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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
22章 王都カッテンクリュードへ

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 大広間を眺めているのはサンザメスク卿、ローシェッタ国王太子を迎えての晩餐会だ。


 上座に座るのはラクティメシッスとその婚約者、ザジリレン国王カテロヘブ、そして王姉クリオテナとその夫グリアジート卿ネネシリスの五人、ザジリレン国の重臣たちは別のテーブルに座を占めていて、サンザメスク卿もそこに居る。


 念のため、カテロヘブが連れていた若い男と女の席も(しつら)えたが、二人は同席しなかった。だから上座のテーブルの左右の端は空席、そんなこともあろうかと、用意した花瓶が役に立っている。


 カテロヘブが連れていた若い二人が参席しないと聞いて、サンザメスク卿はホッと安堵している。どんな身分か判らない二人だ。カテロヘブ王に限って、()かつな人物を近づけないと信じているが、用心に越したことはない。幼い頃より常に家臣に取り囲まれていたカテロヘブが急に放り出されたのだ。心細さに付け込まれたなんてことがあっても()しくない。なにしろ……なにしろカテロヘブの心は穏やかで優しい。


 幼い頃は、国王の重責に堪えられるかと危ぶんだ。身体も丈夫な(たち)ではない。いっそクリオテナ王女を立てたほうがいいのではないか、密かにそう考え、前王に進言もした。

『まぁ、そう急ぐこともない。どちらが継ぐことになっても良いように、二人とも教育しておけばよい』


 その時は前王も『後継はどうしてもカテロヘブ』と思っていなかっただろう。病弱な女性を王妃にし、側室を持つことも拒んだ。母親の体質や性格を強く受け継いだカテロヘブに王位を継がせれば、国にとっても本人にとっても良い結果を見ないのではないか? ならば気が強く、カテロヘブよりは丈夫なクリオテナに……そう考えたことも何度かあったのではないか?


 軍を率いることを考えれば女性は不利だ。だが、もう随分と長期に渡って(いくさ)らしい(いくさ)はない。今や軍の存在意義は治安維持だ。女王であってもなんの問題もない。あるとすれば近隣諸国から軽んじられる()()()()()()あたりか? でもそれも、クリオテナの気性なら笑い飛ばして返り討ちにしそうだ。


 前に出たがるクリオテナ、引っ込み思案のカテロヘブ、どちらが王に(ふさ)しいかを考えれば、クリオテナだと簡単に答えが出る。気弱な王に、誰が従う? いずれ立太子するのはクリオテナなのだろうとサンザメスク卿は考えていた。


 前王が後継について考えを変えたのはいつ頃だったのか……自身が即位した直後だったような気がする。カテロヘブが五歳になり、帝王学を学ばせ始める相談をしているときだった。


『カテロヘブの立太子だが――十一の誕生日にしようと思う』

急に言い出した前王、驚いたサンザメスク卿が問い返す。

『クリオテナさまではなくて?』

言い間違えたのではないのか? 複数の子を持つ親は、たまに子の名を言い違えることがある。だが、そうではなかった。


『いいや、カテロヘブだ。十一までにはあと六年ある。生まれた時の弱々しさはもう消えた。これからどんどん丈夫になるだろう』

それは希望的観測だと思うものの、親心とも言える。そして相手は国王だ。あからさまに反論できない。


 さらに前王はポツリと言った。

『カテロヘブは……王家の森の女神に愛された』

それは独り言だったらしい。どういう意味かと問うサンザメスク卿に前王は照れて笑った。

『夢だよ。夢を見たんだ。王家の森の女神が〝カテロヘブが気に入った。生涯そばに居る〟と言ったんだ』


 そんな話をする数日前、カテロヘブは逃げた小鳥を追って王家の森に迷い込み、女神像のところで女性と遭遇したと言い張っていた。


『あの出来事が、見せた夢では?』

サンザメスク卿がそう言うと、

『そうかもしれないねぇ』 

前王は笑ったが、娘ではなく息子を次の王にする考えは変わらなかった。


 それから六年、前王は考えを変えることなく、カテロヘブは立太子した。もっともその頃には鍛錬の成果を発揮し、同世代の男子と比べてなんの孫色もない体力を手に入れていた。カテロヘブの立太子に、サンザメスク卿とて反対する理由を失くしている。勝気すぎる()()()のあるクリオテナ王女よりも、温厚で堅実なカテロヘブを臣下の多くが支持していた。


 前王の判断は間違っていなかった……立太子の儀式に望むカテロヘブの緊張した(おも)()ちに、ともすれば笑顔になってしまいそうになるのに耐えながらサンザメスク卿は思った。カテロヘブ王子こそ、建国から続くザジリレン王室の伝統を守って行ける王子だ。(ザジ)()()()()()(の王)(おし)えをカテロヘブは守っていくだろう……


 立太子してからもカテロヘブの性格が変わることはなかった。温厚篤実、そして堅実、申し分のない王太子だった。謙虚すぎるのが気になりはしたが、それは若さのせいとも言える。いずれ〝その時〟が来れば、謙虚であればいいわけではないことも学ぶだろう。そして〝その時〟は突然訪れた――前王の急死だ。


 (よわい)()の新王に、不安を持つ者も多かった。だが誰よりも不安だったのはカテロヘブ本人だっただろう。母は早くに亡くしている。そして頼りにし、尊敬する父をいきなり失った。


 緊急の呼び出しに慌てふためいて駆けつけたカテロヘブは父親の亡骸を前に茫然自失、蒼褪めて立ち尽くしていた。それも仕方あるまいと思った。サンザメスク卿自身、あまりのことに動揺せずにはいられなかった。とにかくここは、新王に代わって臣下に指示を出さなければ……


