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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
19章 失われた王女

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 小降りになって空が落ち着いた合間に夕食を摂った。クルテはぐったりして『何も食べたくない』と涙ぐんだが果物だけでも食べておけとピエッチェに言われ、カッチーがサルナシとアケビを袋から出してくれば受け取った。マデルが『山ブドウをジュースにしようか?』と問えば、目を輝かせてニマッと笑んだ。ラクティメシッスが、

「なんでみんな、お嬢さんに甘いのかな?」

と愉快そうに嫌味を言った。


「ラスティンったら……自分の出番がなくて詰まらないからって、そんな嫌味はやめなさいよ」

マデルの指摘に薄笑いを浮かべるだけのラクティメシッス、ふいッと入り口のほうを見て、

「やっぱり明日も降るんでしょうねぇ」

と立ち上がった。盛り土を越えて入口に向かったのは、雨の様子をじかに目で見る気なのだろう。


 食事を終えていたピエッチェも立ち上がる。

「俺も少し見てくる……ずっと座ってたからな。少しは動きたい」

実のところ、入口に向かうラクティメシッスがこっそり目配せしたことに気付いていた。何か話があるらしい。クルテがくっついてくるかと思ったが、まだサルナシを食べていたし、マデルがジュースを作るのを期待に満ちた目で見ていた。暫くは来そうもない。


 行ってみると、ラクティメシッスはリュネの首を撫でていた。リュネと見つめ合っている。

「ソイツとも意思の疎通が図れるようになった?」

ピエッチェが声をかけると、振り返ってクスッと笑んだ。


「いいえ、わたしには無理そうです。以前のように嫌われてはいないようなので、その点は進歩かな」

言っているうちに、座り易そうに土が盛り上がった。

「お嬢さんは?」


「まだ食べてる……アイツもいたほうが良かったのか?」

「いいえ、あなたと二人で話がしたい。来て欲しくないですね」

言い終わると同時に魔法の発動、ラクティメシッスが聞こえず魔法を使った。このタイミングでの施術、クルテに『来て欲しくない』と聞かせたかったのか?


「もうすぐカッテンクリュードですねぇ」

世間話のようにそう言って、ラクティメシッスが土の椅子に腰かける。椅子を作ったということは長い話になるってことだ。ピエッチェも腰を下ろした。


「何か問題でも?」

前置きなんか要らない――話しを早く切り上げたいピエッチェ、だがラクティメシッスは口が重い。

「問題って言うか……どうするつもりなのかなって」


「どうするつもりって、何を? この先の行動は打ち合わせ済みなんじゃ? そりゃあ、細かい点はまだだし、場合によっては変更しなくちゃならないかもしれないが」

「いえ、あなたの王権を取り返す話じゃないんです。必ず成し遂げる、そこに問題なんかない」

「では、何が問題?」

チラリとピエッチェを見るラクティメシッス、いつになく真剣な眼差しだ。そして少し考えてから、言いずらそうに訊いてきた。


「心境の変化があったんじゃないんですか?」

何を言ってる? 今、そのあたり、確認したばかりじゃないか。


「カッテンクリュードに行きたくなくなったとか、王位なんかどうでもよくなったとか、そんなことを訊きた――」

「お嬢さんの話です」

「えっ?」

「お嬢さんが邪魔になったのではありませんか?」

「な……」

何を言ってる? 呆気にとられるピエッチェ、ラクティメシッスは穏やかな視線をピエッチェに向けている。


「少なくとも、彼女をどうするのか迷い始めていませんか?」

「なぜ?」

どうしてそう思った、そう訊こうとしてやっと出た言葉だった。


 雷鳴に震えるクルテを抱き締めながらピエッチェが思い出していたのは、初めてクルテを抱き締めた時のことだった。男の欲望に恐怖し、襲われる夢に(うな)されていた。

『ピエッチェが抱き締めてくれれば怖い夢を見ない』

そう言われて、クルテの願いに応えた。


 魔物だろうが、夢で(うな)されるんだなと思った。たとえ魔物でもクルテは命の恩人だ。それくらいのことをしたって当り前だと思った。あの時は、これほどクルテが愛しい存在になるなんて想像もしていなかった。


「なぜって……あなたがお嬢さんを見る眼差しが変わったから、でしょうかね」

「俺がクルテを?」

「以前は、んっと……まぁ、男の顔をすることが時どきあったのに、最近はまるで父親か兄のようですよ」


 ムッと押し黙って、ラクティメシッスから目を逸らした。そう言うことだったのか、と思った。ラクティメシッスがピエッチェに何を訊くかではない。自分の中の違和感の正体はこれだったのかと思ったのだ。


 黙ってしまったピエッチェにラクティメシッスが戸惑う。

「いえ、なにも、心変わりを責めようなんて思ってませんからね」

ピエッチェを怒らせたのではないかと焦っている。


「むしろ安心しています――それに、どうやらお嬢さんはザジリレンらしいし」

「クルテがザジリレン?」

「はい。ローシェッタでは恋に破れた森の女神は相手の男に報復します。ですがザジリレンは、たとえ冷たくされようと相手に尽くすそうですから」

「森の女神の話がなんでここで?」

するとラクティメシッスがまたも真剣な目をピエッチェに向けた。


「お嬢さんは森の女神、もしくは女神の娘。違うとは言わせませんよ」

「いや、なにを?」

「気が付かなかったなんて誤魔化そうとしても無駄です――お嬢さんの魔法は人間の物ではありません。最初は魔物かと思いました」

いや、今は魔物だと、自分じゃ言ってる。


「兄弟国の王が魔物に魅入られているのなら、なんとしてでも引き離さなくてはと考えていたんですけどねぇ。()の恋路を邪魔するのはどうにも難しくって。マデルには怒られてしまうし……マデルはお嬢さんを『可愛い』って言うんですよ」

