ、グレナム……必要になったら返すとクルテが言っていた)
しかし、そうすんなり本物だと認めてくれるだろうか? カテロヘブを殺して奪ったのだろうと、言い掛かりをつけられても可怪しくない。
とりあえず居室に戻ろう。クルテが心細がっているんじゃないか? カッチーだってそうだ。ラクティメシッスに渡された二枚貝の連絡具は試使用する余裕がなかったが、ちゃんと使えるだろうか? そうだ、日記帳を使ってダーロンとも連絡を取ろう。そのうえで明日からどうするのか、じっくり考えたい。
王宮への帰還が最終目的じゃない。今回の事態を招いた首謀者、ソイツを見つけ出し糾弾しないことには収まらない。
(あれ? ソイツはローシェッタ国の誰かとも繋がっているんじゃなかったか?)
そのあたり、ラクティメシッスからしっかり聞き出す必要がある。
(明日は今日より忙しそうだ。いいや、これからどんどん忙しくなる)
でも今は……早くクルテの顔が見たい。笑顔を見せてくれたなら、きっと疲れも吹き飛ぶだろう。
今夜は、今夜だけは――明日のことなど考えず、アイツを抱き締めて眠りたい。




