18
心配するカッチーに、クルテがニマッと笑う。
「大丈夫、人や馬に当たっちゃダメって言っといたから」
マデルとカッチーが二人揃ってほっと息を吐く。が、裏を返せば『当たれ』と言えば必ず当たるということに気付いたマデルは少しばかりゾッとする。クルテが弓を手にしている時は、絶対喧嘩するまいと思った。
そんなことを考えたのが気まずかったのもあり、
「それでクルテ、何が面白かったの?」
ちょっと気弱にマデルが訊いた。カッチーが不思議そうにマデルを見たくなるほど優しい言いかただ。
「うん、お花を矢に使ったんだけどね、ピューっと飛んでってパパパッと散っちゃった」
「それってどういうことなのかな? カッチーには判る?」
「マデルさんが判らないのに、俺に判りっこありませんよ」
マデルが気味悪くて、カッチーはつっけんどんな言いかただ。クルテがフフンと鼻を鳴らしニヤッとした。マデルとカッチーを面白がっていそうだ。
だけど揶揄うこともなく、ピューっと飛んで……を説明した。
「あのね、矢に使ったプエラリアって蔓じゃん。矢には不向きなんだけど、他に適当なのは見付からなかった。真っ直ぐ飛ぶか不安だったんだけど、なんかね、ちゃんと真っ直ぐ飛んでった。そんなふうに放ったつもりはなかったんだけど回転しちゃったみたい」
「それって、クルテさん。矢が戻ってきたってことですか?」
「ううん、クルクルって茎を回転軸にして回ったんだね、あれは。だから真っ直ぐ飛んだのかもしれない。で、その勢いで花が散っちゃって、それをバラ撒いたみたい。そんでもってバラ撒かれた花も矢に変化して飛んでった。ピューンってね」
「花びらの枚数になったってこと?」
「そ。何本にも分裂した。でもさ、花びらってのは間違いだった。花房の花が首元で取れて、バラバラになったってのが正解」
グビっと茶を飲み干してニマッと笑むクルテ、
「お替り――それにお菓子ちょうだい。アップルパイ!」
カップをカッチーに差し出した――
ジャムジャンヤ街道、最初の村にサロンを見付けた。合流地点から大して進んでいなかったが、めそめそしているクルテにウンザリしていた四人だ。
『お菓子がない?』
茫然とするクルテに、
『馬で素っ飛ばしたからグチャグチャの粉々。食べられる状態じゃなかったのよ』
マデルがそう宥め、カッチーが
『中身は撒いたんです。小動物が来て持ってきました』
袋を渡すと中を見て、
『空っぽ……』
クルテが呟いた。
『小鳥も来た?』
『えぇ、そちゃあたくさん』
少し後ろめたさを感じながらカッチーが答える。実際は人間を恐れて鳥類は枝の上から見ているだけだった。
『そっか……』
それからクルテは何も言わない。馬に乗り、ジャムジャンヤ街道を行く間もショボンとしている。時どき目を擦り、鼻を啜る。こっそりマデルが
『なんとかしてよ』
と訴えてくるが、下手に突けば喧嘩になりそうでピエッチェも何も言えない。村に入りサロンを見つけた時は心底ほっとした。これでクルテの機嫌を取れる。
「ちょっと早いけど、休憩しよう」
ちょっとどころじゃないよと思いつつ、ピエッチェが言う。誰も反対などしない。萎れた花のようになったクルテに呆れ、持て余していた。これならいつも通り、わけもなくニマニマしているほうがよっぽどマシだ。
喜んだのはクルテだけ、
「型焼きケーキ、あるかな? クッキーは? アップルパイもいいな」
馬を繋ぐのもそこそこ、飛び跳ねるようにサロンへ入っていった。
が、メニューには型焼きケーキもクッキーもアップルパイもない。冷や冷やしながらクルテを見るとニマニマとメニューを見ている。
「プリンアラモード、三つ食べていい? 果物もたくさん盛り付けてあるって」
プリンで手を打ってくれるらしい。
「好きにしろよ」
ピエッチェとしてはそう答えるしかない。
「ご褒美はプリンアラモード♪」
なんだかヘンな節回しをつけて言うクルテ、他の客たちからクスクス笑いが聞こえてくる。
ラクティメシッスたちを探している時からクルテは、『ご褒美、あるかな?』と言っていた。見えず聞こえず結界を張り、花を矢にして弓で射たり、クルテは疲れているはずだ。大活躍したのだから、褒美を寄こせと言ったって可怪しくない。
「なんのご褒美?」
隣席にいた若い女がクルテに微笑みかける。女の連れは若い男、夫婦か恋人同士と言った感じだ。男も穏やかな笑みを浮かべている。クルテを子どもと思ったのかもしれない。ま、実年齢は十四歳、プラス七百歳ってのは見た目じゃ判らない。
「んー……キャルティレンぺスからコッテチカに行く予定だったけど、やめてジャムジャンヤにしたからかな?」
「あら、コッテチカに用事が?」
女の顔が曇る。国軍が大挙して駐留しているのが気掛かりなのだ。が、気にすることもなくクルテが答える。
「うん、ローシェッタに進軍する前にパパに会いたいなって思って」
この大嘘吐きめ! 見ろ、ラクティメシッスが慌ててあっち向いたぞ。笑いを噛み殺すのに苦労してるに違いない。あぁあ、マデルとカッチーも俯いちまった。
「パパ、兵隊さんなんだ?」
「そ、でもコッテチカで何かあったみたいだから、危ないからダメだって。替わりにジャムジャンヤ観光に行くことになったんだ。プリンはパパに会うのを我慢したご褒美」
「そっかぁ。それでみなさん、浮かない顔をしてらっしゃるのね」
ラクティメシッスたちが顔を背けたり俯いたりを、そう受け取ってくれたらしい。
「大丈夫、パパにはまた会えるわよ。泣かないで」
女は本気でクルテに同情しているようだ。クルテの目の端が赤いのを泣き腫らしたと思ったのだろう。クルテ、おまえ、心が痛まないのかよ?
