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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
20章 試練の理由

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20

 時おりクルテがキャビンの覗き窓を開けて、マデルの具合をラクティメシッスに訊いている。何も言いはしないがピエッチェは、クルテが魔法を使っているのを感じていた。ラクティメシッスとマデルは魔法に気付いていなさそうだ。きっと、使っているのは女神の魔法、痛み止めか回復術だろう。


 ピエッチェはカテルクルストの直系でザジリレン王、女神自身が存在を誇示してくる。だが通常、森の女神は存在を隠す。検知術に()けたラクティメシッスでも察知できない。当然、森の女神の魔法も検知できない。誰にでも効果が判る魔法を、女神の魔法で発動させるクルテから魔力を感じないことに違和感を覚え、人間の魔法でないなら女神だと推測しても仕方ない。魔物も選択肢にあったようだが観察の結果、女神一択になったんじゃないか?


 マデルが腰の痛みに悲鳴を上げる前に、なんとか道の終わりに辿り着いた。空はまだ青く明るい。

「この先は歩くしかない――カッチー、キャビンをリュネから外して」

さっさと助手席から降りたクルテが、キャビンのドアを開けてカッチーに指図する。


 ここから先はまた、馬たちとキャビンは上空を行かせる予定だ……キャビンはいつもリュネに牽かせている。後部にほかの二頭を繋いで、リュネに任せた形だ。繋がないで、リュネ以外の馬とキャビンは大丈夫なんだろうか?


 キャビンから降りると、またもマデルは腰を叩いている。

「お嬢さん、ここからは歩きだって言ってましたね」

ピエッチェの傍に来て、ラクティメシッスが小声で呟く。

「今日はここまでってわけにはいかないんでしょうか?」

心配そうなラクティメシッスに、ピエッチェは曖昧な事しか言えない。


 クルテは先に進む気でいる。それには理由があるはずだ。その理由は? クルテから、何も訊いていないピエッチェに答えようがない。


「サワーフルドはすぐそこなんだが……」

「この山での野営には何か問題があるんでしょうか? もしやワイズリッヒェがまた絡んでくるとか?」

いや、それはない。が、これもまた、理由を訊かれると困る。盗んで上乗せしていた魔力は取り上げたから、なんて言えない。


 リュネの首を撫でていたクルテがニマッと笑んでピエッチェを見ると、リュネから離れてこちらに向かってきた。ブヒヒと笑ったリュネが後ろからついてきた。


 ピエッチェの横に立って見上げると、クルテが言った。

「野営場所を探しに行く」

リュネもピエッチェを見ている。鼻をブヒブヒ鳴らしているのが、なんだかクルテがニマニマするのに似ている。


「リュネに乗って? この森じゃ、いくらリュネでもキツそうだぞ」

「森の中じゃなく空。上から見て、良さそうな場所を探す――明るいうちじゃなきゃ地上が見えなくなる。早く乗って」

なるほどね。


 リュネに乗るピエッチェ、

「いい場所を見付けたら戻ってくる。なるべく近くにするから」

クルテがマデルの腰を撫でている。フッとマデルがクルテの顔を見たのは痛みが少しは引いたからか?

「うん、ありがとう」

マデルがそっと微笑んだ。


 見下ろすと、メッチェンゼ山とサワーフルド山の違いは一目瞭然だった。なにしろメッチェンゼ山の樹木は他と一線を画している。クルテがブロッコリーと言ったあの木々はワイズリッヒェを閉じ込めるのに最適だったのかもしれない。コーンレゼッチェ・メッチェンゼ・サワーフルドの三山の植生は自然のまま、せいぜい下草や枯れ枝など、山火事の防止で手入れをするだけだ。


 植林をしたという記録に覚えはない。他の二山は雑木なのに、メッチェンゼ山だけは同一種の木しかない。女神たちが植林したんだろうか?――ま、もしそうだとしても魔法だ。女神たちが木を植えるのを想像して、ピエッチェがクスリと笑う。


「何が可笑しい?」

不思議そうにクルテが訊いた。


「いや……メッチェンゼ山だけ生えている木が一種類だな」

「それって笑うようなこと?」

納得できないクルテだが、

「まぁいい――あそこにしよう。リュネ、あそこだよ。他の馬を連れてキャビンを運んで」

地上を指した。


 クルテが見付けたのはサワーフルド山に入ってすぐのところだ。木々の狭間に小さな家が建てられそうな隙間が見える。メッチェンゼ山の、今いる場所と標高はほぼ同じ、民家五・六軒分くらいの距離か?


 リュネがブヒヒと鼻を鳴らす。すぐにラクティメシッスたちが待つ場所へと降下を始めた――


 リュネにキャビンを繋ぎ直し、二頭の馬とともに先に行かせた。カッチーが不安そうに見送っている。


 抱き上げていくと言うラクティメシッスに『腰を折ってるのが辛いのよ』と答えたマデル、

「それなら魔法で運びましょうか?」

「いやよ、歩いたほうがよっぽど楽」

ラクティメシッスの申し出は呆気なく拒否された。宙ぶらりんにされるのは考えただけでも辛そうだ。腰がと言うより気持ちの問題だ。


 とは言え、そろそろと歩くマデルにラクティメシッスは付きっ切り、カッチーまでも危うんで、すぐそばで見守っている。元気がいいのはクルテ、鼻歌交じりで木立を抜けていく。


 と、急に立ち止まり、

「ここからサワーフルド」

と振り返る。


「ん?」

身の内に熱を感じて思わず唸るピエッチェ、少し後ろでカッチーが『あれっ?』と呟き、ラクティメシッスが『どうかしましたか?』と訊いている。


「いえ、やっぱり木の種類が違うなっと思って」

カッチーの言い訳にラクティメシッスが

「あぁ、そうですねぇ」

と周囲を見渡した。マデルに気を取られてそれどころではなかったのだろう。


 いま感じた熱は女神の祝福、メッチェンゼが今頃になって祝福してきたのだとピエッチェもカッチーも気付いていた。


 ニマっと笑ったクルテがポンと飛び上がってサワーフルドに着地した。一瞬の煌めきは錯覚だろうか?

