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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
20章 試練の理由

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 クルテが茹で卵を一つ、ピエッチェに寄越してくる。また殻を()けって? 仕方のないヤツだと思っていると、クルテはもう一つ手に取った。

「ラスティン、食べたきゃ自分で取って――ねぇ、どうすれば上手に剥ける?」

茹で卵を入れた椀をラステインのほうに押しやってから、クルテがピエッチェを見上げる。フフン、そう言うことなら懇切丁寧にご教示しよう。


「最初に少しだけ殻に(ひび)を入れるんだ。力加減に注意して、卵を潰すなよ。って、おいっ!」

言ってる傍から椅子替わりにしていた岩の角に叩きつけたクルテ、グチャッと潰してしまった。そりゃあ潰れるよ。椀に手を伸ばしていたラクティメシッスが、声を殺して笑っている。


 なんとも情けない顔で茹で卵を睨みつけるクルテの手から、ピエッチェが潰れた卵を取り上げる。

「おまえはこっちを食え」

自分が持っていた卵を渡し、

「これは俺が食うからいい……練習しろよ。そっと叩くんだぞ」

と言えば、慎重に卵を岩にぶつけるクルテ、

「傷も付かない」

卵の表面を見てからピエッチェを見上げた。


「少しずつ調整して、いい具合の力加減を自分で覚えるしかない」

ムスッと答えれば、卵を叩いては確かめるクルテ、それを眺めるラクティメシッスはニヤニヤしている。そのうち、自分の卵を岩肌でトントン叩きだした。転がすようにして、全体に(ひび)を入れている。


「ラスティン、上手!」

見ていたクルテが目を丸くする。おーーい、あれくらい、俺にだってできるぞ!


 鍋が出来上がる頃には三つ目の卵の殻を剥いていたクルテにマデルが

「あら、随分上手になったわね」

微笑んだ。


「うん、ラスティンにコツを教えて貰った」

「ピエッチェじゃなくって?」

「ラスティンのほうが教えるのが巧かった」

ラクティメシッスとピエッチェを見比べるマデル、居心地が悪そうなラクティメシッス、ピエッチェは見るからに不機嫌だ。


「早く鍋、食べましょうよ」

カッチーがすかさず話題を変えた。このままではピエッチェの機嫌がますます悪くなる。ところがクルテは殻剥きから話を逸らさない。やたらとラクティメシッスを褒めちぎり、これからは茹で卵は自分で剥けると嬉しそうだ。


 最初の頃はニコニコしていたマデルもそのうちウンザリして『よかったわね』と苦笑するだけ、カッチーは始めから関心を示さないようにしていた。気の毒なのはラクティメシッス、教えたのは事実、クルテを無視するわけにもいかず、だからと言って絶賛されるようなことはしていない。


 それだけでも気まずいのに、ピエッチェはムスッと黙り込んでしまった。何も悪いことはしていないと思うものの、なぜか申し訳ない気分になる。かと言って、ここでピエッチェに触れば火に油を注ぐのは明白だ。


 クルテ以外は気の重い食事を終えて、ようやく出立することになった。ラクティメシッス・マデル・カッチーがホッとする。何も言わずに(ぎょ)しゃ台に乗り込んだピエッチェ、キャビンに乗るよう勧めようとしたカッチーを止めたのはラクティメシッスだ。


