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早朝、ようやく明るくなり始めた空にクルテの口笛が涼しげに響いている。ピエッチェが書いた書付を運んで貰うため、鳥たちを呼んでいる。集まってきたのはスズメやジョウビタキなど小型の鳥だ。だが、せっかく集まったのに『チチチッ』と脅すような音をクルテが立てる。すると一斉に飛び立ってしまった。
「おい、一羽も居なくなったぞ?」
ピエッチェの疑問にクルテは
「あの大きさじゃ書付を運べない」
とニヤリと笑う。
「適した鳥を呼ぶよう頼んだ。すぐに来る」
大きな鳥ってなんだろうと思っていると、バサバサ羽音を立てて飛んできたのはカルガモだった。二羽だ。クルテが何やらグワグワ言い始める。コイツ、鳥とのコミュニケーション、鳴き真似でしてるのか? なんだか可笑しくって、ついニヤニヤしてしまう。だけど……二羽じゃ足りないぞ? 運んで貰うために用意した書付は八枚、どうする気なんだろう?
クルテが鳥を呼んだのは寝室の窓だ。出窓になっていて、開けると棚状部分ができる。怖がりもせず鳥たちは、その棚に降りてきた。スズメはともかく、カルガモの大きさになると二羽がやっとだ。
「それじゃあ、よろしく」
これは人間の言葉、クワッと一声鳴いてカルガモは飛び立った。すぐにまた、クルテのクワックワッ、バサバサと今度は多分マガモ、番の二羽だ。
何度かクワクワ遣り取りをして、その二羽も飛び立った。
「書付はどうなってるんだ?」
ピエッチェが訊くと
「持ってって貰ってる」
と答えたが、またもクワクワ始めるクルテ、今度も窓辺に降りてきたのは二羽、やっぱりカモ類だ。
そんなことが全部で八回、カモにして十六羽、終わるとクルテは窓を閉め
「心配しなくても、ちゃんと届くさ」
ニッコリした。
「どうなってるんだ?」
ピエッチェが訊くと、ニマッとクルテが笑む。
「スズメさんたちがカモ類がいいって言うから、呼んで貰ったんだよ」
「へぇ……それで?」
「この窓だと二羽ずつしか降りれない。で、カモさんたちは夫婦で来てた」
「ふんふん、それで?」
「書付は紐をつけた筒に入れた。それをカモさんの首に掛けた。二羽につき一羽ね。あの子たち、夫婦で移動するから」
「そんな筒、あったか?」
「見えない魔法を掛けといた。目的の人物には見えるようにしたから、カモが来れば気が付いてくれるはず」
「って、鳥が運んでくるとは思ってないんじゃないのか?」
「大丈夫、ラスティンが部下に指示を出す時、その件も伝えるよう頼んでって、マデルに頼んだから」
「つまり、魔法使いたちは、行動開始は明日、そして書付を鳥が運んでくるって同志のリーダーたちに伝えてくれるってことか?」
「そ、そう言うこと……どんな鳥かは言ってないけど、首に筒をぶら下げたカモを見れば、よっぽど間抜けじゃない限り気が付く――ねぇ、咽喉乾いた」
はいはい、鳥の鳴き真似すりゃあ、咽喉も乾くよな。乾くのかな? どうなんだろう? まぁいいや……ピエッチェがお茶を淹れ始めた――
鳥に書付を託したと、朝食の席で話せば
「こちらも部下にしっかり伝えるよう命じました」
ラクティメシッスがスープをかき混ぜながら言った。
「見えず聞こえず魔法を随分上手に使いこなしているようですね」
クルテに向かってニッコリ笑う。
「目的の相手にしか見えない、そしてその人物が手にした途端に解術される、そんなところですか?」
自分の皿のイチゴを数えていたクルテがムッと答えた。
「イチゴは五個――ラスティン、数えるの邪魔するな。で、ほぼ正解。でも、聞こえず魔法は使ってない。書付は叫びたくても叫べないから」
「叫びたくても叫べない?」
「うん。声を持ってないもん。持ってたら『こんな狭いところに押し込めんじゃねぇよ! くそったれ! 出しやがれ!』って叫ぶよね、きっと」
なんと答えていいか困ったラクティメシッス、作り笑いが微妙に歪む。カッチーは無遠慮にケラケラ笑った。
マデルに『あんた、クルテに揶揄われたのよ』と耳打ちされ、ギョッとしてクルテを見たものの、苦笑いで終わらせたラクティメシッス、
「それで、今日はどうします?」
ピエッチェに訊いた。クルテはイチゴを食べ始めている。
ピエッチェが問いに問い返す。
「レシグズームでの噂はどうなってるんだろう?」
「ジャムジャンヤとはまるきり違うようです。カッテンクリュードと同じ噂が流れていて、街人は戦々恐々と言ったところですね」
「ピエッチェ盗賊団の話は?」
「一度も聞こえてこなかったと、部下が言ってました」
「俺たちが行けばいつも通り叫んでくれるんだよな?」
「もちろんです」
ふとピエッチェが黙り、ラクティメシッスが静かに見守る。
「何か気掛かりでも?」
「ピエッチェ盗賊団と聞いてもコッテチカやトロンパを結び付けないかもしれないな、と思って」
「ピエッチェ盗賊団ってなんだろうって誰かが口にしたら、部下が『トロンパから入ってきたローシェッタの盗賊団だよ』って言いますから。コッテチカも襲われたらしいよ、とかね」
うん、と頷いてから、
「噂は、他の街ではどうなってる?」
とラクティメシッスに訊ねた。
「他の街でもピエッチェ盗賊団の話は巧く広められたんですが……カテロヘブ王が魔物になった話が伝わると、そっちが注目されてしまって立ち消え状態です」
