18
たとえ俺とクルテが男女の仲にならなくても、そのあたりは心配しなくてもいいのか……いや、絶対解決できるってわけじゃないけれど、なんとかできるってことだ。クリオテナにも子ができなければ、ローシェッタ王家から養子を迎える手もある。何しろ親戚だし、でも、できればフレヴァンスの子ではなく、ラクティメシッス、あんたとマデルの間に生まれた子がいい。
養子以外の方法がないわけでもない。重臣たちが求めてくるのは、むしろこの方法に思える。第二夫人を娶れ……その時、俺は『うん』と言えるのか? 言えるわけがない。クルテとさえ共有していない喜びを、他の女と分かち合えるものか。そもそも、子を得るためだけに関係を求めるなんて女性を侮辱し過ぎだ。しかし、俺がいくら拒否しようと重臣たちは納得してくれるだろうか?
ラクティメシッスならあっさりと、その必要はないの一言で終わらせられそうな気がする。それとも、躊躇うことなく第二夫人を迎えるんだろうか? それをマデルは受け入れる? つい振り返ってマデルを見てしまった。
「お嬢さんはマデルにベッタリですよ……少し、顔色が良くなりましたね」
ピエッチェの視線を追ってラクティメシッスが微笑んだ。クルテを見たと思ったのだろう。
「しかし……無反応ですね」
「無反応?」
「聞こえず魔法がお嬢さんに通用するか危ぶんでたんです。あ、何も言わずに魔法を使いました。だからここでの話は、少なくともマデルとカッチーには聞こえていません」
「それならアイツにだって聞こえないんじゃ?」
「どうなのでしょう? わたしの魔法が森の女神に通用するなら、嬉しいことですけど、きっと無理だと思います」
「無理だと思う根拠は?」
「わたしにはお嬢さんとあなたの気配を察知できません。まぁ、マデルも、なんですけどね」
「それは、本当に?」
クルテから聞いて知っているが、つい訊いてしまった。
「あなたに嘘をついてもなんの得にもなりません――あなたの気配を感知できないのは、お嬢さんがあなたに保護術を使っているからなんでしょう? あるいは祝福なのかな? 女神の祝福は女神と女神の娘にしか察せないと言われていますね」
「ふむ……それでアイツを女神の娘だと思った? 未知の魔法かも知れないぞ。それにいったいどこの女神の娘? アイツはローシェッタとザジリレンを行ったり来たりしてる。それに期間も長い。そんなことを森の女神は娘に許すだろうか?」
おやっ? とラクティメシッスがピエッチェを見る。
「森の女神ではなく、女神の娘限定で考えてるんですね」
「だって、森の女神は自分の森を離れられない。女神が居なくなった森は枯れてしまうはずだ」
「あぁ、それもそうですね――って、娘であることも否定してますよね。こんなに長期に渡って、しかも長距離を移動してる。もしもお嬢さんが女神の娘なら、そんなことを女神が許すはずはない……」
考え込むラクティメシッス、アイツは魔物だとも言えずピエッチェも黙る。ラクティメシッスに言えないというよりも、そんな言葉は口にしたくなかった。
待てよ……そうだ、ここで魔物だなんて言ったら、アイツが人間に成った後もラクティメシッスはクルテのことを魔物だと考える。それは魔物ではなく森の女神だろうと娘だろうと同じだ。やはり真実は言えない。
「だからさ、アイツはマデルが言うとおり人間の魔法使いだ。自己流の魔法を使うからちょっと特殊なだけだ」
軽く言い放つピエッチェにラクティメシッスは納得しない。
「あなたは芝居が下手だ。自分で判っているんでしょう? 誤魔化されませんよ」
「芝居?」
「サラリと流しているように装っても無駄ってことです――もしお嬢さんが人間なのだとしたら、なにも悩む必要がないじゃありませんか」
うーーん、ピエッチェが唸る。
「だからさぁ、なんで俺が悩んでいるって? そうだ、俺がアイツを邪魔だと思っているようなことを言っていたけれど、そんなことはないぞ?」
「それは問題の二つ目で……否定したいならそれでもいいですが、とりあえずお嬢さんは女神か女神の娘って前提で話します」
なんだよ、まだ森の女神も候補のままか。
「寿命の問題です」
ラクティメシッスはニコリともせずそう言った。
「正体を隠して王妃にすることだって可能ですよね。だけどその場合、ずっと生き続ける王妃ってことになる」
なんだ、そんなことか。それはあいつが人間に成っていれば解消する問題だ。
「それを考えるとやはり王妃にできないでしょう?」
「それで俺がアイツを邪魔に? なんか矛盾してる。俺はあいつを妻にしたがってるんじゃなかったのか?」
「あぁ、言葉が足りませんでした――この問題はね、お嬢さんが王妃になろうがなるまいが関係ないんです。あなたが落命しって、お嬢さんはずっとあなたを恋しがる。永遠に続く寂寥を、あなたはお嬢さんに味わわせたくないでしょう?」
「言ってることは判るけれど、それで俺がアイツを遠ざける意味は?」
「お嬢さんの『あなたに向ける思いを断ち切るため』にです」
ピエッチェがラクティメシッスをチラッと盗み見た。
「やはり矛盾している。森の女神の恋は一度きり。好きになった男への思いは男が死しても続く。もちろん心変わりもない」
「なるほど、お嬢さんは森の女神ですか」
「えっ?」
「あなたが言ったのは森の女神、だけど女神の娘は違う。森の女神に命じられて男を慕う場合は女神と同じだけど、娘もまた恋をすることがある。その場合は女神の意思とは違う行動もする。もっとも、女神の許しが必要だけど」
「へぇ……じゃあさ、女神の娘は何度も恋をする?」
「ローシェッタではそう言われてます」
「ザジリレンとローシェッタじゃ、女神伝説も微妙に違うからなぁ」
「ザジリレンでは違うんですか?」
「いや、実はあまりよく知らない。女神伝説なんて、興味もなかった」
「まぁ、わたしもですよ。カッチーに借りた本でいろいろ学びました」
「うん? 歴史書でも学術書でもない、ただの読み物だろう? それを鵜呑みにしたんだ?」
「いやね、それが、読んでみると成程ってことがたくさんあったんです」
それはクルテに当てはまることがいくつもあったってことじゃなく?
