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レシグズーム――街の中央広場に面した青果店で、声高に話しているのは店主の息子、客は若い女だ。
「見ない顔だね。最近この街に来たのかい?」
「えぇ、今日この街についたのよ」
「そうなんだ? 親戚を訪ねてきたのかな?」
「よく判ったわね」
コロコロ笑う女、店主の息子の頬が真っ赤に染まった。
「なんにもない街だからさ、旅行で来るはずがないよ。親戚を訪ねて来るくらいしか、誰もこんな街に来ない――ねぇ、誰のところに来たんだい?」
「叔母さんのところよ。たまには顔が見たいって言われたの」
「オバさん? じゃあ、ベレリーさんかな? それともチシャさん?」
「あいにく、二人とも知らない人だわ」
「あれ? だったらモリリンさん? この近くでキミくらいの姪っ子が居るってなると、他に誰が居たっけかなぁ……」
「ねぇ、そんなことよりお代は幾ら?」
「あぁ、ごめんごめん。えっと、リンゴとオレンジ、それとアケビだったね」
女が代金を渡すと店主の息子が釣り銭を用意しながら、すぐそこに並んでいたバナナの房に手を伸ばして一本引き千切った。買った果物を女が手提げ袋に入れるのを待って、釣り銭とバナナを女の手に握らせる。
「これはサービス。珍しいだろ?」
「なんて言う果物?」
「バナナだよ……皮を剥いて食べるんだ」
「貰っちゃっていいのね?」
「うん、甘くておいしいよ。だけど一本しかあげられないから、家に着く前に食べちゃった方がいいかも……ねぇ、オバさんの家にはいつまでいるんだい?」
「決めてないわ」
「だったらさ――」
だったらさ……さて、なんて言おう? 店主の息子が女の顔を見詰めて迷う。また会いたい。だけど何を理由に? 店に来て欲しいなんて客引きみたいだ。それじゃあ食事に誘う? いいや、さっき初めて会った男にホイホイついてくるはずもない。でも、この娘は親戚の家に来ているだけだ。このチャンスを逃したら、二度と会えないかもしれない。
言葉を選べず女を見詰めるだけの店主の息子、待ち草臥れた女はバナナの皮を剥いて食べ始めている。
「お……美味しいだろう?」
「うん。ごちそうさま――それじゃあ行くわね。叔母さんが待ってる」
残った皮を差し出され、反射的に受け取る店主の息子、ニッコリと笑んで去ろうとする女、広場の中央へと向かっていく。
そうか、あの方向ならレブルの奥さんの姪っ子だ。そんなことを考えながら店主の息子が呼び止める。
「ねぇ、キミ! 名前を教えてよ」
するとその時……広場に繋がる道のどこかで悲鳴が上がった。それも一つや二つじゃない。いくつもの悲鳴が立て続けに聞こえてくる。しかもだんだん近づいて、さらに失踪する馬の蹄音らしきものも聞こえ始めた。
「何があったんだ?」
茫然と、悲鳴が聞こえてくる方向を見る店主の息子、一目惚れした相手もすぐそこで立ち尽くしている。見ると顔色は真っ青、
「まさか?」
と呟くと、フラッと倒れてしまった。慌てて店から飛び出すと
「キミ、大丈夫? 家まで送って行こうか?」
店主の息子が助け起こす。女が店主の息子に縋るような目を向けた。
「あれは……ピエッチェ盗賊団だわ」
「ピエッチェ盗賊団?」
「そうよ、きっとそう」
震える女がポロポロと涙を流し始める。
「ローシェッタの盗賊だとか。わたし、ゲリャンガで目をつけられてしまったの。それで叔母さんのころに逃げてきたのに……いけない! 叔母さんが危ないわ!」
急にしゃっきりと立ち上がった女、店主の息子を振り切って広場の中央に向かって駆けだした。
蹄音を響かせて最初の馬が広場に姿を現した。
「居たぞ!」
騎乗している男が大声で叫ぶ。続いて何頭もの馬が広場に入ってきた。
最後に来た馬に乗るのはがっしりした体格の男、面貌付きの兜を被っていて人相ははっきりしないが堂々とした風格がある。ゆっくり馬を歩かせている。
「逃がすなよ」
男の低い声、あの男がこの一団のリーダーか? 手下らしき連中は馬を走らせて、広場を突っ切ろうとしていた女を取り囲んだ。女に逃げ道はなさそうだ。
周囲を見渡すと、街人たちが恐々と様子を窺っている。誰かがこっそり『警備隊を呼べ』と囁く声も聞こえてくる。広場の中央では何人かが馬から降りて、女に何か言っている。
「判った! 判ったから、叔母さんには何もしないで!」
女がそれに答えている。
助けたい……店主の息子が唇を噛む。助けたいけど無理だ。向こうは二十人近くいるし、腰には剣をぶら下げている。それに馬に乗っているんだぞ? 俺に彼女を助けられるはずもない。誰かが呼んだ警護隊に頼るしかない。だけど……警備隊が間に合わなければ? 連れ去られればあの娘に待っているのはきっと、可哀想だが堪えがたいことばかりだ。それでも店主の息子は動けない。女がどんなに魅力的でも、さっき知り合ったばかりだ。自分が大事に決まってる。痛い思いなんかしたくない。下手をしたら殺される。ここで見ているほかはない。
見ているうちに女はリーダーらしき男の傍に押しやられた。男は何も言わず身体を屈めると女に腕を伸ばし、馬に同乗させようとしている。女をそこまで押しやった連中が女の身体を支え、リーダーに手を貸している。
再び蹄音が近づいて来た。
「警護隊が来たぞ!」
