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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
22章 王都カッテンクリュードへ

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 前グリアジート卿が病死し、ネネシリスがグリアジート卿と領地を継承することが決定した直後のことだった。


「アイツ、領地に帰るかどうか迷ってるんだろ?」

花を摘むネネシリスを見てカテロヘブが声を潜めて言った。ニヤッと笑ったのはダーロミダレムだ。

「クリオテナに『行くな』って言われたんだってさ。ネネスのヤツ、クリオテナに逆らえないからなぁ」


 あの頃はネネシリスを、ダーロンはまだ『ネネス』って呼んでいたっけ……クリオテナの夫になってからは誰もネネスだなんて呼ばなくなった。クリオテナは今でもアイツをネネスって呼んでるんだろうか?


「いくらクリオテナが行くなったって行くだろう? そりゃあ()()に言われれば、王都に居を構えるかもしれないけど。新領主は戻って領地経営に着手するってのが常識だよ」

「あぁ……父親は病で急死、自分はまだ十九。そりゃあ、領地経営のこととか、領主の心得とかは小さいころから学んでるだろうけどな、実践は違う」


「頼りになるのは現地で采配を振るってる支配人。年に数回は領地に行って顔は繋いであるだろうけど、気心知れてるとは言えないんじゃないかな? だから最低でも一年は向こうに居て、支配人の仕事ぶりや信用度をよく見て来なきゃね。逆に自分のことも信用して貰わないとさ」

「まぁさ、全部支配人に任せちゃうって手もあるけど、領民に顔を覚えて欲しいモンだしなぁ」


「ネネシリスのこと、あんなに嫌ってるのに……なんでクリオテナは『行くな』なんて言ったんだろう?」

「うん?」

ダーロミダレムがクスリと笑った。

「そりゃあおまえ、好きなんだろうさ」


 笑ったのはカテロヘブもだ。

「だからさぁ、クリオテナはネネシリスが大嫌い――あぁ、そうか。行くなって言えばネネシリスが困る。それを面白がってるのか」


 ダーロミダレムがフフンと鼻を鳴らす。

「人の心ってのは複雑だ。そうそう単純なものじゃない。クリオテナはネネスを嫌っちゃいないさ。今だってネネスにベッタリだ」


 花壇で花を選ぶネネシリスの後ろに立つクリオテナ、何かガミガミ言っている。ネネシリスは『こっち?』とか『これかな?』と訊いているようだ。だけどその度にまたドヤされている。


「それは……ネネシリスが(おと)しく従うからじゃないか? 召使に頼むようなことでも、アイツ、イヤって言わないから」

そう答えたものの、きっと不正解だと感じているカテロヘブだ。ダーロミダレムの指摘は受け入れられるものじゃない。だけど、なぜか完全に否定できもしない。


 そんなカテロヘブをチラッと見てからダーロミレダムが微笑んだ。

「まぁさ、兄弟が誰かに恋をしているなんて、すぐには認めたかないよな。まして姉さんならなおさらかもしれないよな」

「恋って……クリオテナが?」

ダーロミレダムが言う『好き』は恋慕だと勘付いていたものの、はっきりそう言われると、やっぱりカテロヘブは認められない。


「俺だってそうだ……俺なんか、兄貴に恋人がいたかもしれないってだけでけっこうショックだった」

「ん? 兄貴って、アランロレンス?」

「あぁ……遺品の日記を貰ったって、話しただろう?」

そうだったかな? アランロレンスが亡くなったのは随分前だ。どんな遺品をダーロミダレムが貰ったかなんて覚えちゃいなかった。


「気が向くとさ、たまに読んでる。日常の、他愛のないことしか書いてない――でもさ、それが却って、無骨な兄貴らしくないって言うかさ」

「ふぅん……恋人のことが書かれてた?」

「いや、まったく書かれていない――と思ったんだけどね」

ダーロミダレムが虚ろに笑う。

「兄貴、誰にも知られたくなかったらしい。だからってわけじゃないけど、気付いた時、俺は彼女に嫉妬した。弟の俺よりも、誰よりも、多分自分自身よりも、兄貴は彼女を愛している、そう感じたんだ」


 嫉妬か……クリオテナがネネシリスを思っていると、ダーロミダレムに指摘された時に感じたのは嫉妬なんだろうか? 嫉妬と言うより、クリオテナが恋愛感情を持つことへの驚きだったような気がする。ましてその相手が、普段から姉がくだしているネネシリスだとは納得できなかった。


「ま、俺が兄貴の恋に気が付いたのは一年くらい前だったけどね」

以前から違和感はあった。曖昧な表現、繰り返し出てくる言葉……それが〝暗号〟なのだと気が付いたのが、カテロヘブとそんな話をする一年ほど前だったらしい。


 暗号だと気が付いてからいろいろ試してはいるけど、未だに完全な解読はできてない。解読にはヒントが必要……いくつかは遺品の中から見つかった。アンダーラインが引かれた文字への書き込みがある蔵書、置物への書き込み、書架の棚板の裏に張られたメモ――だけど、まだ足りない。


「前後関係から、兄貴は定期的に彼女に会いに行っていた。だけど、彼女の名や住処は厳重に隠されていて判らない」

ダーロミダレムが深い溜息をつく。

「確信があるわけじゃないけれど、きっと彼女は出産してる。俺でいいなら、できることならば、彼女とその子を援助してあげたい。一番の気掛かりはどんな暮らしをしているのか?――ま、暗号の解読が間違ってなければの話だし、そもそも暗号じゃないかもしれないんだけどさ」

