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「そう思ってるって……カッチーが? それともカッチーの母親が?」
「思ったよりカティ、間抜け」
はいはい、なんとでも言ってくれ。
「両方に決まってる。母ちゃんがカッチーに嘘吐くはずない、カッチーは母ちゃんを信じてる」
よく観察してるな、クルテ。カッチーは地が出ると、母親を『母ちゃん』って呼ぶよな。
「アランロレンスだとしたら、嘘をついていた?」
「嘘は必ずしも悪じゃない――ダーロミダレムって幾つ?」
「俺より二つ上だ」
「んじゃ、養子のお兄さんは生きていれば三十八……十年前、亡くなったのは二十八だから、とっくに妻帯しても可怪しくない。ん? 違う、カッチーが生まれたのが十七年前だから二十一」
「カッチーが生まれた時? まぁ、婚姻してても可怪しくはないけれど」
「でも、結婚してない」
「あ……自分の出自を恥じた?」
「ローシェッタの上流貴族コメスカッチ卿が父親で、ザジリレンの上流貴族サンザメスク卿が養父、それのどこが恥ずかしい?」
「でも母親はメイドだ。貴族って言っても最下流……そして相手はザジリレン国王女だ」
「ふふん!」
クルテが鼻を鳴らす。
「それで? アランロレンスがスカーシレリに『妻がいるからあなたとは結婚できない』なんて言うと思う? 言ったとして、そんなの嘘だって王女さまに判らないはずないと思うよ」
うん、クルテの言うとおりだ。うーーん、他に何か考え付かないものか?
「王都警備隊に配置換えになって、地方に行かされたのはいつ?」
クルテの質問に、そう言えばいつなんだろうとピエッチェが記憶をたどる。王宮騎士団の記録なら、何度も読んでいる。少なくとも上級将校の人事異動は、たとえ顔は知らなくても、何年も前の記録でも覚えている。
「十七歳でアランロレンスは将校として騎士団に入ってる。が、すぐに王都警備隊に配置換えになった。もちろん将校扱いで、王都の警備に当たっている。地方に転属になったのはその三年後……」
「二十歳の時? それで、どこに?」
「……ゲリャンガだ。偽ジジョネテスキがレストランをしていた街だ」
「あぁ、あそこは魔物がうじゃうじゃいそうだった……でもさ、サンザメスク卿の縁者なのに現場に行かされるんだ?」
「通常は行かせない」
自分がだんだん不機嫌になっていくのが判る。自分の中では解決済みの問題を、クルテが再び搔き乱している、そんな気がした。
「でも、行かされた……なんで?」
クルテの問いにピエッチェが溜息を吐く。
「さすがに地方警備隊の細かな動きまでは把握してない。王都本部に報告する義務もない。だから記録は残らない」
「カティにも、そこまでは判らないってことか」
判らなくって悪かったね!
アランロレンスはカッチーの父親〝候補〟としては有力だが、やっぱり決め手に欠ける。
「何かないかな?」
クルテが呟く。
「母ちゃんが死に際に、カッチーに本当の名を教えたってことはさ、本来の身分を取り戻させてあげたいって考えたんだよ。何か証明できる方法があると思ったほうがいい」
本来の身分……スカーシレリはザジリレン王女、現王の叔母だ。貴族とは名ばかりで庶民と変わらない暮らしの中で、息子の将来を案じていただろう。
「もしそうなら、はっきりカッチーに言ったんじゃないか? おまえはザジリレン王家に繋がる者だ、おまえの母親はザジリレンの王女だって」
「受け入れてもらえる自信がなかったのかもしれないよ? だってさ、自分は『失われた王女』なんだから。いないものとして扱われてるって、知ってたんじゃ?」
まぁいいや、と立ち上がるクルテ、
「カッチーに聞いてみるしかない――わたし、先にシャワー浴びてくる。寝ないで待ってて。カッチーが来たら、寝かさないで」
さっさとバスルームに行ってしまった。
カッチーにはゆっくり浸かってこいって言ったのに、自分はシャワーかよ、と思った。が、湯に入ったらアイツ、寝ちまうかもしれない。シャワーくらいがちょうどいいか。
一人寝室に残されたピエッチェ、せっかくベッドがあるのだから横になるか迷ったが、やめてダイニングに戻った。そのまま眠ってしまいそうだ。
「あれ? 寝たんじゃなかったの?」
不思議そうに訊くマデル、
「あぁ、アイツ、バスに行った」
と答えれば、
「一人じゃ寂しくなっちゃった? 一緒に入ればよかったのに」
と笑う。
一人でのんびり入りたいと答えると
「それじゃあ、わたしが入ろうかな?」
と迷うマデル、ジランチェニシスの話はもう終わったのか? まぁ、マデルとカッチー相手なら、ラクティメシッスもジランチェニシスと、ノホメと思しき老女の死を話すにとどめたのかもしれない。不確かなことを言えば混乱させる。
「クルテさんと一緒に、って意味ですか?」
カッチーがマデルに訊いている。
「そうよ。あの子、浴槽で眠っちゃわないか心配」
確かに! でもシャワーって言ってたから、大丈夫だろう――なんて思ってい居るうちに、寝室のドアが開いてクルテが入ってきた。おいおい、随分と早いじゃないか。
「なんだ、クルテ。もう出ちゃったんだ。一緒に入ろうと思ってたのに」
「マデルはラスティンと入れば?」
シャボンの匂いを漂わせたクルテがピエッチェの横に腰かける。
ギョッとするマデルにラクティメシッスが
「そうしましょうか?」
とニヤニヤすれば、
「あんたはそんなだからクルテにスケベって言われるのよ!」
ツンと言い放つマデル、そのまま寝室に行ってしまった。バスルームは寝室の奥だ。置いてけぼりのラクティメシッスがクスクス笑う。
「ラスティンは、好きな人を揶揄うのがお好き――カッチー、お茶ちょうだい」
ポツンとクルテが言った。
「熱いお茶でいいんですか?」
「冷たいレモン水はない。水かお茶ならお茶がいい。魔法で冷たくするから気にするな」
ぶっきら棒なクルテ、シャワーで疲れたか?
