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「それで? ワイズリッヒェが選ばなかった、女神が森を離れる方法って?」
クルテ、おまえはそちらを選択したんじゃないのか?
「ん?」
クルテが一瞬、キョトンとする。
「それ、知ったところで今の状況になんの関わりもないよ?」
ピエッチェがそんな質問をするとは思ってもいなかったようだ。
「まぁ、知りたきゃ教える――女神が森を離れる方法は二つだけ。共通しているのはなぜ森を出るのか、目的を明確にすること。そして一つはワイズリッヒェのように、力を放棄すること。もう一つは、必ず目的を達成すると誓うことだ」
「ワイズリッヒェの目的はカテルクルストを手に入れることだ。アイツ、カテルクルストを落とせる自信がなかったってことか?」
「カテルクルストはコゲゼリテを捨てて人間の女と契った。それに……ワイズリッヒェは『命の魔法』さえ使えれば、他の魔法は使えなくなったって構わなかった」
「命の魔法?」
「永遠に生き続ける魔法……生き物を魔物に変える、例の魔法だよ」
「カテルクルストがワイズリッヒェに頷いていたら、カテルクルストも魔物にされていた?」
「ワイズリッヒェなら、そうしたかもしれないね。まぁ、無事にと言うのもヘンだけど、カテルクルストは己の生を全うした。誓いを立てず、力を差し出したワイズリッヒェは今も存在してる。人間になんか成りたくないってのもあるかも」
「人間に成りたくない?」
「ワイズリッヒェが選ばなかった方法は、目的達成後にも選択肢がある。再び精霊に戻って新しく森を創成するか、精霊の力をすっぱり捨てて人間として生きるかのどちらか……無駄話はいい加減にして、メッチェンゼのところに行こう」
歩き出したクルテ、その腕を掴んでピエッチェが引き留める。
「今、なんて言った? 精霊の力を捨てて?」
「あぁ、森を一から育て上げるのは大変だからね。いやなら人間に――」
「おい!」
クルテの言葉を遮ったピエッチェが、森の奥を見ていたクルテを自分に向かせた。
「おまえも誓ったのか? 目的が達成できれば人間に成れるんだな?」
「カティ?」
「おまえは何を目的にしたんだ? 訊かせろ。俺が――」
「落ち着け、痛いって!」
ピエッチェの腕を振り解こうとするクルテ、ピエッチェがハッとして、慌ててクルテの腕を放す。
「乱暴にして済まなかった。だけど、おまえ……」
「だけど、なに? 他者の話はよく聞け。森の女神の話をしてたんだ」
「だって、おまえは――」
「わたしは秘魔、魔物だ。忘れるな」
「でも、元もとは女神の……コゲゼリテの分身なんだろう?」
「あぁあぁ、今さら否定しない。コゲゼリテが人間の男の命を取り込んで、わたしを誕生させた。人間でも精霊でもない、それが元もとのわたし」
「逆を言えば、精霊でも人間でもあるんだろう? 精霊は森を出られないはずじゃないのか?」
「だから! よく聞け。元もとはそうだった。だけど、唆魔を封印するために、わたしは魔物になった。そう話したじゃないか」
「おまえは今でも精霊の魔法も人間の魔法も使えるじゃないか」
食い下がるピエッチェに、クルテが舌打ちをする。
「まったく、面倒な……確かにカティの言うとおり、魔物になる前のわたしは森から気安く出られない存在だった」
「だけど森を出た。どの方法で森を出たんだ?」
「急かすな――気安くって言ったのは、出ようと思えば出られたが制約があったからだ。森から出るのはそんなに難しいことじゃなかった。わたしは人間の部分もあったから、他の精霊とは違ったんだ」
「でも出られない? 矛盾してる」
「森から出たら、次の満月までには森に戻らなきゃならない」
「あれ? それっていつかカッチーが?」
「あぁ、ギュリューで観たお芝居がそんな話だった。でも、あの話はわたしとは無関係だ。なにも精霊と人間の恋はコゲゼリテに限ったものじゃない」
それで、だ……とクルテが続けた。
「ザジリレンに一緒に行こうと誘われ、十日で戻って来れるならと答えた。満月までは十二日あった。十日もあれば充分だって言うから、着いていくことにした」
誘ったのはゴルゼか……そんな疑問をピエッチェは飲み込んだ。訊くまでもない。
「で、グリュンパの宿で襲われたが運良く逃げて、コゲゼリテに逃げ戻った――母さまに酷く怒られた。あれほど人間の男に気を許すなと言ったのにってね。自分はカテルクルストに全てを許したくせにって思ったよ」
白けた笑いを見せるクルテ、ピエッチェが疑問を今度は口にした。でもそれは、本当に訊きたいことではなかった。
「なんでザジリレンに行こうと思ったんだ?」
どうしてゴルゼに気を許したんだ? 本当はそう訊きたかった。その時のゴルゼがどんなだったのかを知らない。ひょっとしたら、ゴルゼに惹かれる部分もあって、クルテはゴルゼについて行ったんじゃないのか? 気を許した、その言葉に引っ掛かりを感じたピエッチェだ。
「母さまが世界の全てだと言ったカテルクルストに会いたかった」
「えっ?」
「それに、わたしの半分はカテルクルストだって母さまが言った――ザジリレンに行きたい、カテルクルストに会ってみたい。そう願ったわたしに、精霊が森を離れる方法を教えてくれたのは母さま。だからわたしは誓いを立てて森を離れた」
ゴルゼをどう思っていたかを訊けなくなった。訊くだけ無駄だ。クルテはゴルゼなんかどうでも良かった。相手が誰だろうと、結果は同じだった。それよりも……
随分前に『ピエッチェは世界の全て』だとクルテが言った。そのクルテはコゲゼリテから『カテルクルストは世界の全て』と聞かされていた。どんな意味でコゲゼリテはクルテにそう言い、どんな思いでクルテは俺にそう言った? いやそれよりも、どうして俺を『世界の全て』だと思うようになったのか? それが気になる、重要なことだ。
「で、カテルクルストには会えた。誓いは果たされ、わたしは精霊でいることを望んだ」
「あ? いや、うん。で、精霊になった?」
考え込んでいたピエッチェが慌てて取り繕えば、クルテがクスッと笑った。
「結局、ゴルゼに追い詰められて魔物になるしかなかったけどね――さぁ、今度こそ無駄話は終わり。メッチェンゼをほっとけない」
「あぁ、うん……」
メッチェンゼが潜む木に向かうクルテ、ピエッチェもすぐに後を追う。ワイズリッヒェがいないうちにメッチェンゼを解放したい。気持ちを切り替えようと、ピエッチェが深呼吸した――
目指す木の前に着くと、すぐさまメッチェンゼが姿を現した。
「随分と長い無駄話だったね」
クスクス笑っている。どうやらピエッチェとクルテの話は筒抜けだったようだ。だけど、なんかヘンだ。コイツ、本当にメッチェンゼか?
