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とにかく山狩りを恐れる心配はなくなった。見えず聞こえず魔法が不要になったということだ。ラクティメシッスの負担が減ったのはいい。だが、新たな問題も浮上した。同志隊と国軍の衝突をどう回避すればいい?
「このまま予定通り王都に向かわせましょう」
考えた末にラクティメシッスが言った。八つの同志隊をどう動かすかの話だ。
「王宮の動きに応じての予定変更もできないわけではありません。けれどそれは国軍同様、我らの兵たちに混乱を招きます」
「ふむ……」
ラクティメシッスの言うとおりだ。指示の変更が度重なれば、現場の指揮官も戸惑うだろう。伝達に齟齬が生まれる可能性も高まる。
「あまり気乗りしていないようですね」
唸っただけで何も言わないピエッチェに、ラクティメシッスが苦笑いする。
「いや、俺も同じように考えていた。だが、何かが可怪しい」
可怪しいのは国軍の動きだ。ラクティメシッスがフフンと鼻を鳴らす。
「やはり、国軍を動かしているのは王宮ではないと?」
「ジジョネテスキに帰還命令が出たと、王宮は知っているんだろうか?」
ピエッチェが日記帳に手を伸ばす。
「どうする気です?」
「ジジョネテスキの馬車を停める」
「監視役の男が同乗しているんですよ? 危険です」
ラクティメシッスの心配をよそに、ピエッチェは日記帳に何か書き込んだ。
「現在地を訊いてみた」
ピエッチェが言い終わる前に文字が浮き上がってきた。
「ジジョネテスキのヤツ、原っぱでお茶を楽しんでるらしいぞ」
ピエッチェがニヤリと笑う。文字は次々と浮かび上がってくる。
原っぱでお茶ですか? 訝るラクティメシッス、暗号を読み解いてピエッチェが説明する。
「休憩しようと行軍を止めて馬車を降りた。で、ドロギャスの目を盗んでキャビンの車輪に細工した――ドロギャスってのは魔法が苦手らしい。ジジョネテスキの魔法にまったく気が付かなかったってさ」
「軍に所属しているのなら、それなりに魔法の素養はあるんじゃないんですか?」
「ジジョネテスキはドロギャスのことを見たことのない男だと言ってた。そして連れてきたのはネネシリス、ネネシリスは軍部とは一切かかわりがないはずだ」
「となると、ドロギャスは軍人じゃない?」
「で、下級兵が慌てて車輪を取り付けようとするがジジョネテスキがこっそり魔法を投げて妨害している。いつまで経っても馬車は走りだせない。焦れたドロギャスがとうとう自分も馬車の修理に加わった。ジジョネテスキは『時間がかかりそうだな』と、世話係の下級兵に命じて茶を淹れさせた。街道脇の原っぱでお茶を飲みながら見物だ。で、世話係にお茶を頼むついでに、王宮への伝令を走らせた。帰還命令が出たが、真実だろうか?――クリオテナあてだ」
「クリオテナさまは体調不良で取り次ぎさえして貰えないのでは?」
「そこがジジョネテスキの狡猾さだ。クリオテナからの返信を待つって理由で時間が稼げる」
「伝令を出すことを、よくドロギャスが許しましたね」
「いちいち言うもんか……ドロギャスは馬車修理に夢中、目を盗んで出したに決まってる。そうそういつまでも車輪を外しっぱなしにもできない。車輪がつかなくたって、馬車の替わりを用意されれば終わりだ。伝令を追えないくらいの時間を稼いだら呆気なく車輪は納まるところに納まる。それからドロギャスに言うのさ。国王代理に確認の使者を送った。返事が来るまで野営する」
ラクティメシッスがクスッと笑う。
「それで原っぱなんですね……最初から、野営に適した場所を選んで馬車を停めさせた」
きっとそうだな、ピエッチェもクスッと笑う。
「これで国軍本体と我らが同志隊との衝突は避けられる。だが、王都には各地から集められた警護隊が待機している。それに国軍だって全兵力をコッテチカに向かわせたとは思えない」
「ザジリレン国軍の総兵力は?」
何気なく訊くラクティメシッス、これにはピエッチェ、ニヤっとしただけで何も言わない。さすがに自国の軍の総力を、たとえ同盟国・友好国の王太子が相手でも迂闊に口にできるものじゃない。
すぐに察したラクティメシッスが、
「馬鹿なことを訊きました」
と顔を赤くした。ピエッチェがゆったりとラクティメシッスに視線を向ける。
「言わなくたって、どうせ筒抜けなんだろう?」
ピエッチェの問いにラクティメシッスはますます顔を赤くしただけで答えなかった。
ラクティメシッスの部下の魔法使いたちは、ザジリレン王宮にも潜伏している。ピエッチェの中で、それは確信になっていた。ラクティメシッス本人は明言を避けているが、話の流れで容易に推測できる。まぁ、隠すつもりもないのだろう。それでも認めるわけにはいかない。認めてしまえばローシェッタ・ザジリレン両国間に諍いの種を蒔くようなものだ。
だったら最初から諜報員など送り込まなければいいものをと思うが、そうも言っていられなかったのだろう。ラクティメシッスが王家転覆を企てる動きがあることを察したのはどれくらい前なのだろうか? 調べていくうちにザジリレン王家も渦中にあると知れば、部下をザジリレンに送りたくもなる。
ピエッチェの問いが聞こえなかったかのように、ラクティメシッスが言った。無視したのとは少し違うとピエッチェは感じている。
