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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
3章  画家は絵筆を貪りつくす

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 それにしても、とピエッチェが思う。なんでクルテはこんなに俺に(こだ)るのだろう? ネネシリスをゴルゼと言う()()られた。だからゴルゼに仕返ししたい。そのためネネシリスと敵対する()()()()()に協力する……理屈は通っているように見えるが、どうせだったらもっとネネシリスに近い人物と手を組んだ方が手っ取り早いはずだ。ネネシリスと利害が対立する相手は他にもいる。例えばカテロヘブの姉でネネシリスの妻クリオテナ。


 カテロヘブは今やなんの力も持っていない、むしろマイナスだ。その点、クリオテナはザジリレン現国王、幾らネネシリスに捕らわれているとしても逆転の可能性はカテロヘブよりはよっぽどありそうだ。


 と、左腕でクルテの手が滑るように動いた。ゾワッとして反射的に腕を引くと、簡単にクルテの束縛から抜け出せた。すっかり寝入ってしまったクルテの手から力が抜けて、しがみ付いていたピエッチェの腕からずり落ちたらしい。


(こうしていると魔物とは思えない)

と、感じると同時に、新たな疑問が湧き出てきた。夢を見ると言っていたけれど、もし夢の中で別の姿になろうと思ったら、寝たまま変身するんじゃないのか? あるいは消えてしまうとか?


(考えたところで判りっこない)

なんとなくクルテの顔を見ていたが、寝返りを打ってピエッチェも目を閉じた。


 時おりうっすら目が覚めると、クルテは背中にぺったりくっ付いていたり、どういうわけかやっぱり腕にしがみ付いていたりする。『うざったいな』と思うが、眠くて放っておいた。


 そして――


「うわっ!」

飛び起きたのはピエッチェ、

「うん?」

と眠そうなクルテ、

「なんで抱き合ってるんだよっ!? しかも、なんで裸?」

激しく狼狽(うろた)えるピエッチェ、

「あぁ、暑いとか言って自分で脱いでた……抱き合ってた? それはよく判らない」

答えるクルテは普通に部屋着を着たままだ。まだ眠そうに目を(こす)っている。


 窓からは朝の光が差し込んでいるが、夜が明けたばかりのようだ。

「朝食を頼んだ時刻にはまだあるよ。もう少し寝てたら?」

起きだして脱ぎ捨てた服を探すピエッチェを眺めつつ、クルテが笑う。

「裸って言っても上半身だけじゃん。そこまで慌てる?」


「イヤ、もう起きる。すっかり目が覚めた」

「じゃあ、わたしも起きる」

「おまえは寝てたら? 眠いんだろ?」

「ピエッチェと一緒に居たい」


 クルテが人間の女なら、フラッと来そうなセリフにピエッチェが口籠る。そして苛立つ。見つけたシャツに袖を通しながら

「好きにしろよ」

と吐き捨てて寝室を出た。


 カッチーもマデルもまだ眠っているのだろう、居間には誰もいなかった。起き出したはいいものの、いったい何をして時を過ごそうか? クルテも寝室から出てきて、なおさらピエッチェの居心地が悪くなる。


 屋上に出て素振りでもするか――剣を取りに寝室に戻る。するとクルテもついてくる。剣を手に寝室を出、屋上に出る。するとクルテも……


「おまえは金魚のフンかっ!?」

「ピエッチェ、目をどうかした? それともまだ眠ってる? わたしが金魚に見えてるのか?」

「違うっ! 金魚じゃない!」

「ピエッチェ、わけ判んない」


 判んないのはおまえの方だ。頭痛がしそうな気分のピエッチェ、見るとクルテも自分の剣を持ってきている。


「そう言えば、おまえ、剣が扱えるのか?」

「多分ね」

「また〝多分〟なのか……手合わせしてみる?」

「いいよ」

剣を抜き放つクルテ、真剣かよ、と思ったが、まぁいいか。ピエッチェも(さや)から剣を抜いた。


 クルテが正面に剣を構え、切っ先をピエッチェに向けて立つ。

(ほう、なかなかじゃないか)

取り敢えずカッチーよりは随分マシだ。構えているだけなら(すき)がない。だが、動くとどうだ? それに細身だからか、力強さを感じない。すぐ力負けして体勢を崩しそうだ。この点はカッチーのほうが上だ。カッチーはもっとドッシリしている。


