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土砂降りと聞いて、ラクティメシッスも難しい顔をする。
「結界の中なら風雨は防げます。ただ、火を熾すのなら換気も考えなくてはなりませんから、足元は解放することになります。そうなると、雨はともかく風が吹き込みますし、それに……どの程度の土砂降りですか? 場合によっては馬やキャビンを上空にあげるのは考え物ですね」
マデルが『薪は魔法で乾燥させるわ』とクルテに微笑んだ。髪を乾かす魔法を応用できるってことらしい。
ピエッチェの心配はむしろ雷雲だ。
「土砂降りって……嵐になるってことか?」
クルテがピエッチェを見上げ首を傾げてから答えた。
「判らない。だけど雨は長く続く――風までは予感できない。でも、この山の地勢を考えると荒れると思う」
吹き付けた風が山肌に当たって乱れれば、雷雲が発生しそうだ。警戒したほうがいい。
「長く続くってどれくらいですか?」
無視するんじゃないかと思ったが、珍しくクルテがラクティメシッスを見て答えた。
「土砂降りは二日程度、そのあとシトシトが丸一日」
一瞬きょとんとしたラクティメシッス、答えが来るとは思っていなかった。
「三日は降るってことですね――どうします?」
質問はピエッチェに向けられたものだが、これもクルテが答えた。
「やり過ごすのがいい。だけど木の下はダメ。落雷を避ける魔法はない」
山肌の起伏の激しさを利用しろとクルテが言った。
「奥に向かって緩やかな昇り傾斜をつけた穴をラスティンが魔法で掘る」
ラクティメシッスはムッとしたようだが、
「浸水防止の昇り傾斜なら、別の方法でもできます――そうとなったら降り出す前に準備しましょう。どれくらいの奥行きが必要でしょうか?」
周囲を見渡し始める。検知術を使って、大きな穴をあけても大丈夫そうなところを探しているのかもしれない。
「まぁ、強化術と保護術で、大降りになっても崩れないようにします」
「だったら、避難場所はラスティンに任せて、わたしたちは食料と水の調達――カッチーは皮袋を持ってピエッチェと、西に向かって。マデルはわたしと一緒に食べられる草を探そう」
「薪は?」
「穴を掘った近くの木で……ラスティン、穴の出入り口に枝を立てかけたら雨と風の侵入を防げる?」
「はいはい、そのようにしておきます――まったく、他人使いの荒いお嬢さんだ」
ラクティメシッスが嬉しそうに苦情を言った。
クルテが言った通り、西に少しばかり行ったところに湧き水の吹き出し口があった。
「クルテさん、どうして判ったんでしょう?」
不思議がるカッチーに、
「アイツの検知術は、ひょっとしたらラスティンを上回るのかもな」
とピエッチェが答えた。
「検知術なんですか?」
「うん、そだと思うよ……もっとも、森や山って検知しにくい。雑多な生き物がいるし、魔力溜まりがあったりもする。それらで術が乱されたり弱まったりで、普段通りに施術できない。クルテの魔力は森で目覚め、森で鍛えてるから、乱されにくいのかもね」
「へぇ、そんなものなんですね――ピエッチェさんは魔法が苦手って聞いてます。でも、いろいろ知ってますよね」
「ん? まぁ、家臣に魔法を使って貰うのにも、知識がないと指示が出せないからさ」
少しばかり誤魔化した。
知識だけじゃなく、ラクティメシッスやクルテほどでないにしても、それなりの魔法は使える。特にザジリレン王家に伝わる魔法は、血族でなければ使えないものだ。いずれ『おまえの母親はザジリレンの王女だ』とカッチーにも打ち明けるだろう。その時には王家の魔法の秘密も話すことになる。が、今はまだ明かせない。
「ラスティンさんが俺にも魔力がある……だんだん強まってるって言うんです」
それはピエッチェも感じていたことだ。
「そうか……カッチー、魔法が使えるようになりたいか?」
「俺にも使えるようになりますか?」
「鍛錬次第だけど、いい指南役を探すから心配ない」
そう言いながらピエッチェが思う――指南役なんか探さない。俺が自ら教えるしかない。王家の魔法を知っているのはカテロヘブとクリオテナだけだ。そんな魔法があることすら、他には誰も知らない。クリオテナだって、夫であるネネシリスにさえ言っていない。下手に指南役なんかおいたりしたら、特殊な魔法が使えることに気付かれてしまうかもしれない。だから俺がやるしかない。忙しい父が時間を割いて、俺に教えてくれたように……
「その指南役、ピエッチェさんじゃダメなんですか?」
「えっ? 俺か? 俺は魔法、苦手だからなぁ――さて、戻ろう。重いぞ」
持ってきた皮袋全部に水がいっぱいになっていた。
「俺、魔力は自覚ないけど、腕力が強くなったのは自覚あるんです」
複数の革袋を持ち上げ、カッチーが微笑んだ――
結界内に戻るとプエラリアが煮上がったところだった。空を見るとさっきよりも雲が厚い。
「洞穴ができあがるのにはまだ時間がかかるって」
だから雨が降り出すまでに、できるだけしておこうということらしい。
すっと立ち上がったクルテが
「狩りに行くよ、カティ」
とピエッチェの手を引く。取りに戻る手間を考え、置いたばかりの水袋を一つ手に取った。
「何を獲るんだ?」
木立を抜けながらピエッチェが問う。晴れていれば美しい木漏れ日に照らされていそうだが、厚く広がる雲に阻まれ薄暗い。
「水場の近くに沼があったんじゃ?」
クルテが足を止めずに言った。そう言えばぬかるんでいた。カッチーがずぶっと踏み込んで転びそうになったのを覚えている。そうだ、カエルが鳴いているなとぼんやり思った。
「あ……まさか?」
「まさかとは?」
ピエッチェの恐れにクルテがニヤッとした。
「食えるカエルだといいな」
「カエルって食えるのか?」
「毒がないカエルは食える……ブェーブェーと鳴くデカいカエルが居たらソイツを捕まえる」
「どうやって? 追いかけ回すのか?」
「まさか。そこら辺の枝を貰って網を作るから捕まえろ。まぁ、五匹でいいや。たくさんいたら、できるだけ多く」
って、捕まえるのは俺か?
