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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
20章 試練の理由

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 やっぱりワイズリッヒェはクルテを察知しているのか? それとも思い直して、自分も食卓に着く気で椅子を出したのか?


 困惑するピエッチェ、クルテは立ち上がると出された椅子に移った。ピエッチェの左手がサッと動いてクルテの右手を掴む。

「意地悪で、わたしには椅子がないのかと思った」

クルテの小さな声、独り言だ。左手で次のサルナシを取ると嚙り付いた。右手はテーブルの下でピエッチェの手を握り返していた。テーブルにはクルテの分の食器も出ていた。


 ラクティメシッスとマデルが見交わし、不安そうにピエッチェを見た。カッチーはオドオドとクルテとピエッチェを見比べている。


「カテルクルストの息子から離れたと思ったら……」

ワイズリッヒェがニマッと笑んだ。

「なんのことはない。手は握りあったままか」

なぜか悔しそうだ。


「姫は左利きか? 放してやったらどうだ? 食べずらそうだ」

姫? クルテのことだろうが、なぜ姫? まぁいい、若い女を姫と呼ぶのは良くあることだ――ワイズリッヒェは俺とクルテを引き離そうとしているらしい。クルテが手に力を込めたのを感じる。


「それにしても……姫がカテルクルストの息子に夢中なのかと思ったら、息子のほうも姫に夢中か。そんな痩せっぽちのどこがいい?」

ワイズリッヒェが嘲り笑う。ピエッチェが先に手を握ったのを、しっかり見ていたのだろう。クルテは表情を変えることなく、サルナシを食べ続けている。


「初めての快楽に目がくらんだか?」

ギョッとするのはピエッチェではなくラクティメシッスやマデル、カッチーだ。ラクティメシッスはブッと吹き零し、マデルは固まり、カッチーはスプーンを落としてしまった。ホホホとワイズリッヒェが高笑いする。


「快楽に酔いしれるコゲゼリテの顔が思い出される――どうだ、姫、おまえもあんな顔をするのか?」

これにはピエッチェもムッとする。が、ギュッとクルテに手を握られて、抗議するのを思い(とど)まる。


 ワイズリッヒェを睨みつけたのはカッチーだ。『コゲゼリテ』が出てきたからだろう。だが、こちらもムッとしただけで何も言わない。


 クルテが『母さま』と呼ぶコゲゼリテの森の女神の相手はカテルクルストだ。ワイズリッヒェは男の名をはっきりと言っていないが、話の流れから行けば間違いない。


 あれ? はっきり名前を言わないのはそれだけじゃない。俺のことを『カテルクルストの息子』と言い、ラクティメシッスを『カテルクルストの兄の息子』と呼んだ。


 屋敷の前で『カテルクルストの息子が腹を()かせている』と言ったのはカッチーのことだ。『もう一人の』と言われなくて助かった。ドキリとしたが、マデルは俺のことだと思ってくれたし、カッチーもあの様子なら自分のことだと気づいていない。ラクティメシッスは……ひょっとしたら何か勘付いているかもしれない。


 コゲゼリテの女神の名は口にしたが、クルテのことは『姫』と呼んだ。精霊だの『なりそこない』などと言われたことはあるが『姫』と呼ばれたことはなかった。クルテの正体に気付いていないのはマデルだけだろうから、そう呼ばれても困りはしない。こうなったら、ラクティメシッスには開き直ってやる――だけど、この状況でマデルを動揺させたくない。それもあって、クルテは姿を隠したんだと思ったが違った。それじゃあ、クルテがしゃべらない理由は?


 ワイズリッヒェに知られないよう、相手をするなと俺たちに伝えるためか?


 ピエッチェたちの動揺にワイズリッヒェがニタついている。

「どうした? それとも満足していないのか? 顔は父に似ているが、男としては役立たずか? 姫にあんな顔はさせられないようだ」


 ラクティメシッスたちの手は止まっている。そりゃあそうか、こんな話をされて食事どころじゃないだろう。食欲が失せてしまう。マデルの目が泳いでいる。カッチーは(うつむ)いている。ラクティメシッスの瞳は怒りの色を見せている。


 クルテは……再びサルナシの皿に伸ばした手を途中で止めた。肩が震えている。怒り? 違う、笑っている。

「ワイズリッヒェ、言いたいことははっきり言ったらどうだ?」

伸ばしていた手をテーブルに降ろしてワイズリッヒェに視線を向けるクルテ、笑いを引っ込めたワイスリッヒェが

「言いたいことは言っている」

ツンとクルテから顔を背ける。


「そうかな? おまえ、わたしにさっきなんと言った? それをここに居る全員に聞かせたらどうだ?」

そうか、クルテは頭の中でワイズリッヒェと交信していたのか。アイツが何を望み、なぜあんなことを言っているのかを知っている。


「わたしに言わせればワイズリッヒェ、おまえはただの色ボケだ」

クッと失笑したのはラクティメシッス、マデルとカッチーは目を丸くしている。


「貸せと言われて貸すもんか。そもそも貸し借りするもんじゃない」

「ケチ臭いことを……減るものでもなかろう!」

ワイズリッヒェの顔が赤みを帯びる。作り物の身体でも、血は巡っているらしい。そして感情に反応してしまうらしい。まぁ、クルテだってそうだ。


 クルテがふうっと溜息を吐く。

「ものじゃないから、貸したり借りたりできない――コゲゼリテの(ねや)ごとを覗き見して羨ましかったようだけど、あんたにコゲゼリテの味わった喜びは味わえない」

「コゲゼリテが特別だったとでも言いたいか!?」

「あぁ、特別だったよ、カテルクルストにとってね。そしてコゲゼリテにとってカテルクルストは特別だった」


 ワイズリッヒェがフンと笑う。

「何が特別なもんか! カテルクルストは人間の女のもとに行ったきりだ。コゲゼリテが特別なら、なんで戻って来なくなった?」


 コゲゼリテの相手はカテルクルストで間違いない。そして伝説の王子はカテルクルスト――森の女神と愛し合ったが周囲に負けて人間の女を娶った。


「カテルクルストは人間だった。人間は一人では生きていけない。そしてコゲゼリテはそれを理解している。たとえ添えなくても、カテルクルストはコゲゼリテを忘れたわけではないし、コゲゼリテもカテルクルストを忘れはしない」

