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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
19章 失われた王女

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 スワニーの森の女神はいったい何をカッチーに告げたのだろう? 気になるところだが、問い詰めるようなことはしたくないピエッチェだ。根掘り葉掘り訊きだすのはやめよう、カッチー自ら語ることだけ聞ければいいと思っている。


 ところがカッチーには訊きたいことがたくさんあるようだ。

「森の女神って、美しい女性の姿って物語にあったけど……話しかけてくるのに、どこに居るのかは判りませんでした。川が女神なんですか?」


 するとクルテが笑う。

「女神が川なら女神像は作れないね」

「それもそうですね――ここの森の女神は恥ずかしがり屋? それとも俺には見られたくなかった?」

「わたしにも見えなかったから、そんなことはないと思う。だいたい、恥ずかしがり屋なら、最初から出てきやしないよ」


「俺のこと、『ローシェッタ臭い』って言ってました。森の女神はローシェッタが嫌いなんでしょうか?」

「ここはザジリレンだからね。よりザジリレンが好きってことなんじゃない? 嫌いかどうかは女神に訊かなきゃ判らないよ」

「ローシェッタで育ったからかもしれないって答えたら……」


 深刻な顔で口籠るカッチーに、

「答えたら?」

クルテが続きを促した。


「おまえの父親はローシェッタの民だって言われました。俺、母から『父親はザジリレンの騎士』って言われてるんです。女神でも間違えるんですか?」

クルテがじっとカッチーを見る。それからクルッとピエッチェを見上げた。

「どう思う?」


 そんなこと、俺に訊かれてもなぁ……カッチーを見ると真剣な顔でピエッチェを見ている。答えないわけにはいかないと感じた。


 森の女神が間違えるとは思えない。だからと言ってカッチーの母親が息子に嘘を言うだろうか? 嘘じゃないとしたら、父親は母親を騙していた? でも、そんなことをカッチーに言っていいのか? だいたい父親が騙していた確証もない。


 困ってしまって答えられないピエッチェ、クルテはピエッチェを見詰めたまま、

「ローシェッタの民がザジリレンの騎士になったってことはない?」

と訊いてきた。あぁ、なるほど……


「うん、互いに有能な人材を派遣しあって、文化や技術の交換をしたりしてる……交流か。それが武人ってこともないわけじゃない」

ピエッチェが解説する。同じことをクルテが言うより、ピエッチェの方が説得力がある。だからクルテはピエッチェに言わせたかった。


 カッチーは納得したようだ。

「そうですか。そういうことなんですね」

ホッとするカッチー、その顔を見てピエッチェもホッとする。そしてクルテもやっとピエッチェがら視線を外した。


「女神は他に何か言ってた?」

クルテの質問に、カッチーも視線をクルテに戻す。

「えっと……キャルティレンぺスの女神に頼まれたら祝福しないわけにはいかないって言ってました」


「キャルティレンぺス?」

訊いたのはピエッチェだ。キャルティレンぺス山は上空を抜けただけで女神と接触した覚えがない。それなのに祝福?


「はい、そう言ってました――でも不思議ですよね。なんで俺なんかを祝福してくれたんだろう?」

「ザジリレン王の側近だからじゃない?」

これはクルテ、

「そっか、それでなんですね」

カッチーがニッコリ笑う。どうやらクルテは巧くカッチーを誤魔化したようだ。


 森の女神は王族しか祝福しない。女神関連の本をたくさん読んでいるカッチーは知っているはずだ。だけど今はまだ、カッチーに母親の素性を知らせるには早い。クルテはその場しのぎを言っただけ、カッチーもそのうち『王の側近』だろうと王族でなければ女神が祝福することはないと気づくだろう。


 それにしてもなぜキャルティレンぺスの森の女神はスワニーの女神に頼んだりしたのだろう?


「身体の内側が熱くなった?」

クルテがカッチーに、ニッコリと訊いている。

「はい! あれが祝福なんですね。酒を飲んだ時と似てるけど、熱くなったのは一瞬だけでした――でもクルテさん、祝福の効果ってどんなものですか?」


「んーっと……ピエッチェ、知ってる?」

また俺に振るのかよっ?


「一般的に言われているのは守り……その女神の森ではどんな生物も敵対してこなくなるらしいね」

だからクルテはカッテンクリュード三山に拘るのか。王都を囲む三つの山の祝福が揃えば、だれも敵対できなくなる――って本当に?


 いいや、どこかで矛盾している。どこに矛盾がある?


「あっ! あれがスワニー沼ですね!?」

カッチーが窓の景色に歓声を上げた。

「うわぁ、すっごい神秘的ですね……ピエッチェさんも見てくださいよ」


 うん? とピエッチェも窓に目を向ける。木立の切れ切れに、緑がかった乳白色の水面が見えた――


 シューパナ街道を外れ、左に降りれば沼の(ほとり)だ。護岸工事が施され、右に行けば人家が立ち並び、左は船着き場になっていた。(もや)い綱に繋がれた何艘かの小舟が水面に合わせてユラユラと揺れている。中には沖に出る用意をしている舟もある。


 坂道を降り切って、ラクティメシッスが馬車を停めた。すぐに覗き窓が開き、

「どうしますか?」

と訊いてきた。

「漁に出る支度をしている人がいます。話を聞いてみましょうか?」


「支度に忙しいだろうから、迷惑なんじゃないかな?」

「それじゃ、集落の方に行きますか? 思った通り店は開いていませんよ? それに、馬車を置いておける場所もなさそうです」

「沼を周遊できるはずなんだけど……徒歩でってことなのかな?」

「うーーん……この大きさなら、徒歩でもさして時間はかからないでしょうけど、馬車を放置できないですよね」


 魔法で見えなくすることはできる。だけど船着き場には作業する人々がいる。見られるのはまずい。さて、どうするか?