「警備隊の主力が王都に集結しているのなら、王都に足止めしておきたいですね。トロンペセスに頼めないでしょうか?」
気まずさを誤魔化そうとしたが、そんな誤魔化しは通用しない。適切な答えを考える時間稼ぎなのかもしれない。だったら、それに付き合うのが得策、突き放すべきじゃない。
「トロンペセスは警備隊の司令官だが、権限はワッテンハイゼ周辺だけだ。警備隊全体からすると中級将校、無理だと思う……が、こちらから指示を出せば動けないわけじゃない」
「ん? 何か考えがあるのですか?」
「警備隊を動かさないためにトロンペセスを使うのは難しい。だけどアイツには王都を動いて欲しくない。さて、どうするか?」
「トロンペセスを王都に置いておく理由は?」
「アイツにはダーロミダレムとの連絡役をして貰う」
「ダーロミダレム?」
「ザジリレン国の金庫番サンザメスク卿の一人息子。今は牢に繋がれている」
「そのダーロミダレムをどう使う気なのです? 牢に入れられているんじゃ何もできないのでは?」
「サンザメスク卿が王宮の……って言うか、敵の言いなりになっているのはダーロミダレムを人質に取られているからってのが俺たちの考えだった。ならば、その人質が解放されたら?」
「サンザメスク卿は味方に戻る?」
「そうだな。そして敵が誰かを教えてくれる」
「知っていれば教えてくれるでしょうとも。でも、知っているとは限りません」
「金庫番だってところが重要だ。迂闊な人物に国庫の秘密を明かせるもんか。それこそ軍事機密より重要かもしれないぞ」
ハッとピエッチェの顔を見るラクティメシッス、ちょっと考えてから言った。
「わたしの部下たちは、終息とともにローシェッタに戻らせます」
ザジリレン各地のみならず、王宮にまで潜入させた魔法使いのことを言っている。だからこれ以上追求するなと言いたいか?
「うん? 唐突に話が逸れたな」
ピエッチェが笑う。
「まぁ、ラスティンの部下は大いに役に立つ。数人、分けて欲しいくらいだ――彼らも早く自国に戻って家族に会いたいだろう。それにはまず、目の前の敵だ」
ラクティメシッスが部下を潜伏させたことを咎める気なんかない。だが、国王としては看過できないと、立場を示したピエッチェだ。
「えぇ、その通りです……それで、ダーロミダレムを牢から出すのはいつと考えているのですか? それにその方法は?」
ラクティメシッスもピエッチェに話しを合わせた。
ラクティメシッスが部下を自国に戻すと言ったのはピエッチェの思惑を承知の上での言い訳だ。事態に収拾がつけば、もうザジリレンを探ったりしない、ザジリレンを害する気はないんだと宣言したかった。が、はっきり言葉にするわけにもいかず、腹の探り合いのようになった。そしてピエッチェも判ってくれた。
ダーロミダレム救出の詳細を説明するピエッチェの顔を眺めながらラクティメシッスは思っていた。自国の内情を探られたら、自分なら探った相手に敵意を持つ。少なくとも最大級に警戒するだろう。なのにザジリレン王は諸々の事情を加味して見て見ぬふりをすると言っている――その懐の深さがこの人の最大の魅力だ。
ピエッチェとラクティメシッスの話が終わりかかる頃、とうとうクルテがピエッチェの隣に座り込んだ。
「長話が好き?」
ピエッチェを見上げて覗き込む。
ラクティメシッスがクスッと笑い、
「今の時点で話せるのはここまで、ってところですね」
と立ち上がる。向こうではマデルが心配そうにこちらを見ていた。
ラクティメシッスがマデルの隣に腰を下ろすと、クルテがピエッチェに剥き栗の皿を差し出した。
「一緒に食べようと思って待ってた。マデルもラスティンを待ってた」
皿の栗は六つ、待ちきれずに二個食べたか。笑いそうなピエッチェ、
「一人じゃ寂しいだろうと思って、カッチーと二個だけ食べた」
クルテが腕に撓な垂れかかる。なるほどね。でもきっと、カッチーはそんなこと、気付いてないと思うぞ。
早く食べて早く寝よう……クルテにせっつかれて食べた栗は甘かった。時刻は正午と言ったところ、だけどクルテが言うように、さっさと寝たほうがよさそうだ。何しろこの二日、雷鳴のせいでウトウト程度しか眠っていない。
クルテは栗を一粒口に入れてニマニマしている。って言うか、おまえ、それ、栗をしゃぶってるだけじゃないのか? ちゃんとモグモグって……あぁあ、半分眠ってるし。
「おい、こら! 寝るならちゃんと飲み込んでからにしろ」
揺さぶると、とろんとした目を向けてニマッと笑う。まぁ、口が動き出した。ちゃんと噛んでいるっぽい。
「お腹いっぱい……オヤスミ」
「クルテ!?」
呼んでみたってもう遅い。スヤスヤと眠り込んでいる。
皿に残った栗は四個、食べて貰おうと思ってカッチーを見ると、急に鼾が聞こえ始めた。今の今までクスクス笑いが聞こえたのに? 寝たふりに決まってる。カッチーが食べたと知ったらクルテが悲しむ。そう思ったんだろう。つまり、俺に食えってことだ。
「お茶、入れようか?」
マデルがニヤニヤしながら声をかけてきた。
「ピエッチェも、食べたら寝ちゃうといいよ。夕方には起こすってラスティンが言ってる」
カップを手渡すついでにマデルが言った。
そうだね。睡眠不足だからって眠りたいだけ眠ってたら、今度は夜、眠れなくなるよな。明日の昼にはコーンレゼッチェ山頂に着いていたい。そのため今日はのんびり過ごすことにしたんだ――




