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カテロヘブがクルテを抱き上げ、自分の馬に乗せているところだった。
「カテロヘブは女の子を自分の馬に乗せたりしない――あれも偽物」
クリオテナがきっぱりと言った。そして溜息をつく。
「まったく……どこに消えたの?」
そしてネネシリスをジロリと見た。ネネシリスが軽く舌打ちしてクリオテナから目を逸らす。
「最初に言ったわ。誰かを殺めるなんてカテロヘブには無理だって。まして自分の家臣や――」
「あぁ! そりゃあそうでしょうとも!」
苦々し気にクリオテナの言葉を遮るネネシリス、
「だけど、あの男を見れば判るでしょう? 別人だって言われても、どこがどう違うのか。わたしにはさっぱりだ」
本物のカテロヘブを見て愚痴る。
「あの時、見たことのない恐ろしい形相で次々に家臣を殺めた。冷静に観察する余裕なんかなかった」
カテロヘブに誘われてサワーフルド山に狩りに出かけた。サワーフルド山で狩りだって? サワーフルド山は王領、そこで狩りだなんて聞いたことがない。なんだかヘンだと思ったが、王に誘われては断れない。そして狩りの途中、急に暴れ出したカテロヘブは従者を次々に襲った。
ネネシリスだってカテロヘブをなんとか止めようとした。だが、目を見て気が変わった。こちらの声など届いていない――こいつはカテロヘブであって、カテロヘブじゃない。別の〝なにか〟に変わった。
だからと言って王に剣を向けるわけにもいかず、やっとの思いで逃げ出した。そしてラチャンデルに拾われ王宮に向かった。サワーフルド山での出来事を王宮で話したが涙が止められなかった。恐ろしくもあったが、カテロヘブの豹変ぶりが悲しかったのだ。あの穏やかで優しいカテロヘブが、なぜあんなことに?
サワーフルド山へ捜索に向かった兵たちはカテロヘブを見付けられなかった。迷ったがネネシリスは自領からクリオテナを呼び出した。国王の代わりができるのはクリオテナだけだし、なにしろクリオテナは王位継承権第一位だ。
『そんな話、信じない』
ネネシリスの話を、入都したクリオテナはすぐさま否定した。
『でも、狩りに連れて行った従者の、その……屍は見つかったんだ』
『その人たちが殺されたのだとしても、殺したのは別人。そんなこと、カテロヘブにはできっこない』
いま思えば、クリオテナの言う通りだった。王宮から騎士を引き連れ、正門に向かった男の顔はカテロヘブそのものだ。大衆の面前で女を抱き寄せた男もまた、どう見たってカテロヘブだ。
「やっぱり、ローシェッタの陰謀なのか?」
ネネシリスの呟き、魔法で顔を変えられるかどうかなんて知らない。だけど、あれほど似ているのは魔法だからだと考えれば納得も行く。
ネネシリスの呟きに焦るのはダーロミダレムだ。確かに女を自分の馬に乗せ、抱き合うなんてカテロヘブらしくない。だけど、トロンペセスから預かった連絡具でのやり取りを考えると、やっぱりカテロヘブだと思えてならない。カテロヘブにしか話していないことをヤツは知っていた――そうだ、アランロレンスの話もした。兄貴の日記のことはカテロヘブにしか話していない。そうだ、そうだとも! 兄貴の息子を連れてきてくれているはずだ。名は確かカッスゥダヘル……どこにいる?
ダーロミダレムの視線がカテロヘブから離れ、すーっと後ろに向かっていく。なるほど、ローシェッタ王太子は特別扱い、簡易的とはいえテーブルと椅子がある。一緒にいるのは栗色の髪の女と……
ダーロミダレムが手にしていたレモン水の瓶を取り落とす。どうしたんだと、ネネシリスとクリオテナがダーロミダレムを見る。
「アランロレンス……」
ダーロミダレムの小さな声、顔を見交わすネネシリスとクリオテナ、だが、ダーロミダレムが息を飲み、眼差しを急に動かす。同時にネネシリスとクリオテナも女を馬に同乗させているカテロヘブに急いで視線を戻す。
耳に届いたのは弦音と『射かけてきた!』と叫ぶ声、次に響くのは蹄音、誰かのカテロヘブを呼ぶ声、正門方向から放たれた矢が狙うのは女を抱いたカテロヘブ、だがすぐに落とされる、手にしたドレスで女が叩き落した。
「あ、あれは! カテロヘブだわ、間違いない」
叫びそうなのを押さえたか、クリオテナの声が掠れる。
「自分を盾にしてほかの人が射抜かれないよう、自ら射手に向かったの」
カテロヘブは馬に女を乗せたりしないんじゃなかったのか? こっそり苦笑するダーロミダレム、でも少なくともこれで、本物が偽物と言われることはなくなったとホッとしている。
しかしこの状況を、どうするつもりだ、カテロヘブ?――
正門では二人のカテロヘブを見比べる騎士と弓兵、ぎりぎりと弓を引き絞る偽カテロヘブ、おっとりと構えて微笑みさえ見せる馬上の男 、そしてその男に抱かれた女は自分を抱き締める男が剣を抜けば、ニヤッと笑って手にしたドレスを打ち捨てた。ドレスではなく今度は剣で叩き落してやる、そんな意思表示に見える。
その後方で焦れているのはラクティメシッス、カテロヘブのところに行こうとするのに愛馬ピエルグリフトの足がピタッと止まってしまった。しかも、降りようとすると足を振り上げ邪魔をする。きっとクルテか、クルテに依頼されたリュネの仕業だ。そう思うもののどうすることもできない。カテロヘブに危険が迫れば透かさず魔法を使おうと正門付近の様子を注視している。