「サワーフルドはオレンジの山、一年中オレンジの匂い」

クルテが例の調子っぱずれの歌を始め、ピエッチェが苦笑する。


「この山にオレンジの木はないんじゃないのか?」

「だったら植えて」

簡単に言うなよ。


 少し進んだだけですぐに開けた。

「はい、今日はここまで――リュネ~、会いたかったよぉ~」

先に到着していたリュネに駆け寄るクルテ、さっき別れたばかりだぞ? ブヒブヒ言うリュネとクルテがじゃれ合っているうちにマデルたちも到着した。するとリュネから離れて、今度はマデルに駆け寄るクルテ、

「よく頑張ったね、マデル。立ってるのと座ってるのと横になるの、どれが一番、楽に感じる?」

抱きつきながら訊いている。抱きついてるんじゃないのか? 支えようとしているのかもしれない。


 困惑したマデルが

「気分的には横になりたいけど……地面に横になったら、余計に悪くならない?」

と言えば、

「サワーフルドがベッドを用意するって言ってる」

クルテがニコニコと答える。


「サワーフルドって、この森の?」

驚くラクティメシッスに、

「ワイズリッヒェだってベッドを用意した。サワーフルドが用意できないわけないじゃん」

ケロッと答えるクルテ、

「そういうことなら、あんなお屋敷じゃなくてもいいから屋根も欲しいですね」

ラクティメシッスが笑う。


「そっか、そっか……ほかに欲しいものは?」

ニコニコ答えるクルテ、

「って、お嬢さん?」

顔色を変えるラクティメシッス、マデルが

「だったらキッチン付きで。狭くていいから」

と笑えばカッチーまで

「俺はバスルームが欲しいなぁ」

悪のりする。

「リュネたちのための納屋もあるといいですね」


 ラクティメシッスは、女神が〝要望〟を叶えると察しているが、マデルとカッチーは冗談としか考えていないようだ。

「カティは何かない?」

見上げてくるクルテに

「どうせ食材は頼んだんだろう?」

ピエッチェは苦笑するだけだ。クルテがニマッとする。


「デネパリエルからオレンジを取り寄せてくれるって」

そっと耳打ちするクルテ、デネパリエルはカッテンクリュードに隣接する街、サワーフルド山の向こう側の山麓だ。


「そんなこともできるんだ?」

ピエッチェが驚くと、

「キジを使いに行かせるって言ってたよ」

クルテがニマッとする。


 使いにって、キジを人間に化けさせるのか……そうだ、コゲゼリテでもカッチーの家の管理費をババロフに届けるのは人間に化けさせたリスって言ってたっけな。


「早く行かないと、店が閉まっちゃう」

クルテが空を見上げた。空は赤く染まっている。すぐに日没だ。

「火を(おこ)しますか?」

カッチーがラクティメシッスに訊いている。

「うーーん……その必要はないんでしょう?」

ラクティメシッスが尋ねた相手はクルテだ。


 クルテは答えない。ニマッと笑んだだけだ――


 やがて日没、それと同時に暗くなり始める森の中に段々と姿を現したのは小さな家だ。と言うか、気が付けば壁に囲まれていた。もちろんドアもあれば窓もある。五人には充分な広さのダイニングには大きなテーブルに椅子、隅の方にはシンクに(かまど)、ドアの向こうには寝心地の良さそうなベッドが並び、そのまた奥のドアはバスルームだった。バスルームにはタオルも備え付けてある。


「森の女神って、かなり人間のことを良く知っているんですね」

ラクティメシッスが感心する。


「これって、サワーフルドの森の女神が?」

戸惑うマデル、カッチーは窓の外を見て

「リュネたちの納屋もあります」

と興奮している。


 呆気にとられたまま、とりあえずダイニングの椅子に座ったラクティメシッスが、テーブルの上を凝視する。何かがゆらゆらと見え始めていた。

「食材ではなくって、調理済みか」

ピエッチェが苦笑した。


 ゆらゆらと見えていたのはクリームシチューの皿、パンのバスケット、オレンジとリンゴが入ったバスケットもある。大きめのポットの中身は当然お茶、カップも出てきた。他にもトマトの切ったものや、薄く切って焼いた肉などが並べられ、見る見るうちに大きなテーブルがいっぱいになった。


「なんだか、至れり尽くせりですね」

カッチーが呟いた時、

【これで足りる?】

頭の中に声がした。サワーフルドの声に違いない。


 カッチーがピエッチェを見、ラクティメシッスとマデルがクルテを見た。全員今の声が聞こえたらしい。

「うん、充分―――ありがとう、サワーフルド」

クルテが答えると

【ゆっくり召し上がれ。でもね、日の出とともに消えるから気を付けて】

と聞こえた。


「面白いもんですね」

ラクティメシッスが溜息を吐く。

「メッチェンゼは日没まで。サワーフルドは日の出まで……ここが現れ始めたのは日没直後ですよね? メッチェンゼは昼の担当で、サワーフルドは夜の担当なんでしょうか?」


 するとクルテ、馬鹿にしたように笑った。

「日の出と日没、新月と満月……時間を区切るのに都合がいい。時刻って概念は人間だけ」


 あぁ、そうか。そう言うことだったのか――

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