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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
19章 失われた王女

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 (とっ)に伸ばした手で、カッチーの腕を掴んで沼とは反対側に放り投げた。投げられたカッチーは思い切り後ろに飛ばされ倒れ込んだ。が、構っちゃいられない。カッチーを投げた腕とは反対の手をクルテに伸ばしていたが、それは左腕、肩がずきりと痛む。そんな痛みを無視して必死にクルテを捕まえようとした。クルテも腕をこちらに伸ばしている。


 なぜだろう? なんでこんなに緩慢なんだ? 動きも時間も()()()()()(ショ)()に感じる。まるでコマ送りのようだ。指先がクルテの手を探し、もうちょっとで届きそうなのに宙を掻く。どこかで叫んでいるマデル、リュネの嘶きもぼんやりと遠く、まるで夢の中のようだ……


 バシャン! クルテが水しぶきを上げ、自分もそこに落ちていく。水でくぐもる聴覚、沈んでいくクルテ、途端に感覚が戻ってくる。目が覚めたってのとは違う。時間の動きが通常に戻り、緩やかに感じたすべてが元通りだ。


 水の冷たさを感じながらクルテを探し、水底に向かってクルテを追った。


 クルテが見上げている。深い緑色に輝く瞳で俺を見詰めている。俺を求めてる。大丈夫だ、俺はここだ。俺もおまえを求めている……


 必死で水を掻き、追いつこうと手を伸ばす。柔らかにほんのり温かい細い指……捕まえた、もう離さない。俺から離れるなんて許さない。


 クルテを小脇に抱いて水面を目指す。水から顔を出し大きく息を吸い、クルテを引き上げた。大丈夫、クルテの意識もしっかりしてる。ピエッチェの胴にしがみついて、ちゃんと首を水面の上にあげた。あぁあ、おまえ、ずぶ濡れだな……ま、俺もか。


 でもここからどうする? 護岸は随分高い。ニコリともしないでラクティメシッスが見降ろしている。


 と、浮力が強まったのを感じた。浮力どころじゃない。あっという間に身体が空中に引き上げられた。降ろされたのはカッチーの横、カッチーは失神しているらしい。マデルが

「しっかりして!」

と揺さぶっている。


 怖い顔でラクティメシッスがこちらを睨み付けている。そうか、引き上げてくれたのはあんたか……あんたの魔法か。仲間に魔法使いが居て助かった。


「ったく! お嬢さんを甘やかすのも大概にしてください」

「うん、済まなかった」

「起きられますか? さっさとキャビンに乗って――早くここから離れましょう」

ラスティン、そんなに怒るなんてあんたらしくない。何をそんなに怒ってる?


 カッチーが『(いて)て……』と(うめ)いている。それをマデルが助け起こした。リュネはすぐそこに来ている。タラップはさっきの場所に転がっている。


 立ち上がったピエッチェ、クルテに手を貸して立たせようとするが、ピエッチェを見たクルテが視線を沼に戻してしまう。

「また魚を追っかける気か?」

「ううん、そうじゃない」


 (ぎょ)しゃ台に乗り込もうとしていたラクティメシッスが振り向いた。

「ウイッグは魚が持って行ってしまいました。どこにあるか判らないので、魔法でも取り返せません」


 ハッとしたピエッチェが自分の頭を撫でているうちに、タラップがヒュンと飛んできてキャビンの出入り口に落ち着いた。そうか、ラクティメシッスが怒っているのはこれか。沼に落ちて溺れるより、ずっと危険な状態になった――カッチーがマデルに支えられて、キャビンに乗り込むのを茫然と見守った。


 キャビンに乗り込む直前、ピエッチェの髪も服も靴の中も乾いたのは魔法、使ったのはクルテかマデルか? 靴が水中で脱げてしまわなかったのはラッキーだ。


 珍しく、クルテがマデルに半べそで謝っている。

「気にすることないわ」

マデルはクルテの頬に軽くキスしてから(ぎょ)しゃ台に向かった。すぐにタラップが貨物台に飛んでいき、ラクティメシッスがリュネを走らせる。


 沖に出ていた舟が船着き場に戻りつつあった。一番最後に出航した舟に乗っていた二人の男は既に岸に上がり

「そこの馬車、待ってくれ!」

大声で叫んで追ってくる。二人は、ウイッグが取れてしまったピエッチェの顔を見た。


 水面に上がった時、前方に見えた舟にいる男と目が合ったのは判っていた。息を止め目を見張る男、その驚愕が何を意味するのかその時は判らず、沼に落ちたことに驚いているのだと思っていた。ウイッグがないことに気が付いてから(ようや)く気が付いた。冷えたのは水に濡れたせいだけじゃない。


 ラクティメシッスが言う通り、なにしろここから早く立ち去らなくては……うかうかしていれば警備隊を呼ばれる。どこかで『国王』と聞こえたのは空耳じゃなさそうだ。


 ガタガタと軋むキャビンがシューパナ街道に乗り入れ、速度をあげる。ラクティメシッスの魔法の気配は見えず聞こえず魔法だ。続いてクルテの魔法、

「馬車の(わだち)を魔法で消してる」

ボソッとクルテが言った。いくら見えず聞こえず魔法でも道に轍が残っていれば、行き先が知られてしまう。


 リュネには宙を行く気がないらしい。(ぎょ)しゃ席ではラクティメシッスが焦れているだろう。空を飛んでくれれば、クルテが轍を気にする必要もない。どうしてリュネは飛ばない? クルテがそう指示したのか? それともコーンレゼッチェ山上空を支配する魔物を気にしてか?