「懐かしい話が聞けて楽しかったわ」
フンとクルテが鼻を鳴らす。
「昔の話はどうでもいいよ、メッチェンゼ――なんでワイズリッヒェなんかにやり込められた?」
メッチェンゼで間違いないようだ。
でも、ほかの森の女神から感じた強い魔力をコイツからは感じない。女神にも格があるらしいから、メッチェンゼはグッと下なんだろう。
「本当にねぇ……せめて森の息吹を感じていたいから、屋敷の中に森を作って欲しいって言われたの。つい同情しちゃって屋敷の中に入ったのが間違いだったわ。領域魔法は使えないはずだからって油断し過ぎちゃった」
ペロッと舌を出すメッチェンゼ、今まで遭遇したどの森の女神より軽い性格なんじゃないのか? 魔力が弱いから性格が軽い……なんて事はないだろう、うん。
「ワイズリッヒェの気配が屋敷から消えてるのは?」
「あら、判ってて聞いてるよね? 安眠できる場所が欲しいって言うから、寝室の地下に結界張って魔法封じしてあげたわ」
クルテの想像、天井裏の真逆ですか?
「それにしても、あんた、カテロヘブちゃんでしょ? カテルクルストにそっくりねぇ」
まだ何か訊きたそうなクルテを無視して、メッチェンゼがピエッチェに話しかけてきた。それにしてもカテロヘブちゃん? やっぱこの女神、軽すぎないか?
「あぁん、もう! カテルクルストよりもいい男かも。いーや、カテルクルストのほうがいい男だったかな? ま、どっちでもいいや」
あー、そうですか!
「あ、そうそう、忘れてた。えいやっと!」
なんの掛け声だよ、と思うと同時に身体の芯に熱を感じた。女神の祝福だ。
「これで三度目になるわ……生まれた時、魔法封じ・魔物封じの魔法が使えるようになったお祝い、で、今。カテロヘブちゃん、あんた、これで不死身よ。なぁ~んっちゃってね、不死身ってのは冗談。あんたには誰も魔法を掛けられない。人間はもちろんのこと、魔物も精霊も、あんたに魔法を掛けようたって効力無効。たぶんね」
たぶんなのかよっ!?
クルテが頭を抱え、
「相変わらずだ……」
と溜息を吐く。メッチェンゼが
「なによっ、小娘が! あんただって相変わらずじゃないの。七百年経っても未だ痩せっぽちで貧相」
フフンと鼻で笑う。
ひょっとしてクルテ。おまえ、七百年前から女神たちに、貧相だって虐められていたのか? それじゃあ『貧相』って言葉に敏感になるわな。
クルテが疲れた声で言う。
「いいよ、貧相でも。カテロヘブは貧相なほうが好きだから」
いや、そんなことは言ってない。でも、あえてここでは否定しないでおく。
メッチェンゼがピエッチェをチラリと見て笑う。
「あらまぁ……やっぱりカテルクルストの血ね。優しいこと」
優しさは関係ない。単に俺はクルテを貧相だなんて思ってないだけで、違う、そうじゃない。貧相だろうが豊満だろうがどっちでも、じゃない。どうでもいいだけだ。どんなクルテだろうが好きなだけだ。って、言うかさ!
「そんな話をしにここに来たのか?」
内心の動揺を押し殺してピエッチェが言った。
「メッチェンゼを『昼のメッチェンゼ』から解放するために来たんじゃなかったのか?」
「あら、嬉しい!」
喜色を示すメッチェンゼ、やはり閉じ込められてるのはイヤなもんだよな、と思うピエッチェ、
「王さまに助けられるなんて、お姫さまみたい! 人間たちが知ったら、お芝居にして楽しむでしょうね!」
メッチェンゼの一言で、やる気が一瞬で失せる。クルテを引っ張って、無駄だと知りつつ耳元で囁いた。
「コイツ、助けが必要か?」
きっとメッチェンゼにも聞こえているだろう。
クルテもメッチェンゼをチラリと見て言った。メッチェンゼは楽しそうにニコニコしている。
「このままだと、わたしたちもこの空間から出られない」
あ、その問題があったか……って、
「メッチェンゼを解放したら、俺たちもここから出られるってことか?」
ピエッチェの問いに、
「メッチェンゼに確認しないと判らない」
答えたクルテがピエッチェから離れてメッチェンゼに向き合った。