誰かが叫んだ。同時に広場にいたピエッチェ盗賊団も動き出す。女は既に馬に乗せられ、男の懐の中だ。そして盗賊団は警備隊が来るのと別の方向に逃走を始めた。
広場に駆け付けた警備隊に
「向こうに逃げた」
と誰かが注進している。すぐに警備隊が盗賊団の後を追った――
数刻後――シューパナ街道をのんびり進む馬車が、反対側から来た警護隊とすれ違った。警護隊はレシグズームに向かっている。
「諦めたみたいだね」
御者台の助手席で、アケビを食べながらクルテがニヤッとした。御者席ではウイッグと眉墨で変装したピエッチェが
「ボーネンまで行って帰ってきたって感じだな」
やはりニヤッと笑う。
レシグズームからシューパナ街道を行って、最初の街がボーネンだ。警備隊はボーネンで聞き込んで、盗賊団が来ていないことを知って戻ってきた。まだレシグズームに潜んでいるのではないか? 今度は自分たちの街に向かって、焦る心で馬を走らせていることだろう。
キャビンを引いているのはリュネ、馬は他にも二頭、それは手綱をキャビンの後部に繋いだ。もしも誰かに何か訊かれたら、後ろの二頭は知り合いに譲る約束で連れてきたと言うつもりだ。
レシグズームの中央広場でクルテを拾ってからは、街中をあっちこっちと走り回ってきた。その間にラクティメシッスの部下たちは少しずつ散っていき、シューパナ街道に逃げ込んだのはクルテを同乗させたピエッチェとラクティメシッス・マデルの四人だけだ。
シューパナ街道に入ると追手の目を盗んで見えず聞こえず魔法を使ってから、街道脇の原っぱに入り込んだ。昨日のうちに道具屋から引き取ったキャビンを隠した場所だ。先に下馬したピエッチェが馬から降りるクルテに手を貸しているうちに、レシグズームの警備隊はシューパナ街道を通り過ぎて行った。
キャビンからカッチーが降りてきて、馬をキャビンに繋ぐのを手伝った。ピエッチェが乗っていったのはリュネだ。だからカッチーはキャビンで待機となった。ラクティメシッスとマデルが使った馬をキャビンの後方に繋いでから、人目を避けて馬車をシューパナ街道に出し、見えず聞こえず魔法を解除した。ピエッチェとクルテがジャムジャンヤまで乗ってきた馬はラクティメシッスの部下に預け済みだ。
それからシューパナ街道をのんびりと、レシグズームから遠ざかった。先に街を出た盗賊団が後ろから、しかも馬車で来るなんて警備隊は思いもしないだろう。
カッチーが齧るリンゴの匂いがキャビン内部に漂っている。ちゃんとキャビンを守ったご褒美、と言ってクルテが渡したものだ。それにしても、とラクティメシッスが苦笑いした。
「お嬢さんには感心させられっぱなしです」
今朝になってラクティメシッスが、
『レシグズームでの工作が巧く行きません』
と言い出した。
『余所者が入り込む隙がないんです』
どの店に行っても『見ない顔だ』と言われる。飲食店では店員だけでなく、他の客からも怪訝な顔をされる。
『家具職人になりたいと言って潜り込もうとしたんですが、おまえの齢ではもう遅いと一蹴されたそうです』
それでもなんとかしようといろいろしてみたがどれも不発だったらしい。
狭い街だからなぁ、とピエッチェが苦笑する。この場合の〝狭い〟は広さではなく人間関係だ。林業は一塊で従事しているし、家具職人は組合を作っている。街全員が知り合いなのだ。
『だったらさ……』
クルテがピエッチェを見上げていった。
『ピエッチェ盗賊団が街で悪さをすればいいよ』
レシグズームで一番人が集まる場所、商店が軒を連ねる中央広場で騒ぎ起こす。
『だいたいさ、ピエッチェ盗賊団って盗賊らしいことは何一つしてない。いつも街の中を駆け抜けるだけじゃ、可怪しいって思われるのも時間の問題』
『しかし、悪さって何を?』
戸惑うピエッチェにクルテが笑う。
『女をかどわかす、なんてどう?』
『誘拐ですか? でも、どうせ被害者はすぐに開放するのでしょう? 手荒な真似もしないとなれば、却ってヘンだと思われませんか?』
言ったのはラクティメシッス、クルテがフフンと鼻で笑う。
『誰が街人を連れ去るなんて言った?――かどわかされるのはわたし。ま、マデルでもいいけどね』
マデルは巧くできる自信がないと言い、被害者役はクルテと決まった。
シューパナ街道を進む馬車のキャビンで、
「まぁ、あのお嬢さんに〝常識〟は通用しないでしょうからね」
ラクティメシッスがうっすら笑う。マデルとカッチーは『言えてる』と笑うが、『常識は通用しない』の、本当の意味には気付いていない。
「とにかくこれで、レシグズームで女性を誘拐したって『実績』ができました。我らがローシェッタから来た盗賊団だって触れ込みにも信ぴょう性が出てきたってことです」
「そうね、一切盗みを働かないんじゃ、盗賊団って名前に疑問を持たれるよね」
マデルが果物を容れた袋を覗き込みながら笑う。
「クルテ、リンゴが好きね」
カッチーが
「前は箱で買ってましたよね」
懐かしそうに言った。
「馬車での移動になったから、いろいろ買い込もうって言い出しそうです」
ラクティメシッスが微笑めば、カッチーがクルテの言葉を思い出しながら呟く。
「お菓子にレモン水でしたっけ? 果物はレシグズームで買ったから、もういいんでしょうか?」
するとマデルが
「これくらいじゃ足りないわよ」
クスッと笑った。
今夜はどこに泊まるのだろう? ラクティメシッスがキャビンの窓から外を見た。