 自分も構えようとして、ピエッチェが動きを止めた。

「そうだ、おまえ、姿を消したりってのはナシな」

クルテが失笑する。

「うん、判ってる」

「それじゃあ、そっちから掛かってこい」


 間合(まあ)いはピエッチェの歩幅で四歩ほど、どちらかが一歩出れば剣の触れ合う近さだ。クルテと同じようにピエッチェが剣をクルテに向ければ、すかさずクルテが前に出てピエッチェの剣を狙う。


 思った通り、軽く払っただけでクルテの剣は退(しりぞ)けられた。できた隙にピエッチェが剣を出せば、素早く後退したクルテ、払われた剣を戻すと同時にピエッチェの脇を狙う。それをピエッチェが防ぎ、再び払った。


「いい線いってるぞ」

「そう? 初めてだからよく判らない」

「なにぃ?」


 つい笑いそうになったピエッチェだが、クルテが再び繰り出してきたのをクルクルと絡め取って弾き飛ばそうとした。が、クルテ、これは堪えて剣を離さない。しかしさすがに態勢を崩した。そこにピエッチェが足払いを掛ける。

「俺の勝ちだな」

倒れたクルテの背に体重を掛けて抑え込んだピエッチェが笑う。


「重いよ」

「もう終わりだぞ」

「わたしの負けだ」


 立ち上がり、クルテが立つのに手を貸すピエッチェ、

「倒れた時に、どこか打ったりしてないか?」

と気遣うが

「心配するなら、倒れるようなことするな」

クルテが笑う。


「おまえ、剣が扱えるって言ったのに初めてだって?」

「でも、扱えた。いい線だって言ったのは認めたってことだろ?」

「やったこともないのに、どうして扱えると思ったんだ?」

「デレドケでピエッチェが暴漢を相手にするのを見てたから」

「それで自分にもできるって?」

「ピエッチェと『同じように』とまでは思いあがってないけどね」

「そうか」


 なんだか愉快になったピエッチェが、

「そう言えば、おまえ、弓も扱えるんじゃなかった?」

と言えば、

「あぁ……ピエッチェが扱えないから、使えるようになった方がいいと思って」

真面目な顔でクルテが答える。

「俺のため?」

ピエッチェの、せっかくの愉快な気分が瞬時に消えた。


「おまえ、俺の事ばかりだな」

「いけない?」

唆魔(さま)とかに仕返しするためだってのは判ってるけど、ちょっと行き過ぎだぞ」

「行き過ぎ?」

「うーーん、俺に執着し過ぎてるって感じる」

するとクルテがピエッチェから目を逸らした。


「仕方ないよ、わたしにはおまえしか居ない。わたしはおまえのものだ。でも、それもおまえがカテロヘブに戻り、王座を奪還するまで――それまで迷惑でも我慢しろ」

「なに言ってるんだよ?」

「そのままの意味だ。わたしはカテロヘブが王位に戻れば、存在できなくなる。もっとも、おまえがいろいろと思い出せば違う結果もあるかもしれない」

「もっと判り易く説明しろ!」

詰め寄るピエッチェに、クルテはクスッと笑っただけで部屋に戻ってしまった。


 追いかけるように部屋に入ると、剣をテーブルに置いてクルテはソファーに座っていた。

「素振りをするんじゃなかったのか?」

ピエッチェを見て詰まらなさそうに言う。


「そんな気分じゃなくなった」

「じゃあ、とりあえず剣は片付けた方がいい。わたしの分も寝室に持ってけ」

「えっ? あぁ」

なんで俺が? と思いつつ、確かに剣は片付けたほうがいいと、結局クルテに従ってしまう。


 剣を片付けて居間に戻る。

「それで?」

クルテの対面に腰かけて詰め寄るピエッチェにクルテは

「それで、って?」

と首を(かし)げる。


「さっきの話はなんだ?」

「話した通りとしか言えない」

「具体的に説明しろよ――おまえは俺のものだとか、俺しかいないとか……俺が王に戻ったらおまえは存在できなくなるとか、何がどうなってる?」

「ふぅん。そんなことが知りたいんだ?」

「あぁ、知りたいね」


「なんで?」

「な、なんで?」

「なぜピエッチェはそんなことが知りたい? わたしがどうなろうと気にするな」

「いや……いいや、違う。俺が関わってるじゃないか」


