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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
19章 失われた王女

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 シューパナ街道から王都カッテンクリュードに出るには終点ゼレンガを抜けてコーンレゼッチェ山の山際をぐるりと回るデッチェンカ街道を行くのが普通だが、今回は山中を行くことにしている。その山道も途中までだ。中腹の村サウゼンが終点で、その先に道らしいものはない。


 サウゼンに繋がる脇道の入り口はシューパナ街道ゼレンガの少し手前にある。その部分ではシューパナ街道と見た目に変わりなく、僅かに進んだだけで狭く険しい道に変わるとは想像つかない。


 シューパナ街道を進むうち、日没が迫る。ゼレンガまではまだ遠い。


 もともと森だったところに通した道だ。道幅はとても広いが右も左も(うっ)そうとしている。そろそろ夜行性の獣や魔物が動き出すだろう。急いだほうがいい……そう思うのに、急にリュネが速度を落としはじめた。


 薄暗くなったのだ。急いでいるのはリュネも察しているはずだ……()もなくリュネが足を緩めるなんて考えられない。何か危険が迫っている? 緊張するピエッチェ、だが考え過ぎか? リュネの動きはのんびりで、警戒しているようには見えない。


 するとクルテが()じろぎ、前方を見透かすような仕草をした。 

「火が付いた?」

ポツリとクルテの声、すると前方右側に(あか)りが()いた。


「あ、まただ……あれ?」

最初の灯りより向こう、そして左側にも、次々に灯りが点けられていく。気が付けば道は左右からほんのりと照らされている。近づくにつれその灯りは窓からのもので、家が立ち並んでいるのが判った。


「こんなところに集落はなかったはずだ」

「これって集落?」

「うーん……」


 何軒もの家が、それぞれ街道に面して建っている。家の後ろは森なのが、暗い中でも判る。横並びの家はどこまで続いているのだろう?


 そもそもザジリレンでは街道沿いの集落と言えば、道の片側奥に向かって広がっているのが通常だ。街道に面して家を建てること自体を認めていない。つまり、ここに誰かが住んでいれば、それは違法ってことになる。


 キャビンの覗き窓が開き、ラクティメシッスが顔を見せた。

「今夜はこの村に泊まるんですか? それにしても変わった作りですね」

ピエッチェの気も知らず訊いてきた。さらにリュネは容赦ない。ビヒヒと鼻を鳴らすと、足を止めてしまった。

「おい、リュネ!」

ピエッチェは慌てるが、クルテは

「疲れたんじゃない? お(なか)()いたのかも」

(ぎょ)しゃ台から降りてリュネに向かった。ちっと舌打ちしたピエッチェも(ぎょ)しゃ台を降り、こちらはキャビンに向かった。


 こんなところに集落はない、しかも街道沿いに家を建てることは許されてないと聞いたラクティメシッスが

「それで怖い顔してるんですね」

クスリと笑う。笑い事じゃないと、ますますピエッチェの機嫌が悪くなる。


「こう言ったことを管轄するのは?」

ラクティメシッスの質問に

「地区統括責任者だ。もっとも、本人がこんなところに来ることはないから、部下が目を(つぶ)ればやりたい放題だな。ゼレンガの連中は気が付いてても、見て見ないふりしてるんだろうよ」

ピエッチェがブスッと答える。


 話しているのはキャビンの中、ピエッチェと入れ違いに降りたカッチーはリュネに水と飼葉を与えている。道のど真ん中だ。だが時刻が遅いからか、通行するものは徒歩も騎乗も馬車もなかった。


「もう少し先にスワニーって村がある。小さいが神秘的な沼がある観光地、もちろん宿もある」

ところがカッチーが慌ただしくキャビンのドアを開けて

「リュネ、寝ちゃいました」

と困り顔で言った。

「クルテさんも一緒です」

「はぁ!?」


 キャビンを降りて見てみると、リュネに寄り添って横たわるクルテ、

「なんで道端で寝るんだよっ!?」

すっとんで行ったピエッチェが立たせようとするが、力なくフニャフニャしている。

「……腹()ってるのはおまえか?」

呆れるが、こないだみたいにぶっ倒れられても困る。


 おまえ、レシグズームで買った果物、俺の分まで食べたじゃないか。いや、別に食いたかったわけじゃない。食いたかったワケじゃないぞ! そんなに食べたのになんで餌切れを起こすのか、そこに腹を立ててるんだ――情けないやら腹立たしいやら、いっそここに置いて行くかと思ってしまう。が、思ったところで()()()()ない。仕方なく抱きあげようとする。すると今度はリュネだ。クルテの身体の上に首を回して邪魔をする。


 ふぅん、ここから動くなってか? ここに何があるって言うんだ? ピエッチェが周囲を見渡した。


 材木を積み込んだ大型の荷馬車がすれ違っても余裕のある道幅は材木運搬の荷馬車以外にも、普通の荷馬車や人を乗せる馬車、徒歩や騎乗で通行する人々が同時に利用できる。さらに畑や牧草地に牛や羊を追っていくにも充分だ。平均的な民人の家ならば庭を作っても四軒は建てられるだろう。


 そんな道を挟んで向かい合わせに立つ家々は、割と大きなものばかりだ。どの家も今は一階にしか照明を入れていないが見える限り全部二階建て、耳をすませば食器の触れる音や(なご)やかに話す声が聞こえてくる。そうか、そろそろ夕食を摂る時刻だ。そう言えば、美味しそうな匂いが漂っている。


