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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
20章 試練の理由

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 広い玄関の()は燭台があるわけでもないのに(ほの)明るい。ほかの部屋に続く通路が左右一対、階段はない。外観通り平屋らしい。ワイズリッヒェは左側の通路の前でこちらを見ていた。


「人間が何を食すか、(われ)が知らぬとでも?」

ニンマリとした笑みを見せた。

「この空間で火を使うことは許されていない――人間は不思議だ。そのままで美味なのに加熱したがる」

生肉を食わせる気か?


 真っ直ぐな廊下は壁があるきり、ただ真っ直ぐに続いている。気が付くと足元に影がない。そうか、暗さを感じず見えているけれど、ここは『照らされて』いるわけじゃない。なにしろ光源がない。だから影もないんだ……


 初めての曲がり角でワイズリッヒェが歩みを止めた。

「この先はメッチェンゼ、昼の森だ」


 昼の森? なにが言いたい? と思いながら角を曲がると、急に周囲が明るくなった。同時に様々な音が聞こえ始める。鳥たちの囀り、葉擦れの音、小川のせせらぎ……足元は木張りの床なのに一歩踏み出せば雑草が生い茂っている。さらに行けば中低木が並んでいて、木漏れ日が輝いている。見上げれば青空も見えた。太陽は中天に座している。


「幻影なんか見せてどうする気だ?」

ピエッチェが唸る。が、幻影じゃないと判っていた。フン、とワイゼリッヒェが鼻を鳴らした。


「この息子は心と裏腹なことを言うのが好きなようだ。幻影ではないと察しているのだろうに――ここはまた別の空間『昼のメッチェンゼ』だ。ここから先はどこまでもメッチェンゼ山が広がっている。そして、やはりこの空間から出ることは叶わず、人間の魔法は使えない」


「同じ時間が流れているのではなかったのですか?」

ラクティメシッスの問いに、ワイズリッヒェがニヤリと答える。

「同じ時間が流れているとも。ただ、この空間はいつまで経っても『昼』のまま、日の出だろうが昼、日没だろうが昼、もちろん真夜中だろうとも」


「どうしてわたしたちをここに?」

続くラクティメシッスの問い、

「この空間でなら火が使える……火打石の匂いがする。火を使いたいのだろう?」

ワイズリッヒェにニヤリと見られ、カッチーが縮こまる。


「食材は探せ。ここは昼のメッチェンゼ、鳥もいれば小動物もいる。植物たちは今の季節の実りをくれる」

「ここには季節があるのか? 夜はないのだよな?」

「カテロヘブの息子にして、ザジリレンの〝正統〟な国王よ……ここに夜はない。が、時はある。季節は巡る」

「夜がないのに鳥や獣たちはいつ眠る?」

()しなことを言うな。昼であろうと眠れないわけではない。おまえとてそうだろう?」

片頬で笑うワイズリッヒェ、ピエッチェがムッとする。コイツ……雷鳴に妨げられた睡眠を昨日の昼間、取り戻したのを知ってるのか?


 動き出したのはマデルだ。

「取り敢えず、本当に火が付くか試そう――薪になるような枝があるかしら?」

雑草が生い茂る中へ踏み込んで行く。慌ててラクティメシッスがそれを追う。ピエッチェとクルテ、そしてカッチーも雑草を踏んだ。


「えっ?」

小さな叫び声はマデル、すぐ後ろにいたラクティメシッスが前に出てマデルを背中で庇う。

「怯えることはない」

ワイズリッヒェの声、

「薪が欲しいのだろう? それを使え。ここで乾いた枝を探しても無駄だ」

組み上げられた薪が出現していた。


 出現したのは薪だけじゃない。いや、出現したというよりも消失か? ピエッチェたちが立っているあたりは雑草の原っぱだが、それがあるのは森の中だ。今までいたはずの屋敷の廊下が消えてしまった。


 結局ここに閉じ込められた? 望めば戻すと言ったのは嘘か? じりじりとしたものを感じるが何も言わないピエッチェ、条件があったと思い出す。ワイズリッヒェをここから出すにはどうしたらいいのか、それをまだ教えていない。


 ラクティメシッスが、

「わたしたちを出してくれる約束は?」

怖い顔でワイズリッヒェを睨みつける。ホホホ、とワイズリッヒェが笑った。


「カテルクルストの兄の息子よ。その美しい顔は母の血か? カテルクルストの息子と違い、父親に似なかったようだ……おまえたちが『森の女神』と呼ぶ我らは偽りを言わない。知っているはずだ――火を使うために空間は閉ざさねばならない。火を消したら、屋敷の廊下が現れる。いつ消すかはおまえたち次第」


 そうとも、女神たちは偽りを言わない。そして約束は違えない。だが……もしも条件を達成できなければ、絶対に約束を果たしてはくれない。約束は女神を呪縛するものではなく、人間を縛り付けるためのものだ。そもそも女神が出す条件は、必ず達成できるものだけとは限らない。果たされることのない約束が結ばれ、それでも()()はどうにかしたいと藻掻き苦しむ。


 マデルに促され、カッチーが積み上げられた薪の前に屈みこむ。相変わらず魔法は封じられたままだ。組まれた中には焚きつけに仕えそうな枯れ草が入れられていた。至れり尽くせりと言ったところか……カッチーが枯れ草を薪の上に出して、火打石を手にした。