「そう? だから気になるんだ?」

「気になるだろうが? おまえの存在に俺が大きく関わってる。それを気にするなって方がどうかしてる」

「へぇ、人間ってそんなふうに考えるものなんだ」


「おまえ、やけに人間臭いところがあるかと思うと、いきなり全然理解できませんって顔になる。理解できないなんて嘘だろう?」

「わたしはピエッチェに嘘なんか言わない――わたしに人間っぽいところがあるとしたら、それはすべてピエッチェから学んだことだ」

「えっ?」

「あるいはカテロヘブから……だから、おまえを知って以降、おまえが体験していないことは理解できない」

ピエッチェが使うのを見たから剣は扱える、確かにクルテはさっきそう言った。


「人間としてのわたしは簡単に言えば、部分的だがおまえのコピーだ。見た目はコピーしなかったけど」

「どうせコピーしたいような見た目じゃないよ」

「同じ見た目の人間が二人じゃ周囲が混乱するし、おまえ自身がパニックになりそうだぞ」

その点はクルテの言う通りかもしれない。


「それに、わたし自身、なにもピエッチェになりたいわけじゃない」

「じゃあなんで、俺なんだよ?」

「最初に接触した人間だから――人はそれぞれ考え方が違う。知り合った人間全部の性格や考え方を真似してしまうと人として辻褄(つじつま)の合わないものになる。それを回避するため手本はおまえ一人と決めた。しかし、それもあくまで参考、わたしにだって本来の性格や考え方がある」


「最初に接触? 洞窟(どうくつ)の事か?」

「初めて人間に化けたのはあの時だ。おまえが(がけ)から落ちた時」

「ふむ……だが、それまでだって人の秘密を食ってたんだろう?」

「そうだね。だけど人の姿になる必要なんかなかった」


「なんであの時、人の姿になんかなったんだ?」

「カテロヘブを死なせるわけにはいかなかったから――唆魔(ゴルゼ)のことは話してある」


「仕返しの道具にするなら、俺より姉貴の方がいいぞ」

「クリオテナだっけ? わたしはその人を知らない」

「ネネシリスの秘密を食ってたんだろう? 姉貴はヤツの妻だ。なぜ知らない?」

「ネネシリスの意識の中でしか見たことがない」

「姿を隠して近寄ればいいだけだろう?」


 クルテがチラリとピエッチェを見る。

「もともとわたしもゴルゼも王宮の『とある場所』に閉じ込められていた。それを解き放ったのはカテロヘブだ」

「えっ? 俺?」

「おまえは知らないうちに魔物を放った。いや、おまえを責めてるんじゃない。気にするな。解き放ってくれたおまえに感謝している。だからおまえを守ると決めた。なのでおまえが会いに行かない限りクリオテナには会えない」

「俺がおまえたちを解放したのはいつだ?」

「おまえの父親の葬儀の日」


 姉と最後に会ったのは、姉とネネシリスの婚礼だ。姉は体調不良を理由に、父の葬儀に来なかった。遊びに来いといわれネネシリスの誘いに乗った時も『まずは狩りに行こう』とネネシリスの館より先に森に向かった。クルテの言うとおりなら、クルテが姉と接触するチャンスはなかった。


 だが問題はそこか? カテロヘブを選んだ理由はクリオテナに会えていないからじゃない。カテロヘブが二体の魔物を『解放してしまった』からだ。


「えっと、ちょっと待て、整理する――俺がおまえとゴルゼを解放し、おまえは俺を守ると決めた。だから俺の傍にいる。で、ゴルゼは?」

「ゴルゼは魔物として生きる道を選んだ。わたしと違って元の場所に戻る気はないらしい。でも、わたしとしてはヤツを捕まえ元の場所に戻したい」


「おまえと違って? おまえは元の場所に戻りたい?」

「わたしがいるべき場所だ。おまえが王座を取り返せば、そこに戻れる」

「だから俺が王に戻ればおまえは消えるんだな?」

「巧く行けばゴルゼも封印できる。まぁ、巧くやるけど」


 なるほど、カテロヘブの王位回復への協力は一石二鳥にも三鳥にもなると言う事か。ネネシリスを横取りしたゴルゼに仕返して封印できるし、自分も元に戻れる。でも何か忘れていないか?


