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ギョッとしてピエッチェを見るラクティメシッス、ピエッチェの言わんとすることに思い当たったらしい。
「まさか?」
「そうさ、その〝まさか〟さ」
微笑んで頷くピエッチェ、その顔をマジマジと見るラクティメシッス、笑えばいいのか、それとも呆れるべきか? ラクティメシッスが溜息をついた。
「まったくあんたときたら! そう来ましたか!」
どうやら笑うほうを選んだらしい。打って変わって楽しげに笑う。
「しかしピエッチェ、今から間に合いますか?」
「もちろん間に合うさ。ジジョネテスキは『王都でカボチャパイを作るのも可能』って言ってる」
「それって冗談じゃなく?」
「望めばカボチャパイもできる……食うパイのことだと思った?」
「だって、ジジョネテスキ軍に潜り込めるとは思いませんよ。敵対してる立場です」
ピエッチェがまたもニヤッとする。
「ザジリレン国軍がザジリレン国王と敵対? クーデターが起きたなんて情報はなかったと思うぞ」
「ふん、まったくあなたは慎重なのかと思うと、いきなり大胆になる。国軍兵として潜り込むのではなく、国王としてジジョネテスキと合流するつもりですね?」
「ジジョネテスキはコッテチカ街道門からカッテンクリュードに入り、大門からデネパリエルの街に出る。そこから国王警護を騙る逆族討伐に向かう予定だ」
国王警護を騙る逆賊とは、トロンペセスが集めた同志隊だ。
「が、当日はデネパリエルから、すぐにカッテンクリュードに引き返す――なに、誰にも文句は言わせない」
今、王権を振り翳さなくて、いつ振り翳す? もっともジジョネテスキがこの案に反対するとは思っていない。だが、軍は一人で動かせるものではない。
難物はジジョネテスキの副官ドロキャス、いざとなったら捕縛も考えなくてはならない。しかしピエッチェは、そんな事態にはならないだろうと見込んでいる。
「現王の命とあらば、ザジリレン国内に逆らえる者なんかいない。もしも煩く言うのが居たら、国王より逆族が大事かと言ってやるさ」
最初は驚いて呆れたラクティメシッスも、よく考えれば名案だと認めている。
「正規軍が護衛だなんて、これ以上はありません」
ニコニコとピエッチェを見る。勝算が見えてきたと感じているのだろう。
「それで決行は?」
「明日だな――今夜はデネパリエルに潜伏し、明日ジジョネテスキと合流、カッテンクリュード大門から王宮へ、真っ直ぐに進む」
「では、急いだほうがいいですね」
早速出発しようとピエッチェとラクティメシッスが立ち上がりかける。それを止めたのはカッチーだった。
「サワーフルトが言っていたことが気になりませんか? デネパリエルには居ないって保証したけど、カッテンクリュードに行った可能性は否定しませんでした」
「ふむ……」
浮かした腰を落ち着けてピエッチェが唸る。カッチーが言っているのはクルテを襲ったヤツのことだ。
ラクティメシッスも座り直し、カッチーを見る。が、ピエッチェと違って難しい顔はしていない。うっすらと微笑んでいる。
「つまり、デネパリエルではヤツに襲われる心配はないってことですよ。そしてカッテンクリュードに入る時は国軍に守られる――案じるのも判るけれど、事態を動かさないとね」
「動けば綻びも出そうです」
「それは向こうも同じです。それに……なんのためにヤツは、わざわざサワーフルトで待ち伏せしたのか?」
「あ、そうか、風読みだったんですよね……人目を避けたかった?」
「わたしもそう思います。それに、ヤツに味方はいないんじゃないかな? 居たとしても信用していないか、思い通りには動かせない。あるいは意見が対立した。だから邪魔されないよう、単独で山中で待ち伏せしたとも考えられます」
「なるほど……」
いったんは納得しそうなカッチーだったが、
「あ? やっぱり仲間がいないと決めつけるのは危険です。仲間を出し抜いたのかもしれません」
新たな説を提示した。俯いて考え込んでいるふりをしていたピエッチェが、僅かに口角を上げる。
「うーーん。確かに。そうも考えられますね。でもカッチー、わたしは仲間がいないとは言っていませんよ?」
ラクティメシッスの苦笑、
「あ、そうでした。仲間に邪魔されないようにって言ってました」
頬を染めるカッチー、羞恥を誤魔化したいのか、早口でまくし立てた。
「仲間が居るにしろ居ないにしろ、いえ、仲間がいればなおさら厄介、あの魔法使いは相当の手練れだったんじゃないんですか? いくら正規軍でもザジリレンは魔法が苦手だって聞いてます。ラスティンさんだって、教官を派遣しようかってピエッチェさんに言ったじゃないですか。あんな魔法使いが何人もいて、もしカッテンクリュードで待ち伏せしていたら? 大丈夫なんでしょうか?」
と、ピエッチェが顔を上げてラクティメシッスを見た。
「ピエッチェ盗賊団は解散しよう――もう役目を終えている」
ラクティメシッスがうっすら笑む。
「それで、馬は何頭?」
「王都に向かっているジジョネテスキ軍は四千。それと合流しても見劣りしないように、と言いたいところだが、先頭に立たせる。だからそちらの都合でいい」
「では……三十でよろしいか?」
「明日までに用意は?」
「すぐ手配するよう部下に命じます」
ラクティメシッスが姿を消した。
「ピエッチェさん……」
カッチーが情けない声を出す。ピエッチェに無視されたと感じている。そんなカッチーにピエッチェが微笑んだ。