「あぁ、どれほどコゲゼリテは馬鹿なんだか? 自分の娘を剣に変えてまで、あの男を守らせている」

グレナムの剣はやはり女神の娘か。


「だが姫、それなら(われ)がカテルクルストの息子の特別になればいい」

「ふぅん……特別になるにはどうしたらいいか、知っているのか?」

「知れたことを。交尾の仕方など知っている」

「コゲゼリテを覗いていたからか? 交尾するだけでは特別になど成れない」

「我を騙そうとしてもその手に乗るか」


「コゲゼリテがあれほどの喜びを得たのはカテルクルストを愛していたからだ。カテルクルストもコゲゼリテを愛した。身体だけではあの喜びは得られない、心が喜びに満たされたからこそのものだ――ワイズリッヒェ、おまえはカテルクルストやその息子を愛してなどいない。自分のものにしてみたいだけだ。だから、どんなに頑張ったところで、コゲゼリテの喜びを理解できないし手に入れられない」


「愛だと、心だと? そんな移ろいやすいものが特別なものであるはずがない」

「あぁ、確かに移ろいやすい。その移ろいやすいものが揺るぐことがなければ特別になる」


 ワイズリッヒェがハッとして、ムッと押し黙る。が、すぐに嘲笑を浮かべた。

「そうとも、身体に血が巡る限りコゲゼリテを愛すると、カテルクルストは自分の血に誓った。だからカテルクルストの血脈は等しくコゲゼリテの祝福が与えられている――それで? カテルクルストの息子は何に心を誓った?」


 クルテ、なんと答える? 俺はまだ誓っていない。


 タスケッテの森の女神が『誓うものを間違えるな』と言っていた。あ……『同じ轍を踏むな』とも言われたんだった。うぅ、夢だと思ったから、細かいところまで覚えていない。誓うものを間違えるとどうなるんだった?


 正解が血じゃないのは覚えてる。血に誓ったのが間違いだとしたら、その結果はどうなった?


「そんな大事なこと、教えられるか」

クルテがニマッと笑ってワイズリッヒェに答えた。

「そんなことより、わたしたちをもとの世界に戻す気になったか?」

ワイズリッヒェが悔しげに、

「我をここから出す方法をまだ聞いていない」

と答える。


 でもヘンだ。タスケッテの森の女神を思い出したついでにもう一つ思い出した。女神たちは情報や感情を共有している。だったらワイズリッヒェには、クルテの記憶が筒抜けなんじゃないのか? あ、違った。クルテは女神じゃない。純然たる女神の娘でもない。それに娘たちは同じ女神の分身同士での共有だ。


「まぁ、いい。今はさっさと食べろ。食べ終わったら、寝床に連れて行く」

「火を消せば元に戻るんじゃ?」

「おまえたちのペースに合わせて居たら、朝になる」

「昼間、寝ちゃダメ?」


 ワイズリッヒェがムッとする。揚げ足を取られ、ムカついたのだろう。

「いいからさっさと食え。ベッドを用意してやる」


 いきなり食物を消す気はないらしい。危害を加えないというのは信じてもよさそうだ。願えば次々にいろいろなものを出してもくれた。持て成してくれていると言ってもいい。だからって、この空間から解放するかどうかは別と言ったところか。


 クルテが残りのサルナシを数え、全員に三個ずつ配った。マデルが皿にキジ鍋を装ってクルテの前に置き、ラクティメシッスとカッチーは食事を再開する。ニマッとしたクルテ、ピエッチェの右手を引いて自分の手の左右を交換して右手にスプーンを持った――


 火が消えると屋敷の廊下が現れた。森に現れた廊下は壁があるわけでもなく、宙に浮かんでいるかのようだ。ギュリューの、三階建てだと思っていた宿の、四階の屋上テラスに出て振り返った時の景色を思い出す。青の部屋の、空に浮かんでいるように見えた。ここは空ではなく森だ。


 その森も、全員が廊下に足を踏み入れると同時に消えた。ワイズリッヒェはどんどんと、玄関の()のほうへと進んでいく。この廊下は『昼のメッチェンゼ』で行き止まりか。


 玄関の()まで戻ったら、今度は右の通路を行くしかない。階段はなかったし、扉もなかった。


 向こうにはどんな空間が待っているのだろう? まさか『夜のメッチェンゼ』なんてことはないよな? ベッドを用意するとワイズリッヒェは言った……森の女神はベッドなんか使いそうもない。でも、知らないってことはなさそうだ。どうせなら、ちゃんとしたベッドを出してくれ。ここしばらく野営ばかりだ。なんて、甘い考えはやめておくか。


 思った通り、玄関の()を通り抜け、右側の通路に入った。左側とほぼ変わらない。左右は壁、どこか違っていたって判らない。


 どこまで行くんだろうと思っているうち廊下は行き止まり、正面に玄関扉と同じくらい大きなドアが見えた。

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