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ふっとラクティメシッスが笑った。
「やはりゴランデ卿は外せないようです」
「ゴランデ卿って、クリオテナさまを離婚させて自分の妻にって言ったって噂の人物ですよね?」
カッチーが小声でマデルに訊く。そうですよ、と答えたのはラクティメシッスだ。
「自分にも王位継承権があるって主張してるんですよね?」
「えぇ、ピエッチェが言ってました」
ラクティメシッスとカッチーがピエッチェを見る。
ピエッチェは再び考え込んでいる。もう、クルテを見ていない。クルテもピエッチェを見上げるのをやめて、いつものことだが凭れかかってウトウトしている。マデルがポットに湯を注ぎ、カップを並べた。
「前王弟を養子に迎えた時から計画していた?」
淹れ替えられた茶を受け取りながらピエッチェが呟くように言った。マデルは、次にラクティメシッスにカップを差し出した。
「有り得なくはないですね」
やはりラクティメシッスはピエッチェと同じように、ジランチェニシスの王位継承権に気付いたようだ。
「うーーん……ゴランデ卿は自分の血筋を王にしたいんじゃないのか?」
「本音ではそうなんでしょうね」
「あの家がローシェッタ前王弟を養子にし、そののち迎えた養子が王宮騎士団に居たが早逝しているってのは、ザジリレンの記録にもある。間違いない」
そんなことまで覚えているんですね、ちょっと驚いたラクティメシッス、無視してピエッチェが続けた。
「だが、現当主の早逝した義弟に子がいた記録なんてない。つまり、少なくともザジリレンでは、ジランチェニシスはローシェッタ前王弟の血筋だと主張できない」
「あぁ、確かにそうですね――ザジリレン王宮は我がローシェッタのように記録を改ざんされたりしないでしょうしね」
「あっ?」
ラクティメシッスの皮肉にピエッチェがハッとする。
「魔法使いが目を光らせているローシェッタで成功してるんだ。ザジリレンの記録が書き換えられてたって可怪しくない」
ラクティメシッスがうっすらと微笑んだ。
「ピエッチェが記録を確認したのは?」
「王太子の頃から何度も目を通してる。で、貴族名鑑を最後に確認したのは即位してからだ。その時、ゴランデ卿についてもじっくり読んでいる――俺の記憶に間違いはない」
「随分な自信ですね」
「顔を合わせたことのない貴族も多い。まぁ、顔が判らないのは仕方ないとして、名を告げられて『おまえは誰だ?』じゃまずいと思って必死に覚えた」
覚えているのはそれだけじゃない。ザジリレンについては地理や歴史、その他もろもろ、子どものころから必死に学んだ。生前の父王を除いて、誰よりも知識があると自負している。
「ってことは、もしも改ざんが行われたとしたら、カテロヘブ王が行方不明になってからってことになりますね」
手にしたカップを覗き込むラクティメシッス、受け取ってから、まだ一口も飲んでいない。
「そう言えば」
とピエッチェがラクティメシッスを見る。
「前王弟の悪行も記録されているのか?」
「いえ、そこは書かれていません――まぁ、ローシェッタの上層部では公然の秘密ですから」
「そうだよな。そんなことを記録に残すはずがない。改ざんしたヤツだって、王位を狙っているなら隠したいはずだ。もちろん『名目通り』の理由でザジリレンに渡ったことになっていて、『厄介払い』なんて書かれちゃいないんだろう?」
ピエッチェとラクティメシッスが見交わして軽く笑った。
そしてピエッチェが溜息を吐く。
「ジランチェニシスの父親……前王弟の子を産んだのは誰だろう?」
「なぜそこで溜息?」
訝るラクティメシッスをチラリと見てからピエッチェが答えた。
「ゴランデ卿が自分の血筋を王にすることを諦めたとは思えない――前王弟の子を産んだのはゴランデ卿の身内の誰かだ」
ラクティメシッスがジッとピエッチェを見た。
「えっと……たとえば前当主の妹とかですか?」
ピエッチェもラクティメシッスをジッと見る。が、こちらはすぐに目を逸らした。
「ここ数代、ゴランデ卿で娘を持ったのは前当主だけだ。現当主の姉になるが、十三で急死している」
「だとしたらピエッチェが言ったゴランデ卿の身内って話は成立しないのでは?」
「十三って、子は産めるよな?」
「あ……」
ラクティメシッスが蒼褪め、マデルが暗い声で言った。
「個人差はあるけど、産めないってこともないわ――その娘さんの死因は?」
「原因不明の急死――お産に堪えられなかった可能性があると、今は考えている」
やはり暗い顔で答えるピエッチェ、カッチーが
「もしそうだとして、前ゴランデ卿は娘を前王弟に差し出したんでしょうか?」
とピエッチェを見れば、ラクティメシッスが呟く。
「前王弟が無理やりってことも考えられますよね?」
「そうね、十三歳なら、自分の変化にも気づけないかもしれない。それに……乱暴されたなんて言い出せないと思う」
涙声のマデル、父親に利用されたと考えるより、そのほうが慰めになると思ったようだ。だが、それでも怒りと同情で心が震えるのだろう。
乱暴された娘が自分の妊娠に気付かず、堕胎の時期を失した――だが、そうだろうか? 言いはしないがピエッチェは、前ゴランデ卿が娘をローシェッタ前王弟に差し出したと思っている。
十三歳だろうがそのうち腹は膨らんでくる。家人が気付かないはずがない。その時マデルの考え通り堕胎できなくなっていたとして産み落とされた子は、それこそ養子に出され隠されるのではないか?
