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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
20章 試練の理由

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 マデルが言うとおりだ。ワイズリッヒェを説得できる自信なんかない。だからって、みんなを危険にさらせるか?

「ワイズリッヒェが呼んでいるのは俺だけだ。一人で行く」


「ダメっ! 行かせない! 行きたくないんでしょう!?」

クルテが叫び、ピエッチェにしがみつく。


「うん、気が変わったんだ――一人で行ってみたくなった」

「カティが行きたいなら、わたしも一緒に行く。本当は行かせたくない。でも行きたいならわたしも行く」


 マデルがそっと微笑んだ。

「わたしたちだって、ピエッチェを一人で行かせないわ。ねぇ、ラスティン?」


 ラクティメシッスもマデルと同意見だ。それはカッチーだって同じだ。

「当然です。大事な同盟国の、大事な国王です。そして大切な友人です――カッチーにとっては(だい)(ある)でしたね?」

(だい)(ある)で尊敬する師匠、俺にとって人生の指標です。どこまでもついていくと決めました。一人でなんか行かせません」


 マデルがニッコリ笑ってピエッチェに言った。

「諦めなさいな、ピエッチェ。あなた、国王でしょ? (とも)も連れずに一人で出歩いちゃいけない。わたしたちを連れて行きなさい――それにわたしたち、きっとあなたよりよっぽど交渉上手よ」


 それでもピエッチェは煮え切らない。

「でも……アイツは俺かクルテのどちらかって言ったんだ。みんなで行ったらワイズリッヒェはそれだけで怒らないか?」

これにはクルテが

「最初はワイズリッヒェ、そんなところはやめて屋敷で寝たらいいって言った。五人くらい寝る部屋はあるって」

ピエッチェを見上げる。


「じゃあ、決まりね――行くわよ」

ピエッチェの答えを待たずにマデルが歩き出し、ニヤニヤとラクティメシッスがそれに続く。もちろんカッチーもだが、ニヤニヤしてはいない。怖い顔でピエッチェを見ている。


「カティ?」

ピエッチェを見上げるクルテ、涙で瞳が潤んでいる。ピエッチェが見ると、抱きつく腕に力を込めてきた。突き放さなくてはいけないのに、それができない。胸が熱く締め付けられる。


 ギュッとクルテを抱き締めてから、ピエッチェが最後の足掻きを口にする。

「おまえも行け……俺は少し遅れてから行く」


 カティと離れれば、他の人は領域から出す――ワイズリッヒェがそう言ったとクルテが言っていた。ラクティメシッスたちは俺から離れ、屋敷に向かっている。クルテも俺から離れれば、きっとメッチェンゼ山の景色が戻る。


 ピエッチェの身体に回されたクルテの腕に力が籠る。

「カティの考えてることなんか、心が読めなくても判る。だからわたしはこの腕を放さない――放して欲しいならお願い、手を繋いで。ラスティンたちに追いつくまで放さないで」


 ふと屋敷の方向を見るとラクティメシッスたちが立ち止まっている。待ってくれていると思った。カッチーは怖い顔のままだ。きっとクルテと同じ危惧を抱いていて、ピエッチェを注視している。


「見られてる……」

ポツリとピエッチェが言った。

「えっ?」

聞き返すクルテ、さらに腕に力が籠った。


「そんなにきつく抱きついたら、息が苦しいぞ」

「腹で呼吸しなければいい。胸に吸い込め」

「それもそうだな」

ピエッチェがニヤっと笑う。息が苦しいなんてことはなかった。

「さっきは済まなかった。痛かったよな? おまえを行かせたくなくて、つい思いっきり抱き締めちまった」

これが言いたかっただけだ。


「とにかくしがみつくな。放せ」

ピエッチェの手がクルテの腕を剥がそうとする。抵抗されても無視してクルテの腕に触れる。二の腕から手の方へと撫でるように滑らせていく。


「こっちの手か? いや、違うな、これじゃあ右と右だ。左右別の手じゃなきゃ、どちらかが後ろ向きになる……おまえはやっぱり、俺の左側がいいんだろう? まぁ、いいや。左腕は後ろに回らない。繋ぎ直すしかないな」

ブツブツ言いながら、ピエッチェがクルテの手を探る。


 ピエッチェの腕の動きを(いぶか)るクルテ、

「カティ? 繋ぎ直すって?」

それには答えないピエッチェ、クルテから目を逸らしてムスッと、しかも早口で言った。

「みんなが見てるのに手を繋いで歩くのは小恥ずかしいけど、まぁいいか。抱き合ってて良く言うよって思ってるか? でもな、これは特別だ。なにかなきゃあこれからも、()まえで腕を組んだり手を繋いだりなんかしないから……行くぞ、みんなが待ってる」

力が抜けたクルテに解放されたピエッチェが、掴んでいたクルテの右手を左手で包み込む。クルテがニッコリ笑んだ――


 近づいたら遠ざかる……なんてこともなく、屋敷まで十数歩ほどのところまで進んだ。

「見れば見るほど立派な屋敷ですね」

ラクティメシッスの苦笑は皮肉ではなかった。


 大きさをだけでなく、使用された建材は見るからに高級品、いたるところに凝った彫刻が施されている。それが磨き込まれ艶々と鈍い光沢を放っている。埃を被っているようなこともない。

「手入れが大変だろうな。何人の召使がいることやら」

ピエッチェが呆れて言えば、ラクティメシッスが鼻で笑う。


「召使い? 居るんでしょうか?」

「魔法で維持してる?」

「そう考えたほうがいいのでは? そもそもこの屋敷、実在するかも怪しいんですから」

「取り敢えず、周囲を見てみるか?」

「そんな余裕はなさそうですよ?」

ラクティメシッスが俄かに緊張し、マデルを後ろ手に庇う――屋敷の玄関扉がゆっくり開き始めていた。


 両開きの扉の前は半円形の広いテラス、やはり半円形に続く階段は七段、金持ちの屋敷に多い造りだがザジリレン風ではなくローシェッタの仕様だ。けれどローシェッタ風と言い切れないのは、屋敷が木造だからかもしれない。ローシェッタでは石材をふんだんに使う。この屋敷はテラスや階段までもが木材だ。