 カッチーは何も言わず、肩をぐるぐる回している。急に力いっぱい引っ張られ、関節が外れかかったのかもしれない。


 やや乱暴に覗き窓が開けられて、マデルの声が聞こえた。

「もっと静かに開けられないの?」

これは(ぎょ)しゃ席にいるラクティメシッスのへの苦情、それからキャビンを覗き込み、

「買い物、どうする? 決めろってラスティンが……」

遠慮がちに訊いてきた。


 ピエッチェが答える前に馬車が速度を緩め道の端に寄った。中央を疾走する二頭の馬を避けたのだ。きっとスワニーからの追手、伝令を兼ねているだろう。少なくとも次の村には『国王らしき男が居た』と言う情報が、ピエッチェたちより先に届く。


 スワニーで買い物を済ませ、どこにも寄らずゼレンガの手前でコーンレゼッチェ中腹の村サウゼンまで行ける脇道に入るつもりでいた。途中、材木や家具を運ぶ荷馬車相手で賑わっている村が幾つかあるにはある。だが……〝情報〟が先についていると思ったほうがいい――『国王らしき男の目撃情報』は、具体的にはどんなものになるのか?


 国王が居たと言われるのか? 国王に化けた男が居た、となるのか? そうだ、カッテンクリュードでは、国王は魔物になったと言われているんだった。目撃情報はこの周辺の集落に大混乱を招くだろう。


「このままコーンレゼッチェ山に入る――山に入れば食料はなんとかなると思う。最悪、狩りをすればいい」

「判った」

マデルが頷いて覗き窓を閉める。追手をやり過ごした後は速度を上げていたが、さらにリュネの足が早まった。


「カッチー、ごめんね」

クルテが囁くような声で言った。するとカッチーがニヤッと笑った。

「いやさ、俺、クルテさんを助けるつもりだったのに、ピエッチェさんの足を引っ張っちゃいましたよ」

「えっ? ピエッチェが沼に落ちたのって、カッチーが足を引っ張ったから?」

クルテの勘違いに、カッチーはニコニコだ。もう肩を痛がっている様子はない。


「俺まで落ちそうになったから……俺を助けたからクルテさんには間に合わなかったし、ピエッチェさんも――」

「違う! そんなことあるもんか!」

ピエッチェの低く殺した声がカッチーの言葉を塞ぐ。

「カッチーは何も悪くない。俺がちゃんとクルテに『(おと)しくしとけ』って言わなかったのがいけないんだ」


「わたし?」

クルテがピエッチェを見上げる。

「わたしがいけなかった?」


 あぁ、そうだ。おまえのせいだ。おまえが(はしゃ)がなきゃ、こんなことにはならなかった――一瞬心に浮かんだ言葉、それを慌てて否定する。沼を覗き込むクルテに危うさを俺は確かに感じてた。だけどクルテを止めなかった。だからクルテは沼に落ちた。


「いや、俺がおまえに甘すぎるのがいけない」

ピエッチェが溜息を吐く。そもそもこんなところで無駄に時間を潰すべきじゃなかった。進むうちに店が開き始める時刻になる。そこまで行っておけばよかった。


 じっとピエッチェを見上げていたクルテが首を(かし)げる。

「あなたは……何も悪くないよ?」

またそれか、うんざりするピエッチェ、カッチーは気まずく窓の外を見ている。

「だって、ウイッグを外せって言ったのはスワニーの女神だもん」


「えっ!?」

「今、なんて言いました?」

思わず声を上げるピエッチェ、カッチーも驚いて視線をキャビン内に戻しクルテを見る。


「昨夜、言われた。この国の王が、なんで身分を隠してコソコソしてる? って。事情を説明したけど、王の誇りを忘れるなって聞く耳を持ってくれなかった」

「クルテさんも女神に話しかけられたんですね」


 カッチーは嬉しそうだ。心のどこかで女神に話しかけられたなんで思い違いじゃないかと思っていた。だけどクルテも女神の声を聞いたなら、思い違いじゃない。二人は話を合わせてくれただけかもと考えたのは、思い違いだと納得できる。


「なんでここに居るって訊かれた。でさ、いろいろ話したけど、最後にウイッグのことを言われたんだよ――そう言われても今すぐ外すわけにはいかない、理由をローシェッタの二人に説明できない。スワニーの森の女神に遭遇したって言ってもいいの? って脅してやった」

クルテがニヤリとする。

「そしたらさ、沼に来ればラクティメシッスとマデルも納得する理由を作ってやるって言われた。で、『魚は水面で光る。それを追え』って。だから言われたとおりにした。まさか、沼に落とされるとはね……水面から出てきた手、二人には見えなかった?」

スワニーの女神に引きずり込まれたってことか?


「いいえ、まったく見えませんでした」

うん、カッチー、俺にも見えなかった。


 女神は気配も消していた。だからラクティメシッスやマデルも気付いていないはずだ。


「しかし、参ったな」

「森の女神に素性を明らかにせよって言われたんだ。もう国王だってこと、隠してちゃダメってことだよ」


 そうは言っても、まだ誰が敵で味方なのか、判ってないんだぞ? それに、こんな重要な事、ラクティメシッスに相談なしに決断できない。俺が国王だと大っぴらにしたら、一緒にいるのは誰だって騒がれることになる。


 ローシェッタ国の王太子が所在不明だったザジリレン国王と密入国……そう言われたら、どうやってザジリレン王宮を黙らせたらいいか? ラクティメシッスに何かあったら、どうローシェッタ王宮に詫びればいい?


「カッチー、お(なか)()いたでしょ?」

ピエッチェの心配をよそに、クルテはケロッとしている。


「山に入ったらすぐに野営できる場所を探して火を(おこ)そう。一羽でいいからキジが出てきてくれるといいな」

「丸焼きですか? 旨そうです。ますます腹減ってきました」


 空腹なのはクルテ、おまえだろう? でもそうだな。食料は山に頼ればいい……

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