あ、違う……急死したことしにして、ベスク村のコテージに隠したんだ。その時、娘の世話をしたのがデッセムの祖母のノホメ。
ノホメが宿の主人と一緒になった経緯を話した時、ベスクの森の女神はノホメの女主人が『わたしの夫を誘惑するなんて』と罵ったと言っていた。前王弟を夫と、自分を妻と認識していたってことだ。
政略結婚なんてありふれている。ジランチェニシスの父の母が前ゴランデ卿の娘なのだとしたら、貴族に生まれた者の宿命として、前王弟との結婚を承知するしかなかったのではないか? だが、婚姻が許されるのは十五を過ぎてから、だから十五になるまでローシェッタ国ベスク村に隠れていろ。十五になったら明らかにすると言い聞かされた。
しかしそうだとしたと、娘の急死を届け出るはずがない。屋敷不在は病気療養とできるのだから、なにも死んだことにすることもない。が、ここまで考えてピエッチェ、急死が届けられた時期と前王弟の息子の年齢を計算した。そして息を飲む。
もしも前ゴランデ卿の娘が前王弟の息子の母親なら十二歳で産んだことになる。一年近くの妊娠期間を考えると――くそッ! 前王弟は人物的に難がある、よぉーく判ったよ!
ギュッと顔を顰めたピエッチェ、ラクティメシッスが
「想像するだけで胸糞の悪い話ですよね」
とカップを口元に持って行く。俺が今、考えたことをこいつはどこまで判って言っているんだろう?
前ゴランデ卿はいろいろな思惑から、養子に迎えたローシェッタ前王弟に娘を与えたのではないか? それはきっと、養子に迎えた時から……そして娘は成長し、妊娠可能な身体になるとすぐに子を宿した。命を落としたのはきっと出産して一年ほど。死亡の届け出は虚偽ではなかった――そう考えるのは深読みし過ぎか?
「いっくら想像したところで、真実が判明するわけじゃない。だから気分を悪くしたって意味がない」
ウトウトしていたクルテが身体を起こしてラクティメシッスに言った。
「それにね、カッテンクリュードに乗り込むんでしょ? 想像したいなら、王宮記録庫で改ざんされた記録を読んでからのほうがいいかもね。案外事実が書かれているかもしれない――それより、もう寝ようよ。朝になっちゃうよ?」
再びピエッチェの腕に凭れかかるクルテ、目が覚めたんじゃないのかよ? それもそうですね、とラクティメシッスたちも寝支度を始めた。カッチーは『俺、朝、起きられるかなぁ? それより眠れるのかな?』と不安そうだ。長話、しかも重苦しい話に頭が冴えてしまっているのだろう。
クルテを毛布に巻き込み、ピエッチェも横たわる。胸元のクルテがニマッと笑んで目を閉じた。すぐに寝息を立て始める――そうだな、クルテ。おまえの言うとおりだな。想像したことに腹を立てるなんて間抜けだ……ピエッチェも目を閉じた。
――こうばしい匂いに鼻孔を擽られ、ピエッチェが目を覚ます。肉が焼かれる匂いだ。起きているのはクルテだけ、カッチーからは鼾が聞こえる。
枝で作った串を刺され、炙られているのはキジ肉のようだ。一羽を五等分したような形、大きさはまちまちだ。
「塩は降ったのか?」
「塩と胡椒、ラスティンがそこに出してくれた」
「うん? アイツを起こした?」
「うん、焼けたらまた起こしてくれって」
手伝いもしないで寝たのかよ。
火には鍋も掛けてあり、ぐつぐつと煮えている。
「スープ?」
「うん、ウワバミソウとノビル、それと毒のないキノコ」
はいはい、毒のあるのは間違っても入れるなよ。
「まだパンもある――でも、朝食べたら終わり。今度パンが食べられるのはデネパリエル」
悲しそうなクルテ、確かクリームの入ったパンが好きだった。
「サウゼンにだってパン屋くらいあるさ。クリームが入ってるのがあるかもしれないぞ」
気持ちを浮き立たせようとするピエッチェに、
「ううん、サウゼンには寄らない。あそこは行き止まり。何しに来たって訊かれたら答えられない――きっと村人全員が知り合い」
クルテが鍋をかき混ぜながら言った。
「じゃあさ、早く山を抜けてデネパリエルに辿り着かなきゃな……ところで、キジを捌いたり、山菜やキノコを探したりしたのは起きてからだろう? おまえ、いつ起きたんだ?」
「それ、聞く?」
「あぁ、日の出か……ちゃんと寝たのか?」
「寝たよ。ちゃんとかどうかはよく判らない――カティはぐっすり寝てた」
「うっ……おまえが起きても気が付かないんじゃ、問題だな。襲撃されたらひとたまりもない」
「コーンレゼッチェの森では誰もカティとカッチーを襲ったりしないから安心して眠れ」
労わられた? それとも命じられた? どっちつかずの微妙さに、ピエッチェが苦笑する。
「ねぇ、なんでみんなカティって呼ばないの?」
「うん?」
「カテロヘブはダメ、ピエッチェも使い難くなった。だからカティにしようって言ったのに」
「あぁ、そう言えばそうだったな――そう決めてから、人目がある場所に行っていないからだろうね」
「そっか……でも、わたしはカティって呼んでいい? それともヘン?」
今さらラクティメシッスたちがヘンに思うことはない。三人とも、クルテはカテロヘブの恋人だと認めている。
「あぁ、好きにしろ」
ピエッチェが微笑んだ。