 ピエッチェが迷っているうちに、クルテがキャビンから降りてしまう。慌ててカッチーも飛び降りて貨物台からステップを運んでくるが、キャビンに居るのはピエッチェだけだ。まぁいいか、乗る時にはステップがあったほうがいい。


「舟で漁に出るみたいだね」

クルテが船着き場のほうを見て言った。近くに投網が干してある。

「どんな魚が獲れるのかな?」

畔ギリギリに立って沼を覗き込んでいる。


「この沼、底の方で温水が湧いてるんだ。そのせいか、魚の成長が早くて丸々と太るらしい。フナとかが多いって話だな」

ピエッチェもキャビンから降りてきて、半ばクルテに呆れながらそう言った。やっぱりコイツ、まるきり子どもだ……


「乳白色に見えるのに、水は透明なんですね」

カッチーもクルテと並んで沼を覗き込んでいる。


「乳白色に見えるのは、水に漂ってる藻の色らしいよ」

「そうなんですね……でもピエッチェさん、藻なんか見えませんよ?」

「水底の方にあるのかもな」

「それ、()しくない? 水底からは温水が出てるんでしょ?」

クルテの疑問、ピエッチェが苦笑する。

「水底全面から出てるわけじゃないだろうよ」


 ラクティメシッスとマデルも(ぎょ)しゃ台から降りている。

「あのあたり、色が微妙に違いませんか?」

ラクティメシッスが指す方を見ると、確かに緑色が濃い。集落の向こうだ。


「水が淀んでるんだろうね。集落の合間に見える川はコーンレゼッチェ山から流れ込んでるんだけど、河口あたりは乳白色も薄い」

ピエッチェが言うとおり、集落を分けて川が流れ込んでいる。

「で、沼の水は船着き場の向こうにある川に流れ出てる。昨日、借りた庭の横を流れてた小川だ。温水や川の流れで出来た水流で、沼の色に濃淡ができる」


 コーンレゼッチェ山からの流れならクッシャラボ湖が水源――モシモスモネン川の支流の一つってことだと思い出し、ザジリレン国の国土の狭さを改めて感じるピエッチェだった。


 クッシャラボ湖はコーンレゼッチェ山の中腹に位置する。雨水だまりと考えられているが出口は一つきり、それがモシモスモネン川だ。緩やかに山肌を伝い谷を抜けローシェッタ国に流れ込んでいる。そして幾つにも分岐している。支流はローシェッタ国だけでなくスットイッコ国にも流れ込んでいるし、途中で枯れて消えてしまうものもある。


 スワニー沼に流れ込んでいるのはクッシャラボ湖・モシモスモネン川から直接分岐したものでない可能性もある。クッシャラボ湖の水量を考えるとモシモスモネン川に流れ込むだけでは足りない。地下水脈の存在を否定できなかった。コーンレゼッチェ山のどこかで湧きだして川となり、流れ込んでいるのかもしれない。


 船着き場を離れた小舟が沼の中ほどで網を投げている。間をおいて何艘かが漁を始めた。最後の小舟が陸を離れたところだ。


「あ、何か光った……」

熱心に水底を覗き込んでいたクルテがニマッと呟く。

「きっと魚だ。あれって食べられるのかな?」

そっちかよっ!?


「クルテさん、そんなに乗り出すと落ちますよ」

「大丈夫、気を付けてるから」

隣で冷や冷やするカッチー、クルテは目で魚を追うのに夢中だ。本当に大丈夫なんだろうか?


「あっ! また光った、すぐそこ!」

どんなに追いかけたところで捕まえられやしないぞ。護岸の高さは水面から、優に俺の背を越える高さがある。って、落ちたら助けられない?


「クルテ、やっぱり可愛いわね」

後ろでマデルの笑い声、

「可愛い……?」

そこで言葉を止めたのはラクティメシッス、完全に呆れているんだろうが、マデルの手前悪くは言えない。


「可愛いって言うよりも? うーん、無邪気?」

マデルは()()()()()受け止めたようだ。きっとラクティメシッスは肩を(すく)めたことだろう。クルテを監視するのに忙しいピエッチェに、ラクティメシッスを見る余裕はない。すぐそばにいて、落ちそうになったら受け止める気でいる。


 クルテは護岸の上を船着き場のほうに魚を追っている。カッチーがすぐ横に、ピエッチェは沼とクルテを挟む位置で、クルテについて移動している。


「あっ! 向こう! 魚が跳ねた、いっぱいいる!」

叫ぶとクルテが急に駆けだした。

「おい!」

「クルテさん!」

慌てるピエッチェとカッチー、気にすることもなくどんどん行ってしまうクルテ、後ろで

「クルテらしいね」

マデルの笑いを含んだ声がお気楽に聞こえる。ラクティメシッスは何も言っていないのか、声が小さすぎて聞こえないのか?


 すぐに追いついたもののクルテが止まることはない。嬉しそうに沼を覗き込みながら速足で進み続ける。少し腰が引けているカッチー、ピエッチェはクルテから目を離さない。


 クルテが止まったのは、誰かが餌でも撒いたのか、ピシャピシャと無数の魚が飛び跳ねている前だった。

「なぁんだ、たくさんいるけど、ちっちゃいのばっかり」

残念そうにクルテがピエッチェを振り返る。


「あ……っ?」

振り向いた勢いで足を踏み外したクルテの顔色がサッと変わる。

「クルテさん!」

やはり慌てたカッチーもバランスを崩した。

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