「コッテチカでは、なにが起きたんだろうね?」
クルテの質問に首を傾げるカップル、代わりに反対隣の男が答えた。今、サロンに入ってきたばかり、席についたばかりだ。中年男の四人連れだ
「おう! コッテチカに盗賊団が出たって話だぞ」
「あぁ、トロンパを荒らした盗賊団だってな。なんてったっけ?」
「えっと……そう、ピエッチェだ!」
四人が頷き交わす。最初のカップルも身を乗り出すように四人連れを見ている。
「キャルティレンぺスでも大騒ぎさ――俺たち、あそこに納品に行ってたんだ」
「なんでも山に逃げ込んだらしくて、国軍が山狩りするって息巻いてたな」
「もともとローシェッタの盗賊だって言うじゃないか」
「そんじゃあ、山越えで自国に逃げ戻ったのかねぇ?」
サロンの店員がプリンを五つ運んできて、ピエッチェたち五人の前に一つずつ置いて戻って行った。マデルとカッチーもプリンを頼んでいた。ピエッチェとラクティメシッスは頼んでないが、人数を見てひとりに一つと店員は判断したらしい。
「美味しそうね」
女が微笑み、
「うん!」
とクルテがニッコリした――
珍しく、さっさとプリンを食べ終えたクルテ、
「さぁ、出発」
そう言って席を立つ。もちろんピエッチェとラクティメシッスの前に置かれたプリンも食べた。隣席のカップルや四人連れの男はとっくに店を出ていた。
サロンを出、繋いでおいた馬に乗りながらラクティメシッスが笑う。
「効果絶大でしたね」
周囲ではあちらこちらで噂話に花が咲いている。山狩りだの、ローシェッタだの、盗賊団だの、ピエッチェだのと聞こえてくる。
「迂闊に俺の名を出せなくなったな」
ピエッチェがブスッと言った。クルテがニマッとする。
「んじゃ、カティって呼ぶ」
「えっ!?」
「ピエはイヤなんでしょ? それにピエじゃ勘のいい人は気付くよね――カティに決定」
勝手に決めてしまうクルテ、ラクティメシッスたちも本名を考えたら妥当と思ったのだろう、無言の同意だ。
村を出てジャムジャンヤ街道を進むが、立ち話をしている人たちの話題は〝ピエッチェ盗賊団〟でもちきりだった。ラクティメシッスの部下の魔法使いたちも一役買っていることだろう。
夕刻が近づき、リューデスと言う街で宿を取ることにしたが、受付係が『コッテチカが盗賊に襲われたらしいですよ』と怖がりながら話してくれた。今日来た泊り客から聞いたらしい。
「神出鬼没で国軍もお手上げだったって話です。向こうに居たと思えばあっちに居る。全部で二十人くらい。全員馬に乗ってるのに、屋根の上を移動するんだとか」
話に尾鰭がついている。
「しかも弓を使うから簡単には近づけない。一度に一人で百本も射るんだとか……二千本も飛んで来たら避けるに避けられませんよね」
それ、矢をどうやって持ち運んでいるのかが気になるぞ。
「ローシェッタの盗賊だって言うから、魔法なのかもしれませんね」
なるほどね、途端に実話じみてきた。
夕食を摂った居酒屋でも盗賊団の噂話が聞こえる。一番多く聞こえたのは『今度はどこに出るか』だった。
ローシェッタに戻ったという意見とカッテンクリュードに向かったに違いないというのが同数程度、次いで、トロンパからコッテチカだったのだから、今度はデリッサかムスケダムだと利いた風なことを言うヤツもいた。
「この噂、いつ頃デリッサ方面まで広まりますかね?」
難しい顔をするのはラクティメシッスだ。ワッテンハイゼからコリント峠を越えてデリッサに向かった別動隊を案じている。
「噂より馬のほうが早いだろうが……」
ピエッチェも難しい顔になる。
騎兵たちにはムスケダム待機を命じている。ピエッチェ盗賊団の噂がムスケダムに届く前に動かさないと行動しにくくなるのは目に見えている。いや、今さらか?
どのみちカッテンクリュードにはすぐさま届く話だ。はたして王宮はどう動くだろう? ローシェッタ侵攻を先と判断するか? それとも盗賊征伐に乗り出すか?
宿に戻ってからピエッチェが言った。
「ケッチャジョのことを詳しく聞いてみるよ」
ケッチャジョはトロンペセスの盟友で現役軍人、トロンペセス同様打倒王宮の同志を募っているらしい。聞く相手はトロンペセスだ。
「兵数と人物、指揮官としての能力……それによってはケッチャジョ隊を組織してもいい」
「ムスケダムの騎兵はどうしますか?」
「ケッチャジョを判断してから決める。場合によっては歩兵隊と合流させよう」
「ルートはあるという事ですね?」
「なきゃ、歩兵隊か騎兵隊が山越えだな」
「あの人数で?」
「冗談だよ」
青くなったラクティメシッスをピエッチェが笑う。
「大丈夫、ちゃんと街道を通って貰う」
だけど……王宮の動きによっては騎兵隊も歩兵隊も単にカッテンクリュードを目指すだけでは終われない。その時どうするか?
「少し急ごう。レシグズームをさっさと片付けて、カッテンクリュードに入る準備を始める」
全ての同志と合流し、自ら隊を率いる。
その時はピエッチェでもカティでもなく、カテロヘブを名乗るつもりだ――