 外開きの扉が完全に開く。が、扉を動かした人影はない。

「こっちの魔法は封じておいて、自分は使い放題ですか」

ラクティメシッスの苦笑い、今度は皮肉だ。


 (ほの)明るい内部はどうやら玄関の()、その奥から若草色の人影が近づいて来る。窓で手招きしていた女だ。


 女はテラスに一歩踏み出すと動きを止めて、ピエッチェたちを見渡した。そしてニマッと笑んだ。

【立ったままでどうした? さっさと中に入れ】

不自然に反響する声は、きっと頭の中で聞こえている。女は口を動かしていない。クルテもさっき言っていた。頭の中に話しかけてきた、と。


「どうします? 入ってこいって言ってますね」

ラクティメシッスが小声でピエッチェに訊いた。ってことは、今の声が聞こえてるってことだ。


「俺だけに言ったと思ったけど、違ったようだな」

「頭に直接話しかければ、それも可能ですね。でも、ちゃんとわたしにも話しかけてくれたようです」

ラクティメシッスがニヤリと言えば、マデルとカッチーも聞こえたと声を揃える。


 女がニンマリと笑った。

「おまえたちは『聞こえた』ほうがいいことを忘れていた」

頭の中に響いた声と同じ声が耳から聞こえた。

「人間に会うのは何年振りか? かれこれ七百年は経っているのだろう――何も危害は加えないと約束しよう。おまえたち、空腹なのだろう? 食事と寝床を提供する。ついて来い」

女が屋敷の奥に向かおうと身を翻す。


 それを止めたのはピエッチェだ。

「危害は加えない? 俺たちをこんな空間に閉じ込めておいてよくも言えるな」

背中を見せていた女が振り返る。そしてニンマリ笑んだ。


「屋敷に招くにはこうするしかないと気づけ。ここはおまえたちの目には見えない空間、素通りしてしまう――なに、話しがしたいだけだ。用が済めば元の空間に戻してやってもいい」

「その〝用〟とはなんだ? どれほどの時間だ? やってもいいじゃなくて、必ず戻せ」


 フフンと女が鼻を鳴らす。

「我は人間たちが『森の女神』と呼ぶ森の精霊、名はワイズリッヒェ。この空間に他者を取り込み解放することには成功したが自力では出られない。カテルクルストの息子よ。おまえは我をここから出す方法を知っているのではないか?」


「いや……俺はザジリレン王家に伝わることなら熟知しているが、そんな話は聞いたことがない。悪いな、役に立てそうもない」

「では思い出して貰おう。我と話すうち、思い出すだろうよ」

「いや、待て。思い出すも何も――」

ピエッチェの抗議をワイズリッヒェが遮って、もう一つの質問の答えを言った。


「そして時間は向こうもこちらも同じく流れる。明日の日の出まではここに居ろ。戻すのはそれ以降……用が済んでいれば、の話だが」

ピエッチェが知らないと言っても聞く耳はないらしい。


 ピエッチェが舌打ちする。知らなくはない。だがワイズリッヒェに教えられるはずもない。そしてラクティメシッスたちの前でザジリレン王家の秘密を明かすわけにはいかない。


 ここでの押し問答は不毛だ。ピエッチェは切り替えて、ワイスリッヒェに問うことにした。

「戻すのは全員か? 五人とも戻すんだな?」

まずは必ず五人を元に戻すと言質を取りたい。


 五人? ワイズリッヒェが首を傾げた。クルテを人として数に入れたのが気に食わないってか? 


「望むなら必ず戻す」

ワイズリッヒェの返答に

「俺もだな?」

ピエッチェが念を押す。

「望めばな――中に入れ。カテルクルストの息子が随分と腹を空かせている」

その時、カッチーの腹が『グゥ』と鳴った。


 マデルが『カッチーだって空腹よね』と微笑んだが、ラクティメシッスはワイズリッヒェを睨み付けたままだった。カッチーが『すいません』と消え入りそうな声で言った。


「いいよ、入ろう。ワイズリッヒェが何をご馳走してくれるのか? 興味がある」

そう言ったのはクルテだ。クルテがそう言うのなら、屋敷に入っても問題ないのだろう。どのみち『この空間』からは出られない。ワイズリッヒェは開放すると確約した。試してみるしかないじゃないか。


 ピエッチェたちが歩き出したのを見てワイズリッヒェがニンマリ笑った。そして奥へと向かう。


「大丈夫なんですか?」

ラクティメシッスが小声で問う。ピエッチェの腕にぶら下がるように絡みついていたクルテが

「ほかに何かいい考えがある?」

ニヤッとラクティメシッスを見た。気まずげに目を逸らすラクティメシッスだ。

「あれば引き留めてますよ――ちゃんと食べられるものを出してくれるんでしょうかねぇ?」

さあね、とクルテが笑う。

「人間が何を食べるか、ワイズリッヒェが知っているといいね」


 ギョッとしたのはカッチー、

「知らないかもしれないんですか? なんか、余計に腹が減ってきました」

と溜息を吐く。


「腹が減り過ぎて倒れそうです」

「ごめん、カッチー。ちゃんと食べられるものを出してくれるはず」

慌ててクルテが訂正する。


 階段を上りテラスへ、そこから玄関の()へ――五人の後ろで音もたてず、玄関扉が閉まった。

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