「まぁ、一度は広まった話だ。口にされなくなっただけで、記憶から消えたわけじゃないから問題ない」
「はい、わたしもそう思います――それで今日は?」
「キャビンを取りに明日行くって道具屋に言いに行って欲しい」
「欲しいってことはわたしが行くってことですね。ピエッチェは?」
「俺とクルテはレシグズームまで、山をどう抜けるか下調べに行こうと思ってる。リュネに二人乗りしていくよ」
「じゃあ、マデルとカッチーはラスティンと一緒?」
言ったのはクルテ、イチゴを口に放り込んでニマッとした。
「昨日買った果物はこれで終わり、お菓子とパンも今日中に食べる。明日、キャビンは空っぽ。レモン水とお菓子と果物は明日買えばいい」
マデルが今度は呆れる。
「クルテ、明日はレシグズームに行くのよ?」
「うん、知ってる――レシグズームは国境の街だけど、コッテチカと違って隣国との行き来は頻繁じゃない。そして家具職人の街。ジャムジャンヤと隔てる山がザジリレンの他の山と比べると比較的低く、林業が盛ん」
隣でピエッチェが『林業が盛んなのはレシグズームだけじゃないぞ』と小さな声で言った。
ピエッチェを無視してクルテが続けた。
「だから木材や家具を運ぶため、レシグズームからゼレンガに向かうシューパナ街道は道幅が広く、かなり整備されてる――ねぇ、どうせなら、そっちを通ろうよ」
とピエッチェを見上げた。
「うん? シューパナ街道は王都に出るにはゼレンガからコーンレゼッチェ山を回り込まなきゃならない。山越えルートはないからな。かなりの遠回りになる。それにレシグズームから追手が掛かる心配もある」
「追手なんか、見えず聞こえず魔法でやり過ごせばいいじゃん」
「キャビンはジャムジャンヤで買ったんだぞ?」
「今日、向こうに運んで魔法で隠しておこうよ」
とうとうピエッチェがクルテを睨みつける。
「おまえ、コーンレゼッチェ山に行きたいんだろう?」
「うん、コーンレゼッチェ山を尾根伝いにメッチェンゼ山・サワーフルド山を越えてデネパリエルの街に出る」
「デネパリエル……」
デネパリエルはカッテンクリュード大門、門前の街だ。カッテンクリュードに入るには大門のほかにトロンパ街道門・コッテチカ街道門などいくつかの門がある。
カッテンクリュードとデネパリエルは隣り合わせ、と言うより同じ街、塀で隔てて別の区画にした、そんな感じだ。その塀に設えられた大門を潜り、大通りを直進した先に王宮の正門がある。そしてピエッチェは、同志隊をデネパリエルにて集合させ、大軍となったものを率いてカッテンクリュードへの入場を考えていた。国王の帰還だ、大門から入り王宮正門へ向かいたい。
「カッテンクリュード三山か」
ピエッチェが唸る。
ラクティメシッスが
「王都を囲む三つの山?」
とピエッチェを見る。その山々がどうかしたのかと言いたいのだろう。
王都に入る前に、三つの山の森の女神に挨拶しろと言ったのは、どこの森の女神だったか? クルテがそのルートを口にするのはそのためだ。けれど、女神に言われたからとラクティメシッスに言うわけにはいかない。
あぁ! と小さく叫んだのはカッチー、
「リュネに飛んで貰って、山をひとっ飛び、ついでに上空からカッテンクリュードの様子を見るってことですね」
ニコッとクルテを見る。が、クルテはピエッチェを見上げたままだ。
カッチーが言うとおり、リュネに飛んで貰えば山を越えるのは大したことじゃないだろう。だけどクルテはそうは考えていない。三つの山の森の女神の祝福を望んでいる。
ピエッチェを見上げたままでクルテが言った。
「カッテンクリュードは森の女神と魔物に守られている。ローシェッタからザジリレンに入国するとき言ったはずだよ。山伝いに行くのは無理だって。それって空でも同じ」
そうだ、だから封印の岩を越えてトロンパからザジリレンに入ったんだった。
そこまで考えてピエッチェが目を閉じる。王宮から望める山々、そこに魔物がいるのなら、それを退治しろと言うことか? 今まで何度も魔物退治に誘導されてきた。今度もそれか?
コーンレゼッチェ山には七分目まで登れる道があり、そこから少し下がったところに小さな集落があるだけで行き止まりだ。カッテンクリュード三山で人が住んでいる唯一の山だ。他の二山には集落もなければ道もない。
ピエッチェがクルテから目を逸らす。そして言った。
「とにかく今日、俺とクルテはリュネに乗って出かける。行き先を決めるのはリュネだ。もしアイツが道具屋に行ったなら、そのままキャビンを引き取ってリュネに繋げる。そしてリュネの考えるところにキャビンを隠す」
「明日はジャムジャンヤに戻らない?」
ラクティメシッスが少し顔を曇らせて訊いた。たぶんそうなるだろう。が、
「どこにキャビンを隠すか決まってないんだから判らないよ」
ピエッチェが笑う。クルテが嬉しそうにニマッとし、腕に絡みついてきていた。
「どうしようか迷ってる。だからリュネに任せるのがいいと思う。アイツは余計なことを考えず最善を選んでくれる」
「そうかもしれませんね」
これから先はリュネが道標だと、いつか言ったラクティメシッスだ。
「明日の逃走経路もリュネ次第?」
「うん。だから俺たちがどっちに行ってもいいよう、魔法使いたちには集合場所だけ指示しておいてくれ」
「えぇ、デネパリエル集合ですね」
ラクティメシッスがピエッチェに頷いた――