(はに)んだような笑みを見せるラクティメシッス、厭味や皮肉は感じられない。


「マデルに言わせると『いじらしい』ってことみたいです。()(とぎ)(ばなし)に出てくる花の妖精みたいだってね。ほら、知りませんか? 思いが叶わなければ朝霧になってしまう花の妖精のお話」

若者に恋をした花の妖精が女神に願って人の姿にして貰う。けれど元はと言えば花なのだ。声を持っていない。思いを伝えることもできないまま、若者は他の女性と結婚してしまい、妖精は朝の光の中で霧となって消えてしまう――そんな話だ。


「まぁ、似たような話は女神の娘についてもあるんですけどね」

漸くラクティメシッスが視線を逸らす。


「もちろん、その話だけで、お嬢さんを女神の娘だと考えているわけじゃありませんよ。最初に言った魔法の性質や、そのほかいろいろ……ちなみにカッチーも気が付いています。なのにマデルはただの魔法使いだって言い張るんです。お嬢さんの味方をしたいんでしょうね。合流直後、(あから)さまに排除しようとしたわたしを警戒してるんです」


 入り口を塞ぐ枝の仕切りが少しだけ動いた。ラクティメシッスの魔法だ。外の様子が気になったのか、手持ち無沙汰からか?

「雨はほとんど止んでいますね……でも、また降るんでしょうねぇ」

押し黙ったままのピエッチェは、そんな呟きに応えることもなかった。


 外を眺めながらラクティメシッスが続けた。が、すでに陽は落ちて夜の闇が広がっている。何が見えるというわけでもない。静かに雨の降る気配が漂っているだけだ。


「あなたがお嬢さんを大切に思っていることは理解しているつもりです。でもピエッチェ、だからこそこの先、お嬢さんをどうすればいいのか迷っているんじゃないんですか? 大切だから悲しませたくない。それにはどうしたらいいのか……」


 ラクティメシッスの言うとおりだ。雷鳴に震えるクルテの()()()に一つ気付いたことがあった。男を怖がるクルテに、そんな恐怖を二度と味わわせたくない……たとえクルテが人間に成れたとしても、記憶が消えるわけではない。俺はきっと、クルテに対して男になれない。


 こうして俺を信用し、抱き締められているけれど、もし俺が男を見せたらどうなる? 恐怖が蘇り、もう二度と誰をも信用しなくなるんじゃないのか? そんな可哀想な思いをさせたくない。それに、俺自身嫌なんだ。怖いんだ。クルテが苦しむこともだけれど、嫌われたくない。嫌われるくらいなら、今のままでいい。嫌われるのが怖い。


 いつだったか、クルテを求めたことがある。あの時のクルテを思い出す。感情を見せない目で俺を見ていた。それを俺は自分の都合のいいように受け止めた。だれどあの時、クルテは必死に耐えていたんじゃないのか? 俺が求めたから、怖くても拒めずにいたんじゃないのか?


「なんとか言ってくれませんかねぇ?」

何も答えないピエッチェにラクティメシッスが苦笑する。

「どうしたいのか言ってくれれば協力だってできるけど、言ってくれなければ何もできません。まぁ、世の中には、うーーん、生きていればかな? どうにもならないことだってありますから、何もできない場合もありますけど」


 そうだね、俺が考えているのは他人の力を借りてすることじゃない。自分で自分に折り合いをつけるしかない。あぁ、でも、その場合、別の問題もある――王には後継者が必要だ。


「えっとぉ……確認させて貰いますよ。お嬢さんは〝女神の娘〟ってことでいいんですよね?」

それでも答えないピエッチェに、

「それじゃあ、女神の娘ってことで話します」

ラクティメシッスは溜息交じりだ。


「王妃にした場合の問題点は――」

「えっ? 王妃?」

ラクティメシッスの言葉が終わらないうちに、今までだんまりだったピエッチェが突然口を開く。ラクティメシッスが思わずにっこりした。

「お嬢さんを王妃にしたいんでしょう? だから悩んでいる……わたしが反対すると思いましたか?」


「だって、いや? 反対しない?」

ラクティメシッスはクルテを女神の娘と決めつけた。だったら反対するだろう?


「えぇ、お嬢さんとあなたを見ていて引き裂くなんて無理だと思いました。二人から恨まれたくないし、うん、マデルが言うとおり、そんな残酷なこと、いくらわたしが非情でもできません」

いや、ラスティン、おまえは非情だったのか?


「で、言いかけたけど、大きな問題が二つあるんです。それをどうしたらいいかを悩んでるんだろうと思ってました。違いますか?」

「二つの問題点って?」

「一つは後継者……女神の娘って森の女神の分身で、確か女神は子を産まない。あなたは王だ、次の王を遺す義務がある。でもその点は、何年経とうが子に恵まれない夫婦だっていくらもいるんだし、養子を迎えるって手もある。姉上も子に恵まれないといろいろ面倒なことになりそうですがね」


 あぁ、そうか、その手があったか――

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