「あとは食材ね」

そう言ってマデルが、ピエッチェの腕にぶら下がっているクルテを見た。が、クルテは黙ったまま首を横に振った。


「ん? えっと――」

「森に入れば何か見付かるんじゃないかな?」

クルテに何か言おうとするのを遮って、ラクティメシッスがマデルの手を引いた。

「えっ? ちょっと、ラスティン?」


 火のついた枯れ草を、組まれた薪の中に落としてカッチーが立ち上がる。チラッとクルテを見たが、すぐに視線をピエッチェに向けた。

「鍋もケトルもない。湯は沸かせませんね」


 すると今度はテーブルがすぐそこに現れた。上に鍋とケトル、皿にカップ、フォークやスプーンもある。鍋とケトルはさすがに鉄器、だが食器類は木製だ。そして鍋とケトルは一つずつ、食器は……四人分だ。それを見てカッチーがニヤリと笑った。


 クルテは屋敷に入ってから、一言もしゃべっていない。ピエッチェの腕にしがみついたままで、うっとおしいと思ったが不安なんだろうとピエッチェは何も言わなかった。


 クルテが、自分に話しかけようとしたマデルに首を振ったのは『話しかけるな』との合図、ラクティメシッスはすぐに察してマデルを連れて行った。カッチーも気が付いている。そして食器類が四人分――ワイズリッヒェはクルテを認識していない。


 考えてみれば、ピエッチェが『五人とも』元の空間に戻せと言った時、ワイズリッヒェが首を(かし)げたのは四人しか認識していなかったからだ。しかしこれで、クルテを森の女神もしくは女神の娘ではないと言えなくなった。


 ラクティメシッスとマデルは魔法を封じられた。その魔法は()()の魔法だ。そしてワイズリッヒェは自分の森を離れたとはいえ森の女神、それに対抗できるのは女神の魔法、クルテは女神の魔法を使い、ワイズリッヒェから自分を隠した。


 クルテもやはり人間の魔法は使えなくなっているんだろうか?……クルテは女神と人間、そして魔物の魔法が使えるはずだ。人間の魔法は使えなくても、女神と魔物の魔法が使えれば、ワイズリッヒェに勝てると見込んでいるのだろうか? しかし魔物の魔法は女神の魔法より劣位、通用しないかもしれない。


 人間・女神・魔物……そうか、クルテはすべての魔法が使えるってことだ。今さら気が付くピエッチェだ。


 雑草の原っぱの端っこで、ワイズリッヒェはピエッチェとカッチーを見ていた。若い女の姿、黒髪に白い花を飾り、若草色の裾の長い服を着ている。袖はなく、上から下までストンとした服だ。細い腕はいくぶん長く感じる。まぁ、他の女神と同じように、美しい容姿だ。


 クルテがマデルから話しかけられるのを避けたのは、ワイズリッヒェに疑わせないためだというのは判る。だが、屋敷の外では話していた。屋敷に入らなかったと思わせたいのか?


 ラクティメシッスとマデルが実をつけたサルナシの(つる)を持って戻ってきた。

「このところ、なにかと言うとサルナシです」

ラクティメシッスが苦笑する。

「それにしてもテーブル? 鍋もあるし……魔法が使えるようになったわけでもないのに?」


「ワイズリッヒェからの差し入れだ」

吐き捨てるように言うピエッチェ、もっとも助かっていることは否めない。カッチーが、

「ついでに(さば)いたキジ肉でも差し入れてくれるといいんですけどねぇ」

と笑う。すると、テーブルに新たに大きな木の皿が現れた。乗せられているのはぶつ切りにされた肉、きっとキジだ。


 ラクティメシッスがニヤリと笑う。

「わたしは串に刺した魚がいいな。塩焼きにします」

またも現れた皿には、串に刺した魚が乗せられている。マデルがニヤッと笑い、

「わたしはバナナが欲しいなぁ」

と言った。だが、バナナは現れなかった。


「欠品中なんだろうよ」

ピエッチェが笑いを噛み殺す。遠くから聞こえたのは不安げなワイズリッヒェの声だ。

「バナナとはなんだ?」

と言っている。なるほど、知らなければ出しようもない。


 キャベツ・タマネギ・ニンジン・ジャガイモを一口大に切った状態で出して貰った。塩と胡椒は何も言わないうち、いつの間にか数種のハーブとともにテーブルに乗せられていた。串刺しの魚は炎の傍に立て、他の食材は鍋に放り込んで水を注いだ。さてどうやって火に掛けようかと焚火を見れば、積まれた薪の横に鍋が置けるよう石が積まれていた――


 鍋が煮える頃にはレードルさえ用意された。

「一緒に食べませんか?」

ラクティメシッスがワイズリッヒェに声をかける。食材はワイッズリッヒェが用意した……食材どころじゃない。料理器具や調味料も、彼女が用意したものだ。自分たちだけで食べるのは気が引けたんだろう。


「我らは食することはしない――おまえたちに見えているこの姿は()()()()……作り物だ」

「作り物?」

「見えなければ人間は不安になる。だから人間たちに『判り易い』姿を作っているに過ぎない。我らは、そうだな、人間の言う精神だけで存在するものだ」


 出会った時のクルテの言葉をピエッチェが思い出す――わたしには実体がない。いわゆる精神体ってやつだ……それと同じか。


 戸惑うピエッチェを無視して、クルテは強引にピエッチェの膝に座った。何も言わずにサルナシを食べている。数えることもしなかった。


 いつもなら文句を言いそうなマデルも見て見ぬふりをしている。食器や椅子の数を見て、クルテが隠れていると気付いたらしい。それともラクティメシッスがサルナシの蔓を引っ張りながら耳打ちしたか?


 ピエッチェの腕に隠れて、ワイズリッヒェにはサルナシが消えていくのは見えないだろう。でも本当に? 森の女神はそんなに間抜けだったか?


 急に不安になるピエッチェ、どこの森でもクルテはすぐに森の女神を察知した。ってことは?


 ピエッチェの横に椅子が一脚、追加された――

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