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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
20章 試練の理由

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 三日も続いた雨天でしっとり湿った地面は、程よくクッションが効いていた。先に行くのはクルテ、山歩きが楽しくて仕方ないと言った()ぜい、ヒョンヒョン飛ぶように前に進む。付かず離れず行くのはピエッチェ、続いてラクティメシッスとマデル、こちらは

「落ちてる枝を踏むと滑りますから」

ラクティメシッスがマデルの手を引いて慎重に歩いている。しんがりはカッチー、前を行く四人を気にしながら時どき空を見上げている。梢の上にはユラユラと進むキャビンと馬たち、リュネが下を眺めるのはご主人たちの居所を確認しているのかもしれない。


 コーンレゼッチェ山頂には予定より早く到着した。少し休憩することにしてリュネたちを地上に降ろし、水を与えた。

「これで終わり。また見付ける」

そう言いながらクルテが配ったサルナシは一人二個ずつだった。


 太陽はまだ昇りきっていない。()ろすと、メッチェンゼ山はすぐそこに見えている。コーンレゼッチェ山が膝を抱えているような景色に

「あれがメッチェンゼ山? コーンレゼッチェ山の一部みたいだけど?」

ラクティメシッスがピエッチェに訊いた。


「まぁな……上から見ているから判りずらいけど、カッテンクリュードからだと高さの違う山が三つ並んで見えるんだよ」

もっとも、三山の中でもメッチェンゼ山は標高も低い。次いでサワーフルド山、コーンレゼッチェ山が一番高いがこの二つの山はどっちもどっちと言ったところだ。メッチェンゼ山は三分の二程度の高さしかない。


「今夜はメッチェンゼ山に入る手前で野営でしたっけ?」

「そう考えていたけれど……できればメッチェンゼ山に入ってからのほうがいい」

「えぇ、こっちよりデコボコしてない感じですよね」

「実際は、行ってみないとなんとも言えない。なだらかに見えるのは中低木が多いからなんだ」


 ピエッチェとラクティメシッスが話す横で、ヘンテコな歌を口ずさむクルテ、マデルとカッチーがコロコロ笑っている。ラクティメシッスが、

「楽しそうですね」

と微笑めば、

「クルテったら、メッチェンゼはブロッコリーだって!」

マデルが答えてさらに笑う。


 言われてみればこんもりとした盛り上がりに、ぼこぼこと同じような枝ぶりの木が不規則だが並んでいる。なるほど、ブロッコリーに似ていなくもない。それにしても久々にクルテの歌を聞いた。


 歌が終わったのか、急に寂しそうな顔になったクルテが

「トマト、食べたい」

と呟けば、ラクティメシッスも声をあげて笑った。


「メッチェンゼを抜けるのにはどれくらい時間が?」

「一日かからないと思う。サワーフルド山も同じくらい……クルテ、三日我慢しろ。トマトならデネパリエルにある」

ラクティメシッスに答えてから、ピエッチェがクルテに言えば、

「デネパリエルに着いたら、トマトじゃないのが食べたくなってるかも」

不安そうにクルテが答える。

「そん時はキュウリでもブドウでも食べたいものを()えばいい。パイナップルでもバナナでも、そうだ、リンゴを箱で買うか?」

ニヤッと答えるピエッチェ、クルテ以外がクスクス笑った。


 クルテは笑われたことが面白くなかったようだ。

「休憩はもう終わり――行くよ」

ムッと言ったかと思うと、馬たちとキャビンが宙に浮かんだ。ラクティメシッスがキョトンとクルテを見た。

「お嬢さんが運ぶ?」


「ラスティンはマデルに気を取られて危なっかしい」

「へっ?」

マデルと見交わし肩を(すく)めるラクティメシッス、何か言おうとしたが言わずに苦笑しただけだ。きっと『()くびらないで欲しいものだ』とでも言おうとしたのだろう。俺だったら言ってるなと思うピエッチェ、だけど言ったらクルテが反撃してきそうだ。


 昨日はマデル、今日はクルテ……どうして女どもは日替わりで機嫌が悪くなるんだ? そう思って首を振る。〝女ども〟ってのは違う。男だって機嫌が悪い時もある。それにクルテもマデルも、機嫌が悪いと本人が申告したわけじゃない。勝手に俺がそう感じているだけだ。そんなつもりもないのに機嫌が悪いのかと俺もよく訊かれる――もっとも今のクルテは機嫌が悪いに違いない。俺たちが笑ったのをどう受け止めたのだろう?


 もしも機嫌のせいじゃないのなら、馬とキャビンに()()()魔法をかける必要があったからだ。すぐにメッチェンゼ山に入る。穏やかそうに見えるこの山に、何かがあるのか?


 コーンレゼッチェ山をメッチェンゼ山に向かって下る。クルテは頭上を気にすることもなくどんどん歩を進めている。


 もう少しでメッチェンゼ山に差し掛かる。すると景色が変わり始めた。景色が変わるというよりも、光の注ぎ方が変わったと言ったほうがいい。立ち並ぶ木々の種類が変わった――クルテがブロッコリーと表現した低い木が現れ始め、影が薄くなっていく。隣接する山なのに、こうも違うのは不思議だ。土の質が違うのか?


 周囲がピエッチェの背の二倍強くらいの高さの中低木にすっかり変わったところでクルテが足を止めた。見上げれば青々とした空が先ほどまでとは違って広々とよく見える。


「メッチェンゼ山を避けては行けない」

小さな声でクルテがボソッと言った。

「だからこのまま行こう――右? それとも左?」


 メッチェンゼ山を避けては行けない? できれば通りたくない?