「くっ!」
偽カテロヘブが弓を下げる。射かける隙を見つけられなかったか? そして大声でこう訊いた。
「おまえ、誰だ!? どうして俺に似ているんだ?」
そう来ましたか……カテロヘブが苦笑する。俺を偽物と断じ、本物は自分だと主張する気だ。
「それを聞きたいのはこちらだ。おまえはどこの誰で、わたしに化けた理由はなんだ?」
「化けているのはおまえだ!――まさか自分がザジリレン王カテロヘブだと言い出すんじゃないだろうな? 本物だというのなら、ザジリレン王の証、グレナムの剣を見せろ」
なるほど、そう言うことか……こいつはグレナムを欲しがっている。
「ほほう、そちらはグレナムを所持しているとでも?」
本物が偽物にカマをかけた。
「もちろんだとも! 俺が本物のカテロヘブ、持っていないわけがない」
「持っているなら見せてみろ。見せられるはずがない」
「なにをぉ! おまえ、自分が持っているとでも言うのか」
「いや、グレナムはクッシャラボ湖に沈んでいる」
「嘘をつけ、あんなところにあるはずがない」
「なぜそう言い切れる?」
「おまえ、自分が落ちたのがどこかも判らないのか?」
偽物の顔色が変わる。
本物のカテロヘブが落ちたのはモシモスモネン川の支流ヤリヤル川、グリアジード卿の私領ポポネシアにあるシュレンダの森を流れる川だ。そのことを偽カテロヘブは知っているらしい――自分が射抜こうとした男は偽物なんじゃないか? そう感じていそうだ。
本物がニヤッと笑う。
「判っているさ、クッシャラボ湖だ」
「嘘だ!」
偽カテロヘブが叫ぶ。
「カテロヘブ王はシュレンダの森でヤリヤル川に落ちた。少し下流に滝がある。ローシェッタ国との国境近くだ――俺はそう聞いている!」
ふぅん、いったい誰から聞いたんだ? まぁ、おまえが首謀者じゃないってことは判ったよ。
飲食料の差し入れをした時からそれは感じていた。コイツはきっと自分じゃ判断できない。言われたことをしているだけだ。だから想定外のこと、例えば敵陣からの差し入れに、どう対応したらよいか判らず黙りこくってしまった。そして本物だと思っているカテロヘブに『落ちたのはクッシャラボ湖』と言われ、つい〝知っている真実〟を口にしてしまった。その結果がどうなるかなんて考えてもいないのだろう――考える能力がないのか? なぁ、誰だか知らないが、コイツをカテロヘブに仕立て上げたヤツ、どうせなら、もう少しマシなのはいなかったのか?
「その男を捕らえろ、偽物だ! カテロヘブ王を名乗る不届き者だぞ!」
偽カテロヘブが正門前の騎士と弓兵にはっぱをかける。が、従う者は一人もいない。みな、二人のカテロヘブの会話を聞いていた。少なくとも正門の男はカテロヘブじゃないと判断している。
グリアジート卿ネネシリスが『カテロヘブ王はサワーフルトで乱心』と王宮に報告し、捜索の結果、クッシャラボ湖に落ちたと結論付けられている。ここでシュレンダの森だのヤリヤル川が出てくるのは非常に怪しい。どちらにしたって、正門の男は相手に対し『おまえ、自分が落ちたのが……』と言った。そして『カテロヘブ王はシュレンダの森で』と続けた。自分で自分がカテロヘブではないことを暴露している。
正門の男を茫然と見ていた騎士の一人がハッと気を取り戻す。そして剣を抜いて男に向ける。
「おまえこそ、王を騙る不届き者だ!」
他の騎士、弓兵たちも目が覚めたようだ。一斉に偽カテロヘブを囲む。が、三分の一ほどは本物のカテロヘブに弓を向け、抜いた剣を構えた。
そうだな、とカテロヘブが思う。今の会話、向こうが偽物だってのははっきりした。だけど、こちらが本物だという証明にはならない。
「待て……弓を降ろし、剣を納めろ」
自分も剣を鞘に納めてカテロヘブが正門前の兵たちに言う。そうしながらもカテロヘブの目は偽物から離れない。果たして温和しく捕縛されるのか?
そもそもあの容姿は作り物、平たく言えば魔法のはずだ。魔法をかけられ、そんな姿になったのはいったい誰だ? 魔法封じが使えれば早い話も、ここで使うわけにはいかない。それに施術したのは誰だ? 心配なのは、施術した魔法使いがどこかで監視していて、偽カテロヘブを無き者にしはしないかと言うことだ。偽カテロヘブには首謀者が誰なのか、証言させたい。
予測通りゴランデ卿の名が出るのだろうか? それともまた別の名が出てくるのか? キャビンに捕縛しているドロキャスからは大した証言は取れないと踏んでいる。ザジリレン国軍での要職を餌に、ジジョネテスキを見張っていただけだと考えている。
カテロヘブが剣を納めても、正門前の騎士・弓兵は剣を納めもしなければ弓を降ろしもしない。背後ではラクティメシッスが馬を相手に癇癪を起しそうだ。構えているだけの騎士や弓兵に、魔法を使えばカテロヘブの立場をかえって悪くする。だから魔法は使えない。こうなったら傍に行って、交渉下手なカテロヘブを擁護したい。
さらに後方ではジジョネテスキが正門前をじっと見守っている。部下ともども騎乗していて、すぐにでも駆け付けられる態勢だ。カテロヘブが本物なのは判っている。だが、あの偽物が油断できない。どこかで入れ替わりはしないかと危ぶんでいた。何かのからくりで、同じ衣装を着られたら見分けがつかない。あれほど顔を似せられるのだ、できない話じゃないだろう。




