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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
22章 王都カッテンクリュードへ

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 カテロヘブの隣でラクティメシッスが失笑する。

「向こうも国軍紋章旗と王家紋章旗、それに国王紋章旗を出してきましたね」

指摘通り、偽カテロヘブの背後に旗が掲げられた。


 ザジリレン王宮正門前には横並びに十五騎、その中央に居るのはミルクティー色の髪の若い男、ニヤリと笑みを浮かべこちらを見ている。その前には、やはり横並びに十七人の弓兵、弓と矢を手に〝構え〟の号令を待っている。


「旗手は大変そうだ。どうして馬を用意しなかったんだろうな」

騎乗しないであの高さに旗を掲げるには、通常より長い竿を使わなくては無理だ。とうぜん重くなるし、ちょっとの風でも手元に響く。


「そうですね。お気の毒な旗手のためにも早く片付けてしまいましょうか?」

「いや、向こうから仕掛けてくるのを待とう」

「いつまで経っても睨みあい……なんて事になりそうです」


 ジジョネテスキ軍は指名された者以外は大きく後退している。カッテンクリュードに入る三つの門、大門・コッテチカ街道門・トロンパ街道門は閉ざされた。コッテチカ門外で入都の指示を待っていたジジョネテスキ軍の一部はカッテンクリュードに入れないまま、その場での待機を余儀なくされている。


 できれば遣り合うのは回避したい。だが、ここが戦場と化す可能性を否定しきれない。だからカテロヘブ王はジジョネテスキに閉門の指示を出せと命じた。何も知らない(たみ)びとが王都に入ったばかりに、為政者どもの争いに巻き込まれて負傷したなんてことがあってはならない。


 三つの門の前にはジジョネテスキ軍の兵各二十名ほどを配置し、残りは大門前広場に居合わせた街人を追い出したうえで道を塞がせた。これも同じ理由、街人に被害を出さないための配慮だ。騎士数名を走らせて『大門広場に来てはならない』と大声で呼ばわるようにも命じている。許しが出るまで店を閉めろ、子らを外に出してはならない、そんな声がカッテンクリュードの街に響いた――


 王宮内から正門に向かった男はカテロヘブではないと断言した王姉クリオテナ、

「それでネネシリス、わたしの力を借りたいとは?」

僅か前まで夫に不義を疑われるのではないかとビクビクしていたとは思えない堂々とした態度、いささか横柄でもある。これがネネシリスに対する、いつも通りのクリオテナと言ったところか。


「うん。それなんだが、騎士を引き連れて行った男はカテロヘブではないと断じて欲しい」

迷っていたネネシリスもクリオテナの指摘に合点がいったらしい。正門に向かった男は偽者だと確信を持ったようだ。

「王姉であるあなたの判断、疑う者はいないはず――ついでに、デネパリエルからローシェッタ王太子とともにカッテンクリュードに入った男がカテロヘブに間違いないと証言して欲しい」


 するとクリオテナがフフンと鼻を鳴らした。

「王宮から正門に出て行った男については承知、けれどデネパリエルから来た男については不承知。その男もまた騙りかもしれない。ネネシリス、その男に会って確かめたか?」


「確かめてないが、ジジョネテスキがその男についた」

「おや、ネネシリスはジジョネテスキに責任を押し付ける気らしい」

「クリオテナはジジョネテスキが見誤ると?」

「そのジジョネテスキが本人だと、どうして言い切れる?」

「だって、コッテチカから国軍を――」

「まぁ、いい!」

言い争いになりそうなのを打ち切ったのはクリオテナ、

「どちらにしろこの目で確かめる――カテロヘブならきっとそうする」

最後のほうは独り言だ。


 カテロヘブの名にネネシリスがムッとしたのを見逃さなかったのはダーロミダレムだ。二人きりで居たダーロミダレムよりも、弟カテロヘブにネネシリスは妬心を募らせている。まぁ、判らないでもないとダーロミダレムが思う。昔からクリオテナは何かというとカテロヘブを構いたがった。頻繁に呼び出してはお茶に付き合わせていた……お茶請けはクッキーが多かった。必ずあるのはスパイスクッキー、カテロヘブが喜ぶからだ。なにしろ、クリオテナ・カテロヘブ姉弟は仲がいい。


「しかしネネス。クリオテナさまを正門にお連れするのは危険だ」

今すぐ正門に向かいそうなネネシリスとクリオテナをダーロミダレムが止める。

「なにも敵に近付くことはない」


「だからって、ここに居たって仕方がないわ。行って『黙れ、偽者!』って言ってやる」

息を巻くクリオテナ、

「わたしもそれは案じている。が、相手だってクリオテナに危害は加えられない。自分は偽者だって暴露するようなものだ」

ネネシリスは妻よりずっと冷静だ。だが、

「正体がバレたら開き直って、暴挙に出ないとは限らないぞ?」

ダーロミダレムは納得しない。


「しかしダーロン、クリオテナが言うとおり、ここに居たって(らち)が明かない」

「そうだな、それには同感。だからこうしよう。まずはデネパリエルから入都した男が本物か偽物かを見極めよう」

見に行かなくたって判っている。その男はカテロヘブ本人、そして本物のローシェッタ王太子と一緒だ。けれど根拠が示せない限り、そうは言えない。


「見極めるったってどうやって?」

「うん、わたしに考えがある。正門に頑張っているヤツを出し抜いてやる」

ダーロミダレムがニヤリと笑った――


 ラクティメシッスに『いつまで経っても睨みあい』と言われたカテロヘブ、睨みあいじゃあ決着はつかないかと苦笑いする。弓が届くか届かないかの距離を置いての(こう)ちゃく状態、こちらが少しでも近づけば射かけてくるのは判っている。