「ピエッチェが以前、妬くのはお嬢さんより自分だって言ってたけど、本当のようです」

キャビンの中でラクティメシッスがこっそり笑う。そんな話、()したの? そう訊きながら、マデルが窓からクルテの様子を窺っている。


「あの()ったら、ピエッチェがイラついてるのに気がついてないみたい」

「助手席に乗り込みましたか?」

ラクティメシッスも窓の外を見るが、(ぎょ)しゃ席側だ。

「お嬢さんが隣に座ったら、自分は降りるなんて子どもじみた真似はさすがにしなさそうです」

するとカッチーが笑う。

「怒っててもピエッチェさんはクルテさんに甘々ですから――ラスティンさん、キャビンのドア、閉めてもいいですか?」

ラクティメシッスの返事の前に、タラップが貨物台に飛んでいった。


 (ぎょ)しゃ台では相変わらずニコニコのクルテ、ピエッチェが

「おまえはキャビンのほうがいいんじゃないか?」

嫌味を言うが通じない。

「カティのそばがいいに決まってるじゃん」


 ドアが閉められた気配にキャビンの覗き窓を開けたピエッチェ、

「馬車を走らせるぞ」

出立を知らせる。リュネがすぐさまゆっくりと歩き始めた。


 メッチェンゼが作ってくれた道は快適だった。両脇から延びた枝が程よく日差しを通し、心地よい秋の風が通り過ぎていく。よく見れば、道ぎわの木だけ、高さが増している。馬車が通り易いようにメッチェンゼが調整したのかもしれない。


 少しばかり進んだところでクルテが前方を指さした。キジに似た鳥が数羽、道から少し外れたところでこちらを見ていた。

「あ、あそこ! あそこにいる鳥が卵をくれたんだよ」

「ふぅん……」

ピエッチェは素っ気ない。また卵の話かよ?


「ホロホロ鳥って言うんだってメッチェンゼが言ってた。卵、美味しかったよね」

楽しそうなクルテ、ピエッチェはムッとして答えない。

「ラスティンとマデルが二個ずつ、わたしとカッチーは五個ずつ……あれ? カティは? いくつ食べた?」

いつもは先に数えて配るのに、殻剥きに夢中になって気にしてなかったよな。


「卵は十五個あった……カティ、わたしが潰した一個だけ?」

はい、おまえが潰したのは俺が食ったさ。さすがにそれは覚えてたか。


「なんで食べなかった?」

これにも答えないピエッチェ。答えられない。おまえがラクティメシッスを大袈裟に褒めたのが気に入らなかったとも、仲良さげに話しているのが面白くなかったとも、もちろん、おまえとカッチーが食べちまったんだろうとも言えない。


 さすがのクルテも様子の()しさに気が付いて

「なんか怒ってる?」

とピエッチェを覗き込む。

「怒ってなんかない!」

怒ってなんかない。怒っちゃいない……だけどイライラする。それだけだ。


 ピエッチェの声は素っ気ないを通り越して半ば怒鳴り声だ。クルテは()()()となったが、すぐに気を取り直して微笑むと

「上手に剥けるようになったって、マデルが褒めてくれたよ」

遠慮がちに言った。

「カティに剝いて貰わなくても大丈夫になった――今度、茹で卵があったら、カティの分、わたしが剥いてもいい?」

なんだよ、機嫌取りか?


「手を煩わせて、申し訳ないって思ってたんだ。自分で剥けるようになれって言われて、そうだよなぁって。だから上手に剥けるようになりたかった……いつか作ったサンドイッチ、ジャリッて音がしてたね」

あ……丸ごとの茹で卵を押し潰したサンドイッチか。

「カティは美味しいって言ってくれたけど、このままじゃダメだって思った。マデルみたいにフライとかも作れるようにいつかはなりたい」


 どうしようか迷ったピエッチェ、チッと舌打ちをする。

「別に料理なんかできなくてもいい。でも、おまえがしたいなら止めない」

どうせ料理は調理係がこさえてくれる。

「それに、あのサンドイッチは美味かった。それから……俺はおまえが俺に食べさせてくれた(かゆ)の味を忘れていない」


「粥?」

「あぁ。怪我をして寝込んでた俺に、おまえ、粥を作って食べさせてくれたよな」

するとクルテが首を傾げた。

「そんなこと、したっけ?」

おーーーーい! 例の物忘れか? 忘れっぽいってヤツか?