「リュネ、()でも動きませんねぇ」

なんとかリュネを立たせようとしていたカッチーが弱音を吐く。待ち草臥れたのか、ラクティメシッスとマデルもキャビンから降りてきた。


「こら、クルテ。起きなさいよ」

マデルはクルテを起こそうとしているが、ラクティメシッスはぐるりと周囲を見渡してから

「家の中に居るのは生きた人間で間違いなさそうですね」

と、他人が聞いたら『何を当たり前のことを』と言われそうなことを言った。


 ピエッチェだって周囲にいるのは人間だと判っているが、

「それなら一安心だ」

ホッとしたふりをする。

「だからって、コイツをここに寝かせとくわけにはいかないしなぁ」


「道で野宿するのはまずいですよね」

「コイツが起きなかったら、ここで野宿する気だったのか?」

「置いて行くわけにもいかないでしょう? それともリュネと一緒に置いて行きますか? 馬はあと二頭いるし――あれ?」

キャビンの後ろを覗き込んだラクティメシッスが苦笑する。

「わたしの()(クテ)()(メシ)()(スの)()もリュネには逆らえないようです」

二頭の馬もリュネに(なら)って座り込んでしまっていた。


 どうしたもんですかねぇ? 愚痴るラクティメシッス、ピエッチェが

「うん?」

と背後から聞こえた物音に振り返る。すぐにラクティメシッスも音が聞こえたほうを見る。一軒の家の扉が開く音だった。ゼレンガに向かって左側の家だ。


 出てきたのはがっしりとした体格の中年の男、ゆっくりと近寄り、

「あんたたち、そんなところで何してる?」

手にしたランタンでピエッチェたちを照らして様子を窺っている。

「ん? 馬はどうしたんだい?」


「どうも疲れてしまったようで……動いてくれないんです」

ラクティメシッスが答えた。


 見ず知らずのあんたたちを家に入れらんねぇ……もっともな男の言い分、

「けどさ、困ってるのを見過ごすわけにもいかないし、そんな道の真ん中で寝かせるわけにもいかない――うちの庭に来い。そこまでなら馬も、なんとかキャビンを牽いてくれるだろうさ」

出てきた家のほうに戻って行く。するとリュネが立ち上がり、リュネにぶら下がったままクルテも立ち上がった。キャビンの後ろの二頭も立ち上がる。

「ふぅ……お(なか)がすいた」

クルテが力なく呟いた。


 男は建屋の横の木戸を開け始めている――


 男は木こりだと言った。

「このあたりじゃ、他に仕事なんかないさ。女の中にはサウゼンの飲食店や宿屋で働くのもいるけどな」

サウゼンまでは馬車に乗りあっていくらしい。


「最初はさ、山に入るのに便利だってんでここに住み始めたんだけど、わざわざ帰るのも(めん)(くせ)えってんで住み着いちまった。かれこれ三十年くらい前の話なんじゃないかな? 俺がまだガキんちょの頃だよ」


 庭には(かまど)があり、すぐに男が火を熾してくれた。

「でも街にも家がある。(とし)で木こりができなくなった親が住んでる。今は時どきご機嫌伺いに行くだけだけど、俺も年を取ったらそっちに移ろうと思ってる。この辺りに住んでるのはみんなそんな感じさね」


 男が(かまお)に金網を乗せた。金網はピエッチェたちが馬車を庭に入れている間に家の中から持ってきたらしい。

「ここに住んでるのはみんな仮住まい。そんなわけで店なんか一軒もない。街に行った時、たんまり食材を買い込むようにしてる。あるいは街に働きに行く女たちに頼んだりな――あんたたち、飯、まだだろう? うちもよ、そろそろ飯にしようかって話してたんだ。ちょうどいいから一緒に食おうぜ」


 言ってる傍から女が肉や野菜をトレイに乗せて運んできた。二人の男の子も一緒に来た。女は男の妻、男の子は十歳と七歳だと言って男が笑顔を見せる。

「子どもたちはよ、もう少ししたら親父のところにやろうかと思ってる。街の学校に行かせて、学をつけさせてやりたいんだ。木こり仕事はよ、苦労の割には大した実入りにならないからな」


 見慣れない大人を怖がっているのか、男の子たちは母親の影に隠れるようにしていたが、クルテがニマッと笑うとニマっと笑んだ――


 寝る場所を提供して貰ったうえ、すっかりご馳走になったピエッチェたち、謝礼をと申し出たが断られている。

「困っているから助けた。今度はあんたたちが、誰か困っているヤツを助けてやればそれでいい」

そう言って笑う男に『それでは気が済まない』とは言えなかった。


 よその街の話を聞きたがる子どもたちの相手はクルテとカッチー、特にカッチーは冗談交じりで面白おかしく話すものだから受けもよかった。笑い転げるものの子どもたちはピエッチェとラクティメシッス・マデルには寄り付かない。ラクティメシッスは話しかけもしたが無視されてしまった。


「ねぇ! 明日の朝も一緒に食べる?」

下の男の子が期待に目を輝かせて父親に訊く。が、父親が答える前に、

「明日はね、お日さまが出たら出発する」

クルテが答えた。

「だから朝ご飯はパパとママと四人で食べて」


「遠慮は要らない、食べていきなよ」

男が言うが、

「遠慮じゃないんだ。実は急いでる――ここで立ち往生しちゃって旅程が押してるんでね」

ピエッチェが言えば、

「そうか。その時間じゃ、まだ起きてない……そんじゃあ、木戸をしっかり閉めてってくれ。気を付けていくんだぞ」

男が名残惜しそうに言った。そして賑やかに食事は終わり、この()(ある)一家は建屋の中に戻って行った。


「静かですねぇ……」

しみじみとラクティメシッスが言う。

建物の反対側には街道からは判らなかったが小さな川が流れていて、そのせせらぎが聞こえるほど静かだった。


 遠くでフクロウが鳴いている。そして……近づく気配がある。

(やっぱりな)

ピエッチェが心の中で呟いた。

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