「そうだ、思い出せってなんだ? 俺が思い出せば違う結果もあるかもしれないって言ったよな?」

「あぁ、それか。思い出せば判ることだ、多分」

「また〝多分〟かよ?」

「うん、わたしにもはっきり判らない。だからこれ以上は話せない」

「思い出す内容は? そのあたりは判ってるんだろう?」

「おまえが思い出さない限り、わたしに判るものか」

「随分と曖昧なんだな」

「だから、〝多分〟なんだ」

それもそうかと思ってしまう。


「それにゴルゼだ。ヤツはなんでおまえからネネシリスを横取りした?」

「わたしがカテロヘブを守ると決めたからだ。カテロヘブの最大の脅威はネネシリスだった。わたしも気を付けてはいたんだが、なにしろネネシリスは常に王宮にいるわけじゃない。そしてわたしはカテロヘブから離れない。その隙を突かれた」


「俺に付きっ切りでいる必要もなさそうだが? コゲゼリテでもデレドケでも俺が寝ている間、どこかに行っていたじゃないか」

「コゲゼリテでは女神の森、デレドケでは宿の中、どちらも領域を出ていない。おまえがいる領域だ」

「領域?」

「縄張りとでも思えばいい。わたしの力が及ぶ範囲って理解でもいい」

ネネシリスの館は王宮からはかなりある。クルテの言葉に矛盾はない。


 納得しきれないピエッチェに、クルテが悲しげな笑みを浮かべる。

「そんなにわたしは信用できないか? まぁ、魔物なんか信用できないな」

「信用してないんじゃなくって、判らないのが不満なんだ」

「わたしに不満?」

「イヤ、おまえにじゃなく……あれ?」

自分でもよく判らないピエッチェだ。


「とにかく、俺に隠し事はするな。嘘を()くな。誤魔化すな」

「嘘は()かない。それは約束できるけど、隠し事と誤魔化すなってのは、そんなつもりはないとしか言えない。隠しても誤魔化してもない」

「うーーん……俺の質問には素直に答えればいいってことだ」

「いつでもそうしてる」

クルテが不思議そうにピエッチェを見る。その表情にピエッチェが思う。


 そうか、コイツ、表現が下手なんだ。だから端的にものを言う。それにこっちの質問の意図を掴み切っていない時もあるんじゃないか? だから俺は、何かを隠している、誤魔化されていると感じてしまう。


 するとクルテが

「だってピエッチェだってながなが説明したりしない。結論を端的に言うことが多いぞ?」

今度は不安そうにピエッチェを見詰める。


 確かにそうかもしれない。子どものころからそう教え込まれた。下手に長い説明は、臣下を迷わせる……


「でも、おまえ、心が読めるんだろう? だったらこっちが何を知りたがっているか判りそうなもんだが?」

「だから、一番ピエッチェが知りたがってることを答えてる」

「結論だけを言ってるってことか」


 なるほどね、とピエッチェが()()笑う。

「これからは、できるだけ結論に至るまでの経緯も話せ」

するとクルテの表情から不安が消えた。

「判った、そうする」


「なぁ、おまえ。俺と二人きりだと言葉遣いが違うよな?」

「そうだよ。僕の見た目だとピエッチェみたいな話し方は相手が変に感じるらしいから」

「うん?」

「洞窟にいる間、必要なものを村に買いに行ったりしたんだけど、カテロヘブの言葉遣いだと反感を買った」

「そりゃあそうだ」


「だから言葉使いだけは他から学んだ――でも、ピエッチェと二人きりなら同じにしたほうがいいと思って」

「俺は自分を『わたし』とは言わないぞ?」

(かしこ)まった時は言っている」

「あぁ……なんで俺と同じ言葉遣いの方がいいと思ったんだ?」

「ピエッチェが寂しくないように」

「俺が寂しがる?」


「王宮でもその言葉使いはカテロヘブだけだった」

「ふむ……それは俺が王だったからだ――クルテ、これからは俺の言葉を真似なくていい。カッチーたちと差を付けられると却って俺が寂しがるぞ」

「時どき急に機嫌が悪くなるのはひょっとしてそれが原因? ピエッチェ、そんな時は何も考えてなくって読めなかった。コイツ、自分でも判ってないんだなって思うしかなかった……判った、いつもカッチーたちと接するようにピエッチェとも接するよ――カッチーが起きた。この話は終わりだね」

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