 前王の死因が毒によるもの、既に王宮への出入りは封鎖した。

『今、犯人を捜しております』

ジットリとした焦燥を感じながらサンザメスク卿がそう言った時、カテロヘブがふと動いた。サンザメスク卿を見て力なく問う。


『犯人?』

『はい……王は毒殺されたものと思われます。王宮を封鎖し、尋問の準備をしています。対象は内部に居る全員です』


 じっとサンザメスク卿を見詰めるカテロヘブ、それからゆっくりと視線を父王に戻した。

『それは、飲食物に毒が混入されていたということか? そうだとして、何に毒が入れられていた?』

『水差しでございます』

『その水、誰が用意したものだ?』

『それが……それが判らないので捜しているのです』

『そうだな、だから対象が『全員』なのだな』


 チラリとサンザメスク卿を見、すぐに父王に視線を戻してカテロヘブが尋ねた。

『で、()()(ザメ)()()()、どうやって犯人を特定する?』


『所持品を調べ尋問するしかないかと。まださして時間を経ておりません。犯人は今も王宮内に居ます。問い詰めればボロを出しましょう』

『ふむ……』

今度こそ父の亡骸から目を離したカテロヘブ、サンザメスク卿に向き直る。


『その水を飲んだ時、王のそばには誰がいた?』

『わたしだけです――打ち合わせ中に水差しの水を飲み、咽喉を潤すのはいつものことでした』


『それで急に苦しみ出した?』

『はい――すぐに王宮医を呼び、王子さまをお呼びしました。亡くなられたのはカテロヘブさまがいらっしゃる直前のことです』


 傍らに控えている王宮医に、カテロヘブが確認した。

『毒による死は間違いないのか?』

間違いないと王宮医は答えた。


『それで、このこと……王の急死は毒殺によるものと知っているのはここに居る三人のほかに誰だ?』

『誰もおりません。しんの臓の(やまい)だと思われています』

『心の臓?』

『最初は胸を押さえてお苦しみだったのです……医師を呼びに行かせるのに、早合点したわたしが口にした言葉が広まっていると思います』


『そうか……』

溜息を吐いたカテロヘブが、サンザメスク卿を驚かせたのはその時だった。

『王宮の封鎖を解き、犯人探しは即刻やめよ』


『えっ!? いや、しかし――』

『よく考えろ。水差しに毒を入れたヤツが、いつまでも王宮内に居るものか。居たとしても、使用した毒薬をいつまでも持っちゃいない。無駄なことに人を割くな』

『無駄と(おっしゃ)いますか?』

『あぁ、無駄だ。犯人を見つけたところで父は戻らない――国王の死因は心臓疾患によるもの、そう正式に発表する』


 正式文書の作成を(めい)じられた王宮医が退出するとカテロヘブは

『心臓疾患ではないと、言い出すヤツがいたらソイツが犯人だ――()()(ザメ)()()()、王宮内の噂に気を張り巡らせろ。それから、毒殺なんて発表したら、真っ先に疑われるのはおまえだぞ』

泣きそうな顔で、サンザメスク卿に微笑んだ。


 実は毒殺だったという噂は王宮内にとどまらず、国内外に広まった。だが、犯人は見付けられないままだ。サンザメスク卿はカテロヘブの期待に沿えなかったことになる。しかしカテロヘブは、

『あの父上に、まんまと毒を食わせたヤツが、簡単に(しっ)を掴ませるもんか』

と責めなかった。


 そして、ようやく国内が落ち着きを取り戻したころ、今度はそのカテロヘブが行方不明だ。


 前王の暗殺と新王の所在不明……関連がないなどと思えるものか。所在不明になる直前を知っているのはグリアジート卿のみ、同行していた者はすべて殺された。前王毒殺の時のカテロヘブの言葉を借りれば、真っ先に疑われるのはグリアジート卿だ。


 だが、前王の件と繋がっているのなら、〝現場〟に犯人はいないだろう。前王の死に際し、カテロヘブは『状況が示しているのはすべて罠だ』と判断したのだと、サンザメスク卿は考えていた。きっとそれは正しい。だからグリアジート卿は除外していい。


 そうは言ってカテロヘブを取り返せるわけでもなく、クリオテナ王女が『死んだと確証が得られるまで、王はカテロヘブ』と言い、確証とはと問われ『屍をこの目で見るまで信じない』と言い切ったことに安堵した。クリオテナの言うとおりだ。遺体をこの目で見るまでは、カテロヘブが死んだなどと信じるものか――


 そして、カテロヘブは戻ってきた。以前よりもさらに逞しくなっていると感じるのはわたしだけだろうか? 上座に座るカテロヘブからサンザメスク卿は目を離せない。友と呼び、ザジリレンの繁栄のため、互いに知恵を縛りあい手を取り合った前国王の息子、己の息子よりも()()()()()大切な若者……


 生還したカテロヘブを今度こそ守り抜く。サンザメスク卿の決意は固い。だからこそ、カテロヘブが連れてきたとはいえローシェッタ国王太子や、素性の知れない若い男と黒髪の女を警戒している。特に黒髪の女……


 ローシェッタの王太子は素性がはっきりしている。栗色の髪の女は婚約者で間違いない。だが……なぜ若い男はわたしの紋章を付けている? しかし馬の鞍には国王の紋章、何か考えあってのことと判る。一番の問題は黒髪の女だ。


 大門前広場に居た者に聞いたところによるとあの女、広場に入ってきたときはローシェッタ王太子の婚約者とかいう女性の侍女を装っていたらしい。それが途中でカテロヘブ王の紋章のついた衣装に変えた。カテロヘブが自分の紋章を使うことを許している、つまり『自分のものだ』と表明している。


 しかし……あの女、どこかで見たことがある。それがどこだったか、サンザメスク卿は思い出せずにいた。

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