「おまえの心配は外れちゃいない。ザジリレン軍は魔法に弱いという指摘は痛かったぞ」
「あ……」
「おい、俺は褒めたんだからな、謝るなよ――でだ、なぜ盗賊団を解散すると言ったと思う?」
「デネパリエルでピエッチェ盗賊団の噂を流す必要がないからですよね?」
「なぜ、ラスティンに馬を用意するよう言ったと思う?」
「それはジジョネテスキ軍の先頭に……あっ?」
気付いたか、とピエッチェが笑う。
「はい! ローシェッタ王家魔法使いたちのための馬ですね? 盗賊ではなく、ローシェッタ使節としての」
「うん。最初からその約束だ。ローシェッタ国紋章旗と王家紋章旗を掲げてカッテンクリュードに、ザジリレン王宮に入場して貰う。もちろん率いるのは王太子ラクティメシッスだ」
黙って聞いていたマデルが『王太子に相応しい衣装を急いで用意しなくちゃ』と呟くと、
「すでに用意してあります。馬も、衣装も、ね」
とラクティメシッスが姿を現した。
「えっと、馬は以前から命じておいたんです。衣装はいざと言うときのため持参してます……鎧は不要ですよね? 戦をするわけじゃない」
ハッとしたのはピエッチェだ。
「ザジリレン国軍旗はジジョネテスキがすでに掲げているのでいいとして――」
「ザジリレン王家紋章旗と国王紋章旗はわたしが持ってる」
すかさずクルテが言った。
「紋章旗はサックの中。国王に相応しい服はキャビンに積んだ箱の中、カッチーの衣装もある」
コイツ、またサックに手を突っ込んで、どこかから持ってくる気でいるなとピエッチェが思う。衣装は箱の中? あれはララティスチャングで買い入れた……さては、自分の衣装と一緒に、俺やカッチーの分まで用意したのか? どうりて重かったはずだ。
そんなことを考えたが、いつも通り何も言わずにいた。ラクティメシッスが『いつの間に手配したんですか?』とクルテを見たが、クルテはもちろん、ピエッチェも答えなかった――
さて、今日一番の難問は、どうやってデネパリエルに入るかだ。山を下っていくのは判り切っている。そこに問題はない。
すぐに出立するような素振りだったが、やはりまだ検討が足りないと、落としていることはないか確認を始めたピエッチェたちだ。
デネパリエルに住んでいてカテロヘブ王の顔を知らない者などいない。立太子前から民人の前に姿を見せることは多々あった。それに、王宮騎士団・王家警備隊はデネパリエルを巡回しているし、住処をデネパリエルとしている者も多い。王家警護隊は基本的には王宮住まいだが、家族はデネパリエルなんてこともある――つまり、カテロヘブ王を隠すのは難しい。そして隠さなくてはならないのはピエッチェだけだ。
ラクティメシッスもマデルもカッチーも、当然クルテも、ちょっと目立って人目を引くかもしれないが、堂々としていれば問題ない。ローシェッタでは誰もが顔を知っているラクティメシッスもザジリレンでは、名はともかく、顔までは知られていない。
隠すのは宿に入るまで、カテロヘブが投宿していると噂になるのは困る。本番まで、敵に居所を知られるわけにはいかない。では、どうやって宿に入り込むか?
うーーん、とカッチーが唸った。
「キャビンの座席の下はどうです? 窮屈でしょうが、宿の厩までの辛抱です」
トロンパで、トロンぺセスをやり過ごしたのを思い出したのだろう。
これはラクティメシッスが即座に却下した。
「厩からはどうするのです?」
ニヤニヤしているクルテ、
「サワーフルトが棺桶なんかどうかって言ってる。用意してくれるって」
言い終わる前に、床に棺桶がポンと出てきた。
「この大きさならカティも横たわれるね」
立ち上がったクルテ、棺桶の蓋を開ける気でいるようだ。
サワーフルトのヤツ、昨夜の俺とクルテの会話をちゃっかり聞いていたな……面白くないのはピエッチェ、そもそも棺桶に入るだなんて気が進まない。
「へぇ、中ってこんなふうになってるんだ?」
クルテの声に、マデルも覗き込む。
「そっか、クルテは棺桶なんか見たことなさそうよね」
「うん、入ったこともないよ――割と寝心地がよさそう」
俺だってないよ、と思いつつ、ピエッチェもチラリと棺桶を見る。中には真っ白な絹布、綿を詰めてあるのだろう、フワフワだ。遺体が動かないよう人型と言うか、頭や肩など型押しされている。ザジリレンではごく一般的な棺桶……でもないか、外側の装飾が凝っている。上流貴族仕様ってところだ。
「しかしお嬢さん。ピエッチェを中に入れて運ぶのは大変そうですよ?」
ラクティメシッスが暗に反対すると、
「マデル、人間を入れた棺桶って何人くらいで運ぶもの?」
とクルテがマデルを見る。が、答えたのはラクティメシッス、
「男が最低六人ってところです」
ムッとしたクルテ、だがすぐにニコッとラクティメシッスを見た。
「六人ぐらい、すぐに集められるでしょう?」
ラクティメシッスが苦笑する。
「部下と合流してから宿に入りますか? でも、ピエッチェは棺桶に入ってくれるのかな?」
ここでピエッチェが面白くもなさそうに答えた。
「いやだね――見えず聞こえず魔法はなんのためにある?」
あっと顔を見交わすのはラクティメシッスとクルテ、カッチーは真っ赤になり、マデルは吹き出した。
「そうよね、なにも難しく考える必要はなかったわ」
一瞬は黙ったクルテが、すぐにニヤリと笑った。
「でもさ、カティを抜かしてわたしたちは四人。そこにラスティンの部下が二十八人で、合計三十二人――葬列だったら格好も付く」
ふぅん、クルテ。おまえ、どうしても俺を棺桶に入れたいらしいな。