そして話は元に戻る。

「クリオテナは小さなころからネネスが好きさ。何かって言うとネネスだ。いくらうちの親爺や国王が俺とクリオテナを一緒にさせようと考えたって、あのクリオテナがウンと言うわけないんだ」


 そんな縁談があることはカテロヘブも知っていた。そして漠然と、姉の配偶者になるのはダーロミダレムと思っていた。結局、クリオテナはダーロミダレムとの婚姻を承知せず、その話は立ち消えになった。そして……ネネシリスは定期的に自領を訪れることにし、王都から離れずにいた。


 クリオテナがネネシリスと一緒になりたいと言い出したのはその一年後だ。ローシェッタ王太子ラクティメシッスとの縁談が持ち上がったのがきっかけだった。漸くカテロヘブも、ダーロミダレムは正しかったと認めざるを得なくなった。が、同時に、なぜダーロミダレムはクリオテナの気持ちを察せたのだろうと考えている。ダーロミダレムはクリオテナを思っていたのではないか?……本人に確認したわけではない。いくら親しくても、心に無遠慮に入り込むようなことはできなかった。


 そんなあれこれを思い出し、ダーロミダレムにならカッチーの両親のことを打ち明けてもいい、むしろ打ち明けるべきだと判断したピエッチェだ。が、ここでカッチーに長々と説明するのは避けた。


「アランロレンスの日記をダーロンは持っていてね。それが暗号で書かれてるんだけど、どう解読すればいいのか判らない。恋人と、その人との間に生まれた子のことを書いているに違いないってダーロンは言ってる。そして、その二人をアランロレンスに代わって(だい)にしたいって……だから信用できると思った。必ずカッチーを王家に戻す手助けをしてくれる。カッチーに相談もしないで、ダーロンに話してしまって済まなかった」


「俺は……」

真っ直ぐにピエッチェを見てカッチーが答える。

「俺は王族なんかじゃなくたっていいんです。ただ、ピエッチェさんに仕えることができれば、役に立てればいいんです」

そして、

「ピエッチェさんの判断を俺がどうこう言うことはありません、それに、ピエッチェさんが信用する人を俺が信用しないはずがありません」

と言った。


 反論したいのはピエッチェだ。〝仕えさせる〟のではなく、王族として協力助力はして欲しい。それには国王を時に諫めることも必要だし、判断力は養っておいて欲しい。誰を信用するかは、自分の目で確かめてからにしろ……そうカッチーには言っておきたかった。だが、それをクルテが止める。


「細かいことは後でいい……ダーロンに返事を。カッチーはダーロンの猶子、その身分でカテロヘブ王の側近。時を見てアランロレンスとスカーシレリのロマンスを発表し、カッスゥダヘル王子を王家に迎え入れる。さっさと日記に書き込め」

苦笑したピエッチェがサラサラと日記に書き込み始める。茫然とクルテを見詰めるカッチーが『王子?』とかすれ声で呟く。


 ピエッチェが書き終えれば、すぐに『委細承知』の文字が浮かび、僅かに遅れて甥に会えるのを楽しみしていると書かれた。


『明日は随時連絡する。日記帳を常にに手元に置くように』

ピエッチェの書き込み、この『日記帳』は魔法の連絡具、今、書き込みしている日記帳のことだ。これにも『もちろんさ』と返事が来て、ダーロミダレムとの通信を終えた。


 クルテがサックから次々に様々なものを出す。

「カッチーの衣装、ちょっとしわ入り。マデルに頼んで綺麗にして貰う」

しわ入りってクルテらしい表現だな、ピエッチェがニヤッとする。


「ピエッチェの衣装。これもしわ入り。まぁいいや、二人ともちょっと着てみて。サイズ直しは魔法でやっちゃう」

しわ延ばしは魔法じゃできないのか?


「王家の紋章入りの鞍、胴飾り、(ひたい)飾り……朝で良かったっけ?」

せっかく出したから部屋の隅に置いといて、カッチーに頼んでいる。


「ザジリレン王家紋章旗、ザジリレン国王紋章旗……なんでみんなしわ入り?」

箱には入れてなかったのか? サックに(じか)じゃ、くしゃくしゃっとしわだってできるさ。


「あった!」

クルテの嬉しそうな声、

「わたしのドレス、でもこれはしまっとく――ねぇ、王宮に戻ったら、舞踏会を開くでしょう?」

いつものようにピエッチェを見上げた。


「カッチーが楽しみにしてる」

そうか? 俺にはおまえが楽しみにしているように見えるぞ?

「わたし、舞踏会でダンスってしたことない――カッチー楽しみだね」

あれ、カッチーと踊るのかよ?


「クルテさん、俺と踊ってくれる人、見つかるでしょうか?」

「大丈夫、サンザメスク卿の孫なら引っ張りだこ」

「そんなもんなんですか?」

「そんなもんだよ、多分」

多分かい?


「いざとなったら、わたしと踊ろう――ね、少しくらいはカッチーと踊ってもいいでしょう?」

そう訊くってことは、舞踏会のパートナーは俺だと思ってくれてるってことだな?


「あぁ、いいさ。誰と踊ろうとな」

ピエッチェがニヤリと答えた。

「だけど! ファーストダンスとラストダンス、俺の相手はおまえで、おまえの相手は俺だ」

クルテが嬉しそうにニンマリ笑んだ――


 ダイニングに行くと、クルテはすぐさまマデルに抱き着いた。

「大好き、マデル。お姉さん……」

呆れかえるマデル、それでもホッとしている。


 カッチーの父親はアランロレンスだとピエッチェが告げると、ラクティメシッスが微かに唸った。

「つまり、コメスカッチ卿の孫と言う事ですね」

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