「あぁ、滝の裏の洞窟。あれってさ、煮込み過ぎてお粥になっちゃったんだよね」

はいっ?

「芋とかまるまま煮ちゃダメなんだってね、マデルが言ってた。スープにする時は一口大に切るんだって……なんか、ゴロゴロしてたから煮ながら潰してたらお粥みたいになったんで、面倒だから『粥だ、食え』って言った」

なんだよ、それは?


「それに……そうだ、魚を焼いてくれたりしたし」

「串に刺して焼いただけ」

「えっと、それから……」

てかさ、なんで俺、クルテを庇うようなこと言ってるんだ?


「まぁ、いい。なにしろ美味かった!」

「きっと空腹だったからだよ」

あー、そうですか、そうかもしれないね! なんだかバカバカしくなってきた。再びピエッチェが舌打ちする。


「いつも食ってる卵はあんなに硬くないぞ」

「ん?」

いきなり話を変えたピエッチェに、クルテが不思議そうな顔をする。


「さっきの卵は殻が硬かった。おまえが思いっきり岩に叩きつけたのも判らなくもない」

「そうだったんだ?」

「鶏卵の時はもっと優しくしたほうがいい」

「そっか、判った。慎重にちょうどいい力加減を探すよ」

クルテがニッコリ言った。

「やっぱりカティは優しいね」


 どんな意味で優しいとクルテは言ったのか? よく判らなかったけれど、イライラしていたのは消えていた――


 キャビンの覗き窓が開き、ラクティメシッスが顔を覗かせた。『少し休憩しましょう』と言った。歩くより馬車の方が当然早い。日没までに着けばいいと思っていたサワーフルド山はもうすぐだ。空が茜色に染まるまで、もう暫くある。


 カッチーがすぐに降りてきて馬たちの世話を始め、続いて降りてきたマデルが腰を叩いている。

「マデルはすぐ腰が痛くなるね」

クルテがそっとピエッチェに耳打ちした。


 リュネを手に入れてすぐのころ、シスール周回道の原っぱで休憩した時も、マデルは腰を叩いていた。あの時は荷馬車だった。だからだろうと思っていたが、今じゃそれなりの馬車だ。貴族や王族が使うキャビンほどとはいかないまでも……ってマデルは上流貴族のお嬢さまだった。安物のキャビンは座り心地が悪いか。


「今、どのあたりですか?」

キャビンから降りてきたラクティメシッスがチラリとマデルを見てからピエッチェに訊いた。革袋の水を一口飲んでからピエッチェが答える。


「もうすぐサワーフルド山だ――マデル、腰が痛そうだな」

「えぇ……治癒術を使ってるんですけどね。使い過ぎると後で余計に悪化するんで、そろそろ限界かなと」

「じゃあ、少し早いけど、野営の準備をするか」


 ところがクルテがもっと先まで行くと言い出した。

「この道は日没には消える。だからそれまでに端っこまで行きたい』


「この道はお嬢さんが作ったんじゃ?」

「わたしにはこんなことできない。メッチェンゼの森の女神が作った。だけど、忙しいから昼間だけって約束――道が消えたらもう馬車は使えないし、上空にあげないと動かせなくなる」


 女神の約束? 何か条件を出されたんじゃないのか? 心配になるが訊けないピエッチェ、マデルが

「道の端って、歩いてたらどれくらい?」

とクルテに訊いている。


「馬車で行けば日没に余裕があるうちに行ける。歩いてたら、着く前に日が暮れる」

「馬車で行きましょう」

即決したマデル、さっさとキャビンに乗り込んだ。


「無理そうなら途中でもいいから言ってくれ」

ピエッチェの言葉に頷いて、ラクティメシッスもキャビンに乗る。


 (ぎゃ)しゃ台でクルテがピエッチェを見上げた。

「メッチェンゼが言ってる。サワーフルドが待ってるって」


 どうやら今夜はサワーフルド山で野営することになりそうだ。

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