「カエルの捌き方は知らないぞ?」
「血抜きして皮を剥いて内臓を取り除き水洗いして終わり。小さい分、ウサギや鳥より楽かも」
「やったことあるのか?」
「ないよ」
ないのかよ!
クルテが作った柄付きの網で五匹ほどカエルを捕まえたところで
「さっさと捌け」
と言われ、網をクルテに渡した。捕まえる端から頭を岩に叩き付けて失神させておいたカエルに止めを刺して血抜きする横で、クルテが次々にカエルを捕まえる。
「そんなにどうするんだ?」
「燻製なら日持ちする――今夜も明日もカエル」
ピエッチェがふと不安になって訊いた。
「カエルって……旨いのか?」
いや、食える程度の味なら文句はないが。
「鶏肉みたいだって。美味しいらしいよ」
血抜きしたあとは皮を剥いて内臓を取り、持ってきた皮袋の水で洗浄した。全部で三十匹だ。
「マデル、泣かなきゃいいけど」
「なんでマデルが泣く? 嬉しくて?」
クルテにはピエッチェの心配は通じなかったようだ。
戻ると結界内にはラクティメシッスだけだった。マデルとカッチーは鍋を持って洞穴に移動したらしい。
「急ぎましょう、ぽつぽつ来ました」
行ってみるとなかなか立派な洞穴に仕上がっていた。
入り口付近にリュネたちが入れられ、その先は土嚢のように盛り土があった。奥に向かって下降天井、盛り土を抜けるときは屈まなくてはならなかった。が、盛り土を過ぎると床が掘り下げられ、広く均された場所は充分な高さがあった。
「下手に掘ったら崩れそうだったので、天井はこの高さが限界かなと」
「火を焚いて大丈夫なのか?」
設えられた竈で鍋が煮えているのを見てピエッチェが訊いた。奥の空間は言わば窪地、酸素不足を危ぶんだ。
「抜かり在りませんよ。竹を見つけたので、節を抜いて空気穴代わりに使っています」
よく見ると盛り土から竹が突き出ている。
「そちらは? 何か〝いいもの〟が手に入りましたか?」
「うん、クルテが言うには旨いらしい。たくさん獲ってきたから、燻製にするって言ってる」
興味津々、寄ってきたマデルとカッチー、ピエッチェが出した肉を見て
「何かしら?」
不思議そうに訊くマデル、ラクティメシッスがニヤリと笑う。カエルだと判ったようだ。
「早速料理しますか? 今すぐ食べるのは塩焼きでいいのかな?」
皮を剥いてからある程度ばらしてある。まるままだとマデルにもすぐに判っていたかもしれない。
朝食を食べ始める頃には土砂降りになっていた。
「お嬢さんの予想が当たりましたね」
ラクティメシッスが微笑むが、クルテはカエルの骨を数えるのに忙しい。なぜ、食べ終えた後の骨を数えるのかは謎だ。
「あの空じゃなぁ……クルテじゃなくても、すぐに土砂降りになるって思うさ」
もっともなことを言うピエッチェに、マデルが
「うん、わたしもそう思ったわよ」
と笑う。
朝食は塩焼きにしたカエル肉をプエラリアと一緒にスープにしたものだ。なかなか旨い。カッチーが、
「これって、なんて鳥ですか?」
と訊いてきたが『判らないよ』と誤魔化すピエッチェ、ラクティメシッスが
「何肉なんでしょうね」
とニヤつく。
骨を数え終わったクルテが『サルナシを容れた袋、どこ?』と立ち上がって探し始め、マデルが『えっ?』と小さな叫び声をあげた。クルテの座っていた横の地面に並べられた骨はまるで標本、それを見てカエルだと察したらしい。数えていたんではなく、どの部位か確認していたのだろう。ラクティメシッスとカッチーがゲラゲラ笑い、ピエッチェが舌打ちして骨を片付けた。サルナシを持ったクルテが元の場所に腰を下ろす。
「だって、カティはマデルには言うなって。でもさ、それじゃあ食べられちゃった命が可哀想で……美味しかったでしょう?」
自分を見て問いかけるクルテにマデルは『えぇ、クルテの言うとおりね』と微笑むしかなかった。
雷鳴が聞こえ始めたのは昼頃からだ。夕刻には、どこか近くに落ちたらしく地響きがすることもあった。奇妙な声を上げるクルテを抱き締めるのに忙しいピエッチェ、ムッとした顔で呆れるマデル、カッチーはニヤニヤ笑っている。カエル肉の燻製の番は、ピエッチェからラクティメシッスが引き継いでいた。
雨は大降りになり小降りになりを繰り返す。雷も盛んに鳴り響いたと思えば遠ざかり、暫くするとまた鳴り響くを繰り返していた。
「この時期は、こんな天候が多いのですか?」
ラクティメシッスがピエッチェを見る。
燻製はとっくに出来上がり、冷まして袋に入れてある。夕食は朝の残り、ピエッチェとクルテ以外はとっくに食べ終わっていた。
「季節の変わり目だからな」
クルテに気を取られながらも答えるピエッチェ、最初の雷鳴からずっとクルテを抱き締めていた――