「とにかく!」
強めの言葉、ピエッチェが立ち上がる。
「もしも女神だとしたら、森を離れられない――クルテは人間だよ」
そうとも、なんとしてでも人間に成って貰う。
「だからこの話はこれで終わりだ」
「いえ、ちょっと。まだ終わっちゃいませんって」
奥に戻ろうとするピエッチェをラクティメシッスが引き留める。ピエッチェが舌打ちをして再び土の椅子に座って腕を組んだ。
「それで? 他には何を訊きたい? それとも言いたいことがあるのか?」
「えぇ、お嬢さんが人間なんだとしたら、それこそなんであなたが悩んでいるのかが気になります」
気にされてもなぁ……って言うか、
「自分でもよく判らないんだ」
ピエッチェが呟くように言った。
「よく判らない?」
「うん……」
ピエッチェがゆっくりとラクティメシッスを見た。
「俺はあいつが好きだ。一生傍にいて欲しいと思っている」
少し考えてからラクティメシッスが問う。
「それが揺らいでしまった?」
ラクティメシッスは否定されると思いながら、あえて訊いてきたとピエッチェが感じる。
そうじゃないんだ。クルテのことは以前と変わりなく、むしろますます好きになってる。それを自覚させるために『揺らいだ』と訊いたのか?
「なんでアイツが森に住んだのかは知っているよな?」
「えぇ、ご両親と住んでいた屋敷に賊が押し入ってって話ですよね?」
「男に怖い思いをさせられているってことも?」
「助けてくれた警備隊長以外の男は同じ部屋にいることすらできなかったとか」
なんだかアレンジされてるような気がするが、まぁいいか。
「その警備隊長の屋敷に暫く世話になったが、いつまでもいられなくって森に行った。森なら少なくとも人間の男は来ない」
「はい、で、一人で暮らすうち、魔法が使えることに気が付いた。剣や弓の使い方も覚えた」
「で、怪我をした俺を見付けた――なんでアイツは俺を怖がらなかったのか?」
「今度は自分が誰かを助ける番だと思ったって聞いてます。だからピエッチェの手当てをして、自分で動けるように手助けしたって」
ラスティン、それ、答えになってないぞ?
「覚えてるかなぁ……チュジャバリテの屋敷でクルテがサックから日記帳を出してるとき、近寄って覗き込んだよな」
「あぁ……お嬢さんにえらい剣幕で怒られましたね――うん? あれって、わたしを怖がった?」
「俺はそう思ってる」
「近づき過ぎたってことですか? って、お嬢さんは今でも?」
それには答えないピエッチェ、ややあってラクティメシッスが、
「そうなると余計にあなたはお嬢さんから離れられませんね」
と微笑んだ。
「お嬢さんを守れるのはあなただけだ――それほど愛されて信用されて、なにが不安なんですか?」
そうだね、クルテは俺を信用している。だから抱き締めても拒まない。好きだよと言えば嬉しそうな顔をしてみせる。でもそれは、たとえ同じベッドで抱き合って眠っても、俺が〝男にならない〟からなんじゃないのか?
「その信用を裏切ったらどうなるだろう?」
ピエッチェの問いにラクティメシッスがキョトンとする。
「あなたがお嬢さんを裏切る? それこそ矛盾してます。一生傍にいて欲しいって言ったばかりです。それなのに裏切る?」
「いや、心変わりするって言ってるんじゃない。ん……アイツは俺を男とは思ってない。思ってはいるだろうけれど、自分を女と見るとは思ってない」
「何を言っているのやら? あなたがお嬢さんを女性として愛しているのは――あれっ!?」
ピエッチェの言わんとすることに思い至ったのだろう、変な声を出したラクティメシッスがマジマジとピエッチェを見る。
「だって……お嬢さんのことを訊かれて『俺の女だ』って言ったじゃないですか。てっきり結ばれたものだと思ってたのに?」
「そんなことを言った覚えもあるけど……不思議なんだ。あれからなんて言うか、ヘンなんだ」
ピエッチェが考え込む。
「ヘンって?」
「うーーん……」
あのころからだ。たとえ身体の結びつきがなくてもクルテは俺のものだと思うようになった。だからこのままでもいい。
「ヘンなんだけど、別にこのままでもいいかとも思う」
「結ばれないままでいいと? お嬢さんもそれを承知してるんですか?」
「だからさぁ。アイツは男が怖いんだよ」
「あなたが相手でもダメってことですか?」
「きっとそうだと思うぞ」
「お嬢さんはなんて言ってるんです? それでいいって?」
クルテは『いい』って答えるさ。だってアイツは……俺を好きだと言ったことがない。