 ラクティメシッスには『思う存分働いて欲しい』と言った。矢が飛んで来たならば魔法で防げという意味だ。が、実のところ、カテロヘブにそんな気はない。自国の王宮内の揉め事に、兄弟国とは言え他国の力を借りるのには気が引けた。正直言ってイヤだった。助力に頼らずなんとかしたい。だから魔法使いたちも退()かせた。だが、飛んでくる矢への対処法が思い浮かばない。


 矢など剣で叩き落せもする。が、それは自分の周囲だけだ。ジジョネテスキたちを引き連れていけば、彼らも矢の雨に(さら)される。もちろん彼らとて剣を使って矢を落とすだろう。でも……もしも射抜かれたら? それが毒矢だったら? 自分の左肩を思い出すカテロヘブだ。


 少し後方から近づく馬の気配にカテロヘブが振り返る。クルテだ。ラクティメシッスが、何をしに来たとでも言いたそうに見ている。


「どうした?」

仏頂面で尋ねるカテロヘブに、クルテがムスッと答える。

「飽きたし、お腹が空いた。咽喉も乾いた」


 クルテが今までいた場所で、マデルとカッチーが心配そうにこちらを見ている。空腹なようにも、乾いているようにも見えない。きっとそれどころじゃない。つまり、こう言うことか……


「ジジョネテスキ」

カテロヘブが、前方で睨みを利かせていたジジョネテスキを呼んだ。


「何か軽いものでいい。食べ物と飲み物を全員に配れ……ティータイムと行こうじゃないか」

カテロヘブの言葉に一瞬キョトンとしたが、

「すぐに」

と前衛に戻って、ジジョネテスキが将校の一人に指示を出す。指示された将校は数人を引き連れて離脱すると、トロンパ街道門方面に向かった。ラクティメシッスが『まぁ、いつものことですか』と肩をすくめたのがカテロヘブの目の端に映っていた。


 クルテがカテロヘブを見てニンマリと笑む。

「やっぱりマデルの侍女じゃないほうが良かった」


「それを聞いたらマデルが悲しみそうだな」

「そんなことない。マデルはわたしを侍女になんかしたくない。妹にはしたいかも」

「あぁ、それはありそうだな」

「ま、最初からマデルの侍女のフリを続ける気はなかった」

「うん?」

意味深なクルテに視線を向けたカテロヘブ、手招きされるまま耳をクルテの口元に寄せた――


 ダーロミダレムの提案に従って、居室を抜け出し王宮の庭に出たクリオテナとネネシリス、もちろんダーロミダレムも同行している。

「なんだか懐かしいわ」

クリオテナがシミジミと言った。


 向かっているのは王家の森だ。幼い頃、みなで遊んだ場所だ。とは言っても、迷子になっては大変だからと森の中に入ることは禁じられていた。


「そうそう、来てもいいのは、あそこに見えてる森の女神像の前まで」

笑顔でクリオテナが指さすのは森の入り口に設置されている女神像だ。

「いつだったっけかなぁ……カテロヘブったら、逃げた小鳥を探して森に入ったことがあったみたい」


「そんな事もありましたね」

ダーロミダレムが行き先を見ながら(あい)づちを打つ。

「カテロヘブが『女神が頭を撫でてくれた』って」


「女神じゃなくって、知らない女の人じゃなかった? 像の下で泣いてたら、大丈夫よって慰めてくれたって。きっと夢でも見たんだろうって大人たちに言われても『あれは夢じゃない』って言い張ってた」

クスクス笑うクリオテナに、ネネシリスは

「しかし、よくこんなところで居眠りなんかしたもんだ」

カテロヘブに呆れるが、ダーロミダレムは

「嘘を吐いたことのないカテロヘブだからね。わたしは本当に森の女神が現れたんだって、あの時は信じてました」

と笑う。


 昔話をしているうちに女神の像の前に辿り着く。つい立ち止まって見上げるダーロミダレム、それから視線を下げて台座をマジマジと見た。

「確か、台座に女神の名があったと思うんだけど……野ざらしにされてるせいか、文字が消えてます」

残念そうだ。


「女神の名前が気になるの?」

クリオテナが笑えば、

「えぇ、この女神にはお世話になりましたからね。さっきから思い出そうとしてるんだけど思い出せなくて」

ダーロミダレムが(はに)んで笑う。


「女神にって言うより、台座にってほうが正しいかな。かくれんぼしたのを覚えていますか? この台座、こっちを――あれ、(はず)れないな」

腰を屈めて台座に手を掛けたダーロミダレム、どうやら蓋が外せるようだ。

「ダメだ。風化のせいかな、滑らない。ま、台座の中は子どもひとり分ほどの空洞なんです」


「それでダーロンはいっつも見つけられなかったんだ?」

ネネシリスも台座を開けようとするが開けられず、首を(かし)げる。

「うん、無理だね、これ……そもそも最初から開けられるようにできてなさそうなんだけど?」


「子どもの頃は開けられた。砂ぼこりで埋まっちまったんだろう――それより先を急ごう」

ダーロミダレムが歩き出す。

「ほら、すぐそこの大きな木の後ろ、あのあたりだけ王宮の囲いが低くなってる。今でも木登り、できますね? 塀の向こうも木、枝伝いに街に出られます」


「昔もそこから王宮を出てた? 像の台座に隠れるのはまだ許せるけど、敵前逃亡は許せないな」

ネネシリスが笑う。


「敵前逃亡? たかがかくれんぼに大袈裟な」

やっぱりネネシリスを(けな)すクリオテナ、だが急に真面目な顔になる。

「女神の名前、思い出したわ――キャルティマーナよ」

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