ポットに湯を注ぎながら
「魔法ってそんなこともできるんですねぇ」
しみじみと言うカッチー、ラクティメシッスが
「カッチーも魔法の鍛錬をしてみますか?」
カッチーを覗き込む。
「えぇ、クルテさんが教えてくれることになってます」
「お嬢さんが?」
カッチーからカップを受け取るクルテ、ニマッとする。
「ラスティンも頼めば教えてくれるだろうけど、そのうちローシェッタに帰っちゃう。系統的に教えるなら、ずっとザジリレンにいるわたしが適任」
内心どう誤魔化すか冷汗を掻いていたピエッチェは救われた気分、
「悪い、カッチー。俺にもお茶」
ニッコリ笑んだ。
しっかりカッチーは理解してくれている。ザジリレン国王の魔法は秘密だとしか言ってない。それなのに、ラクティメシッスたちにも秘密なのだと察し、魔法を教えるのはクルテだと言ってくれた。クルテはいつも通り、惚けたふりしてちゃんと判っていてカッチーに話しを合わせた。そのうえ、もっともらしい理由さえ付け加えた。
俺は、この先もこの二人に支えられていく。そう感じるピエッチェ、そして思い出す――そのためには何としてでもクルテを人間にしなくちゃならない。カッチーの出自について、公にする方法を見つけ出さなくてはならない。
カッチーがピエッチェの前にカップを置いた。ニコッと微笑むその笑い方が、どことなくクルテに似てきた。真似しているのか?
「あ……」
ラクティメシッスが小さく叫ぶ。
「定時連絡の時刻です――うーーん、寝室を使ってもいいですか?」
「俺たちはもう少し、ここで話してる。好きに使ってくれ」
熱い茶に息を吹きかけながらピエッチェが答える。カッチーが
「俺、ピエッチェさんに聞いて欲しい話があるんです」
嬉しそうに言った。
「コゲゼリテの伝説をいろいろ思い出したんで、披露したいんです」
「おいおい、また伝説か? あんなの、全部が本当とは限らないんだぞ」
「判ってます。訊いて貰えるだけで、俺、満足ですから!」
ピエッチェとカッチーが話しているのをニマニマ見ているクルテ、ラクティメシッスが
「ピエッチェ、可愛い弟子の趣味に付き合うのも師匠の務めですよ」
やっぱり笑いながら寝室に消えた。
すぐに感じた魔法の気配はラクティメシッスが遮蔽を掛けたものだ。同時に女神の魔法も感じた。それはクルテ、ダイニングの話声をラクティメシッスに聞こえないようにしたのだと思った。
「大丈夫、ゴソゴソくぐもって聞こえるようにしたから」
ニンマリするクルテ、そんな魔法も使えるのか。
カッチーがほっと息を吐く。
「やっぱり、ラスティンさんに聞かれたくない話をするんですね――そうじゃないかと思ってました」
「なんだ、コゲゼリテの話がしたかったんじゃないのか?」
「はい、聞いて貰いますよ。でもそのうちです。師匠の務めを果たしてください」
参ったな、とピエッチェは笑うが、カッチーは真面目な顔になる。
「リューセンチラが、俺の父親でしょうか?」
ピエッチェを見るカッチーの目は真剣だ。ピエッチェも笑いを引っ込める。
「可能性は高いと思ってる」
「父には正式な妻がいたはずなんです」
「アランロレンスに妻はいなかった。アランロレンスってのはリューセンチラのザジリレンの名だ。居たとしたら」
答えるピエッチェ、妾以外の言葉を探す。
「正式じゃない妻ってことだ」
「母以外にも誰か居た?」
「それは判らない――ザジリレンの上流貴族の婚姻は、正式なものなら必ず王家に報告される。上流貴族同志の繋がりを、王家として把握しておかないわけにはいかないからな。そしてサンザメスク卿が、王家に内密で事を進めるとは思えない」
「正式じゃなければ届け出たりはしないってことですね」
「うん、まぁ、そういうことになる。それと……参考までに言うけど、正式に届け出がなされた婚姻を解消するには王家の許しが必要になる」
「アランロレンスについては、婚姻の届け出もなければ、当然だけど離縁の申請もないってことですね」
ふむと唸るピエッチェ、クルテがクスリと笑う。
「アランロレンスが父親なのではって、カッチーは思ったんだよね?」
「えぇ、クルテさん。でも、正式な妻がいないんだったら違うってことです」
「母ちゃんからカッチーの父親について、他に何か聞いてない? どんな些細な事でもいいよ」
「いや、正式な妻がいないなら、アランロレンスじゃないってことです。母ちゃんがリュースさまって呼んでたのは、偶然ですよ」
「そう決めつけるのはどうかな?」
フフンと鼻を鳴らすクルテ、
「カッチーの母ちゃんはザジリレンの王女さまだった。だけどアランロレンスは、名目上はローシェッタの有力貴族の子息でザジリレンの上流貴族の養子……だけど元を質せば妾腹だ」
そして溜息を吐いた。
「夫になれるわけがないと決めつけて、母ちゃんに『婚約者がいる』と言ったとしたら?」