 ラクティメシッスとマデルは少し遅れて、そこまで来ている。が、きっとクルテの声は届いていない。カッチーはさらに後ろだ。


 ピエッチェも声を潜める。

「この山、何かあるのか?」

クルテがジロリとピエッチェを見て答えた。

「あるというより〝いる〟だ――こんなに近くに来たのにメッチェンゼの気配がしない。何かに囚われている」


「メッチェンゼってのは、この森の女神のことだな? 森の女神が魔物に囚われているのか?」

()()って言った。魔物とは言ってない」

まぁ、確かに……でも、魔物じゃないとしたらなんだ?


「囚われてるって、どこかに閉じ込められてるとか?」

「そうだね、木の中とか、土の中とか――で、どっち? 右、左?」

「右だけど、もう少し登ってからのほうがいいと思う」

「じゃあ、前に進む」


 ラクティメシッスたちが追い付いて

「どうかしましたか?」

と訊いてくる。それにクルテが『ルートを確認しただけ』と答えて歩き出す。


「まだ機嫌が直らない?」

クルテの後ろ姿を眺めてラクティメシッスがこっそりピエッチェに耳打ちする。


「さぁなぁ……悪いな、気を遣わせて」

クルテに代わって謝るピエッチェ、

「いえ、むしろ魔法を使わなくて済んだんだから好都合です」

ラクティメシッスの答えに『なるほど、クルテのヤツ、魔力温存を考えたな』と思うピエッチェだ。


 この先、森の女神を囚えるほどの魔物がいる。ソイツと遭遇するかもしれない。きっと俺たちもタダで通して貰えない。その時に備えて、ラクティメシッスの魔力の温存を考えた。でも……それならそれで素直にそう言えばいい。何もわざわざ拗ねたふりなんかしなくったっていいじゃないか。まぁ、クルテもその魔物がどんなヤツなのか、よくは判ってないんだろう。だからうまく説明できない。アイツの舌っ足らずは今に始まったことじゃない。


 少し先で振り返ったクルテがピエッチェを見ている。待っているんだと思った。マデルを気遣ってゆっくり進むラクティメシッスを置いて、ピエッチェはクルテのもとに急いだ――


 ラクティメシッスが遠慮がちに訊いた。

「もしや、コーンレゼッチェ山に戻っていやしませんよね?」

クルテがフン! と鼻を鳴らす。


「メッチェンゼ山に入って登って、そのあと下ってない。途中で右に曲がったけれど、下った覚えはない。だとしたら?」

「うーん……いつの間にかサワーフルド山に入った?」

迷いながら答えるラクティメシッス、溜息を吐いて答えたのはピエッチェだ。

「こんなに平らな場所がサワーフルド山にあるとは思えない。もちろんコーンレゼッチェ山にもだ」


 クルテが言った通り、メッチェンゼ山を少し登り、途中で右に曲がった。中低木の木立の中、ほぼ水平に進んできたつもりだ。だが、気付けば周囲の木はコーンレゼッチェ山と同じような高木に変わり、空は遠くに小ぢんまりと見えるだけになった。


 見渡す限り地面は平らに広がっている。これじゃあ山ではなくって林だ。遥かに続く林の中、木立の狭間から遠くまで高木が生えているのが見透かせる。


「道に迷ったってことでしょうか?」

カッチーが不安そうに上を見る。リュネたちを気にしているのだ。するとクルテがいつになく優しく微笑んだ。

「大丈夫。リュネは賢い。他の馬とキャビンを守ってくれるし、わたしたちを見失ってない」

何を根拠にそんなことが言えるんだろう? だけどカッチーは

「そうですね、助けを求めてるリュネをまったく感じません」

クルテに微笑みかえす……カッチー、おまえ、魔力がまた強くなってるな。俺とは違う魔力、リュネがおまえに干渉していると考えるのは俺の勘違いか?


 ピエッチェに見られているのに気付いたカッチーが、

「ピエッチェさん! そんな怖い顔しないでください!」

慌てて言い訳したのは、クルテと微笑みあったことに照れたからか?


 軽く笑ったラクティメシッス、

「お嬢さんにカッチーを取られると思いましたか?」

カッチーの心配とは逆を行く。

「カッチーはピエッチェにとって重要な側近、いくらお嬢さんにでも譲れませんよね」


「うーん……クルテが俺からカッチーを? まぁ、いいさ。クルテの物は俺のもんだ」

「言いますねぇ!」

ラクティメシッスだけでなくカッチーやマデルもケラケラ笑う。クルテはピエッチェをニンマリ見ただけだ。


「しかし、どうしたものか……」

陽も落ちて、暗くなってきた。けれど、この怪し過ぎる場所から抜けられない。


 コーンレゼッチェ山から見た時、メッチェンゼ山は中低木しか生えてなかった。見えていなかった山の裏側も同じはずだ。メッチェンゼ山はそんな山だ。それに、なぜここは、こんなに高低差がない? 前方と後方だけではなく、左右の木立も地面は平たんに続いている。


 森の女神が囚われているとクルテが言った。女神は森を豊かに育む。囚われて、その勤めが果たせなくなった結果がこれか? それとも女神を閉じ込めた魔物の仕業なのか? もし魔物の仕業なら、見えているものが『真実』とは限らない。


「ねぇ?」

柔らかな下草に腰を下ろしていたマデルがラクティメシッスの袖を引いた。

「あそこ……あの太い幹の木が見えるでしょ?」


「太い幹? ここの木はどれも立派だからなぁ」

マデルが向けた指先をラクティメシッスの視線が辿る。先に見付けたのはカッチーだった。


「お屋敷が建ってますね――今夜、泊めて貰えないかなぁ?」

カッチーの声に、ラクティメシッスがピエッチェを見た。


「そうだな、カッチー」

ラクティメシッスに頷いてから、ピエッチェが苦笑した。

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